主役にはなりたくない〜田中司(41歳)がやりこんだゲーム世界に転生した件について〜

もりし

第1話 田中司は転生する

暮れなずむ町の日に照らされた指輪が光る。
世界は大きな厄災を払い平和へと近づいた。
これからは残された者達で前を向いて生きていく。そのために俺はこの町が見渡せる彼女との思い出の展望台へやって来たのだ。
ここからまた始まるのだ。

「ラーナ姫、俺と結婚して下さい」

ひざまづいた俺がそう告げた。
プロポーズのために俺が世界各国を飛び回って集めた宝石で作った指輪だ。一つ一つの宝石は小ぶりだが、色とりどりで日に照らされて美しく輝いていた。

「はい、喜んで。」

頬を赤らめた彼女はそれを受けとる。
ラーナ姫はアーモンド型の瞳を潤ませる。
白銀の髪が風に揺れた彼女の姿は美しい。俺は彼女の手を取り、指輪をはめた。ラーナ姫は、
「マイト、私、ほんとうに幸せよ」
伸びた2つの影が、寄り添う。

fin

◆◆◆◆

「これでこのゲームともおさらばか」
エンディングロールを見ながら俺は呟く。
俺はVRゴーグルを外す。
VRアクションロールプレイングゲームである、タイタンソードマジックオンラインを5年も遊んでいた俺だ。
社会人である俺は、激務の傍らチマチマと進めていたのだが、今月をもってのオンラインサービスの終了に伴い、駆け足でこのゲームのクリアを目指した。
ただクリアといってもこのゲームは自由度が高く果てしなく遊ぶ事が出来る。
家を建てたり、武器も自分でデザイン出来る。AIが組み込まれていてNPCとの会話も出来る。
エンディングも各種ある。攻略する女性も何人もいて俺は、その度に徹夜でゲームしてはそのエンディングを見ていた。何度クリアしても自由度が高すぎて楽しめて終わらないのだ。辞めるタイミングを見失っていた俺は、今回のオンラインサービスの終了に伴ってここで、区切りをつける事にした。
最後という事で今回は俺自身が、一番気に入っているエンディングを目指して終了した次第だ。主人公と姫のハッピーエンドというのはベタであるが、やってる本人としては楽しいモノだ。

夜が空けて、外で雀が鳴いていた。
六畳一間に台所、風呂と和式便所があり家賃は42000円の木造アパート。
ここのところ、ゲームに仕事で、徹夜続きであったが、当然仕事は休めない。
炊いた米をインスタント味噌汁で腹に流し込むと、顔を洗いに台所に立つ。
立て掛けた鏡には、目の下にクマが出来、無精髭と鼻毛が伸びていた男が映っていた。
鼻毛やもみ上げの辺りに白いものが混じっている。
最近髪が薄くなっていて、運動不足のせいか、手足は細く、日頃の不摂生が祟り、ぽっこりとお腹が出ていた。

田中司たなかつかさ、41歳。独身。
最後に彼女がいたのは20代だったか。

◆◆◆◆

俺の仕事である設備機械の営業は激務である。
客先との納期擦り合わせや、見積り。営業だけならまだしも、機械の不具合なども、直さねばならなかったりする。
組付けの人間が、別の機械を組んでいれば、彼らは手が離せないので、「田中行ってきてくれ」と言われ現地に向かい納品した機械の不具合調整をしなくてはならなかった。それが大変で作業は深夜を回る事もあった。なまじ仕事を覚えた為に便利に使われていた。営業職なのか、職人なのか分からなくなっていた。
忙しい事を理由に女性との出会いを求める事がなかったが、その反面このゲームで美少女を口説いていた。AI内蔵の為に会話出来てしまうので、本気で好きになってしまうという弊害が社会現象になっていたし、俺もそれに倣っていた次第である。
毎日22時近くまで働き、ゲームをぶっ通しでやっていた。

俺はVRアクション用のスーツを脱ぐ。
これは全身が厚手の黒タイツで関節にセンサーが着いている。
部屋の数ヶ所に設置した機械がそれを読み取りプレイヤーの動きをゲーム内で再現するのだ。
剣や魔法を本当に使っている気になるし、可愛い美少女なども目の前に本当に存在している様に感じる。
その反面、ドタバタと動くと近所迷惑になり、トラブルが絶えない。
俺はり足等を使いなるべく静かに遊んでいた。
インカムを通して会話も出来るのであるが、ブツブツと独り言を言っているようで怖い。薄い壁なので隣の住人宅に声が漏れてそれは恥ずかしいので、俺はタオルを頭にぐるぐると巻いて防音にしてゲーム内のキャラクターと話していた。

◆◆◆◆

出勤時間になり俺は通勤するために駅のホームで電車を待っていた。

ホームで俺は倒れた。

そして過労の為死んだ。

呆気ない俺の人生。まぁ、未練はない。

◆◆◆◆

気がつくと俺は鉄の手すりに掴まっていた。目の前には見たことのない町の景色が広がっていた。突然のこの状況に混乱していた俺だ。
先程死んだはずだから、これは死後の世界なのか。
見渡す限り鉄。鉄。鉄。鉄の町。赤茶けたシルエットが眼前に拡がっていた。
蒸気が町のあちこちから立ち上ぼり、油の匂いがする。
やけにリアルだが、鉄の町なんて日本にはない。

「カシム!ほら行くよ。学校に遅れちゃう。」

見ると美少女だった。彼女は俺の方を見ていた。こんな美少女の知り合いではないし、おじさんだから、学校ではなく会社だろうに。しかもカシムって……。それは俺の名前か?
女子の柔らかい手が俺の手を引く。

「え?」

俺は戸惑ってしまった。
俺の手は明らかに若い子特有の手をしていた。
俺、田中司はカシムという少年になっていた。
これは異世界転生というやつだろう。
日頃そんな小説ばっかり読んでるからピンときた。
カシムとして生きてきた俺が、突如つい先程死んだ田中司の記憶をインストールしたような感じだ。
カシムとしての人格は記憶を残して消滅し、田中司としての人格になっている。
要するに、体は若いが、中身はおじさんに突然なってしまった。
そういう事なんだろう。
目の前の女の子の事もカシムの記憶にはある。
また、カシムとしての彼女の印象と田中司としての彼女の印象には齟齬そごがある。

女の子に手を引かれながら俺はこう考えていた。
失われた人生をやり直すチャンスなんじゃないか?
今度は失敗しないぞと俺は胸に誓った。

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