主役にはなりたくない〜田中司(41歳)がやりこんだゲーム世界に転生した件について〜

もりし

第8話 もはや救世主になれないモブキャラである

ビフと、ステーと、キースの三人組は病院送りになった。カシムの筋力でも、クリティカルヒットすれば、ある程度の結果が見込める事が分かった。
逆に言えば、ミィの父と対戦した時のようにクリティカルヒットしないと、カシムの筋力では大したダメージにならないという事だ。

カシムの父親も、ミィの父親も元冒険者である。どちらが冒険者として上だったかは、今の生活を見れば明らかである。
カシムの家が貧乏なのは、単純にカシムの父親が弱いというゲームのヒエラルキーに沿った結果なのである

それ故、ミィと幸せで裕福な結婚生活を思い描いていた俺は舐められる訳にはいかなかった。

先生にはやり過ぎだと叱られたが、タイタンソードマジックオンラインの世界なら、甘い事は言ってられない。弱肉強食の世界。

そして、今回の件で今後の剣術の授業は防具を付ける事になった。
何故、カシムがボコられている時は助けてくれなかったのか。
要するに俺は底辺のモブキャラで、先生にとってもとるに足らない生徒の一人でしかなかったのだろう。
加えてビフの家は建築業を営んでいて、それなりに裕福である。
学校の体制が、カシムよりビフの方が有利なのは、実家の力関係を表しているのだろう。

◆◆◆◆

教室に戻るとミィが待っていた。
「大丈夫だった?」
心配そうな表情で、ミィが俺に近づいてきた。俺は彼女から自分の学生鞄がくせいかばんを受け取った。
「ありがとう。こってり絞られたよ」
俺はそう言ってミィの手を引いて歩き出す。

辺りはすっかり暗くなっていた。
カシムは友達がいない。ミィしかいない。
今回の三人組との試合だって、もし中身が田中司じゃなくて只のカシムなら怪我していたのはカシムだろうし、誰もカシムの代わりに剣を握って仇を取ろうとする者はいないだろう。
俺はあの三人組が少し羨ましくもあった。

「以前は先生に怒られたら下を向いてたのに……何だか遠くに行っちゃいそうね。カシム」
ミィは少し寂しそうだ。
「はい?結婚するのに、遠くも何もないだろ?」
「そうだけど」
女心は難しいと思う俺だ。ミィにしてみれば別人のように頑張り、剣の腕も急成長したように見え、おいてけぼりを食らったような気になっているのかもしれない。

金属の坂道をのんびりと歩く。この辺りは人がいない。
「ミィを幸せにするんだ。下を向いていられない」
俺はミィの腰に手を回し引き寄せる。
15歳の健全な女の子らしくムチムチとしていて、しっかりご飯を食べて運動していると分かる。
俺と向かい合わせになって、ミィは頬を赤くしていた。毎日見ているミィの顔だが、全くもって可愛い。
「……うん。分かってるよ。カシムが頑張ってるのは。パパも認めてる」
「そうか、それは良かった」
瞳を潤ませてミィは俺を見つめている。
俺はミィの額にキスをする。俺はミィの下唇を指でなぞる。
ミィは頬を赤くして目を逸らす。
性欲を抑えているが、いつ手を出してもおかしくない俺だ。
ミィも別に拒まないし、俺次第なんだろう。
俺はミィの首もと、鎖骨の辺りに顔を埋めて、匂いを嗅ぐ。
この世界に来てからの俺の癖になっていた。
ミィの匂いが俺を安心させている。
正面を向き合って顔を埋めるから、ミィの柔らかい胸の谷間が俺の顎に当たるので、その感触も気持ちが良かった。ミィは俺の頭を両手でギュッと抱きしめている。

いつまでも、こうしていたい。が、あまり遅くなるとミィの父親も心配するだろう。
俺は再び手を引いて歩き出した。

◆◆◆◆

俺はやっと【オーブ】を発見した。
人の家の屋根に転がっていた。こそこそと登って取った。
雷撃のオーブである。町で見つかる【オーブ】としてはレアな部類だ。
カラーは白に近い黄色で、ピンポン玉より少し大きい。こんな物が転がっていても、町の人が気づかないのは、ゲームでも同じだ。
やはり、タイタンソードマジックオンラインの世界だと実感した。
【オーブ】の使用方法は装備に付いているスロットに装着して使う。
スロットの数が多ければ使える攻撃魔法の数も増える。初期の【オーブ】だと自身の魔力消費量が1に対して一回攻撃魔法を使う。
俺の魔力は10であるから、1日に10回の攻撃魔法が使える。1日寝れば魔力は回復する。
魔力はレベルが上がれば増えるのだが、カシムはモブキャラである。上昇値は期待出来ない。
俺がミィのおじさんや、ビフとやりあえるのはゲーマーとしての技術で補っているからである。
ちなみに魔力10というのは全くもって使えない。生活魔法で【火起こし】があるのだが、それが魔力消費量が10なのである。
つまり生活魔法は1日一回しか使えないから、冒険者として旅に出ても全く役に立たないのが、カシムという男のポテンシャルなのである。
だから、【オーブ】は俺にとっても生命線である。魔力消費が1で済むのだから、何としても手に入れておきたかった。

◆◆◆◆

学校の勉強も頑張った甲斐があって、俺の成績は上がっていった。
若い脳というのは吸収力があるのかもしれない。今までのカシムでは考えられない程の成績の上がり方であった。
先生は、「最初からこれくらい頑張っていてくれれば」と悔しい顔をしていた。


自分の両親にもミィと結婚すると報告したら、二人共泣いて喜んでいた。
二人共、俺がミィに愛想を尽かされて、振られると思っていたと言うのだ。
まぁ、確かにあのカシムのままなら、二人の関係は終了していただろう。
ただ、今だに俺はミィの弁当を食べていたし、喫茶店に行ってもミィに奢ってもらっていた。ミィにあげたペンダントもミィの小遣いだし、全くもって格好がつかない。
本当に金が無いのだ。ミィは気にしなくていいと言うのだが、41歳の田中司としては、情けない限りだ。

そして、俺はもう1つ不安材料があった。
この世界がゲームの世界だというのは大体分かった俺だ。
そうすると、この世界にはゲームオーバーのシナリオが幾つか存在しているという事になる。
要はそのミッションをクリア出来ないと世界が滅ぶとか何とかになる。
その1つ目のゲームオーバーのフラグがラーナ姫の社交界デビューのイベント中に起こる。
俺はゲームをやっている時はマイトという主人公で遊んでいた。
だから、今のこの世界にはマイトがいるのかどうかという疑問だ。
マイトが存在しているなら、俺は安心してモブキャラカシムとして、ミィと新婚生活をスタート出来る。
だが、存在していなかったら──

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