陥没都市

島倉大大主

C7:6/20:水路工事場での激闘! 1:早朝出勤

「……で、あの女はまだ寝てんのか? あの草、名前は何だっけか? あれでも治せねえ傷なのか? もしかして、頭を打ったとか――」
 五十嵐の質問に佐希子は、大きく欠伸をしながら首を傾げた。
「どうなんだかなあ……一応近くに住んでるお医者を呼んで診てもらったんだけども、脳震盪は起こしてるけど内出血とかはしてないってさ。一応治療能力者だから腕は確かよ?」
「ほう……」
「んで、体の傷は打撲と擦過傷さっかしょうだけらしいしね。そこら辺はノツチにかかれば五分もあれば完治ですよ。だから、推測するに――」
 大根田が湯気を立てる紙どんぶりを、お盆に乗せて持ってきた。
「さ、朝ごはんですよ! もりもり食べましょう!」

 時刻は午前五時半。昨夜のマンションでの激闘から数時間後だが、三人はすでに起きていた。
 今日はこれから仕事なのである。
 紙どんぶりに入っているのは雑炊だった。野菜や肉が入っていて、少しカレーの味がする。
「まあ、ひょうふるひ、へいしんへひはめーひでふな。ほれじゃあ、のふひれもなおふぇなひ」
 雑炊を口に運びながら佐希子は喋り続ける。
 大根田は、成程と頷く。
「精神にダメージを受けたとなると、昨夜のあの能力の所為だね?」
 佐希子はこくこくと頷き、ずずーっと汁をすすった。五十嵐が唸る。
「ってことは俺のあれを見ちまったからか……ちょっと申し訳ねえな」
 大根田も雑炊を啜ると、首を傾げた。
「どうなんでしょうね。確かにあれを見たならショックを受けるとは思いますが、目を覚まさないほどのダメージを受けるとは――彼女が繊細だったということかな? それとも僕たちが鈍感なのかな」
 佐希子は残った米粒を箸で起用に摘まんでは口に運ぶ。
「むぐむぐ、いや、むぐむぐ、彼女の能力は、むぐむぐ、見るというよりも――」
「全部食ってから喋れって!」
 五十嵐にどつかれると、佐希子はさっと紙どんぶりに顔をうずめ、残りの米粒を全て掃除機のように啜り終えた。
「ごちそうさまです」
 大根田が天を仰いだ。
「年頃の娘さんが、と考える僕は古い人間なんだろうなあ」
「まあ、時代はリセットされちゃったから、そこら辺は自由なんじゃないっすか? で、彼女の能力なんすけどね、あれは『幻覚を見る』っていうより、その時の気温から感情までを『疑似体験させる』って感じだったでしょう? 最初の砂漠とか凄かったじゃない?」
 大根田は雑炊を食べ終わると、すでに食べ終えた二人の容器を回収し、一つに重ねる。
「そうだったね。熱気が靴を通り抜けてきたように感じた」
「うん。最初のあれは彼女の体験なのか、それとも完全に創作されたイメージなのかはわからないけども、ともかく私達に強制的に接続してきてイメージを流し込んだでしょ? それだけでも相当な負荷が脳にかかったと思うのよ。
 そこにきて、ヤーさんの過去を『体験』しちゃったわけだからさ……」
 五十嵐が渋い顔で頷く。
「自分で言うのもなんだが、弱ってるところであれを見たら結構クルだろうな」
 大根田は溜息をついた。
 マンションで保護した女性は、現在自宅の寝室に寝せられている。
 そして寝室の外には、見張りが立っているのだ。
 人と人とがいよいよ争うことになったのだ。
 虚しさと悲しさが心の中に漂っていた。


「おう! おはようさん!! みんな集まってくれてありがとうな!」
 頭に手拭いを巻いた野崎は、そう言って皆を見渡した。
 アルコビル前には人だかりができていた。大根田を入れて二十人くらいだろうか。中里達、事務員改め受付嬢(中里がゲームっぽいので、そう呼んでくれと野崎に主張したとか。佐希子は大喜びした)がその間を走り回って、バインダーに署名をもらっている。
「事前にマナ電話で伝えたように、鬼弩川が見つかった! 元の位置から二十キロ程、東にずれて、二木川と合わさっちまっているそうだ! 
 俺達はこれから土木課指導の下に、川と調整池、そして給水施設を繋げる作業を手伝うことになった!!」
 おお、と声が上がり、ざわざわと皆が喋り始める。
 これで野菜や米が作れる、と喜ぶ者もいれば、干上がって壊れている川とかから洪水が起きるんじゃないかと不安がる者もいる。
「よーし、色々あるんだろうが、まずは聞いてくれ! この作業は栃木に蒸気機関車を走らせる計画の一環である! 機関車には給水する場所が必要だからな。それを作るってわけだ!」
 おお、と再び声が上がる。
「確かに氾濫や浸水が起きる地域があるとは思うが、まずは機関車を走らせて『人や物の流れ』を良くする事が先決だ! 判るな?」
 全員が頷く。
間丘まおか市や比嘉ひき郡の連中は昨日から工事を始めている! それと間丘鉄道とJRを繋げる工事も同時進行で始まっている! 俺達は――」
 佐希子は、はいはいと手を挙げた。
「そこんとこを詳しく!」
「却下! 後でたっぷり教えてやる!!」
 ブーイングを浴びせる佐希子を手であしらうと野崎は続ける。

