主役にはなりたくない〜田中司(41歳)がやりこんだゲーム世界に転生した件について〜

もりし

第10話 王都へ

「カシム、忘れ物ない?ハンカチ持った?ティッシュは?」
「オカンか?!」
ミィは俺の事が心配なんだろう。
「ミィ、カシムもいっぱしの大人になろうと思い立って今回の一人旅の計画を立てたんだ。そんな心配してどうする?」
おじさんがミィをなだめた。
「だって…」
ミィは目に涙を貯めている。
ミィはカシムと生まれた頃から一緒だった。離れるのは初めての事なのだ。
「別に帰ってこない訳じゃないんだから、そんな顔するなよ。俺だって世界を見て見聞を広げようって思ってるんだから」
俺はそんな事を言ってミィの頭を撫でる。

「寂しいよ。カシムと離れるのヤダァ」
泣き出した。ミィは小さな駄々をこねる女の子のようだ。15歳の女の子とは思えない。
父親の前だというのに、俺に抱きついて離れない。
「カシム、すまないな。聞き分けの悪い娘で」
おじさんも、こんなミィは初めて見たようで、対処に困っている感じだ。
「いえ、まぁこんな感じのミィも可愛いもんです」
俺は前世では、こんなに女性に慕われた事は無かったので、実は嬉しかったりする。
「あ、そうだ。カシムこれは餞別だ」
そう言っておじさんは俺に封筒を渡す。
「これは?」
中にはお金が入っていた。
「何かと入り用だろ?旨い飯でも食べてくれ」
「おじさん、ありがとう。では遠慮なく」
俺は親から少しの現金を貰っていたが、何が起こるか分からなかった。
軍資金は少しでも多いに越した事はない。
「カシム、私のお小遣いもあげるぅ」
ミィは自分の財布を出した。
「それはいらない」
「なんでよぉぉ!」
何を言っても泣くので、俺は面白くなって笑ってしまった。
おじさんも苦笑していた。
「もぉぉ、笑わないでよぉ!」
泣きながら俺の胸に顔を押し当てるミィ。
流石にこれ以上は、ミィに出してもらうのは気が引けた。
俺はかなりミィに甘やかされている。ダメ男になりそうだ。


「王都へお越しのお客様は2番ゲートへお進み下さい」
アナウンスが流れた。もう行かなくてはならない。


「ミィ、あんまり泣くなよ。せっかくの美人が台無しだ」
「うぅ…」
俺はハンカチでミィの涙を拭く。鼻に持っていくとミィは「チーン」と鼻を噛んだ。

「それじゃあ、二人共、二週間程で帰りますんで」
「カシム、頑張ってね」
「カシム、しっかり世界を見てこいよ」
「はい」
俺は2番ゲートに向かった。


◆◆◆◆


チケットをカウンターで見せて、荷物をチェックされる。ガンソードの武器などは持ち込み自由と、何とも緩い。
そう考えると何のために荷物をチェックしているのか分からなかった。
もっとゴツい武器だと没収されるのだろうか。

ここは駅だと言ったが、別に列車で行くわけではない。

【飛空艇】。
空の船で俺は王都へ向かう。木と金属を組み合わせた船。スチームパンクの世界観そのままだが、俺はこの設定が好きだ。空を飛ぶ船と言えば分かりやすいだろう。形は様々であるが、俺が今回乗るのはフェリータイプの形状だ。客を乗せて運ぶ船である。


列車と飛空艇の停車場所をタイタンソードマジックオンラインでは、【駅】と読んでいる。駅は多重構造になっていて、上部は飛空艇。下部は列車の停車場となっている。


王都へは片道4日かかる。今回は二週間の旅だから、移動に8日、王都滞在に6日となる。今回のゲームオーバーにつながるシナリオは6日間の内に始まって終わる。
と言っても初日と最終日にそれが起こるだけである。その間はラーナ姫との親交を深めるイベントがあるのみだが、モブキャラであるカシム、つまり俺には関係ない。
仮に、主人公が現れず、俺が初日と最終日のシナリオをこなしたとしても、ラーナ姫との親交を回避出来るルートもあるので心配はない。これはラーナ姫ではなく他のヒロインと親交を深める時に取るルートなのだが、これを利用しようと思う。

と言っても、ラーナ姫の攻略は難易度が高いので、普通にしてれば、何も起きないと思う。

ラーナ姫と攻略に関してはマイトで色々試して、何年もかかった記憶がある。タイタンソードマジックオンラインは、女性キャラに対して決まった攻略法があまりない。AI内蔵なので、ゲーマーのコミュニケーション能力も必要で、女性を口説けない男はかなり苦労する。その為、女性と会話するモテテクみたいな本が売れた。

モブキャラであるカシム(田中司)には関係の無い話だ。ミィとの婚約がそもそも奇跡なのである。
よほど心配はないだろう。

マイトが登場してくれれば、問題はない。俺は念のために行くのだ。

「まもなく、当船は離陸します」
乗客はデッキに向かう。
飛行機だと、座ってシートベルトを付けるものだが、異世界の飛空艇は乗客への安全面がゆるい。
俺もデッキに登った。駅の屋上には見送りの人達が手を振っていた。
俺はその中にミィとおじさんの姿を見つけた。
俺は手を振った。
ミィは俺の姿をすぐ見つけたようだ。こっちを向いて手を振っている。
飛空艇が駅から離陸した。
俺とミィの距離が離れていく。
たまらなくなったのだろう、ミィはおじさんの胸に顔を埋めて泣いていた。

「はは……全く、二週間だけだっつーのに……」
だけど、俺も泣いていた。41歳にもなって恥ずかしいが、俺もやっぱりミィと離れるのは寂しいのだ。

町が小さくなっていく。
カシムが15年過ごした町。
俺が1ヶ月過ごした町。

もしカシムと話せるなら言ってやりたい。
あんないい女の子をうっとおしがるな。
あんないい女の子と縁を切ろうとするな。
あんないい女の子は世界に一人だけだ。

だから俺は、自分の幸せのためにも、この世界が壊れないか見てくる。

モブキャラとして。

          

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