僕が守りたかったけれど

景空

第18話

「いってらっしゃい。こちらの事は任せてください」
「うん、村の事は、ミーアの事はフェイに任せる。必ず救援を連れてくるから、それまで頼むよ」
ティアドさんはラリサさんを強く抱きしめ、その後ミーアの頭を優しく撫でると僕にそう言って走り去った。
ここからは僕とミーアが村の防衛戦力の主力だ。村長の話通りなら魔獣の襲撃は毎日ある。油断しすぎてはいけないけれど、張り詰めすぎてもいけない。僕たちは自宅でリラックスして待機する。そこでふっと気づいたようにミーアが僕に問いかけてきた。
「フェイはお義母さんに”ただいま”言ってないでしょ」
「あ」
そういえばそうだった。僕たちはスタンピード対策を重視するあまり、母さんに会ってなかった。ボリボリと頭をかき
「ちょっと顔を見せに行ってくるか」
立ち上がる僕に寄り添うようにしてミーアも一緒に出掛けた。
家のドアにはこの村では珍しいドアノッカーが付いている。これは父が生前こだわりだか遊び心だかでつけたそうだ。そんなドアノッカーで”コンコンコン”乾いたノック音が響く。
「はーい」
母さんののんびりした声が聞こえ、ドアが開く。
「母さん、ただいま」
「お義母さん、ただいま」
ちょっとびっくりしたような、でも嬉しそうが笑顔で母さんは迎えてくれて
「おかえり、ふたりとも元気そうね。そんなところに突っ立ってないで入りなさいな」
僕たちはリビングダイニングのテーブルにつく。
「朝ごはんは、もう食べたの」
そんな母さん言葉に
「さすがにもう食べたよ」
「そうじゃぁお茶の準備するわね」
「あ、僕がやるよ」
結婚前、この家にいたとき、お茶の準備は僕の役割だったので腰を浮かすと
「なに言ってるのよ、今日はお客様なんだから座ってなさいな」
そう言うと、はなうた交じりにお茶を入れてくれた。
「ありがとう」
「ありがとうございます」
僕たちは母さんの入れてくれたお茶を飲みながら雑談をしている。
「で、どうどう新婚生活は」
「母さん、そこは新婚旅行は楽しかったかって聞くとこじゃないの」
「ええ、だって。ふたりの様子を見れば楽しかったのは丸わかりじゃない。むしろ夜はうまく行ってるのかとか、赤ちゃんはいつ頃とか、そっちの話が聞きたいわあ」
ミーアが恥ずかしそうにしながらも話し始めてしまった。
「あの、フェイってとっても積極的で……」
「いや、身内にそういうの話すのって恥ずかしいよね」
そんな恥ずかしい話から、聖都での素敵な体験まで笑ったり照れたりしながらしばらく話していると、外が騒がしくなってきた。
「ミーア」
「ん」
ミーアに声を掛けると、既にミーアは腰を浮かせていた。
「母さん、行ってくる」

僕とミーアは村の北側に向かって走る。魔獣が襲ってくるとすれば北側の森からだ。武器類は全部魔法の鞄に入れて持ち歩いているので直接行けばいい。走りながら探知を展開するけれど、まだ僕の探知に掛かるほど近くまでは来ていないようだ。
北の柵に到着するとすぐに
「魔獣は、どこに」
聞くと
「森との境目に集まってきている。多分50頭近い群れだと思う」
「わかりました、みんなは下がって。ミーア、僕が長弓でできるだけ遠くから減らす。狩弓が届くような距離になったら狩弓に切り替えるから」
そこまで言えばミーアは分かってくれる。
「わかった、そのタイミングでフェイに狩弓を渡せばいいのね」
「頼むね。僕に狩弓を渡してくれたらミーアも弓の準備をしてね」
そして、僕たちは弓をに弦を張り、矢筒を並べる。そして念のため撃ち漏らした魔獣が近くまで来てしまった場合のためにそれぞれの新旧の剣を腰に装備する。これで準備は整った。僕たちは魔獣の群れが森から出てくるのを待ち構える。森との境目を見れば何かがゴソゴソと動いているのが感じられる。それでもそこまで1000メルド以上あるので僕の探知でも探ることはできない。ひたすら待っていると比較的小型の魔獣の群れが森から追い出されるように出てきたフォレストファングとスモールボアの群れに見える。フォレストファングとスモールボアで50頭くらいか。けれど、まだ遠い。小型の魔獣が長弓の射程に入る前に奥から中型の魔獣が数体出てきた。マッドボア4頭とグレーベア3頭のようだ。幸いなことにそれ以上は今回はいない。先頭の魔獣がおよそ300メルドに近づくまで引き付ける。長弓を引き絞り、できるだけ小型の魔獣が重なるように狙いをつけ、”今”射た。5頭以上の魔獣を射抜くことができた。射場でも感じたけれど、すごい威力だ。最初の1射で群れが一瞬怯えたように止まった。それを逃さず射る。5射ほどで狩弓の射程に入ってきた。小型の魔獣は半数は倒したか。
「ミーア、弓を交換」
「はい」
流れるように弓の受け渡しをし僕は小回りの利く狩弓で更に射る。僕が4射ほど射たところでミーアも射始めた。結局なんとか柵に到達する前にほとんどの魔獣を倒し、僅かな残りは逃げていった。これで1日は持つと良いのだけれど。
倒した魔獣は食料用に数体を解体し、残りは埋める。少しでも魔獣が寄ってこないようにするため血の匂いを減らすのだ。その作業は村の人にお願いして僕たちは矢の補充をする。矢の備蓄はかなりあるし、使った矢もできるだけ回収したけれど、今回で使えなくなった矢が30本近くある。これから襲ってくる群れが大規模になってくる可能性を考えれば少しでも補充しておきたい。矢じりから作っている時間はないけれど、とにかく矢じりの数の確認をし、次回以降の交換用の矢を作る。矢じりは全部矢に取り付け、予備の矢もかなり作った。とりあえずはこのくらいで今日はいいだろう。

「ちょっと見回りしてくる」
夕方僕はミーアを家に残し、見回りに出た。村の周り、森の際まで探知を行いながらぐるりと回る。探知範囲に魔獣の反応が無いので村に戻るといつもの場所でギルべさんが声を掛けてきた。
「フェイ、今日はお疲れ。今も見回りしてくれたんだろ。どうだった」
「とりあえず今のところは僕の分かるところには魔獣はいないですね」
「なら、お前は休んでくれ。いざという時にフェイやミーアが疲れて動きが悪いってのは困るからな」
「ありがとうございます。では僕は休ませてもらいますね」
家に帰ると、ミーアが夕食の準備をしてくれていた。今日解体した魔獣の肉を薄切りにして、塩で味をつけたものを焼いたシンプルな料理。
「ありがとう、助かるよ」
「ううん、フェイは見回りをしてくれたんでしょ、なら食事の準備はあたしの役目だもの」
他愛のない会話を交わしながら食事をし、かたずけを済ませた。
「明日は肉を少し干そう」
「そうね。使わずに済めばいいけど」
きちんと食事の出来ない状態も考えて干し肉を魔法の鞄に入れて武器と一緒に持ち歩く。干し肉なら最悪弓を使いながらでも食べられるから。
その夜、ミーアと一つのベッドで寝ながら、ミーアのぬくもりが不安を溶かしてくれるのを感じた。

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