銀眼貫餮のソウルベット -Pupa cuius oblitus est mundus-

七色Ayeca。

第51話 玩弄されし赤紅の縁

「そう意気がられても、邪魔なだけなんだけどなああああ?」
「グッ、オアアアアアッ……!!!?」
「あんたっ!?」
「守部っ!?」
「団長さんっ!?」




 幾つもの切り傷で赤黒く滲んだ背中を晒し倒れ込む団長を、嘲笑するかのように一頭のヴァスギスが踏みつけ、その鋭い爪を深く突き立てる。
 痛ましい切り傷から流血が弾ける様を、更にその上から愉しげに見降ろす一人の男が居た。
 その姿を視界に認めるや、ソーマの目は血走り四肢が一気に奮いたった。




「ソーマッ!? だめっ!!!!」
「ハハッ! 会いたかったぜ、くそガキッ!!」
「あ、あんたたちっ! ……どうして、あたいらがここに居るって分かったんだいっ!?」
「どうして? クハハハッ! こいつは傑作だっ! 分かるも何も、ここまで手引きしてくれたのは手前らだろ?」




 陣の中央で怯えおののく村人たちを庇うように、ムーナが果敢にもその男を威嚇する。
 だが、どれだけ虚勢を張っても、鋭く相手を睨み付けたとしても、その表情から迫る死期への恐怖は拭い切れない。むしろ、それはかえってその男を愉しませるばかりだ。




「……な、何だ、と……? うぐおおおっ……!?」
「お前は黙ってろっ!! でかいだけで、歯応えのねえクズがっ! ……チッ! ……そうだなあ、種を明かすまでもねえんだが、まあいい。あの世の手土産に教えてやる。ご丁寧に大層な飾りの寝床を残しといて、そこからこんだけスクートスを連れ回せば、嵐でも来ない限り跡が残るのは分かるよなあ?」
「跡じゃとっ!? 村から、一体どれだけ離れとると思っとるっ!! 執念深いにも程度があるじゃろうにっ……! この蛮族共めがっ……!!」
「クハハハッ! そう、褒めてくれるなって。まあ、でもあれだな。こんな辺ぴな場所まで逃げるもんだから、流石にちーーと我慢の限界でよお……?」




 その男は脚元で呻く団長に残虐な視線を注ぎつつ、艶かしく溜息を漏らす。




「……Ουαααααα!!!?」
「ケッ! 相変わらず耳障りに喚きやがる。……まあいいさ。何せ、今日は思う存分、骨の髄からはらわたの何から何まで! 手前ら全員、跡形もなくなるまで楽しませてもらうんだからよおおおおっ!! なあああ? お前らああああああっ!!!!」
「うおおおおおおーーーーっ!!!!!!」




 そう、男が大振りの刃を空高く突き上げるや、円陣を囲うように四方から雄叫びが燃盛る業火の如く轟いた。
 そして崩された積荷をよじ登り、或いは悪族の頭目と思われる男がじ開けた隙間を押し広げ、続々とその手下たちが我が物顔で土砂の如く溢れ出てきた。
 そうして瞬く間にテララたち、ティーチ村の住人は血肉に飢える猛者の一団に取り囲まれてしまった。




「ヒャハハハッ!! 数は少ねえけど女に子供、まだ指しゃぶってる赤子まで居るじゃねえか?」
「クハハハハハッ!! 兄貴、今日は粒揃いじゃねえですかっ! どいつから味見するか迷っちまうぜっ!」
「おい、お前らあ。腹減ってるからって、急ぐんじゃねえぞ? ご馳走は全員で少しずつ、少しずついて喰うもんだからよお?」
「違いねえ! キハハハハハハッ!!!!」




 余りもの恐怖と覆りようのない絶望にあらがう言葉も忘却し、ティーチ村の一行はただただ身を寄せ合い小さく震え怯えることしかできなかった。
 その様をむさぼるように凶悪な眼差しを向けながら、ニゲルの手下たちは宴の食饌しょくせんを催促するように刃物を振るい鳴らす。そして、震え上がるテララたちの首を締め上げるように、その周りを不気味に練り歩きはじめた。




「お前、たち……、い、いい、加減に……」
「あん? しぶてえ野郎だ。お前は大人しく泥でも舐めてろっ!!」
「ウゴアッ……!?」
「もっ、守部のっ!? ぐぬぬっ……! お、お前たちっ! いい加減にせんかっ!! わしらなんぞをいた振りおって、どうする気じゃっ!?」




