主役にはなりたくない〜田中司(41歳)がやりこんだゲーム世界に転生した件について〜

もりし

第2話 カシム(田中司)はミィ成分を補充する

自宅に着いた。俺が降りるために、リリーが降りて、それから俺が降りた。
俺は運転席を覗いて、
「おじさん、ありがとうございました」
とお礼を言った。おじさんは
「何だか、顔付きが変わったな」
と言った。
「そうですか?」
「ああ、男らしくなった」
そう言われて、俺はニヤついてしまった。
嬉しいのだ。
「それと、ラウルおじさん。明日話があるので商会に伺います」
「おう、分かった」
おじさんは軽く手を上げた。俺は後部座席を覗き、
「じゃあな、ミィ。また明日」
「うん。カシム、ゆっくり休んでね」
そう言って、車が動き出す。

「ちょっと待って!」
車がミィの一言で急停車した。後部座席のドアが開いて、ミィが出てきた。
「ちょっと、貴方。何してるの?」
ミィは、リリーに声をかけた。
そう言えば、リリーは何処に泊まるんだ?
「何って?どうぞお構い無く」
「構うわよ!まさか?!」
「カシムの家に泊めてもらおうと思いまして」
リリーは俺に目配せする。おそらくボディーガードとしての責務を果たそうとしているのだと思った。
「ダメよ!カシムの家は狭いのよ」
家は二部屋しかない。俺の部屋と、親が寝る部屋兼リビングである。
「いいです。雑魚寝は慣れてますし。私はカシムと一緒に寝ようかと」
「な、な、な、ダメに決まってるじゃない!私だって最近はカシムの部屋に泊まってないんだからね!」
真っ赤になってミィは叫んだ。
泊まってたのは子供の頃だろう。カシムの記憶にはそうある。

結局、リリーはミィの家に泊まる事になった。俺も今日は大丈夫だからと、リリーを促した。
俺の部屋で3人で寝るような、ラブコメ的なストーリー展開は無かった。


◆◆◆◆


次の日、ぐっすりと眠っていた俺のもとへミィがやって来た。
「カシム!起きて!」
俺の部屋に入るなり、俺をバンバンと叩く。
「何だよ?学校は終わっただろ?」
何で起こしに来たのか。すると、眼前に新聞を押し付けてくる。
「これ、どういう事?!」
「何が?」
「ここ見て、ここ!」
それは【帝都新聞】だ。三面記事に、先日のラ・アルトマイドでの仮面舞踏会の写真が幾つか載っていた。
仮面を付けた俺が、エリンと踊っている写真である。その写真が小さく載っていた。
「これ!カシムよね?」
「……」
俺はそれをジーっと見る。確かに俺だが、写真は小さいし、仮面を付けてるので、分かる訳ないのだが。
「……いや、違うけど……」
俺は思わず嘘をついてしまった。
「嘘つかないでよ!これはカシム以外の何者でもないじゃない!仮面つけてたって私には分かるんだからね!悔しい!私だってカシムと踊った事ないんだからね!」
そう言って俺に馬乗りになる。
「く、悔しい!!」
「ぎゃー!」
爪で思いっきり引っ掻かれた。

俺は自分の背中や胸を確認する。
赤い筋があちこちに出来ていた。俺はそこに傷軟膏を塗る。
「痛てー…」
ミィは怒ると引っ掻くタイプだったようだ。

リビングに行くと、ミィとリリーがお茶を飲んでいた。
「ミィ、ちょっとこっち来て」
俺はミィを自分の部屋に手招きして呼ぶ。
「何?」
ミィの眉間にシワが寄っている。
まだ、若干不機嫌のようだ。
「ほら、これミィ買って来たんだけど、お土産」
そう言って俺はミィに空中都市ラ・アルトマイドで買ってきたシルバーの髪止めを手渡した。
ミィはキョトンとしている。
「これ、何?」
「プレゼントだよ。ミィに似合うかと思って」
ミィは、それをためつすがめつ見ている。
「ありがとう。嬉しい!カシム」
そう言って、ミィは俺に抱きついてきた。
ミィのフワッとした匂いが、俺の鼻をくすぐる。
結局、欲望には逆らえない。俺もミィを抱きしめる。
ベッドに座った俺にまたがる様に抱きついている。俺は自分の鼻をミィの首筋に当てて、匂いを嗅いでいた。
ミィの匂いは俺を落ち着かせる。
昨夜感じた事だが、俺の中のミィ成分が不足していた。二週間の長旅は俺を常に緊張状態にしていたようである。
「はぁぁ……ミィの匂いは落ち着く……」
「うん……私もカシムの匂い落ち着く……」
俺達はイチャイチャタイムを楽しんでいた。

「ゴホン……」
リリーが部屋に入ってきた。
俺とミィは離れた。
「カシム、ペンダルトン商会に行きましょう」
「リリーって、遠慮しないんだな……」
俺は女性ってこういう時は、入ってきにくいと思っていたからだ。
「えぇ。邪魔しようかと思いまして」
リリーは変な事を言った。
「嘘です。そんな事をしてるとは思っていませんでしたので」
リリーは頬を赤くしていた。
「それは悪い事したな」
俺とミィは離れた。
「いえ、お二人が婚約しているのは知っていますので」


◆◆◆◆


ペンダルトン商会まで歩いていく。
ペンダルトン商会は、社長であるラウルおじさんと事務員のおばちゃんの二人しかいない。
基本的には、社長が商品を仕入れて、売りに出す。そのスタイルで長年やって来た。
「こんにちは」
「おぉ、カシムか。もっとゆっくりしてても良いんだぞ?」
「はい、実はおじさんに話がありまして」
その前にお土産の財布をおじさんに渡した。おじさんはいたく気に入っていた。こういう気配りはやはり必要なのかもしれないと思った。
俺はラウルおじさんに、ラ・アルトマイドの整備用部品の受注について説明した。

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