主役にはなりたくない〜田中司(41歳)がやりこんだゲーム世界に転生した件について〜

もりし

第1話(シナリオif) カシムは後悔する

「カシム、いつまで寝てるの?いい加減起きなさい」
カシムの母親は窓を開ける。冷たい風が部屋に入ってきた。
カシムは眠い目を擦りながら
「さみぃよ」
更に毛布に縮こまる。
「掃除するから出て行ってくれない?邪魔だから」
母親はジロリとカシムを睨む。子供の頃とは違い、お荷物として見られていた。
「あぁ……」
カシムはのそりと立ち上がり部屋を出た。

◆◆◆◆

カシムは32歳。
ボロいスニーカーのかかとを潰して履いて外に出る。髪もボサボサで無精髭がはえていた。
今は無職。色んな仕事を転々とした。運送業、建築業など。就職しても2年ともたない。一度辞めると一年近くは無職で惰眠を貪る生活。
父親からカシムに家を出ていけと言われたが、出ていかなかった。出ていこうにも出ていけない。生活費も満足に稼ぐ事が出来なかいからだ。学生の頃は父親の稼ぎが少ないからウチは貧乏なんだと文句を言っていたが、それにすら届かない。
「俺に向いてる仕事が無いんだ。世間が悪い」
などと、意味の分からない言い訳をしていた。
学生の頃からバカにされがちなカシムは友達もいない。

◆◆◆◆

散歩がてら歩いていると、喫茶店に着いた。
カシムは店内に入る。
「いらっしゃいませ」
学生らしき女の子がウェイトレスをしていた。
「ミルクティ」
カシムは注文した。
「ふぁ……」
カシムは頭をボリボリかいて、欠伸あくびする。完全に落ちぶれていた。

◆◆◆◆

15歳の時、この店でカシムは当時勤めていたウェイトレスに告白した。ミィに借りたお金で買ったシルバーのネックレスを彼女に突き出して、
「こ、これ。プレゼント!お、俺と付き合って下さい」
ウェイトレスは苦笑いをして、
「いやぁ……無理です。ごめんなさい」
あっさりと振られた。その時ミィと一緒に来ていた。ミィはショックを受けた顔をしていた。
それからミィとは疎遠になった。
うっとおしいと思っていたミィがいなくなって、清々せいせいしたカシムであった。
それに、ビフ、ステー、キースの三人組がカシムに話しかけることが無くなった。おちょくられるのが嫌だったカシムだから、それは良かった。

だが、ミィがカシムに絡まなくなってから、ミィの弁当を食べる事が出来なくなり昼食は母親の作る味気ない弁当になった。
卒業までのひと月はミィが迎えにこないから、遅刻が止まらず、毎日先生に怒られた。
テストも赤点で、このままでは卒業させられないと、追試や、課題も与えられ、夜遅くまで先生にマンツーマンで勉強させられた。

就職先でも遅刻が止まらず、怒られた。それだけならまだしも、解雇になった。
ミィがいたおかげで、何とか人並み以下ギリギリでやっていたのが、いなくなった事で人として堕落が止まらなくなったのだ。
自分のポテンシャルは低く、ミィが助けてくれていたのだと、カシムが気付いたのは随分後になっての事だ。

当然、女にもモテない。自尊心が強く、告白すれば彼女が出来ると思っていたカシムは、そうじゃないと気付いたのは、最近の事だ。
町中の可愛らしい女に恋をしては、告白して振られるパターンしかカシムにはなかった。カシム自身は、女の方に見る目がないと本気で思っていた。
モテないと気付いた現在でさえ、何とかなると思っているカシムだから始末に悪い。

◆◆◆◆

カシムは喫茶店を後にする。

町は開発され発展していく土地と、開発されない変化しない土地に分かれていた。カシムが立つこの場所は発展していない場所だ。
30年以上も変わらない景色を眺めるカシムだ。

「カシム?」
呼ぶ声がしたので振り返った。
ミィだった。
「久しぶりね」
「あぁ……」
ミィはお腹が大きくなっていた。
「何ヵ月?」
「もうすぐ産まれるわ」
「そうか……」
小さな男の子と手を繋いで歩いていた。
「ほら、挨拶しなさい」
「……こんにちは」
男の子はジロリとカシムを睨んで挨拶した。父親に似て目付きが悪い。
「こんにちは」
カシムは挨拶を返した。

カシムと疎遠になって10年経った頃だったか、ミィはビフと結婚した。
あれからビフはミィにアタックし続けていた。
ビフは大きな建設会社の社長になっていた。
コツコツと顧客を増やし、いくつものプロジェクトを成功させ、町でも有数の資産家になった。
そんなビフは子供の頃から好きだったミィを諦める事は無かった。
学生の時はミィはカシムにかかりきりで、相手にされなかったが、そんなビフの想いは届いて、今では幸せな家庭を築いていた。

「元気にしてる?」
「あぁ。ミィは?」
「元気よ。今は出産だからこっちに帰って来てるの」
「そうか……」
カシムの心にあの頃の気持ちがよみがえる。
あの、うっとおしいと思っていた気持ちは何だったのか。
「ほら、襟が乱れてる」
ミィは昔みたいにカシムの襟に手を出す。
が、途中で止めて、
「……なんてお節介してたっけ?」
「そうだな。今にして思えば助けになってたな」
「あら、今さら後悔?」
ミィは冗談めかして笑う。カシムはそれ以上答えられなかった。
「……じゃあ、行くね」
「あぁ」
「バイバイ、カシム」
「あぁ……」
ミィは息子の手を引いて去っていく。息子はこちらを振り向いて睨んでいた。
「ママぁ、あのおじさん誰ぇ?」
「ママが昔、好きだった人よ」

風に乗ってカシムの元にその声が聞こえた。
カシムは町の景色を眺める。
ミィが町で一番の美人だと気付いたのは、卒業して何年も経ってからだ。
何度か謝ろうとしたが、下らない意地がそれを邪魔した。
また、いつもみたいに自分の元にやってくると思っていた。だが一度もカシムを訪ねて来る事は無かった。
全ては遅すぎた。

町を眺める事しか出来ないカシムはこの町と同じで何も変わっていなかった。
愚かな男、カシムの物語は一つも始まっていなかった。

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