ぜ、絶対にデレてやるもんか!

ねぼすけ

Lv.??? 素直になってもいいですか③

一体、これはどうなっているんだ。『デレた方が負け』ゲームが始まった途端、玲奈の方から求めてきたのだ。
  つまり、これはそういうことなのか……? いや、それはいくらなんでも過程をすっ飛ばし過ぎだ。

「香月……」

  心なしか、玲奈の吐息が荒い。これは、俺をデレさせる為の演技だろうが、例え本気じゃなくとも、男の自分は今にも体が反応してしまいそうだ。

  心中で色々躊躇っていたら、こちらのペースなんて丸っきり無視した玲奈さんのお顔がぐんぐん近づいてきた。目を瞑って、準備万端のご様子。
  柔和な太腿とかすべすべの肌とか、極めつけは微かながらも、確かな弾力を持つ胸とかが総力を挙げて、俺の煩悩を掻き立ててくる。ウォータースライダーの時は、二人とも気が動転していたし、半分事故のようなものだった。確かにあの時も体感時間では長かったけれど、玲奈の背中しか見えず、猛スピードで滑り落ちた為、羞恥は今の半分くらいしかなかった。

  しかし、今はお互い見つめ合っており、今にも過ちが起きそうな状況だ。したくないと言えば嘘になるけれど、初めてがこの場所じゃダメだ。

「れ、玲奈……?」

  俄に名前を呼ぶと、玲奈の挙動が不意に止まった。そう思ったのも束の間、玲奈の端正な顔がどんどん離れていく。
  もう少しでキスまで持ち込めたと思うと後悔の念に駆られるが、初めては大事にしたい。

「ううっ……や、やっぱ、恥ずかしいし!」
「それはこっちの台詞だ!」

  玲奈は両手で顔を覆ったまま、背を向けてしまった。どうやら、玲奈も勢いに任せた節があったようで、寸前で我に返ったらしい。心の準備が出来ていなかっただけに、安堵の息が漏れる。

  安心した所為か、動悸も収まると、不意に重大なことに気づいた。
 
「あ、待てよお前……今、デレたよな?」
「え……?」
「だってそうだろ、俺にキスしようとして恥ずかしくなったって!」
「な、何言ってんのよ! 別にこれはあんたをデレさせる為にやったことなんだから!」
「お前の意向がどうであれ、デレたのは事実だろ?」
「ううっ……」

  ツンギレ虚しく、玲奈は返答に窮した。俺達を繋いできた『デレた方が負け』ゲームは、玲奈の自爆という呆気ない結果に終わった。

「……ま、別にあたしは生徒会が恋人じゃないから大丈夫だけど」
「ああ、そうだ。そのことなんだけど」

  くどいようだが、この『デレた方が負け』ゲームは、生徒会という居場所をなくした俺達を繋ぎ止めるもの。
  とりもなおさず、言い訳に過ぎない。
  敗者は、荷物を纏めて生徒会を辞める。そういう取り決めだった。それは、発案者の俺が決めたルール。逆に言えば、このルールを弄れるのも発案者の俺だけ。
  だから、俺は――

「それなら、俺も辞める」
「え……? ちょっ、何言ってんのよ、別にあたしに気遣わな――」
「お前のいない生徒会なんて、苺の乗ってないショートケーキと一緒だ!」

  別段、格好よくも何ともない台詞を吐いて、俺は玲奈の腕を掴んだ。

「ちょっと!」
「こんな暗い所で話してたら、落ち着かないんだって」

  我儘を言って、強引に玲奈をホールの舞台上まで引っ張り出した。
 
  胡乱気な視線が背中に突き刺さる。据え膳食わぬは男の恥、という言葉に従えば、さっきは余計な雑念は捨てて、玲奈の想いを受け止めるべきだった。
  でも、今の俺にはハードルが高過ぎた。だから、俺は俺の出来る形で誠意を見せるんだ。

「お前が生徒会を辞めない代わりに、一つ俺の言うことを何でも聞いてくれ」
「何で勝手に決められるわけ?」
「俺がそうしたいからだ!」
「はぁ……!?」

  無茶苦茶だって、分かってる。でも、不器用な俺は迂遠な手段でしか、この燻った想いを伝えることは出来ないんだ。

「正直、さっきのお前はエロかった!」
「な…………」
「でも、俺はふとした時に無邪気に笑ったり、妙なところで優しかったり、案外ウブな癖に、俺なんかよりもずっと積極的なお前の方が好きだ!」

