銀眼貫餮のソウルベット -Pupa cuius oblitus est mundus-

七色Ayeca。

第58話 嵐の痕

 ニゲルの連中に襲われた後、ティーチ村一行の旅路はそれ以前とは比べ物にならないほど、過酷でひどく荒んだものだった。


 何よりもまず、悪族たちの襲撃直後、彼らは容易に旅を続行することができなかった。
 積荷はほぼ全てが斬り崩され、積み直そうにも人手がまるで足りなかったのだ。出発当初、怪我人も含め二十人ほど居た村民たちも、今となっては約半数にまで減り、まばらになった人影の間を陰鬱で空虚な風が流れてゆく。




「……あんなことがあるまでは、それなりに賑やかだったのに……。……だいぶ、静かになったもんね……」
「あ、お姉ちゃん!? よかった、目が覚めたの? ……う、うん。そう、だね……。半分くらい減っちゃったみたい……」
「……そう。そんなに……。まあ、あのデカ腹も少しは大人しくなってくれみたいだし、あたしとしては有り難かったかもね……」




 左半分を包帯で覆われた顔で不便そうに頭ごと首を振って辺りを見渡し、いつものように冗談めかしく悪態をついてみせる。けれど、その口ぶりはどこかぎこちない。




「……おっ、お姉ちゃん! それはちょっと冗談が過ぎるよっ!! 昨日までずっとムーナさん、団長さんの傍で泣いてたんだから……」
「うぐっ……! ご、ごめん……。それは知らなかったよ……。その……、今のは確かに人として最低だった……。後でちょっと様子見てこようかな……」




 この辛気くさい雰囲気を軽く笑いのけてやろうと吐いたつもりだったのだろう。
 しかし、その予想に反して、いつになく険しい表情で叱る妹の様子に面を食らい、姉は面目なさそうに背中を丸める。


 生き残った者の内、力仕事を任せられそうな男性陣は五人居たが、村一番の力自慢であるデオ団長は先の被害で肩と背中の広範囲を負傷し、両腕がまるで上がらなくなってしまっていた。
 また、若造に後れを取るのはしゃくだと張り合っていた村医者のクス爺も刃物で滅多打ちにされた全身を包帯で締め上げられ、身体の自由が利かず日がな一日うめき続けている。
 後の三人の内一人は未だイナバシリの傷が癒えず同じく床に伏しており、残された男手が二人だけでは到底崩れた物資の積み直しは不可能な状態だった。
 そうして、辛うじて動ける者が見様見真似に傷ついた者の手当てをし、ろくに食事も摂れないまま、一行は黒い嵐の傷跡残るその場所で身動きが取れず二度目の日没を迎えていた。




「うん。そうしてあげて? 今は団長さんも落ち着いて時々笑って見せてくれるけど、2人ともどこか気が晴れなさそうで……」
「……ま、無理もないよ。みんな、殺されかけたんだ……。いや、あのときは生きてる気がまるでしなかったからね……。必死で生きたいってすがったんだ……。今、こうして息してても、実感なんて持てないでしょ……」




 荒れた円陣の中で疲弊し、今にも途切れてしまいそうな命に必死にしがみつく村人たち。
 その様子を姉は明いた青緑色の目で静かに見詰め、記憶に新しいあの血なまぐさい惨劇を思い起こす。心なしか、そのときの光景が脳裏に爪を立てる度に失った左目がうずくようで、自然と手がそれをさする。
 そんな痛々しい仕草に釣られてか、テララも思わず右脚の傷を恐る恐る押さえ小さな唇をきつく結んだ。




「お姉ちゃんは? その……、目の調子はどう? 血は止まってるみたいだけど……?」
「んあ? ああ、これ? こんなの平気平気っ! 下手に目線だけ動かさなきゃ、もうどうってことないかな? まあ、慣れるまでちょっとかかりそうだけどね。これ、頭ごと振り向かないといけないから、首が疲れちゃって。ヘヘッ、……いっててっ!?」




 記憶の中で忌々しく下卑た笑いを上げる男たち。そして、赤い血飛沫ちしぶきの中で泣き叫ぶ妹の痛ましい姿。その光景を掻き消すように、姉は努めておどけて見せた。




「あわわっ!? あまり、無理しないで! その……、あのときはかばってくれて、ありがとう……」
「あああ、いいよ、いいよ。そんなこと。あ、姉として当然でしょ? 我ながら恰好良かったと思うし?」
「でも……、お姉ちゃんの目、青くて、綺麗で……、私好きだったのに……」
「きっ!? キレイだとかっ!? またおかしなこと言わないでよっ! そ、それに! 代わりにあんたが無事なんだから問題ないでしょっ!? うん、ないないっ!! だから、あんたが気に病むことなんて少しも、これっぽっちもないのっ!! 分かった?」
「う、うん……」




 ほんの少しでも言葉を詰まらせれば直ぐに陰湿な影が差して気が滅入ってしまう。
 二日ばかり昏睡していた寝起きの姉は、意識がまだはっきりしないなりに妹の沈んだ心情を無理に晴らそうと事の在り処についてまくし立てた。