 ニゲルの頭目に踏み付けられながらも威嚇して見せるデオ団長であったが、最早その凶爪を跳ね除ける力はおろか、拳を握り締める気力さえ残ってはいない。
 されるがまま、村一の堅牢な護り手の見るに堪えない有様に、クス爺が無謀にも皆の前に立ち、その極悪非道な輩に詰め寄ろうと勇み出た。




「おい? おい? あれ見ろよ。何か、意気の良い爺さんがしゃしゃり出てきたぞ?」
「くそジジイは、お呼びじゃねえんだあ、よっ!!」




 しかし、その末路は想像に難しくはなかった。
 彼らを取り囲む狂気渦巻く手下たちが嘲笑い振り下ろした刃や鈍器によってクス爺は寸断され、紅く枯れた木の葉のように薙倒されてしまう。




「グヌアアアアッ……!!!?」
「クス爺っ!? ……もうやめてっ!! 私たちが狙いなんでしょ? お願いだから……、村のみんなには、もう酷いことしないでっ!!」
「ほう? 自分から名乗り出るたあ? ふん、それも悪くねえ。おいっ!!」
「へいっ! おい、娘っ! こっちに来いっ!!」




 勢い余ってのことだろう。
 村の皆を何とか救いたい。その一心でテララは自ら名乗りを上げた。どんなに陰惨な状況であろうと、少女の健気さは損なわれることなかった。けれど、その小さな拳は恐怖に怯えきつく結ばれ震えている。




「テララッ! あんたっ!?」
「お姉ちゃんは、だめ。……私、行ってくるから……、ソーマをお願い、ね……?」
「テララちゃんっ! 何考えてるんだいっ!? 1人でどうにかできる話じゃないんだよ? ちょっと、聞いてるのかい? テララちゃんっ……!!」




 きつく唇を噛み締め、逃げ出してしまいたい臆病な自分を押し殺し、気味の悪いほどに抑揚のない平坦な調子でテララは姉にソーマを託した。
 テララは村人たちが必死で引き止める声をその背中で受け止め、一歩、また一歩と踏み出してゆく。そして、血濡れた凶器に生唾を垂らし構えるニゲルの連中の下へゆっくりと向かっていった。




「おい。抑えとけ」
「キャハハハッ! 抑える、俺やるっ! お前ら、そこどけっ! キハハーーーーッ!!」
「キャッ……!? ……ウッ!?」




 恐怖で笑う膝を前へ前へと押しやりなんとか連中たちに近づくと、頭目が粗雑に顎で指示を出す。
 その命令を待ち望んでいたかのように、その後ろから腰に何本もの刃物をぶら下げた小柄な男が名乗りを上げ、息つく間もなく何かをテララ目掛けて投げつけた。
 少女に向けて放たれたそれは、風切り音を立て標的横を勢い良くかすめていった。
 奇襲から免れたか。しかし、そう安堵できるはずもなく、男の巧みな手捌てさばきによってそれは軌道を変え、少女の身体、そして首筋に巻き付き、瞬く間にその細身を締め上げた。
 縄の先端に縛り付けられた鋭い鉤爪がその首に付けられた首飾りを斬り飛ばし、白い柔肌に痛々しく喰い込む。




「おいおい。手加減忘れるなよ?」
「あ、そうだった。ごめん、兄貴……。フヒヒッ!!」
「いっ……、痛い……。……キャアアアアッ!! ウグッ!?」
「やっと、捕まえたっ! クヒヒッ! どうする? どこ斬ってもいい? どこ引きちぎっていい? どこ? どこ!?」




 鉤爪が獲物の肉を捉えた感触を得るや、その男は乱暴に縄を引き寄せテララを強引に地面に叩きつけた。痛みと恐怖に悶える獲物に、下卑た笑みを浮かべ品定めに酔い痴れている。




「テララッ……!!!?」




 膝下まで弾き飛ばされた妹の首飾りを咄嗟に拾い上げ握り締める。
 擦り切れた手の平の中で母が姉妹に残した形見が、それを握る姉の傷口に痛く訴えかけてくる。
 自身の立場を察しての妹の選択だということは寝ぼけていたとしても解る。しかし、これで良いのか。




