主役にはなりたくない〜田中司(41歳)がやりこんだゲーム世界に転生した件について〜

もりし

第16話 見送りは賑やかに

「では、駅まで送りますので」
アルフレッドが運転席から、後部座席を覗いた。
「宜しくお願いします」
俺はペコリと頭を下げた。

「カシムは二度も姫様を助けたと聞いています。良ければその時のお話を聞かせてもらえませんか?」
リリーが俺に体を向けて聞いてきた。こういう話が好きなのだろう。俺はかいつまんで話した。
「素晴らしいですね。私も剣を嗜んでいますので、良ければ船上でお手合わせ願いたいのですが」
目を輝かせている。
「まぁ、いいですが」
多分、俺ではリリーの相手にならないだろうと思った。
リリーは現時点では現在のジーク並みの強さだ。
だが、俺が、どれくらい弱いのかを調べるためにもリリーと手合わせするのは悪いことではない。
「楽しみです」
リリーは笑顔を見せる。無視出来るレベルではない美少女。17才という事で俺よりも年上である。まぁ、中身は俺の方が大分年上なのだが。


◆◆◆◆


駅に着いた。俺とリリーは駅構内を歩く。アルフレッドは仕事があるとの事で、俺達を駅に送ると戻って行った。
「姫様を助けていただき本当にありがとうございます。感謝してもしきれません。このご恩には一生をかけて報いたいと思います」
と大袈裟に感謝されたので、俺はお気持ちだけで充分ですと、断っておいた。
大袈裟ではなくマジっぽいので、それはそれで勘弁してもらいたかった。

乗降口に着いた。
「ラーナが、俺に特別な便を出すって言ってたけど、どれだろう?」
飛空艇が幾つもあって分からなかった。
リリーは指して答えた。
「あれですよ」
俺は目を見張った。

プリンセス・ラーナ号

特別な便とはこの船の事だったのか。ゲームでもこれに乗船するシナリオルートは稀である。
ラーナ姫との親交度を深めた上で、とあるミッションに時間的に間に合わない時に、彼女が乗せてくれる様な船だ。
それは殆どゲーム後半の最終章といってもいい話である。
それが、序盤に登場した。
高性能の飛空艇なので、本来ならギザトの町まで4日かかるところが、2日で着くだろう。結果的に予定より1日早く帰れる事になる。
「ラーナは何でこの船を?」
俺が疑問を口にすると、
「姫様は大変感謝しております。それに自分の我が儘で1日余計に滞在させてしまったと言っておられました。それに報いるのは当然だと」
「……そうですか」
俺は信じられないといった顔をしていたと思う。
鈍感なライトノベルキャラになれない俺は、ラーナ姫の好意を感じていた。
だが、例え自分に好意があっても応えられない。
俺はミィと添い遂げる人生を送ると決めているからだ。


「カシム兄ちゃん!」
俺はその声に振り向いた。
と、同時に俺に抱きつく。誰かはすぐに分かった。

ルンである。

「あれから連絡もなしに何処にいたんだよ?心配しただろ!」
ルンは怒っている。
「ごめん。あれから色々あったんだ」
「まぁ、いいけどよ」
あっさりと許してくれた。ルンを下ろすと俺はその姿に驚いた。

真っ白なワンピースで、すっかり女の子っぽくなっていたからだ。それに、足元は──
「俺の靴!」
「いいだろ?くれるって言っただろ?」
「言ったけど、サイズは合うのか?」
「合わねーよ。だから詰め物して履いてんだ」
「ルン。お前……」
「何だよ?」
俺はルンを抱えあげ、ぐるぐる回し、
「お兄ちゃんのモノを身に付けたいんだな?か、可愛い奴!」
と言った。
「止めろ!下ろせ!恥ずかしいだろ」
ルンは本気で嫌がったので俺は下ろした。
「ったく、子供扱いすんなよ」
ルンは怒っていた。

「カシム様」
違う女性の声が俺の耳に届いた。エリンだ。
「エリンが、あたいをここまで連れてきてくれたんだ」
ルンが俺にそう説明した。
「エリン。ありがとうございます。ルンの事は気になっていたので、感謝します」
エリンは俺の言葉に微笑む。ルンが不思議そうな顔で俺を見る。
「何だよ。その言葉使い。兄ちゃんらしくねぇなぁ」
「そうか?まぁ、エリンにはそんな感じで話してたからな」
そう言うとエリンは俺の前に歩み寄り、
「では、今後は楽な言葉使いで話しましょ。ね?カシム」
と言った。俺はちょっと驚いたが、
「分かった。エリン。今回は世話になったな。また、いつか」
ラ・アルトマイドとの取引が進めば、いずれこの空中都市に戻ってくるのだから、縁があれば会うだろうと思った。
「はい、ぜひ」
俺とエリンは握手した。
「全く、鼻の下伸ばしてなさけねーな」
ルンが、俺に悪態をついた。
「可愛いメイドなんだから、仕方ないだろ?」
思春期の男ならまだしも、俺は中身おじさんだから、素直に感想を言う。
「っだよ!」
ルンは、俺のすねを蹴った。
俺はあまりの痛さに転げ回った。
「何するんだよ?!」
俺はすねを擦る。するとエリンが、
「そうですよ、ルン。私が可愛いメイドなのは、カシムの折り紙付きなんです。焼きもちはやめなさい」
と叱った。
「っだよ。エリン、兄ちゃんに誉められたからって調子乗んなよな」
ルンは、エリンにも怒っていた。見境いないなコイツ……。


◆◆◆◆


「まもなく、プリンセス・ラーナ号は、離陸します。乗船して下さい」
船員が声をかけてきた。客は俺とリリーだけだ。

「待って!」
乗り込もうとした俺は振り向いた。ラーナ姫だった。
彼女はザックリしたワンピースを着ていた。
胸が揺れていて意外にあるんだと知った。

「ハアハア……」
ラーナ姫が俺の前で息を荒くしていた。そして、「ふー」っと一息つくと、
「間に合ったわ。公務があったから急いで終わらせて来たわ」
ラーナ姫が、俺の手を取る。
「また、会えるよね?」
熱っぽい視線に答えあぐねた俺である。

「あの、次の船が待ってますんで、急いで下さい」
船員が、焦っていた。
定期便とは違う船なので、乗船時間が短い。次の船が控えていた。

「えっと……多分会えると思うよ」
どちらにせよ、マイトがいなければ俺はまたラ・アルトマイドに来ることになるし、ラーナ姫と関わらなければならないのだ。
「そう。良かったわ」
そう聞いて安堵したラーナ姫の笑顔は、可愛かった。


「急いで下さい!」
船員が声を荒げていた。ラーナ姫がいてもお構い無しだ。
それくらい時間に厳しいのだろう。
俺は走って、乗降口に入る。

飛空艇は駅を飛び立つ。
俺は来た時とは、全く状況が変わったと感じていた。
見送りに三人の女性。
ラーナ姫とエリンは、俺に小さく手を振っている。

ルンは「カシム兄ちゃん!」と叫んで、駅を走り出した。
「ハハッ!なんだよ、あいつ。走ってもどうしようもないだろ」
たが、俺は来る時と同じように泣いていた。
おじさんの俺は涙もろいのかもしれない。

本当の妹ではない俺の妹。
口は悪いが意外に世話焼きで甘えん坊。

ラーナ姫やエリンとの出会いも良いけど、ルンと出会えた事は今回の俺の一番の思い出となった。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品