銀眼貫餮のソウルベット -Pupa cuius oblitus est mundus-

七色Ayeca。

第56話 狩られる狂気

「ククッ……! これはまた、随分と酷いことしてくれたなあ……。見ろよ、このありさまをよお! 俺の自慢の手下たちを全員、きれいさっぱり、1人残らず燃やしちまうなんてなあ? ……ったく、怖くてたまらなかったぜ?」




 そう言って血塗られた惨状を見渡し、ニゲルの頭目は燃え盛る仲間たちの碧い炎に眼を細めた。だが、その表情には大勢の仲間を失ったことを悲しむ気配は全く感じられない。むしろ、あかく吹き荒れる少年の凄まじい残虐さに心酔し、底知れない凶悪な好奇心で静かに睨み、全くそれが解かれる気配がない。




「最初は正直、驚いたさ。山で会ったときとは、まるで別人だ。いや、"別物"と言った方が今はしっくりくるか? どう始末するかまるで検討がつかなかった。……だが、お前のやり方を見てて分かった。なに、どうと言うことはねえ……」




 口調こそ、この場に不相応なほど落ち着き、淡々と心中を語ってはいる。
 しかし、一歩、また一歩と重く踏み出される足取りと、その鋭い眼光は禍々しい殺意をまとい、凄まじい威圧感をはらんでいる。まるで言霊のみで、あかいソレを死の淵へとじりじりと追いやっているかのようだ。




「最初は、こいつでいた振ってやろうと思って研いてきたんだが、どうも使えないらしいな?」




 頭目はそう言いながら自身の背中に縛り付けた一際大きな刃物を抜きかざすと、それを不意に足下に突き立てた。




「当たれば切れ味は十分だろうが、大振りになりがちだ。そうなれば、お前に簡単に避けられちまう。だから、こいつは使わねえ。……でだ、逆に離れていた振る方法も考えてみたが、生憎手持ちがねえ。何より俺の美学に合わねえ。この手で獲物をほふってこそ、蹂躙じゅうりんのし甲斐があるってもんだ。お前も、そう思うだろ? ……となれば、残るのはコイツしかねえってわけだっ!!」




 これまで目の当りにしてきた惨劇から得たあかいソレをほふるための戦法。
 それを言い放ったところで、男は少年に奪われた指のない左手をきつく握り締めた。次いで両の手で握り拳をつくり、目線の高さに構える。




「山では不覚を取ったが、今回はそうはいかねえ。いく道理がねえ。悔しいだろうが、今度は俺がお前を喰ってやる! そらっ! 死に面晒す覚悟はできたかああああっ!! このくそガキッ!!!!」




 頭の高さで構えられた二つの拳に力が込められ、前腕に分厚い青筋が浮き上がる。
 そして頭目は歯を食いしばるや、地面を強く蹴り上げ殷いソレへと猛烈に突進した。




「……γι、γι?」




 まず放たれた右からの鋭い拳は惜しくも標的をかすめ、仲間の無念を吸った地面を砕き、赤黒い砂煙を巻き上げた。
 殷の少年はその一撃を容易く避けてみせたが、わずかにすった右上腕がまるで斬り付けられたかのように裂け、滲む鮮血に殺意をたかぶらせる。




「ふん。こいつは避けたか。まあ、いい。で、お次は……」
「……Γυυαααααα!!!!?」




 不意打ちをくらい思わぬ痛手を負うも、その内にたぎる幾多もの邪気を噴き上げ、ソレは男の腕に猛然と飛びかかった。




「そうだ。まずは左右どちらかの爪で斬りかかる。そこからだと、左か? なら、こおだっ!!」
「γι!? Γυυαααα……!!!?」




 しかしどういう訳か、これまで以上に速さと鋭さが各段に上がったその一撃を、男はあたかも"知っていた"かのように十分な余裕をもって軽々とかわして見せた。
 そればかりか、準備良く構えた左の肘で重く鋭い一撃をソレの後頭部へ打ち込んだのだ。
 視界が砕けるほどの凄まじい衝撃が少年を襲う。一瞬よろめくも頭を振るって瞬時に立て直し、再度襲いかかった。




「……γι、γιγι……。γι……、Γυυαααααα!!!?」
「そう、次も爪で斬りかかる。さっきとは逆でだ。なら、今度はこいつをくらえやああああっ!!!!」




 しかし、またしても殷いソレの猛攻をいとも容易くかわし、ニゲルの頭目はそのまま勢いを殺さず回転を加え、重い蹴りをその腹に見舞った。
 どれほど凶暴、凶悪であっても、その器はまだいたいけな子供の大きさでしかない。その一撃を胴体にもろに受け、小さな身体は風を切って瓦礫に突っ込んだ。




