銀眼貫餮のソウルベット -Pupa cuius oblitus est mundus-

七色Ayeca。

第57話 アオニモエル アカノフタリ

「……γυ、……γιιιι!? Γιιιαααααααα……!!!?」
「クハハハハハッ!!!! こいつはいいぜえ!! どうだあ? 葬った奴の形見で、最期に斬り裂かれる気分はあ?」




 二本の凶刃が小さな身体を抉り、背面から胸を貫き鮮血を噴き散らす。
 少年がその刃の上でもがき苦しむほどに、自身の重みで身体が引き裂かれ傷口が広がってゆく。




「γιγι……!? γυγιγι……!? Γιιιααααα……!!!?」
「キハハハハハッ!! そらどうする? 足掻あがけば足掻くほど、身体が裂けちまうぞお? 片腕も折れて使いものにならねえ! 自慢の牙も、これじゃ噛み付きようもねえ!! そらっ! そらあっ!! そらあああっ!!! 最期まで、どう楽しませてくれるんだあ!? クハハハハハハッ!!!!」




 吊るされた身体に対し上向きに突き刺さった刃は、押し下げようにも手に喰い込み、抜き去ろうにも最早そのような力も残ってはいなかった。
 下卑た笑い声を上げる男にもてあそばれるままに、少年はその殷を地に溢す。




「最期に良いこと教えてやらあ。お前は、人間でもなけりゃ、獣でもねえ!」




 すると、男は凶刃の上でもがき苦しむ少年に耳打つように、静かに語りはじめた。




「お前の戦い方は阿呆の一つ覚えで、獣ほどの頭もなけりゃ、仲間を気遣う気すらねえ。あんなにたのしそうに村の奴を八つ裂きにしてたもんなあ? クククッ! 他の連中にどんだけ良くしてもらってたかは知らねえが、お前は人間なんかじゃねえ! 力の限り虐殺を繰り返す、本能のままに生命いのちを喰らう、ただのいかれた化物だっ!!」




 怨嗟えんさが咆哮する胸中を、男がささやいた言葉が静かに穿つ。
 轟々と渦巻く闇の淵で、非力な影がその言葉に独りむせび泣く。
 惨忍な男に弄ばれるままに、あらがう少年の気力が徐々に失われてゆく。そしてついには、その手は力なく身体の横に垂れ下がってしまった。
 その無念を悟るかのように、静かな最期を迎えられるように、周囲で燃え盛っていた碧い炎も次第に灰へと燃え尽きてゆく。




「おいおい!? もうお終いかあ? 最期まで足掻いてもらわねえと、寂しいだろお? なあ? おいっ!! 自慢の威勢はどこいったんだあ? ……クククッ!! まあ、いいさ。お前を一思いに引き裂いた後に、ちゃんと村の連中も送ってやるからよお? 一番最初はあの娘がいいか? ああん?」




 身体に串刺された刃を揺さぶられ、骨肉を裂かれる断砕音が全身をひび割る中、その言葉だけは闇に呑まれなかった。燃え盛る意識の中、微かに響く少女の声が胸の内に水面を揺らすように広がってゆく。




「クハハハッ!! 向こうで寂しくねえように、直ぐに送ってやるから安心しろっ!! まあ、五体満足とはいかねえだろうがな? キハハハハハハハッ!!!!」




 頭目がうな垂れる少年を尻目に、残りの獲物をどうさばくか陰湿な笑みを浮かべ舌鼓したつづみをする。


 だがその劣悪な戯言たわごとを皮きりに、凄まじいうなり声をもってソレは再び殷い炎を噴き上げた。




「………………γι、……γιγι、Γυυαααααα……!!!?」
「ああん? 今更、吼えてどうするつもりだあ? 血迷いでもしたか? クハハハハッ!! ……なっ!? お前、何をっ!?」




 ソレは手負いの左手を後ろ手に回し、背に刺さる刃の一つを血が滲むほどにきつく握りしめた。
 その手から紅血が飛散し骨が刃に割れようと、その銀眼は殷い炎を燃えたぎらせ、暴悪な力がどんどん込められてゆく。




「そっ!? そんなことをすれば、手がもつわけ……!?」
「……γιγιγι、γι、γιγι……。Γαααααααααα……!!!?」
「ぐおおおっ!!!? こ、こいつ、本気で砕きやがった……!? ハハッ! だがどうする? もう1本は、左手じゃ届かねえだろおよ!?」




 飛び散る刃の破片に一瞬驚くも、まだ一本の刃がその身を穿っている。頭目は揺るがない自身の勝機に、愚かにもソレを愚弄して見せた。
 しかし、男は失念していた。仲間が葬られる最中に見せた、ソレの無謀で非道極まりない凶悪さを。その身体は内なる狂気を納めるにはあまりにも小さく、ただのかせでしかないことを。


 ソレは背に突き刺さる残りの刃に左手が届かないと分かるや、今度は胸元に突き出た刃先を握り締め、あろうことか傷口を故意に押し広げはじめたのだ。




「なっ!? 何をする気だっ!? お、おいっ……。流石にそりゃあ……、冗談だろ……!!!?」
「……γι、γιγι……、γιγι……、γι……!!!?」




 どれだけ血が噴き出ようと、それをいとわず上体を無理にひねり続ける。
 再び勢いを増した辺りの炎が、朽ちた者たちを瞬く間に灰へ燃や尽くし辺りを碧い灼熱で覆うほどに、その半身は少し、また少しと着実に斬り裂かれてゆく。
 そしてついに、その殷く燃える銀眼が愚者の震える目を捉えた。