「……良い訳、ないじゃないっ……! 何してんだかっ!!」
「チッ! チサキミコ様っ!? 一体何をっ!?」




 地に伏す妹のあられもない姿が青緑の視界に揺らぐほど、親子の絆を握り締める手に力が籠る。
 そして、自身の情けなさに嫌気が差したテララの姉は、自身の身の振り様を決断し勢い良く立ち上がった。




「ちょっと待ったああああっ!!!!」
「んあ? 今度は何だあ?」
「……そ、その子を放しなさいっ!! あたしが……、この村長のあたしが相手をしてやるからっ!?」
「……お、姉……ちゃん……?」
「村の……? キハハハハッ!! こいつはたまげたあっ!? 村長様が身代わりを無駄死にさせるとも分からず、のうのうとお出ましたあ! 死ぬのが怖くて気がどうかしちまったかあ? まったく、手間が省けて助かるぜっ!!」




 悪族の頭目が突然の村長の登場に、空を仰いで醜悪な笑い声を上げる。
 その手下たちも流石の番狂わせにけたけたと笑い散らす。




「この村の連中はどうも阿呆な奴らが多いみてえだなあ? いいだろっ! おいっ! そいつも縛り上げろっ!!」
「ヒヒッ! クヒヒヒヒヒッ!! 任せ、任せろっ!!!!」
「アガッ!? ググッ……!? グアアアアッ……!!!?」
「チサキミコ様っ!!!?」




 そしてテララ同様、鉤爪の付いた縄がチサキミコの首を縛り上げ、その細い身体を圧し折るように引きずり倒した。




「お姉ちゃん……、どう、して……?」
「……あんた、ばっか……、いい格好……、され、てもさ……。あたし……、一応、おさだし……。それに……、あんたの、ウググッ!?」
「何勝手にごちゃごちゃと喋ってやがるっ!! どうも、いまいち立場ってのを分っちゃいねえみたいだなあ? ……チッ。興が冷めてきやがった。おいっ! お前ら、適当にはじめとけっ!」
「いいの? いいのっ!? 兄貴? それじゃあ、それじゃあねえ? どうしようか? 腕をもぐ? それとも皮を剥いで……、フヒヒッ! ヒッ! ヒャハハハハッ!!」




 首に鉤縄が縛り付けられたままそれごと吊り上げられ、惨忍な外道共に慰み物にされる。
 そんな姉妹たちを何とかしてやろうにも手下たちに刃物で抑えつけられ、ティーチ村の誰一人手の出しようがない。




「キヒヒッ!! どこからばらしてやろうか? ここかあ? こっちかあ? ヒヒッ! クヒヒヒッ!」
「痛っ!? キャアアアアアッ!!!?」




 劣悪さが際立つ小柄な男は腰にぶら下げた得物を弄びつつ、吊るし上げた姉妹の身体を舐め回すようにその周りを卑劣に笑い歩く。
 そして一本の大きく反った刃をテララの右脚に突き立てるや、表皮を逆撫でるように大きく斬り裂いて見せた。




「ヒャハハハハハッ!! いいっ! いい叫び声だあっ!! ヒヒッ! フヒヒッ! 覚えてるかあ? 俺のこと? あのガキに片耳と目玉やられて、視界、悪い……。でも、クヒヒッ! お陰で、お前、お前の泣き喚く声、よく、痛いくらいよく聞えるっ! キャハハハハッ!!」
「……この、外道がっ……! その子は放っといて、あたしの相手でもしなっ!!」
「ああん……? 今、こっちであそんでるんだ。邪魔、するなああああっ!!」
「ギャアアアアッ!!!?」
「……お、お姉ちゃんっ……!?」




 片脚を紅く染め力なく垂れ下る妹から注意を削ぐべく、歯を食い縛りその男を煽り立てる。
 しかし、そう容易く男の執着を剥がすことは敵わず、暴悪に放たれた一本の刃が姉の左目を引き裂いた。
 足下に赤紅に揺れる鮮血を垂らし、弱々しく呻きうな垂れる姉妹の姿はむごたらしいことこの上ない。その二人の普段を知るほどに胸底を酷く深くえぐられてしまうほどに。
 ただ生きることさえあたわず、無慈悲に、理不尽に、唯一死だけを強要される。残虐で殺意がうごめく陰湿な悪族の笑い声に、無力な村人たちはただ舌の上でいじられ喰い殺されるしかないのだろう。




 しかし、その時。ソレハウマレタ――。

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