ぜ、絶対にデレてやるもんか!

ねぼすけ

Lv.17 君だけを見つめて

夏祭りの一件以来、俺は季節外れのインフルエンザにかかってしまった。おかげで、八月後半の予定はほぼ全滅となっていた。残り数日間で何とか夏の課題を終わらせることが出来たけれど、前日は徹夜だったので新学期初日は憂鬱だった。

  けれど、憂鬱の原因はそれのみに留まらない。

  玲奈と途中で邂逅した赤崎と訪れた夏祭りで、例の如く行った『デレた方が負け』ゲーム。その過程で念願叶って玲奈に膝枕してもらったのだが、そこで問題は起きた。 
  ほんの出来心だった。勝負の勝敗はその名の通り、相手をデレさせればいいのだがその雌雄は未だに決していないのが現状だった。折角、膝枕まで攻めたのだからいいだろう、とちょっと悪戯心が働いたのだ。
  いや、本当は後に振り返れば身悶えすることばかり口にしたことで、羞恥に打ちのめされていただけだったのだけれど。

  幾ら、鈍感な男でも分かる。島国日本で、挨拶の際にキスをする文化はない。頬への生暖かい感触と、目を瞑った玲奈の儚げな表情。横目で捉えたそれを思い出すだけで胸が熱くなる。
  寝不足の原因は、何も課題だけでなく、胸に焼き付いた玲奈の表情の影響もあった。

   これ程、喜ばしいことはないはずだった。けれど、天邪鬼な自分にとっては少しの恐怖もあった。
  今回の件は言わば、予めテストの答案を秘密裏に入手するカンニング行為のようなものだ。何が言いたのかと言うと、告白の前に相手の気持ちを知ってしまったということだ。

  嬉しいはずなのに、動揺してしまう自分が情けない。
  ずっと似た者同士だと思っていたのに、玲奈は想像よりも遥かに素直で純情な女子だった。対して俺はどうだ。結局、俺は玲奈のように行動に移せていない。生徒会を勘当された時、藁にもすがる思いで『デレた方が負け』ゲームを提案した、ただそれだけだ。

  断じて考えてはならないのに、頭に浮かべてしまう。誰にも譲りたくないはずの玲奈が俺を苦しめているなんて。
  八月末の数日間は、課題に限らず自己嫌悪などで雁字搦めになっていた。そんな中で玲奈に会えずに済んだのは不幸中の幸いだったのかもしれない。


  ◆ ◆ ◆


  そして、迎えた新学期。二十分程度の始業式を終え、各種表彰伝達の後、教室に戻ると、ホームルームが始まった。

  議題は、九月末日に開催予定の本校の文化祭についてだ。本番まで一月しかない為、新学期初日にも拘らず出し物の話し合いが行われている。
  委員長が教卓から皆へ意見の提示を求めると、誰よりも早く挙手したやつがいた。

「我々はコスプレ喫茶を提案する!」

  誰かと思えば、アホが代名詞の高井だった。

「コスプレ喫茶とは全男子の夢! ブルマ、メイド服、ナース、バニーガール……この場では言い尽くせないが、このような素晴らしい伝統文化が廃されている現状に我々は異議を唱えたい!」

  当然周囲からは非難の声が上がる。というか、女子全体からの批判が強い。まぁ当然といえば当然で、高井の案で白羽の矢を受けるのは女子一同なのだから。

「風紀が乱れるだとか諸々の問題で至高の文化が潰されるなんて許されていいのだろうか、否! あってはならない!」

  因みに担任は放任主義なので、椅子に深く腰掛け欠伸を噛み殺している。業務怠慢だ、仕事しろ。

「どうだね、男子諸君。せっかくのお祭りの日。日頃の鬱憤を解放するくらい構わないと思わないか!」
「「「「うぉぉぉぉぉっ――!」」」」

  高井の発言にアホの男子共が一斉に奮い立つ。対して、女子は一致団結して反対を唱える。
  高井はアホだが、良い働きをしてくれた。待てよ、この場合はハイレグブルマもありなのか!? 玲奈のコスプレなんて鼻血ものだぞ!? 世界が滅びる可能性すらある。

  俺が世界の危機に対して、慎重に策を練っていたというのに、一柳大和はこちらに気を遣う素振りすら見せずに話しかけてきた。

「玲奈たんのコスプレ姿、妄想しとんか?」
「ちゃ、ちゃうわ! 誰が玲奈なんか……って、玲奈たん言うな!」
「……ねぇ、最後に何か言い残すことある?」

  玲奈は額に青筋を浮かべて、拳をゴキュゴキュ鳴らしていた。おっ、おぅ……何か不穏な音がするんですけど気のせいですかね?

