主役にはなりたくない〜田中司(41歳)がやりこんだゲーム世界に転生した件について〜

もりし

第3話 カシム(田中司)はプロポーズする

放課後になると俺とミィは、いつもある喫茶店へ行くようになっている。
カシムが行きたいからである。
理由は分かっている。

「いらっしゃいませ。ご注文は何にしますか?」

カシムは注文を取りにきたウェイトレスが目当てなのだ。
まぁ、確かに可愛いとは思うが……。
ちなみにミィを連れてくるのは代金を払って貰うためだ。カシムは貯金が無かった。俺としてはこいつマジで最低な奴だと思った。

「ミルクティ2つ」
ミィがいつものメニューを頼む。
「いや、俺はホット。ブラックで」
おじさんはそんな甘ったるいもの飲めない。
ミィの目が見開く。
「ブラックなんて飲んでるの見た事ないけど。いつからなの?」
「今日から」
俺はカシムと違ってブラック派なんだ。

「ちょっとトイレ行ってくる」
そう断りを入れて俺はトイレに行った。
カバンの中の紙袋を持っていく。
俺はトイレでそれを開けた。中にはシルバーのペンダントが入っていた。女子の中で流行っているブランドで、男子が告白に使っているという。
カシムは今日これをあのウェイトレスにプレゼントして告白する予定だったのだ。
しかもこれの資金はミィから借りていた。
俺はカシムの思考が全く分からなかった。あのウェイトレスとは、友達にもなっていない。注文する程度の会話しかしていない。
そんな状態で告白などしても上手くいく訳が無かった。
しかも、どうやら席についてミィのいる前で告白して、ミィとのくされ縁も切ってあのウェイトレスと付き合うという思惑もあるらしい。
「カシムって心底バカだな」
俺は呆れていた。
ミィが何をしたというのか。

俺はペンダントをよく見た。いたってシンプルでミィに似合いそうだ。
まぁ、これはミィの金で買ったものだしミィにあげよう。
俺は紙袋をゴミ箱に捨て、席に戻った。

ウェイトレスはユカという名前だった。
ユカは注文したコーヒーとミルクティを席に持ってくるとさっさとカウンターに引っ込んだ。
どう考えても脈はない。顔すら覚えてもらっていない可能性もあった。
カシムは告白すれば付き合えると思っているらしい。若い奴によくある勘違いだ。妄想が強すぎて自信だけはあるが、自分が見えてないパターンだ。

一口コーヒーを飲んだ。
「カシム、苦くないの?」
とミィは眉をひそめている。
「飲んでみる?」
「うん」
と、俺のカップを取って一口コクッと飲む。
「うぇ!苦いよカシム」
ミィは舌をチロッと出して苦そうな顔をした。いちいち可愛い。
「そうか?酸味があってコーヒーの香りもいいけどな」
俺はもう一口飲んだ。
「間接キスだな」
ボソッと俺が言うと、ミィはミルクティを吐きそうになった。
「げほ!何?急に!」
真っ赤になって可愛かった。

俺はポケットからペンダントを取り出して、ミィに
「これ、ミィに借りたお金で買ったんだけどあげるわ」
と言って渡した。
「え?」
手の平に渡されたペンダントを見て唖然とするミィだ。そりゃあそうだろう。自分で貸した金でプレゼントされたら微妙だろうしな。
だが、
「う、嬉しい!ありがとう!」
と、満面の笑顔を見せてきた。
俺は不覚にもその笑顔にやられてしまった。
15年というカシムの記憶の中のミィはとても健気けなげな美少女で、カシムの事を想っているように見えた。だが、肝心のカシムはそんなミィをうっとおしく思っていたのだ。

「カシム、これ付けて」
と言うので、俺は立ち上がってミィの後ろに回ってペンダントを付けてあげた。
ミィは、
「ありがとう。大切にするね」
と言った。

喫茶店を後にする。
情けないが支払いはミィにしてもらった。先程、俺はお金をミィにたかるカシムを最低だと思ったが、良く考えれば今の俺も同類であった。
カシムは全くお金がないのだ。俺の財布にはコーヒーを飲むお金も入ってなかった。
だが、ミィはそんな事は意に介さず、ニコニコしている。
「カシムからプレゼント貰っちゃった」
とご機嫌なのだ。

◆◆◆◆

夕日が落ちようとしていた。
「きれい」
ミィは夕日を眺めていた。俺はそんなミィを見ていた。
「もうすぐ卒業だね」
ミィはそんな事を言ってきた。
「そしたら私はお父さんの仕事を手伝わなきゃならないから、今みたいにカシムの側にいれなくなる……」
卒業したらお互い別々の道を歩む。
それは他の学生達にも言える事だ。そのうち新しい環境で出会った異性と恋に落ちたりして、きっと俺達の関係は、良き思い出として心の中にしまわれる事だろう。
特にカシムの様な男ではミィには釣り合わない。卒業したらお互い離れていくのがベストなんだろう。

「ミィ、結婚してくれ」

だが、俺の選択した言葉はそれとは真逆のものだった。
「え?」
ミィが、俺の顔をまじまじと見ていた。

「俺は今、お金が全くない。能力もない。でも離れたくない。これからの俺を見ていてくれ。必ずミィに釣り合う男になってみせる。チャンスをくれ」
俺は彼女の前に膝まずいた。
そして、手を差し出し
「お願いします」
と頭を垂れて言った。

「……私達まだ15歳よ。早くない?」
ミィは戸惑っている。俺は下を向いたまま、
「早くない」
俺は41歳。
「きっとミィはこれから色んな出会いとかあって、そしたら、俺の事なんて忘れてしまうだろ?だけど俺は無理だ。ミィは可愛くて、料理も上手だし、いつも俺の側にいて励ましてくれて……。俺はそんなミィの手は離したくないんだ。今までの人生でミィ以上の奴はいない。頼む!俺の手を取ってくれ」
41年間生きてきた。それを振り返ってみてもミィの様な女の子と出会った事はない。これは本当の話だ。
ゲームと、仕事。これしか俺には残っていなかった。
いつか誰かと出会ったら迷わずプロポーズしようと思っていたが、そんな日は訪れず俺は死んだ。
もう、ここしか無かった。
だが、俺はこうも思っていた。ミィは心配な幼なじみの面倒を見ていた、ただの良い奴ではないかと?
結婚までは考えていないのだと。
今までのカシムの行動を考えれば、この手を取る事なんてないのかもしれないと。

柔らかい何かが俺の手を包んでいた。
目を開けるとミィが、俺の手を取って俺と同じ目線にしゃがみこんでいた。

「うん、私カシムと結婚する!」

瞳を潤ませてミィはとても素敵な笑顔を俺に見せていた。
俺はこの笑顔を守るために頑張ろうと心に決めた。

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