  玲奈がいたから、こうして想いを伝えられる。恋の煩わしさを身に染みて知ったし、天邪鬼の殻が半分割れた。

「……こんな面倒臭い女子なのに?」
「だってそうだろっ! 不器用で素直じゃない癖に、自分一人で全部抱え込んで……そんなのほっとけるわけないだろ! だから、俺は今、ここに居るんだっ!!」

  まだ胸の内から溢れる想いの半分も伝えきれていない。でも、あまり早口だと玲奈の脳が処理に追いつかなくなるだろう。

「あんたって、ほんどバガっ」

  啜り泣きしながらも、しっかりジト目で上目遣いに睨んでくる。全く、それでこそ神谷玲奈だよ。

「バ香月の癖に、生意気」
「ふっ、俺も日々成長してんだよ」
「でも、やっぱ分かんない。どうして、柚月じゃなくてあたしなの?」

  想いが上手く伝わっていないのだろうか。俄に心が不安に支配されるも、玲奈の真っ直ぐな瞳を見て、ようやく気づいた。そうだ、ここでしっかり彼女の疑念を解かねば、またすれ違ったままだ。

「理由なんて、俺にもさっぱりだ」
「……」
「でも、俺がお前の全部を好きなのは本当だ、これだけは誓える」

  玲奈を真っ直ぐに見据えて、言い放った。
  ああ、滅茶苦茶恥ずかしい。今も拍動が早鐘を打ってる。でも、これが俺なりの答えなんだ。きっと、玲奈ならちゃんと答えてくれるはずだって、信じてる。

「……ねぇ、素直になってもいい?」

  玲奈は涙に濡れた瞳を拭いながら、言葉を象った。

「ああ。だって、次はお前の番だろ」

  不思議と言葉が口をついて出ていた。いつもは思ったことが中々伝えられないのに、玲奈が天使すぎて頬が緩んでしまっていたらしい。結局、俺は玲奈にぞっこんなんだな。

「最初は、正直こいつ頭沸いてんのかな? って思ってた」
「あれ? 今、いい雰囲気だったはずなんだけど……」
「でも、 あんた……ううん、香月と出会ってあたしの世界は変わった。唯の男嫌いの女子が嫉妬深くて、醜い感情も抱くようになった」

  玲奈が赤崎と何を話していたかは知る由もない。でも、それは恐らく俺の知る必要もないことなんだろう。

「他にも胸がきゅってなったり、香月の前で泣きそうになったこともあった。でも、それ以上に、返信待ってる間の胸のドキドキとか、スマホ越しに伝わってくるちょっとくぐもった声とか」

  素直な心境を吐露されて、吃驚するよりも羞恥の方が勝った。自分で言う分には、その場の勢いに任せられる節はあるが、こう面と向かって言われると、物凄く照れくさい。
  そろそろ、鼓動が早くなり過ぎて心臓が爆発してしまいそうだ。

「文句言いながらもいつも助けてくれるところとか、バカみたいに生徒会好きなところも、バカみたいに優しいところも全部、好き!」

  好きの破壊力は、半端じゃなかった。尊すぎて思わず卒倒しそうになったが、今ふざけてしまったら、全てが台無しになってしまうので、必死に耐えた。

「あたしの知ってる香月は、このちっぽけな胸の中に一杯詰まってる。だからね、香月――あたしを好きになってくれてありがとう」

  何だよそれ、反則だろ。終始、泣かないように我慢していたのに、これじゃあ骨折り損だ。
  もう遅すぎたけれど、男の矜持にかけて溢れる涙を懸命に堰き止めた。
 
  恐らく腫れているだろう目で、眼前の玲奈を見据える。
  もう言葉なんて、必要なかった。俺達はようやく素直になれたのだから。言い訳なんて必要ない。もう俺達を遮るものは何もないんだ。

  そして、二人して微笑み合った後、誰もいない舞台上で、おもむろに唇を重ねた。

  長い旅路だった。でも、これは二人の序章に過ぎない。ようやくスタートラインに立てたんだ。恐らくこれからも沢山回り道するだろうけれど、今日という日があればきっと大丈夫。

  だって、君の笑顔の前ではどんな些細なことだって、忘れてしまえるんだから。

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