銀眼貫餮のソウルベット -Pupa cuius oblitus est mundus-

七色Ayeca。

第23話 降り頻る弾む笑顔

「おや。ソーマ、良い物貰ったね。格好良いじゃないか!」
「……ニシシッ!」
「すみません。お話、途中だったのに」




 小山での拾集組みの下に戻ると皆既に籠を背負い、再出発の準備を整えたところのようだった。




「いいんや、いいんだよ。ちょうどこれの準備もできたしね。テララちゃんたちがよかったらそろそろ行こうか?」
「あっ! はいっ!」




 ムーナはそう楽しげに言うと、手に持った何かを掲げて見せた。
 それはどうやら先程話していた枝笛のようで、拾集組みの他の二人も太さや長さが違うが、それらしい物を構え微笑みかけてくれている。




「それじゃ、出発しようか。テララちゃん、歌い手よろしくね?」
「はい、……へっ!? う、歌あ!? わ、私がですか!?」
「いいから、いいから。そら、はじめるよ」
「え、あっ、ちょっと……! うーー……」




 突然の指名に頬が強張り耳が熱くなる。日頃一人で家事などこなす際には鼻歌はよく歌うものの、人前で音に合わせて歌うとなれば尚のことだ。よりによって、幼い頃、自信満々に姉に歌い聞かせて大笑いされた恥ずかしい記憶が脳裏でしのび笑う声が聞こえてきそうだ。
 そんな少女を横目に大人たちは枝笛を構えると、その憂うつな記憶も軽く払い飛ばしてくれそうな何とも愉快な和音を奏ではじめた。
 ムーナは握り拳ほどの太さで前腕よりも少し長い朽木を縦に構え、その天辺から太く重い息を吹き込む。するとその下方の穴より低音で落ち着きのある柔らかい音が胸底を揺るがすように響いてくる。
 後の二人の内、一人は人差し指ほどの太さで掌大の長さの枯れ枝を二本咥え、同時に中音から高音の軽快で伸びやかな音を器用に奏でている。
 残りの一人は、太く短めの朽木の中に小石でも入れたのか、その両端を手で塞ぎ、左右に傾け律動的に丸く軽やかな音を刻んでいる。
 その折り重なった音色は乾いた大気と胸内を弾ませ、瞬く間に銀白の幼心を虜にしたようだ。その証拠に少年の頭上の萌黄色の結び目が楽しそうに飛び跳ねている。




「ンギッ!? ギギギッ!! ニシッ!! シシシシシッ!!」
「ああ、ソーマ! そんなに走りまわったら危ないよ? もう……、フフフッ」




 ソーマはその銀の瞳を青い空が映り込むほどに輝かせ、小山目指し行進する一行の回りを飽くことなく幾度と弾みをつけて駆け回りだした。少々優雅さに欠けるが踊り子もこれで揃った。
 そして、その愉快で心満ちゆく楽団の音色に乗せられ、テララも諦めて腹をくくり、母親譲りの思い出の歌を心晴れやかに笑顔振りまき高らかに歌った。










 不思議と息も切れず、おぼろげな箇所は分かる歌詞を反復し繰り返す。そうして歌い奏でている内に、一行は小山の石段まで辿り着いた。




「ふぅ、着きましたね」
「歌い手、ご苦労さん。テララちゃん、とても上手じゃないかっ! 枝っ端咥えながら聴き惚れちゃったよ」
「あ、ありがとうございます。恥ずかしかったですけど……、すごく、楽しかったですっ!」
「ウ、アイッ! ウ……マ、イッ!」
「ハハハハッ! ソーマも大満足だったとさ。そいじゃ、元気な内にちょちょいと拾っちゃおうかねっ!」
「はいっ!!」
「……ハ、イッ!」




 余韻に足下を踊らせ元気に返事を返すソーマの手を引き石段を一つ、二つ、三つと登ってゆく。最後の石段を二人一緒に登りきると、あの極彩色の山々が二人を出迎えた。




「ふうーー! やっと着いたねーー!」




 辺りの空気に湿気はなく、そよぐ風に撫でられ麻や木々、ホルデムの澄んだ緑の匂いが鼻腔を滑り抜け何とも心地よい。
 初めて眼にする色のあふれた世界に、流石のソーマでも感動を覚えたのだろうか。その光景を目にするや銀の瞳と大口を開き立ち尽くしてしまっている。
 その横でテララたちは母大樹へ礼拝を済ませ、拾集に取りかかるべく各自の分担について話をはじめた。




「そんじゃ、今日は人手も少ないから、手軽な物から済ませようかね。テララちゃんとソーマは、2人で肉とこの袋に香辛料を拾ってきてくれるかい?」
「お肉と香辛料……ドゥ―ルスの実ですね?」
「そうそう。あたいらは、籠一杯にホルデムをたんまり刈ってこようかね。一旦、向こうの麻の山に日が差しかかったらここで落ち合おうか?」
「分かりましたっ! それじゃ、行ってきます。ソーマ、行こう? ……ソーマ? フフッ、ほら行くよ? お仕事、お仕事!」




 分担を振り分けいざ拾集開始と勢い良く爪先を返し小山へ向かおうと踏み出したテララだったが、その呼びかけにソーマは何故だか微動だにしなかった。
 よほどこの絶景に見惚れたのだろうか。少しの疑問を感じつつもテララは手を繋ぎ優しく目的の小山目指し歩き出した。










 まず向かったのはドゥ―ルスの実のなる山吹色の小山だ。
 道中、手を引かれる内にソーマも意識を取り戻し、間近で眼にする小山に興奮するのかと思われたがどうもその様子はなかった。
 少年の表情は心なしか強張り、何かに怯えている。もしくは警戒している。そんな風にも取れなくもないものだったが、きっと考え過ぎだろう。