「γυ……!? Γαααα、αα……!!!?」
「で? まだ終わらないんだろ? そうやってくたばった振りして、余裕見せた途端に一噛みだもんなあ?」
「……γυγυ、……Γυαααααα!!!!」
「だからもう分かってるって、言ってんだろおがああああっ!!!!」




 頭目が次の攻撃を言い当ててみせたと言わんばかりに両手を広げ、瓦礫に埋もれる少年をさげすみ笑う。
 男の妄言だと意に介さず、否、意識する自我はなく、ただ身体の内にうごめく憤怒に突き動かされるまま、殷に呑み込まれた少年は再び襲いかかる。
 だが、その渾身の反撃もまるで子供がじゃれつくのをあしらうかの如く、男はソレを軽々といなしてみせた。そして膝でみぞおちを突き上げ、立て続けに無防備な背中に組んだ両手の拳を凶悪な力で叩き込んだ。




「γυ!!!? Γαααααααα……!!!?」
「クハハハハハッ!! こうも、思った通りに動いてくれると、殴り甲斐があってすこぶる気分がいいぜっ!! そらあっ!! まだ踊り足りねえだろお? さっさと続きやろうぜっ!!!!」
「……γι、γιγι……γυγυγυ……!!!?」




 腹部を襲う鈍痛に悶える少年の身体を、まるで小石かのように荒々しく蹴り飛ばす。
 それでも尚、その殷く燃える少年は屈することなく、何度も起き上がり果敢に男に挑んでゆく。




「ハハッ!! 何度かかってこようが、同じだっ! そらっ! 右っ、左っ、正面っ!! 左っ、右っ、正面っ!! 次はっ!? 左っ、右っ、ほう、今度は左かっ!? だが、次は右っ! でもって、正面だってなああああっ!!!?」
「……γυ、Γυυαααααα……!!!?」




 しかし、何度襲いかかろうと、その歯牙はあざけり笑うの男の急所を捉えることはできなかった。
 血濡れた土俵で木霊するのは規則的な凶漢の怒号と、小さな躯体が砕かれ殴殺されてゆく鈍く惨い音だけだ。




「はあ……。ただ殴るだけってのも飽きてきたなあ。少し、趣向を変えてみるか? ……そらっ! こんなのは、どう、だっ!!!!」




 度重なる凶悪な連撃を一方的にその全身に受け続け、狂気がたぎる身体も流石に息が上がったのだろう。立つのもやっとなほど弱り切っているのが見て取れる。
 頭目は不用心にもまだ怨嗟えんさくすぶる器に近づき、乱暴にそれを蹴り倒した。そしてその大柄な体重を脚に載せて、少年の細い腕を一思いに圧し折って見せた。




「……γι、……γι、……Γυυαααααααα……!!!?」
「クハハハハッ!! これで少しは、やり様も変わるだろお? ついでに、こっちも貰っとくかっ!!!!」
「……γυ、……γυυυ、……Γιιιαααααααα……!!!?」
「キハハハハハハッ!!!! その煩わしい喚き声も心地良くなってきたぜえっ!! さあ、踊り直しといこうやああああっ!!!!」




 少年が困憊こんぱいし、反撃すらままならないことを良いことに、男は醜悪な笑みを浮かべその後方に回り込んだ。そして、同じように腕の痛みに悶え震えるか細い片足をも惨酷に砕いてしまった。


 右前腕と左下腿かたい。対角線に位置する二肢を砕かれ、文字通り全身を破砕する激痛がその小さい身体を叫喚させる。
 ニゲルの頭目は殷い狂気の無様な姿に、殺戮さつりくの美酒に一人酔いしれてゆく。完全に死を見下したその男は、これ見よがしに自身の首筋をその殷い眼前に晒し、嘲り笑う。
 少年も折れた手足で地を這い、果敢かかんにもその憎悪する男の喉元に喰らい付こうとするがまるで届かない。




「ふん。そろそろ飽きてきたな。しまいにするか。ちょうどいいもんが、あるしなっ……!!」




 思う存分、獲物を甚振り倒し、それにも興が覚めた男が取った最後の凶事。
 それは、ついに横たわり起き上がらなくなったその小さな背中に深く刺されたままの二つの刃。族の中でも慕っていた手下が残した無念の凶器。
 頭目はそれを両手で荒々しく掴むと、それごと少年の身体を宙に持ち上げたのだ。

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