「ハハッ……! ご丁寧に、自分で胴体を半分に裂いてくれるたあ、気が利くじゃねえかっ!! ……ちっ!? しまっ……!!!?」




 頭目はあくまで冷静をよそおい、その凶刃握る手を放そうとはしなかった。
 いや、正確には放すまでの判断がわずかに遅れたのだ。
 そのわずかな判断の過ちが、その男の生死を分かつ岐路となる。




「グオアアアアアアアアッ……!!!?」




 刃に半身を貫かれたまま、ソレは既に使い物にならない折れた右腕を振りかざし、皮膚から突き出た鋭く砕けた骨端にて、男の喉を掻き斬った。
 たちまちにして眼前を赤く塗り潰され、漏れる生気に男は悶えおののく。




「ぎ、ぎざまああああああっ!!!! ふっ、ふざけ、やがっでええええええっ!!!! ……ろす、……殺すっ!! いまずぐ、に……、グゴハアッ!!!?」




 気道を挟んだ両方の動脈を分断され、噴き出る血汐を必死に押さえようにも、その勢いは止まることを知らない。
 分厚い手から瞬く間に溢れ落ちてゆく自身の命に、頭目は青ざめた顔で血を吐き散らしながらも、その怨敵に喰らい付く。しかし、息巻くほどに傷口から血が噴き上がり、その脚も次第にもつれだし、ついには無様に後方に転げてしまった。




「ぐぞ……! ぐぞっ、だれええええ……!!!! ごの……、この俺、が……、ごんなはず……!? おま……、何、を……。く、くるな……!!!?」




 瓦礫を背にへたり込んだ男の下へ、殷く吼えるソレは折れた骨を地に突き立て、四つん這いになりゆっくりと詰め寄ってゆく。その空いた口からは殷い炎が轟々とうなりを上げ、ただ一つの憎悪に染まった銀の瞳が瀕死の男に迫りくる。


 ……コロ……、セ……。……コ、ロ……セ……。……コロセ……と。


 そして、ソレは衰弱した男の下に辿り着くと、彼にまたがり砕けた腕をその胸に突き立てた。




「……よ、……よせ……。もう……血が……。……や、やめ……、やめ、ろおおおおっ……!!!?」




 そして男の制止を聞き入れず、ソレは両の手で何度もその胸を斬り付け、抉り、殴り続けた。




「……ゴハッ……!? ……よ、……よせ……。ガハッ……!? ゲホッ……!? この……ガ、キが……! ……や、やめ……、グボハッ……!?」




 何度も、何度も――。




「…………や、め……。ガバッ……、ゴボッ……!? やめ……ろ……! グガハッ……!?」




 何度も、なんども、なんども――。




「………………ふ、ざけ……。グゴッ……、ゴハッ……!? くそ……、……が……。ガバハッ……!?」




 なんども、ナンドモ、ナンドモ、ナンドモ、ナンドモ、ナンドモ、ナンドモ――。




「…………………………ゴボッ……、……ボハッ…………」




 打ちのめす度に乾いた音を立てていたものは、次第に水気を帯びてゆく。
 そして、息絶え絶えでも決して屈しようとしなかった凶暴な意思も、ついには事切れ、物言わぬ亡骸となり碧い炎をその身に灯しはじめた。
 それでも尚、辺りには臓腑をほふり散らす惨い音が残響し続け、赤い血溜まりを広げ、太陽の熱気に当てられた遺物がその異臭で辺りを覆い尽くしてゆく。




 それは、ようやっと村人たちが命の危機から脱した瞬間だった。それは、明日を平穏に迎えることのできる意味でもあった。
 しかし、そこに存命を喜ぶ歓声は一切なかった。ただ現実離れした一件をその身に刻み込ませるように、殷く燃える少年のうめき声だけが耳にまとわり付いて離れない。




「…………コ……ロ、セ……。……コ、ロセ……。……コ、ロセ……。コ、ロ…………」




 皆が眼前で起きた一連の惨劇を受け入れきれず、ただきしむ身体にうな垂れ茫然ぼうぜんとする中、一つの影が痛むあばらを抑え片足を引きずりながら弱々しくソレに近づいて行った。




「…………コロ、セ……。……コ、ロセ……。……コ、ロ……セ……」
「……もう、いい、んだよ……? ……もう平気、だから……。怖くないよ……?」
「…………コ、ロ、セ……。……コ、ロ……、……セ……」
「……怖くない、から……。だから……、少しだけ……休もう……? ね……、ソーマ……?」
「…………コ、…………ロ…………。………………テ、……ラ、ラ…………?」




 傷口を赤く滲ませながら、テララは未だ狂気に弄ばれ続ける少年の背中にそっと寄り添い、ゆっくりと抱きしめた。
 そしてこれまでのように、出会ってから何一つ変わらない他愛なく微笑む日常のように、テララは優しく語りかける。
 静かにそよぐ風に消されてしまいそうなほど弱々しく、けれど身に沁みる懐かしく心地良い響きだった。ソレは、ソーマは、その内で荒ぶるものを鎮め、ようやっと傷だらけの手をそっと治めた。


 旅の休息を告げた日の出も見上げればもう天頂で輝く頃、碧く燃える赤い血溜まりの中、二人は寄り添い、その嵐のごとき惨劇は幾つもの傷痕を残し荒野の果てに消え失せていった。

「銀眼貫餮のソウルベット -Pupa cuius oblitus est mundus-」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「冒険」の人気作品

コメント

コメントを書く