「はいっ! んじゃ、この話はおしまいっ! ほら、あたし喉乾いたから、その脚で悪いけど水貰ってきてくれる?」
「……うん。分かった。……お姉ちゃん、ありがとう。……大好きっ! フフッ。水、貰ってくるねっ!」
「ったくう……。こんな静かなとこで、恥ずかしいこと言うんじゃないよう……。いつつっ……」




 どんなに惨たらしい出来事をその身に刻まれようと、テララの素直さはなんとか健在のようだった。片脚を引きずりながら駆けてゆく少女の背中は少々痛ましく思えるが、一先ず安心だろう。
 一方の姉は、わずかに影ってはいたが少女の真直ぐな言葉にこそばゆさを感じたのだろう。他に何か思うことがあるのかもしれない。何れにしろ、包帯からはみ出た耳を赤く染めて、目尻を熱くし顔を掛け布に深くうずめてしまった。単に褒められることに慣れていないだだけと言うなら、これはこれで可愛らしい一面か。










 村人たちが身動きが取れずとも平然と太陽は照り付け、疲弊した彼らから容赦なく残りわずかな生気をじりじりと剥ぎ取ってゆく。
 なんとか瓦礫の中から使えそうな物を引きずり出し、急ごしらえの宿とも言えぬ日除けの下で傷んだ身体を休める。凍える夜は身を寄せ合って破れた布に包まり耐え忍ぶ日々が続く。


 そうやって居住場所はなんとか確保できたものの、問題は食糧だった。


 穀物や干し肉は土を被り、調味料の類は大半が破れた麻袋から溢れ落ち土砂と混ざって使い物にならなかった。
 そして何より致命的だったのは、飲み水の損失だ。貯水された水袋の大半が崩れた瓦礫に耐えきれず破れてしまい、貴重な飲み水を枯れた荒れ地に惜しげもなく溢してしまっていたのだ。
 飲み水が幾分残っていれば、土砂に汚れた食糧もすすぎ洗うなり、煮るなりして食いようもある。
 しかし、怪我人の療養と資材の積み直し。それを経ての再出発。残った水袋の数と目的地までの道のりからして、それを生活用水として使っていては三日と持たない。それでは目の前の目的地に辿り着くまでに全員揃ってヘキチョウにとむらわれてしまうだろう。そのようなこと、頭上から圧迫してくる青い空に悠然と浮かぶ雲の数を数えるよりも容易く、理解するのに難しくはなかった。


 そのため、一日に口にする水は一人小振りの杓子しゃくし一杯分と制限されることとなった。その量は汗や傷口から滲む出血、吐血に比べ、遥かに少ないものだった。




「お待たせ。はい、お水。ちょっと少ないと思うけど、みんなで頑張らないといけないから、我慢してね?」
「お、ありがと。……って、おたま一杯だけって……。また随分、貧しくなったね……」
「荷物が崩れたせいで水袋が破けちゃったみたいで……。早く双子岩に着けたら、近くに水掘り場があるって話だから嬉しいんだけど……」
「目の前まで来たってのに、こんなに遠くに感じちゃうなんてね……。そう言えば、ソーマはどうしてるの?」
「ソーマは…………」




 普段と変わりない素振りの姉に晴れやかに微笑むテララであったが、その名を耳にした途端、まるで分厚い雨雲に覆われたかのようにたちまち表情が曇ってしまった。
 これは禁句だったと内心悔むも、妹の心痛な面持ちに話題を変えることさえはばかられてしまう。


 胸元の首飾りをきつく握り締めた深緑の瞳の先、皆が休む一角から離れた場所に独りうな垂れた少年の姿があった。




「その……、あの子……、傷の調子はどうなの……?」
「……えっと、まだ……、包帯を換えてないから分からないけど、当て木はもう外しちゃってて、今朝には1人で立って歩けるみたいだったから、たぶんもう平気なんだと思う。けど…………」




 色あせた枯木のように傷だらけの四肢を投げ出し、弱々しくへたり込むその姿は、一見すると息をしていないのではないかと見誤るほど、全く生気を感じられない様だった。
 純白だった髪も黒く乾いた血で薄汚れ、輝きを失ったその銀の瞳は焦点を定めることなく、ただ眼前に力なく転がり傾いた日の明かりで紅緋に染まった手のひらを眺めている。
 それはまるで、小山から担ぎこまれたばかりで何も知らない、空っぽだった頃の少年に戻ってしまったかのような胸底を締め付けられる有様だった。




「……あれだけのことがあったんだ。それはもう……、ソーマ自身が一番受け止めきれないことだったろうさ……。……だから、今は……、そっと見守ってあげなくちゃね。きっとまたすぐに、人懐っこい顔して笑いだしてくれるよ……」
「……………………うん。…………うん、そう……だよね…………。お姉ちゃん……。私、今度は逃げたりしないよ。ちゃんと……、傍で支えてあげなくちゃ!」
「ひとりで気張らないようにね? 2人で……違うか。3人で一緒に頑張ってこ……」
「……うん!」

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