「俺達はこれから比嘉郡二貝町に向かう! そこで土木課の茅野が集めた連中と合流する! 仕事の内容は護衛だ!」
 五十嵐が手を挙げた。
「社長、マナモノですか? どのくらいの数ですか?」
 野崎は腕を組んだ。
「相当数だ! 昨日は相当ヤバかったらしい! 怪我人も多数出た模様だ! 何人かは鉄道工事現場の方の護衛にも回ってもらうかもしれない!」
 どよめきが広がる。
「であるから、自信が無い者には強制しない! 報酬は日当二万と、回収したマナ結晶の50パーセント!」
 結晶って何だ? と知らないものが呟き、知っている者が教え始める。喧騒が大きくなる中、大根田達の隣に頭を短く刈った青年が来て頭を下げた。
「どうも、皆さん! おはようございます!」
 佐希子が口をOの字にした。
「おお! 誰かと思ったら衝撃波君だよね!? まあ、真面目になっちゃって!」
 五十嵐も驚いたような顔をしている。
「西牧か? いや、ずいぶんと短くしたな!」
 はは、と西牧は髪の毛をさらりと撫で上げた。ほとんど坊主に近い。
「いや、これからもっと暑くなるんで、思い切ってやっちゃいました。ところで――」
 西牧が声を潜める。
「誰かから聞きましたか? ものすごい数の化け物――マナモノの大群が押し寄せてくるって現象がどっかの県であったらしいです。今回の奴もそれなんじゃないですかね?」
 大根田も声を潜める。
「本当かい? 誰から聞いたの?」
 光村君です、と西牧。佐希子がポンと手を打った。
「ああ、あのびかーって光るマッチョマンの彼! そういや、大学生だったなぁ」
「そうです。でも、彼も大学で聞いたそうなので、もしかしたらガセかもしれませんけど……」
 大根田は五十嵐と顔を見合わせた。
「……ガセであってほしい話ですね……」
「まったくだ」
 西牧も頷くと、顎をさすった。
「光村君もどう判断したらいいのか悩んでました。
 で、八木さん、今度居種宮大学いたねみやだいがくの方に顔を出してくれって光村君が言ってました。なんでも、学生自治会主導で他県の情報収集をやってるんだそうです。群れの噂もそこで聞いたとか。
 連中、情報はあるけども、どう生かしたらいいのか判らないとか――」
 佐希子が、なにっ!? と大声で叫ぶと西牧に詰め寄った。
「そそそそそれは本当!? なるほど、大学か! よおし、行くぞ! 今行くぞ!! すぐ行くぞ!!!」
 西牧が慌てて手で制する。
「いやいや、今すぐじゃなくても! それに、その学生自治会っていうのも、妙な噂があるらしくて――」
 五十嵐が片眉を上げた。
「どういうんだい?」
 西牧は首を傾げた。
「光村君が言うには、中二病みたいな発言をする人たち――こう、我々は地球に選ばれたのだ、とかいう人達がいるとかで……」
 大根田は顔をしかめる。

 なんだそれは?
 まさか、昨日の連中が関係しているなんてことは――

 佐希子は地団駄を踏んだ。
「うううううううう、それは確かに危険で面倒くさい香りがするけども! ああ! でも、やっぱり情報を聞きたいぃぃぃ!」
「おう! 特別顧問の八木の嬢ちゃん! 行くのは今日の仕事が終わってからにしてくれ!」
 野崎が声を張り上げた。
「うええええ! だって耳寄りすぎる情報が――」
「……ほう、お前さんは機関車を走らせたくなぁい?」
 野崎がにちゃっとした笑いを浮かべると、佐希子はうごぉっと頭を抱えた。
「そ、それは――く、くそっ!! は、はしらせてぇええええっ! 先生、機関車を走らせたいです!」

『私もそちらを優先させた方が良いと思う』

 いつのまにかアマツが、大根田の達の斜め後ろに立っていた。周囲の数人が驚いて跳び退る。
 呆然とする大根田。佐希子がすぐにこめかみに指を当てた。
『ちょ、ちょいちょいちょーい!! まずいんじゃないのまずいんじゃないの!? 私達以外の前に現れるのは、色々と――』
 アマツは首を振った。
『落ち着け。しばらくは皆が混乱するだろうが、昨夜の連中を捜索するには、私自身が栃木県民全員と交流してデータを蓄積していくのが一番の早道なのだ』
 大根田と五十嵐は再び顔を見合わせる。
 確かにそうなのかもしれないが……。
 アマツは両手を広げた。
『諸君、私はアマツだ。能力は今体験している強力なマナ通信だ。私の本体は今この場にはおらず、マナ通信を応用して映像と音声をこの場に送っている。
 以後よろしく』
 皆はぽかんとした後、ああ、うんと互いに顔を見合わせていたが、しばらくするとまた元の話題に戻っていった。小さな子供達が走ってくるとアマツに手を伸ばす。
「凄いや! 本当に触れないぞ」
「マジ!? うっわ、すっげ! でも、俺だって空飛べるしね!」
「あたしなんか電気出せるのよ。電気!」
 五十嵐は腕を組んで首を振った。
「誰もあんまり吃驚しねえのか……」
 大根田はふうと額を拭った。
「とりあえずは良かったですね……」
 子供達は笑い声を上げながら、アルコビル一階に急造されたダチョウ小屋に走りこんでいった。すぐにモホークともう二頭が子供達を乗せてそこらを歩き始める。
 佐希子は頭を掻いた。
「……あたし達が思ってる以上に、みんなはこの状況に順応してきてるんだね……嬉しいやら悲しいやら」

 ああ、と大根田は息を吐く。
 そうか――その通りだ。
 まるで自分が物語の主人公のように、変わってしまった日常について昨日の夜から悩んでいたが、それだって皆が感じている事なのだ。いや、自分よりも遥かに悩んでいる人だって大勢いるのだ。
 でも、皆はそれに必死に慣れ、生きているのだ。 
 大根田は胃の辺りが少しだけ軽くなるのを感じた。

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