「いや、ちゃうんや。ワイは香月のだらしない顔を注意しただけに過ぎんのや」
「あ、お前自分だけ逃げられると思うなよ!」
「ふ〜ん、あんたあたしにそんなに恥ずかしい格好して欲しいんだ」
「いや、全然。寧ろ、客寄せが悪くなるしお前はウェイターでもやってろ」

  このように、大和やクラスメイトがいれば冗談を飛ばせる。まぁ、依然として素直にはなれないんだが。
  けれど、普段のように二人っきりで下校するとなると、どうだろう。正直なところ、玲奈の気持ちを知ってしまった今ではいつも通り振る舞える自信がない。
  一体、この気持ちにはどう整理をつければいいんだ……?

「因みに、あんたはどんな格好が好きなわけ?」
「お前、まさか内心では興味津々なんじゃ……」
「……い、一応聞いたみただけだし? あんたが必死だから情けってやつだし?」
「あらあら、玲奈ちゃんまたむっつりさんですか〜?」
 
  出羽さんの言葉に場が凍りつく。な、何だとぉ……まさか、かのツンギレ玲奈たんがその実は変態だったのか!?

「ち、違うし!」
「大丈夫、思うのは自由だ」
「あんた、嘘つく時ふざけるわよね」
「あらあら、嘘と言えば玲奈ちゃんだってこの前、『毎日おっぱいマッサージしてるのになぁ……』って」
「はぁ――っ!? そ、そんなの言ってないしっ!」

  玲奈は怒ってしまったのか、はたまた単に恥ずかしかったのか。本来の正しい姿勢へと座り直した。これで、ポニーテールだったら文句なしだった。扇情的な項を終始眺めていられる自信しかない。

「我々、ハイレグブルマ同好会は異議を申し立てる!」

  結局、白熱の議論は時間内には収まりきらず、出し物の決定は次回で採をとることとなった。
  次いで、気だるげな担任が諸連絡を終えると、自動的に解散となった。皆、一様に各々の意志で席を立っていく。それはそうと、高井。同好会の入会書は何処だ。

『一年二組、上谷香月、神谷玲奈。至急生徒会室まで』

  保科会長から呼び出しの放送がかかったのはそんな時だった。



「全く、生徒会長って相変わらず人遣い荒いわね」
「……あ、あぁそうだな」
「あんた、体調でも悪いの? 今日、なんかツッコミにキレがないけど」

  二人で生徒会室へと向かっていた時、早くも玲奈に勘づかれた。何とか誤魔化さないとまずい。
  それなのに、玲奈の自分に対する好意を知ってしまった影響か、彼女から目が離せない。
 
「な、何見つめてんのよ」
「べ、べへ別に何でもねぇし」
「視姦プレイで私が興奮すると思ったら大間違いだから」
「お前また自爆しかけてるぞ」
「……って、何言わせてんのよ!」
「いや、ツッコミがワンテンポ遅い」

  そうこうしているうちに、生徒会室に到着した。俺は内心で、ホッと胸を撫で下ろす。正直、このままではネタ切れで間が持たないと懸念していた所だったのだ。
  玲奈を見ていると、何故だか頭がぼーっとして思考が働かなくなるようになってしまった。夏風邪がぶり返したのかもしれない。

「突然呼び出して済まない」
「それは構いませんけど、今回はどういったご用件ですか?」

  玲奈がしかめつらしい調子で問うと、保科会長は眉を顰める。スクエア型の眼鏡をかける保科会長は、相変わらず取っ付き難い印象が拭えない人だ。

「神谷のクラスでももう話題に昇っているかもしれんが、文化祭のことでな。実は生徒会は今、深刻な人手不足でな」
「おい待て、じゃあ何故俺達を追い出した!」
「うるさい、上谷。お前に用はない」
「いや、呼んだのあんただろ!?」

  保科会長はさぞかし鬱陶しそうな嘆息する。いや、溜息吐きたいのは寧ろ、こっちの方だっての。

「まぁ、それは冗談として」
「冗談なのかよ! 危うく場違いなキョロ充になるところだったじゃねぇか!」
「いや、まぁおまけなのは嘘じゃないんだが……一応先方が指定した人数は二人だから取り敢えず呼んだ」
「取り敢えずって何なんだよ! いい加減にしろ!」
「ちょっと、静かにしてよ」
 
  興奮に我を忘れていると、玲奈がジト目で睨んできた。おっといかんいかん、謎めいた所もあるが、一応保科会長は先輩だ。詳しいことは後で詰問するとしよう。

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