陥没都市

島倉大大主

C5:6/18~6/19ダンジョン攻略レベル1 :5:ダンジョン攻略レベル1:探索

面霊気めんれいきと私たちは呼称することにしたんすよ。分類は付喪神ね」
 佐希子は、床に転がった二つに割れた面に手を伸ばそうとしたが、結局やめてじっくりと見るだけにした。

 最初の部屋から外に出ると、正面左右と三方向に廊下が伸びていた。全員でジャンケンの結果、佐希子が勝利し、左に向かうことになった。
 だが、数メートル進むと、突如として今来た廊下が塞がってしまった。
 慌てて戻ってみると、今度は本当に壁として塞がっている。だが、わずかな隙間があった。大根田が小太刀を突き入れて力を籠めると、壁がやや開く。五十嵐は懐中電灯をつっかえ棒としてそこに挟んだ。
 弁みたいなものかもしれない、と佐希子は推論を立てた。
「つまり入り口に戻れないように、奥へ奥へと誘導する役目をしているのかも――」

 その時、廊下の奥から『面』が転がってきた。
 お土産に売っている『ふくべ』そのまま、大体三十センチくらいの無数の面が、縦になって床を転がり、突っ込んできたのだ。
 五十嵐と大根田が直ちに拳と小太刀を振るい数個の面を破壊する。残りの面は壁に張り付くと、虫のように這いまわった。
 気持ち悪さと好奇心に、目が離せないでいた佐希子の顔に影が差した。
 とっさに両手で天井から降ってきた面を佐希子は受け止めた。
 指先に生暖かい感触。
 面の裏側には灰色のひだが毒々しい花のようにぎっしりと詰まって蠢いていた。佐希子はきええっと奇声を上げ、面を床に叩きつけた。五十嵐がそれを踏み潰す。
 佐希子は銃を構え、壁を這う面に発砲した。至近距離からの射撃に、面は粉々に砕け、黒い液体を跳ね散らかした。

「五十嵐さん、佐希子ちゃん、マナの残りはどのくらいかな?」
 面霊気をいじくる佐希子に顔を顰めながら、大根田は口を拭った。
 五十嵐は汚れた靴裏を壁にこすりつけながら、やはり顔を顰めている。
「ったく、汚ねぇ連中だぜ……俺ぁ、全身フル強化はあと五回ってとこかな。腕や足のみだったら――十回くらい――いや、肩甲骨やら股の関節も強化しなくちゃならねぇから、八回くらいか。持続時間は外と同じく五分くらいだな」
「私はまだ余裕あり。通信だけなら、三桁です!」
 佐希子はそう言って目を瞑ると、喋りながら中里に定時連絡を送った。
「こちら探索班。全員無事なれど、マナモノの襲撃を二回受ける。うち一回はプッピー君……うん、そのプッピー君。うん、キモかった。……うん? 距離はそんなものかぁ……うん、次は二十分後で。連絡終わり!」
 佐希子はふーっと息を吐くと、腕を組んだ。
「この先の探知をやります! ムカデの時みたいなレーダーはマナを使いすぎる気がするから、あたしが口頭で伝える感じで!」
 ぎしっと空気が軋むのを大根田と五十嵐は聞いた。
 佐希子が顔を顰める。
「うへっ……この先五十メートルで分岐。そこから更に三十メートルで二つに分岐。渦を巻くように廊下が――内側に向かってる、かな? ううん、マナモノの数は六体? そっから先は霞がかかったみたいになってるなぁ……距離が遠いのかな?」
「六? さっきの面みたいなのか?」
「……いや、うち四体は……大きさからして、ヨモツシコメかも」
 大根田がシャツで小太刀と持ち手を拭く。
「カメラに映っていたから、ある意味ホッとした。僕の赤熱化は、あと六回ぐらい。帰りの分を考えると、ギリギリかな。
 赤熱化は三分位持つから、連続で出てきて欲しいかな」
「じゃあ、俺がおっさんのフォローをしていく感じで――おい、どうしたお嬢?」
 佐希子は床に手を当て、首を傾げていた。
「いや……マナの流れが、やっぱり渦の中心に向かってるみたいなんだよなあ。ってことは――そこにコアがあるかな」
「ふん、首吊りの幽霊がいるわけか」
 佐希子は立ち上がると、爪先で床をトントンと鳴らした。
「……幽霊だったらいいんだけどね。こんなダンジョンを発生させる奴が、ヒトガタをしているとは思えないんだよなぁ」
 大根田は命綱をぐいぐいと引っ張った。
「なんにせよ、これが足りているうちに答えが出ればいいんだけど……」

