主役にはなりたくない〜田中司(41歳)がやりこんだゲーム世界に転生した件について〜

もりし

第7話 兄(仮)として

5日目の朝。
いつも裸で寝ているルンにも馴れてきた俺だ。
別に彼女の裸を見た訳ではない。彼女が着替える終わるまで灯りは付けていない。
子供とはいえ女である。それにミィに悪い気がした。そう思うなら出ていけば良いと言われそうなモノだが、俺はルンに対して兄の様な気持ちが芽生えていた。俺はルンの今の生活環境を何とか出来ないかと考えていた。
やはりこの歳で盗みを生業なりわいとしているのは問題があった。
だが、今のところルンは盗みをしていない。
これは自惚れかもしれないが、俺がいるからではないかと思っている。
甘えたい年頃。子供が一人で生きていくには苛酷である。家族がいれば、少しは違った結果になっていたかもしれない。


◆◆◆◆


「カシム。服着たよ」
「おう」
そう言って俺は灯りを付けた。朝とはいえ、窓ひとつない部屋である。灯りがなければ真っ暗だ。
そこへ、家の鉄のドアを乱暴に叩く来訪者がいた。
「はいはい」
ルンはドアの鍵を開けた。すると太い腕がルンの細い腕をがっしりと掴んで、部屋から引きずり出した。
「てめぇ!!俺の所に顔も出さずに、どこほっつき歩いてんだ?!!」
「ぎゃっ!」という声が聞こえて俺はガンソードを持って外へ出た。慌てて外に出たせいで俺は裸足である。

殴られたらしい。ルンの唇から血が出ていた。俺は髪の毛が逆立っていた。
「今から観光客目当てに仕事行ってこい!」
男は丸太の様な太い腕。角刈り。分厚い唇と長いまつげと、出っぱった頬骨が特徴の男だ。両腕は鉄製で、義手になっている。いかにもパワーのありそうな義手だ。
腕力で、スラムの世界をのし上がってきたんだろう。

「タブラの旦那……あたいはもう……」
「ごちゃごちゃ何言ってんだ?早く行けよ!」
「い、嫌だ!あたいはこの世界から足を洗いたいんだ」
ルンが強い意思を持って言った。
「はぁ?!足洗ってどうやって生きていくんだ?お前はやるしかねぇんだよ!てめえは何の取り柄もねえ、うすぎたねぇ小悪党だろうが!」
ルンはそれを聞いてうなだれる。だがそれも一瞬だけである。ルンは顔を上げ、
「確かにあたいは、盗人で何の取り柄もねえよ。だけどよぉ。こんなあたいでも、親切にしてくれる人がいるんだ。そいつ頼りねぇのに頼れってしつこいんだよ。弱そうなのに、お金も全然ないのに、あたいに優しくしてくれるんだ!そんなに優しくされたら、悪い事なんてやりたくなくなるよ!」
タブラに自分の気持ちを訴えたルンである。彼女は泣いていた。野次馬が集まって来ていた。

「ちょっとこっち来いや!粛清してやる!」
そんなルンの気持ちを聞いても、タブラの気持ちは変わらない。ルンの髪を掴んで、連れて行こうとする。

俺は自分の魔力をガンソードに込めて、タブラの手首を斬った。機械の手首がボトリと地面に落ちた。
そして、ルンを腕に抱きタブラから引き離す。
「むう……」
タブラという男が唸る。
「カ、カシム。何で?」
「ルン、良く言ったな。兄ちゃん嬉しいぞ」
俺はルンの頭を撫でた。いつものルンなら「子供扱いするな」と怒るが、今回は俺にされるままであった。
「それから俺、別に弱くないから。兄ちゃん、こんな奴すぐやっつけてやるからな」
「カシム…」
ルンは大粒の涙を流している。

「てめぇか?!ルンは腕の良いスリなんだ!それをてめぇが腑抜けにした!」
「……」
俺はタブラを無言で見ていた。語る言葉は無い。
俺は日本人だからだろうか。こういう世界に疎い。
それに、こんな奴でもいないと、ここに住む子供達は困るのかもしれない。
でも、俺がどうするか、結論は既に出ている。盗みを止めたいといったルンを無理矢理やらせようとするなら、それは大人のエゴでしかない。

魔力を込める。ガンソードが帯電する。
青白く強い光をおびただしく放つ。
それは俺のタブラに対する怒りを表している様であった。
タブラは、俺に向けて丸太の様な腕で殴りかかる。当たれば俺は即死だろう。
ガンソードの刃が、奴の拳に当たる。
刃がバターのように柔らかく機械の拳にめり込んでいく。
タブラは驚愕の表情をしていた。
その刃が、奴の顔面に届くまで一瞬である。
タブラの顔面を打つ。強力な電流が、タブラの全身に流れる。黒焦げになったタブラは倒れた。


◆◆◆◆


「署まで来てもらう」
騒ぎを聞き付けた憲兵が俺を拘束した。
後ろ手に縛られ連れて行かれる。

「カシム!」
振り返るとルンの姿。
「何で連れていくんだよ!カシムはあたいのために…」
別の憲兵がルンを抑える。
「ルン、止めろ!お前まで捕まるぞ。それは兄ちゃん許さないからな」
俺が制する。
「カシム……」
ルンは泣きそうだ。
「あ、それから俺のブーツはルンにあげるわ。使ってくれ」
まだ、現金が入っている。一人なら、もうしばらく食べていけるだろう。ルンもその意味を分かったらしい。
「とっとと歩け」
憲兵に促され俺は歩き出す。
「カシム……カシム兄ちゃん!」
やっと、兄ちゃんと呼んでくれたか。俺は嬉しくなった。


◆◆◆◆


「黙ってちゃ分からんだろ!」
詰所で取り調べを受けてる俺は怒鳴られる。
俺は黙秘した。ルンにまで捜索が及ぶと思ったからだ。
もう既に二時間位はこうして拘束されていて、うんざりしていた。
明日も拘束されてしまえば、明日に起こるゲームオーバーのシナリオをこなせなくなる。

タブラは幸いにも命だけは助かったらしい。もし死んでいたら、田中司の性格だと罪悪感にさいなまれる筈だ。
だがもしタブラが死んだとしても、俺はそうならないだろう。何故か。それは多分にカシムの考えや性格の記憶が、俺に少なからず影響を与えているのだろう。
強いて言うならカシムは冒険者の血筋なのだ。
能力が低いだけで、根っからの冒険者。
やられたらやり返す。だからビフに対しても、剣術の授業で滅多打ちにされても、殺意を持って立ち向かっていた。
ビフは気がつかなかっただろう。
力に差がありすぎた。
カシムは自分に危害を加える者に対して手加減しない。
死を持って償わせようとするのだ。
弱すぎて、それは叶わなかったが。

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