主役にはなりたくない〜田中司(41歳)がやりこんだゲーム世界に転生した件について〜

もりし

第9話 カシム(田中司)は単身で戦う

荒野に建てられた駐屯地の建物の見た目は大きなヘルメットの様だ。
鉄の部分は赤錆が浮いていて、そこかしこから、蒸気が上がっている。
俺は兵隊Aの身分証を使って内部に潜入した。
セキュリティはザルである。
ヘルメットとゴーグルをしている俺の顔を確認もしない。

俺はまず通信施設を破壊する事にした。
外に情報が漏れないようにするためだ。
通信部を見つけると、そのままぷらっと部屋に入る。
「5人か……」
「おい!何だ貴様は?!」
俺はそれには答えずに、【ガンソード】を手に一人ずつ気絶させていく。
武器を持っていないので、楽勝である。
短剣で止めを刺すか、迷ってしまった。
ミィをさらわれた時は流石に殺したが、結局とどめを刺さなかった。殺すと決心しても出来ない。やはり田中司は甘い。
適当に通信機器のコード類を切断して、【魔石爆弾】をセットしておく。
タイマーは20分で良いだろう。

それから俺は適当にあちこち歩きながら、【魔石爆弾】をセットしていく。
倒せそうな兵隊は気絶させる。
「作業だな」
正直あくびが出そうだ。
潜入ゲームでもしているようだ。15人位は倒したか。
一通り歩いて、時計を確認する。
「そろそろか」
俺は指令部に【魔石爆弾】を3秒タイマーで投げ入れる。
今まで仕掛けた【魔石爆弾】があちこちで爆発する。

指令部は吹き飛ぶ。
多分何人かは死んだだろう。
兵隊が数人こちらに向かって来ていた。
「おーい、こっちだ!」
仲間の振りをして俺は手招きする。【ガンソード】を手に斬りかかる。
「何だ貴様!ぐあっ!」
何だ貴様じゃないだろう。しゃべる隙があるなら、反撃しないと。
あちこちで爆発が起きたせいで、陽動になっていた。
俺はチマチマと人数を減らしていく。

◆◆◆◆

いつの間にかガレージに来ていた。
トラックが置いてある。
「あの──」
声をかけられて振り向く。
女の兵隊だった。ヘルメットの下から金髪のお下げが見えていた。
「一体何があったんですか?!」
彼女は、震えていた。全員倒すつもりだったが、気分が萎えた。

【闇落ちモード】の文字が視界から消えた。
これにより、【闇落ちモード】の恩恵が無くなった。

「敵襲だ。君だけでも逃げろ」
俺は彼女の手を引く。
「しかし、帝国の兵士としてそんな事は……」
彼女は戸惑う。
「震えていたじゃないか。それに、ここはもうダメだ。命あっての物種だろ?」
【トラック】に乗せようとする。
「おい、貴様!何してる?!」
また、雑魚が来たと俺はウンザリして、そいつを見た。
そしてその男を見て俺は驚いた。

ガル・クライトン。
帝国騎士である。金髪のツンツン頭がトレードマークの筋肉自慢男だ。
こんな序盤では出てこない。
いくら【闇落ちモード】で幸運値が下がるといっても、これは運が悪すぎる。
軍本部から視察にやって来た御偉いさんが、こいつだったとは。

そして、俺は気づいた。
視覚が、戦闘用のウインドウのままである。
つまり──

ガルは、俺に剣を抜き一撃を見舞ってきた。
俺はガンソードで受けた。
「怪しい奴と思って斬りかかってみれば。俺の剣を受けた?!何者だ?」
「何者って。ただのモブキャラですが」
「モブ?!何の事だ?!意味が分からん!」
かなりの人数、倒したからであろう。経験値を得ていた。でなければ、彼の攻撃は受けきれなかっただろう。さらに嬉しい事に魔力量が20になっていた。カシムでも多少は強くなると知って安心した。それよりも、怪しいからと斬りかかるこの男はまともではない。
そして、そのままつばぜり合いになるが、俺は吹き飛ばされた。
カシムの体力では負けて当然だ。
俺は起き上がろうとしたが、すでにガル・クライトンは目の前にいて、剣を振り下ろすモーションに入っていた。
俺は魔力をガンソードに込めてその太刀を受けた。
目の前で、雷撃が激しい音を立てた。

「何だ?!魔法使いか?!」
ガル・クライトンは数歩下がる。
俺は体勢を整えたが、ドロリと額から液体が流れる感触があった。
ヘルメットごと額が切れていて、血がだらだらと流れていた。
それはゴーグルを迂回して、口に流れて、顎を通って帝国の制服を濡らした。
奴の太刀が入ったのだろう。
完全には防げなかった。
リリーと手合わせした時と同様、レベルの違いが怪我として出ていた。
だが、奴も俺の雷撃により火傷を負っていた。リリー程強くないのだろう。
「貴様!帝国の者ではないな?」
ガル・クライトン。
奴はシナリオによっては、仲間になる事もある。惜しいが、手加減している場合ではなかった。
本気で戦っても死ぬ可能性が高いからだ。
俺は再度、ガンソードに魔力を込める。

死ぬかもな……

そう思った時、【トラック】が目の前を走った。俺に差し出された手。
俺はその手を掴んだ。
そのまま【トラック】は駐屯地を脱出した。
バックミラーに、ガル・クライトンの姿が見えた。追っては来なかった。

「ありがとう。助かった」
俺は助けてくれた女の兵隊にお礼を言った。
「いえ。でもこれで裏切り者ですね。帝国騎士ガル・クライトンに刃向かってしまいました」
「それは俺もそうだから」
すると、彼女は俺の顔をまじまじと見る。
ゴーグルをしているから分からないはずだが、
「貴方は帝国の兵士ではありませんね」
と言った。
「何で分かった?」
俺は不思議に思った。
「嘘です。カマをかけました」
やられた。この女性隊員は頭がキレる様であった。

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