銀眼貫餮のソウルベット -Pupa cuius oblitus est mundus-

七色Ayeca。

第45話 銀に煌めく星月夜の旅立ち

「ったく、後ろから急に話しかけるんじゃないよっ! 心臓が飛び出るかと思ったじゃないか! いたたた……」
「んあ、いや。別に驚かせるつもりじゃあ。……うぐっ、す……すいません」




 飛び退いた拍子に地に尻を突いて倒れ込んでしまったテララの姉は、そのままの体勢で酷い剣幕でデオ団長を睨み付けている。
 体力が尽きている際に驚かされるのは癇に障るかもしれないが、彼も意図していなかっただろうに。この二人ときたら、噛み合わせの悪い歯のようになかなか噛み合わないものだ。
 理不尽ながら、そのあまりもの圧に耐え兼ねあの大きな身体も萎縮してしまっている。




「フフッ、平気ですよ」
「あ、ああ。ありがとうよ、テララちゃん。その、なんだ。もう出発するから、その子に乗ってもらえるかい?」
「いよいよなんですね!」
「おうとも! 随分待たせちまってすまないね。今さっき3人の荷物も積み終えたから、これでようやく出発だっ!」




 つくづく妻女には頭の上がらないデオ団長は冷汗を掻きながらも、両腕で誇らしげに力こぶを作って見せた。相変わらず少々暑苦しい笑みではあるが清々しく旅の準備が整ったと言う。
 その知らせにテララの表情はたちまち晴れやかになり、少女の喜びように場の空気もすっかり和み、姉も渋々怒りを納める。




「分かりましたっ! さっ、みんな早くピウに乗ろ? ほら、お姉ちゃん、早く。いつまで倒れてるの?」
「あ、ああ、うん。……いっ!? いててててっ! こ、腰が……、くうーーっ!」
「もう、しょうがないなあ。あの、団長さん、お姉ちゃんを乗せてあげてもらえますか? お疲れの所すみません」
「おう。任せときな」
「ソーマも早く乗ろう? あとそうだ。靴、今度ちゃんとしたの作ってあげるね?」
「……ウ、ン。ニシシッ!」




 デオ団長に手を貸してもらいながら、三人はピウの首甲に並んで腰かけた。自然と姉妹の間にソーマが腰かける席順となった。端に座る姉が振り落とされないか心配だが、まあそのときは荷物と一緒に積んでしまえばいいか。
 鞍に置いてある手綱をテララが握るや、ピウは合図を待たずして高らかに嬉しそうな鳴き声を上げ、その巨体をゆっくりと持ち上げた。耳の尋常でないはためかせ具合から察するに、文字通り首を長くして待っていたと気持ちが踊っていることが手に取るように解る。




「わっ!? やだっ! ピウ! まだだよ? ちょっと、フフッ。アハハハッ!」
「ニャギッ!? ギギギッ……!!」




 その様に姉妹は慣れたもので大きく揺れる背中の上では、一人は嬉しそうに旅の御供と互いに頬を擦り合わせ、一人は疲れ切ってもう勝手にしてくれと鞍の上に大の字になって眠っている。
 一方のソーマと言えば、突然大きく揺れるものだから、歯を食いしばりテララに思わずしがみついて、目をきつく瞑ってしまっている。思いの外、突然の出来事に弱いのかもしれない。




「フフッ。ほら、ソーマ。落ちたりしないから、ゆっくり目、開けてみて?」
「ギギギッ……、ギッ…………ギ、ヒャッ!?」




 テララに優しく肩を抱かながらも、恐れのあまりなかなか目を開くことができない。恐れと好奇心との葛藤の最中、ほんのわずかだけ後者が勝り目をこじ開ける。そうして目にした先には、子供の背丈では体験できない大人の頭上を容易く越えるほど、高く遠くどこまでも続く壮大な光景が広がっていた。


 太陽こそすっかり沈んでしまい昼時に比べれば見劣りするかもしれない。それでも、雲一つない濃い青碧の空に悠々と浮かぶ月に負けじと煌めく星月夜。彼方に霞む雄大な山々に、月白の月明かりに照らされて冷たく広がる大地。そこに紺の影を伸ばし夜風にそよぐ草木さえも、この夜の静寂の中ではどれも言表し難い神秘さをはらんでいる。
 少年の銀の瞳にはどう映っているのかは、さだかではない。けれど少なくとも、今回はテララに驚かされたときとは違って、大きく見開き輝きを帯びているようだ。




「フフッ、どう?」
「テ……テ、テララ。テララッ! テララッ! テララッ!!」
「あっ! わっ、ちょっと! フフッ、急に立ち上がったら危ないよ? どう? すごいでしょ? とても静かで……、なーーんにもないけど、綺麗だよね……」
「ナニモ、ナイ? ……キレイ? ……ナニ、モナ、イッ! ナニモ、ナイッ! ナニモナ、イッ!」
「ハハハッ。そこは言うなら何もないじゃなくて、綺麗かな? まあ、うん。そうだね。なーーんにもないね。フフッ」
「うぐぐ……、頼むから下手に揺らさないでえ……。あたし、もうくたくたで、眠いんだから……」




 興奮が冷め止まぬソーマを宥めつつ肩を寄せ合い、テララは少年と共にピウの背中から見える景色を嬉しそうに眺める。
 片やその姉はと言うと、文句を言う気力さえなくした様子で、横になったまま右へ左へと揺れる甲羅に身を任せている。今日一日を振り返れば一世一代の大仕事ばかりだったのだから、ゆっくり休んでもらいたいのだが、どうもソーマの興奮は今しばらく納まらなそうである。しかしまあ、口煩く言い背を向ける割には二人が喜ぶ様にはまんざらでもなさそうだ。


 各々がピウの背中の上で旅の出発に備えていると、旅団の先頭より大男が一頭のスクートスの甲上に立ち上がり一際大きな声を以って一同に最後の確認を始めた。




「さあ! それじゃ、皆準備はいいなあ? 荷物の積み残しはないな? ようしっ! 影籠りに向けて出発だーーっ!!」




 その勇ましいデオ団長の号令と共にスクートス含め村の一同が高らかに呼応し、そしてついに一行は影籠りに向けて出発したのだった。

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