「……止まってください!」
 三体目のヨモツシコメを倒し、四体目が逃げ出したのを追おうとした大根田と五十嵐は佐希子に呼び止められた。廊下は左右に別れており、右の廊下を手負いのヨモツシコメが足を引きずりながら逃げていく。
「なんだ、お嬢! 罠か何かか!?」
 佐希子は床をなでながら、目を左右に走らせる。
 五十嵐が再び怒鳴る。
「答えろって!」
「ちっと黙ってろって! あ~、う~ん……」
 佐希子は人差し指をぺろりと舐め、ぴんと立てた。
 大根田も、はっとした顔になった。
「……左の方から空気の流れがある?」
「ですよね!?」
 五十嵐が肩の力を抜いた。
「……出口があんのか?」
「……このダンジョンがマナモノ――疑似生物だと仮定するならば、外からマナを取り込む口に当たる部分と、一緒に取り込んだ不要な物、空気なんかを輩出する肛門があるかもってね……」
「……尻の穴から出るのか。嫌なイメージだな」
「……マナの流れが左から大量に流れてきてるんだよね。つまり、あたしらが入った所が肛門――」
 五十嵐は、目を上に向けてやめてくれと頭を振った。
 大根田が右の廊下を窺った。
 廊下は大きくカーブし、奥までは見えない。床には転々とヨモツシコメの物らしい黒い液体が零れ落ちていた。
「手負いの奴は右奥に行ったみたいだ。ねえ、佐希子ちゃん。マナの流れはもしかして右奥に向かってる?」
 佐希子は頷いた。
「ぐんぐん流れていきますね。で、同じくらいのマナが壁や天井を伝って右奥から流れてきてる。恐らく血液みたくダンジョンを循環して活動を維持しているんじゃないかな……左からのマナは、おなじみの感じ。右から流れてくるのは、気持ち悪い――こう――ともかく気持ち悪い感じっす。
 マナモノの体を通すと、こんな感じになるのかも……」

 五十嵐は大根田に顔を向ける。
「どうする、おっさん。この先にコアがあるのは確定っぽいぞ」
「……どうしたものですかね。一気に行くべきだとは思うんですが……」
 佐希子は立ち上がると、二人に両親指を立てた。
「迷ってるなら、あたしに付き合って! うまくすれば、かなり良いことが起きるから!」
 大根田と五十嵐は顔を見合わせ、結局佐希子の後について左の廊下を進んだ。
 しばらくすると、廊下は行き止まりになった。
「なんだ……口とやらはないのか」
 五十嵐のがっかりした声に、佐希子は頭を捻りながら行き止まりに近づいた。と、ぎくりと体を強張らせる。
「あ、あれ!!? ちょっと二人とも、こ、こっち来て!」
 大根田と五十嵐が慌てて佐希子の元に行くと、同じくぎくりと足を止めた。
「うおっ!!? おい、おっさん! 今、その――マナが回復し始めたぞ!?」
「わ、私もです! 凄い! どんどん溜まっていく感じがする! 佐希子ちゃん、これは!?」
 佐希子は突き当りの壁に恐る恐る触ると、ううんと唸る。
「ど、どうやら、ここは植物で言う生長点みたいな感じ――なのかな?」
「生長点? それって、ここでダンジョンが――細胞分裂? みたいな感じで大きくなっていく場所ってこと?」
 大根田の言葉に、五十嵐が顎をさする。
「だから、ダンジョンと建物の中間みてぇになってて影響が薄いってことか」
 佐希子は多分それそれ、と五十嵐を指さし、眼鏡を直す。
「つまり――つまりだ! ダンジョンが、もし一方向にしか成長しないなら、こういう場所が一ヶ所確実にある! もし、ダンジョンが多方向に成長しようとするならば、こういう場所が複数できるってことだ! これは大発見だ! 大発見ですよ!!」
 五十嵐は頷く。
「確かにな。マナの回復ができるってのは有難いぜ」
 大根田は腕を組んで、壁をじっと見つめていた。
 時折、壁が一瞬震えるているような気がする。
「……このダンジョンが今も成長中ならば、もしかして、ここってずっと使えるってわけじゃないのかな?」
 佐希子は、ああと気の抜けたような声を出した。
「多分、そうっすね……そっか~……ゲームのセーブポイントみたいには、いかないか~……」
 五十嵐は、よしっと膝を打った。
「俺は満タンになったぞ。二人は?」
 大根田と佐希子は顔を見合わせて、頷いた。

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