「ねぇ、ソーマ。あれ見て? あの枯草色の小山がデオさんの話してたホルデムの山だよ? 茎の先に付いてる穂のとこだけを集めるの。1つから少ししか取れないから、籠一杯にするのすごく大変なんだ」
「………………」
「でもホルデムはお粥にしたらすごく美味しいし、ソーマも食べた乳粥好きでしょ?」
「……ゴ、ハ……ン……」
「そう、ご飯。また食べたいね。あっ! それから向こうの山はね――」




 やっぱりだ。単に初めて来る場所なのだから緊張しているのだろう。現に好物であろうご飯の言葉には何とか返事をしてくれた。テララは不要に詮索することはせず、少年の気を紛らわせられるように景色をでつつ歩き、目的地へと向かった。




「ふぅ、着いたねーー! ここでね、木に沢山ってるあの小さくて丸いのを採るの。ちょっと見ててね?」




 そうして山吹色の小山に到着し繋いだ手を解いて籠を下ろした後、テララはその中からムーナから受け取った麻袋を取り出した。
 次いで近くに立つ細樹の枝下にその袋をおもむろに広げて置くと、少女は未だ反応に乏しい少年に悪戯に微笑んでみせた。




「……ンギ?」
「フフフッ。いくよーー! …………それっ!?」




 そしてその人懐こい笑みの少女は両手に力を込めて掴んだ細樹を力一杯に揺さぶりはじめた。
 その突然の出来事に、心ここにあらずなソーマも銀の瞳を丸くしてその場で屈めてうずくまる。
 揺さぶられる細樹は枯れ細った幹をしならせ、実る果実がぶつかりざわめき立つ。




「もうちょっとかな? それっ! それっ! えーーーーいっ!!」




 あからさまに不穏な音を立てて軋みだす細樹に構うことなく、悪戯テララはより一層の力を込めて幹を揺すった。
 するとどうだ。揺れる枯れ枝から耐え切れず、千切れたドゥ―ルスの実が幾つも広げた袋を問わず降り注いできたではないか。
 少し少女らしからぬ強引な気もするが、これも日頃世話のかかる誰かへ溜めた不満故だろうか。気を遣うのも知らぬ間に疲れが溜まるだろうから、これくらいは寛容に身過しておこう。
 しかし気の毒なことに、その内一つが銀白の少年の頭頂部に直撃し、その仰天を鈍痛に換えてしまった。




「ウギッ……!?」
「あっ! ご、ごめんっ!! 痛かった? 怪我は……してないよね? よかった。……フフフッ。昔よくね、お姉ちゃんがこうやって沢山実を落してくれたんだよ?」




 頭に残る鈍い痛みをさすりながらソーマはテララの下まで歩み寄ってきた。てっきり母親に宥めを請う赤子のようにすがり付くかと思われたがそうでもなく、先程のテララを真似るようにその細樹を握りしめた。




「ああ、やっぱり痛かった? 今、診てあげるね? ……ん? ソーマもやりたいの? あっ! ちょ、ちょっと待っ――」




 そして、今度は仕返しだと言わんばかりに、その細樹を大きく揺すりだしたではないか。大人が数人がかりで動かせるスクートスを一人で引っ繰り返した力の持ち主だ。そんな少年が揺するとなれば、これはちょっとした惨事になるかもしれない。
 そんな少女の心配事などお構いなしに細樹はその幹が砕け割れんばかりに前後左右に大きく大きく揺れて軋みだし、辺りの木々も巻き込んで激しくその枝を振るわせはじめた。まるで小山全体の木々が揺さぶられているかのようだ。




「ソ、ソーマ……、そんなに揺すったら……」




 テララが中断を呼びかけようと手を伸ばした次の瞬間、先程とは比べ物にならない量の実が、雨の如く次々と、それはもう袋に納まりきらないほど次々と少女たちの頭上に降り注いできたではないか。




「痛っ!? いたたたっ! もう、ソーマ、やめっ……痛っ……フフッ……アハハハハッ!」
「……ニシッ……シシシッ!」




 それまでぎこちなかったソーマの表情は不本意か故意か、少女への悪戯で微笑みを取り戻した。降り注ぐ木の実に頭を小突かれながら、他愛ない笑い声が山吹色の小山と二人をより色付かせる。
 しかし、少々これはやり過ぎではある。しばらく揺すられた細樹からは千切れる実もなくなり、辺りは山肌が見えないほどの大量のドゥ―ルスの実で溢れていた。




「アハハハッ! もーーう。こんなに沢山落ちたの初めて見たよう!!」
「ニシシシッ!!」
「フフッ。やっと笑ったね。それじゃ、落ちた実を拾って袋の中に詰めよっか?」
「ニシシッ。ハ、イッ!」
「いいお返事! でも、ムーナさんにもらった分で足りるかな?」




 普段は、地に落ちた実を拾い、数が足りなければ先程のように樹を揺すり数個落ちたものを足すのだが、今回は異例だ。
 一つ一つ拾うだけでは終わりが見えず、地に溢れた実を掻き集め掬い上げてゆく。所狭しと転がった木の実がまだ半分以上も余る中、枕ほどの袋は予備も含めてあっという間に膨れ上がってしまった。




「すごい。もう一杯になっちゃったっ!? ソーマのお陰だね。ありがとう!」
「アリ、ガト!」
「フフッ。それじゃ、次の所行こうか。後はお肉だね。この辺りだと……、確か向こうにあったかな?」




 そうして、はち切れんばかりに膨れた袋の口を縛り籠にぶら下げ、二人は再び手を繋ぎ担当分の肉の拾集へと意気揚々と向かった。

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