主役にはなりたくない〜田中司(41歳)がやりこんだゲーム世界に転生した件について〜

もりし

第10話 カシム メイドと仲良くなる

俺はメイドに服を着替えさせられた。
恥ずかしいので、自分で着替えると言ったのだが、ダメらしい。貴族のルールみたいなのがあって、メイドが着替えを手伝うという。
しかも、それがメイドの仕事を奪うという行為になり、色々と面倒な事になると言われ、俺は恥ずかしいが着替えさせてもらった。
しかも先程俺がみとれていた可愛いメイドに、である。
歳は俺と同じくらいだろうか。
「メイドさんは、幾つですか?」
「15歳です」
「あ、じゃあ俺と同じですね」
メイドはニコッとして
「そうですね」
と言った。テキパキと服を着せてもらうと、それはタキシードであった。
「えっと…これは?」
俺は戸惑う。その意図を察したメイドは、
「今日の晩餐会にカシム様も出席されるという事です」
と説明された。
「え?一般人の俺が?」
「ですが、姫様を救出されたカシム様は公賓扱いになっていますので」
「公賓?!」
モブキャラである俺が急にそんな扱いになってしまい戸惑う。
「俺は只の貧乏な家の者でして、ラーナ姫を助けたのも、たまたまの奇跡みたいなモノですから、そこまでして貰わなくても」
クルード大臣の言った通り、現金で褒美を貰って追い出してくれた方が良い。それをメイドに言うと、
「そんな事は出来ません。姫様も大変感謝してますし、私もカシム様のお世話をさせて頂くのはとても光栄に思っていますので」
と、メイドは可愛い笑顔で話す。若干頬が赤くなっているのは興奮しているからなのか。
彼女の身になってみれば、15歳の若さで公賓の世話を任されているのだから、やる気に満ち溢れているのかもしれない。

「カシム様、こちらへ」
メイドは準備が出来た俺を別の部屋に案内する。ちなみにエリンと言う名前だ。
「可愛い容姿と名前がイメージ通りですね」
と言ってみたらニコッとしてくれた。
挨拶程度にとられたようだある。
モブキャラ同士だと、気さくに話せる気がする。この会話も【女性と話す時のマナー講座】という本の受け売りだ。俺もタイタンソードマジックオンラインのヒロイン攻略で勉強した口である。
エリンは、別の部屋のドアを開けた。
「カシム」
中から俺を呼ぶ声。
赤いドレスに身を纏っている彼女はとても美しく、俺は息を飲んだ。
「ラーナ。何と言うか……可憐だな……」
俺には大した語彙力は無い。きっと詩人ならペラペラと美しい言葉を並べ立て彼女を称賛した事だろう。
ゲームでも俺の彼女の美しさを称賛する言葉に、「ありがと」とあっさりした反応を示す程度だ。
今回もそんな感じだろうと思った。
だが、ラーナ姫は俺の近くまで寄ってきて、上目遣いに
「ほ、本当に、そう思ってる?」
と、おずおずと聞いてくるのだ。
「う、うん。そうだけど」
「良かった。カシムにそう言ってもらえて」
満面の笑みで彼女は喜ぶ。
何だ?この反応は?マイトの時とは違うその反応に俺は戸惑った。
「さぁ、行きましょ、カシム」
そう言って俺の手を引く。確かに俺の胸は高鳴っていた。ミィがいなければ恋に落ちてもおかしくなかっただろう。

ここ数日、連日連夜、晩餐会と称して宴が行われていた。多くのVIPが、ラーナ姫に自分の顔を覚えて貰おうと売り込みに来る。

今日の晩餐会は、仮面舞踏会である。
俺も仮面を付けた。ラーナ姫をエスコートして俺は晩餐会へ行った。
もちろん主役は彼女であり、俺はそこだけ役目を果たすと蚊帳の外となる。
彼女は、各地の要人との謁見があり、代わる代わるに挨拶する。
いつの間にか、彼女のそばにはアルフレッドが控え、俺はそれを遠くから壁にもたれて見ていた。
「何か飲みますか?」
エリンが俺に聞くので、
「水をお願いします」
彼女は俺に水を持ってきてくれた。
その間に音楽が会場に流れると、社交ダンスを各々始める。
ラーナ姫と踊りたい各地の要人、貴族が列をなしていた。
世界のヒロインとしては当然だ。俺の様なモブキャラには過ぎた世界だ。

俺はエリンが持ってきた水を一気に飲み干すと、
「エリン、踊りませんか?」
「いや、私は……」
ここで、メイドが踊ったら後で怒られてしまうだろう。そこで俺は彼女の手を引いて、外のバルコニーへ行く。
「ここならいいですか?」
「え?でも……」
やはり、メイドとしての業務の範囲を越えているのだろう。俺はそれには構わず、彼女を引き寄せ腰に手をやる。
「俺も多少は踊れるんです」
ゲームでは社交ダンスを踊るシナリオもあったので、基本的なステップはおさえていた。
そうして俺はステップを踏む。
エリンは遠慮がちであったが、少しずつステップを踏んで俺に付き合ってくれた。
田中司が、恋したヒロインであったラーナ姫は、この世界では他の誰かと結ばれる運命だ。
俺はそこだけは間違ってはいけない。
モブキャラカシムの結ばれる女性は、ミィである。

俺は、何となくセンチメンタルな気持ちになり誰かと踊りたかったのだろう。これがマリッジブルーというやつなんだろうか?勿論俺はミィが一番好きだ。だが、田中司だった頃、俺は擬似的ではあるがラーナ姫に恋をしていた。モテないオジサンの唯一の心のオアシスとして、それは確かに存在していた。
この2つの感情が、混在しているのもまた、転生者の特徴なのだろうか。正直そこを深く考えると危険な気がする。自分とは何か?なんて頭がおかしくなりそうだ。

ダンスに不慣れなエリンは俺とゆっくり踊ってくれた。
エリンはメイドであるから、必要以上のおしゃれをしていない。化粧もホンの少しで、エリンからは労働者としての、汗の匂いがした。
でも全然嫌な感じではなく、むしろ俺にとっては好ましい匂いだ。

バシャン
大きな音と共に、フラッシュを浴びた。

見るとカメラマンに写真を撮られた。
異世界のカメラはとても大きい。
カメラマンはニコッと笑うと次の場所へ移っていった。
「あれは一体?写真を撮られたようですが」
「王都新聞の者ですね。きっと晩餐会の記事を書くのでしょう」
「そうなんですか……」
俺達は写真を撮られたが、モブキャラ同士である。採用される事はないだろう。


◆◆◆◆


後日談だが、この日の記事が王都新聞に載っていた。
一面には、ラーナ姫の華麗なドレスの姿。

そして、記事の下の方に、仮面舞踏会の写真が、色々と載っていた。俺とエリンがバルコニーで踊る姿の写真もあった。
まぁ、仮面をしているから、誰にも分からないだろうと俺はたかをくくっていたのだが。

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