主役にはなりたくない〜田中司(41歳)がやりこんだゲーム世界に転生した件について〜

もりし

第2話 (シナリオif)カシムは仕事する

ギザトの町。そこは町工場が密集している工場地帯。
カシムは、小さな町工場で旋盤を使っていた。旋盤とは加工物を取り付けて、それを回転させて、刃物を当てて削り加工する機械だ。
円筒形の加工に適している。

「おい、これ何だよ?」
そう言ってステーは、カシムに金属のシャフトを見せる。
「何?」
カシムはピンときてない。ステーは眉がピクリと動く。
「お前が加工したシャフトだよ!オシャカだ!つまり売りモンにならねーっつってんだよ!」
「はあ……?」
カシムはやはりピンときていない。ステーは図面をぐいっとカシムに押し付ける。
「図面に書いてあるだろ?!直径10mmにしろって。しかも±0.05mm以内の精度だ。お前のは9.8mmなんだよ。納品しても返品くらうだけだ!」
つまり10.05mmから9.95mm以内の直径のシャフトを作らねばならない。それより太ければ削って直せば良いが、カシムが削り出したシャフトはそれより細いのだ。だから直せない。
作り直すしかない。
「はあ」
カシムは死んだ目で答える。
「お前が、ここで働かせてくれって頼んできたんだろ?!やる気あんのかよ?!」

ステーは、カシムが学生時代の知り合いである。当時は、ビフ、ステー、キースによくからかわれた。
カシムはそれが嫌だった。
だが、ミィがカシムに構わなくなってから、三人はカシムにミィと同様、構わなくなった。
あれから17年の月日が経った。
ステーは、自分の父親が経営する町工場で工場長として働いていた。
就職先の見つからないカシムは、ステーに働かせてくれと頼んだのだ。
ステーは過去にカシムを虐めていたが、ミィをビフに取られ、職もないカシムを哀れに思って雇った。
といってもステーの町工場も経営は苦しい。
本来ならカシム一人雇うのも厳しいのだ。
それを男気を見せて、カシムを使う事に決めたが、このざまだ。
だが、雇った以上クビにするのは気が引けた。
カシムには行くとこが無いのも知っていたからだ。
ステーは結婚して、親になったから自分の子供が虐められたら嫌だと思った。
自分がやっていたのに関わらず、そう思う。
そんなわけで、ステーは贖罪の気持ちもあって、カシムの面倒を見ている。
だが、カシムはその気持ちに答えない。
実際、カシムはステーの会社に利益をもたらさない。
何もしないでいてくれた方がマシな位だ。
それでも、ステーは我慢強くカシムに自分の技術を伝え教える。
最初は赤字の社員でも、仕事が出来る様になれば、黒字になると信じた。

「いいか、カシム。お前は最後の詰めが甘いんだ。一気に加工しようったってダメなんだよ。常に確認するんだよ。直径10mmまで、一気に削ったら、ホンの少しの手元の狂いで失敗するんだ。だから、10.2mm位まで削ってから、一度削るのを止めて、確認してそれから仕上げるんだ」
ステーはお手本を見せる。
「はあ」
カシムは気のない返事をする。
仕事中のカシムはいつもこんな感じだ。
ステーは内心ムカついていたが、これ以上言っても仕方ないと、自分の仕事に戻る。
カシムは再び旋盤を動かす。
ヘタでも仕事は真面目にする。
それだけは認めるステーであった。


◆◆◆◆


「カシム。あんた、聞いた?」
「何?」
自宅にて、カシムは母親と夕飯を食べていた。父親は夜勤なので不在である。
「ミィちゃん。二人目産まれたんだって。女の子よ」
カシムは、口をあんぐりと開けていた。
この前、坂道でミィと会ったから分かってはいたが、ショックを受けていた。

「ごちそうさま…」
「あら?もういいの?」
「あぁ…」
カシムは、食欲が無くなって夕飯を切り上げた。
自室に戻りベッドに座る。
部屋の天窓から月明かりが射していた。
カシムは、今まで何人か女性を好きになって、アタックしていたが、ことごとく断られていた。
だが、今ではそんな女性の事を思い出す事はない。
今カシムが思い出すのはミィの事だけだった。

「俺は何をしてるんだろうな」
カシムは天窓から覗く月を見ていた。


◆◆◆◆


それから1ヶ月。今日は給料日だ。
ステーの父親である社長はカシムを辞めさせたがったが、ステーはそれを「何とか使ってくれ」と頼み込んで止めていた。
カシムは徐々に技術を学んで上達してきていた。
社長と、ステーは作業中のカシムのもとへ行く。
社長は、給料袋を手渡す。
「ご苦労さん。君にとっての始めての給料だ。ステーの計らいもあって、少し色をつけといたぞ」
「ありがとうございます」
ステーも、
「これで、益々頑張らなくちゃならなくなったな」
と笑顔で言った。
「はぁ。それで社長、お話があるんですが」
「何だ?」
カシムは意を決して話す。


◆◆◆◆


「バカヤロー!」
町工場の外でカシムはステーに殴られた。
カシムは地面に尻餅を付いた。
「ぼ、冒険者になるから辞めさせてくれだと?!ふ、ふざけんじゃねぇよ!」
カシムは口を袖口で拭う。口の中が切れて血が出ていた。
「悪いとは思っている。だが俺は──」
「お前、自分が何言ってるのか分かってるのか?!今さら冒険者?!何才だ?!お前は32才だろ?夢見てんじゃねぇよ!」
ステーは鬼の形相である。だが、カシムは怯まない。
「32才だろうと、夢見てもいいだろ?」

「甘いんだよ、お前は!
今までお前が何してきたっていうんだ?
何もしてないだろ?
今さら冒険者になったって、死ぬのがオチだ。
そんな年になったら色々諦めて、手に職付けて、結婚するのが普通だろ?
それをお前はバカなのか?
ウチに来た時、最初、俺はお前は使えない奴だと思ったよ。
でも俺は学生の時お前を虐めていた。
悪いと思ってるよ。
だから、償うつもりで必死で仕事を教えたんだ。
それをあっさりと捨てて、冒険者だと?!」

ステーはまくし立てる。カシムと仕事を初めて1ヶ月。ステーはカシムにそれなりに思う事があったのだ。

「…すまない。ステーの仕事をバカにしているわけではない。立派な仕事だと思う。
だが俺は今の自分を変えたい。
俺は命を懸けても、違う世界でやり直したい」
カシムは折れない。
昔からカシムは虐められても、怯んだ事はない。
ビフの様な顔面が狂暴そうな奴にもだ。
一緒につるんでいたステーですらビフは怖かった。
ステーはカシムの事が結局理解出来なかった。
「……いいよ。お前の好きな様にしろ」
ステーは何もかもどうでも良くなった。
工場の鉄の扉を蹴る。
大きな音が辺りに響いた。
社長は二人の様子を黙って見ていた。
息子とカシムの関係を知って複雑だった。

カシムはペコリと頭を下げて、その場を去っていった。

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