銀眼貫餮のソウルベット -Pupa cuius oblitus est mundus-

七色Ayeca。

第21話 少女は一人の姉として

「遅くなってすみません。皆さん、何を話されてるんですか?」
「やあ、テララちゃんじゃないかい。もう休んでなくていいなのかい?」
「あ、ムーナさん。はい。お陰様で、ゆっくり休ませてもらえたのでもう平気です」
「そうかい。腰だの肩だの傷むって煩いあたいらと違って若いっていいね。ハハハハッ」
「あたしたちも負けてられないわね。フフフッ」




 そこには、デオ団長夫妻やクス爺の他に、比較的軽傷で身動きができる村人たち十数人が集まっていた。
 そしてその傍らには拾集で用いる籠や小斧、大小の桶などが固めて置かれている。




「今ちょうど影籠りの準備について話を詰めてたところなのさ」
「影籠り、ですか?」
「ああ。村人の半数以上がやられちまったから、いざ移住しようにも時間がかかるだろうってチサキミコ様と話してただろ? 今動ける人数はこれっぽっちだが、熱くなって日に焼かれる前に早い内から準備しといて、すぐ移った方がいいと思ってな」
「一先ず、男共には家を畳んでまだ使えそうなもん集めてもらって、あたいらは山まで移住とその準備の間の食糧を拾ってこようってまとまったところさ」
「そうだったんですね。それじゃ、私は何をしたら?」
「テララちゃんは、そうじゃのう……。わしと一緒に残って怪我人の看病を手伝ってもらえんかの? 昨日はよく頑張ってくれとったし、頼めるならわしも安心して施術ができるんじゃが」
「看病……、わかりましたっ!」




 そこに集まった村人たちから大まかな話の内容を教えてもらい、テララはその一行をざっと見渡した。
 その内に脚を痛めた女性が見て取れた。今の話だとハリスの山での拾集組みになるのだろうか。他にも眼を包帯で覆った老婆も見受けられる。




「あの、その方たちも山へ行かれるんですか?」
「ん? ああ……。山で拾うのはあたいらだけど、道中の荷運びなら手伝えそうだって言うからね」
「その、もしよかったら私が代わりに山へ行きましょうか? 私、どこも怪我してないし……。そこにある籠くらいの大きさならいつも背負しょってたので、荷運びも拾うのも1人でできます。だめ、ですか?」
「でもね、テララちゃん。あなたまだ……」




 急な少女の申し出に大人たちは少々困惑し、内一人の女性がまだ疲れが窺える顔で平気だと言い張る少女を宥めようとした。
 しかしそれをムーナが制し、懸念など一切感じられない真直ぐな笑みで応えた。




「そう言ってくれて助かるよ。ありがとね。それじゃテララちゃんの優しさに甘えて、代わりお願いできるかい?」
「はいっ! ありがとうございますっ! あ、うちから籠持ってきますね。まだ使えたと思うのでっ!」




 テララは自身の提案をないがしろにせず快く一人の村人の案として受け入れてくれた温情に、浮かれ気味に自宅へと駆けて行った。










 床下の斜路から居間に戻り拾集に使う籠や小斧などを探し支度を進める。イナバシリの後、居間の変わりようは酷く、普段置いておく場所に求める物がどうも見つからない。なるべく静かにと努めるも舞い立つ土埃に視界を奪われ咳き込むばかりでまるで準備が整わない。




「けほっけほっ……! んーー、おかしいなーー。いつもこの辺に置いてあるはずなのに。どこいっちゃったんだろ……、うっ!? けほっけほっけほっ……!」
「……ンーー、テ、ラ……ラ……?」
「あ、ソーマ。おはよう。昨日はゆっくり休めた? って、一人じゃっ……!?」




 なかなかにしぶとい土埃と格闘する物音に起こされでもしたのか、ソーマが目を擦りながら階段を独り下りてきた。
 その危なっかしい様にテララは慌てて駆け寄りその手を引こうと構えたが、その心配はどうやらもう不要のようだ。
 壁伝いではあったが、明らかに前日とは違いしっかりと自身の重心を支えた足取りで一歩一歩階段を下りている。
 少し心細い気もしたが、これはこれで微笑ましい。テララはその様子を階段下で優しく見守り迎えてやった。




「どうしたの? 1人で起きてきて。ご飯は? ちゃんと食べた?」
「……ン……、ウ、アウウ…………」




 どうやらテララの駆けつけた音で今さっき目を覚ましたのか、出会ったばかりの頃のように呂律ろれつがまるで回っていない。




「ごめんね。今は傍に居てあげられないの。ちょっと出かけなくちゃいけなくて」
「……ンーー、テララ……。イ……、シ、イ……ショ……」
「ん? 一緒にソーマも行きたいの? んーーと……。ここで待っててくれない? 暗くなる前にはちゃんと戻ってくるから、だめ?」




 腰を落とし目線を合わせ優しく促してみたものの、その銀の意思は珍しく頑なで従う気配がない。寝起きの少年はテララの袖を固く握りしめ同じ言葉を繰り返すばかりだった。




「イ、……イショ……テラ、ラ。……イ、イ……」
「困ったなあ。お姉ちゃーーん? ……まだ寝てるのかな……。んーー、分かった。それじゃ良い子に大人しくしててね? 約束だよ?」
「……ヤ、ク……ソ、ク?」
「うん、ヤクソク」




 頼みの姉も休んでいるのなら自分が面倒を看よう。それがお見定めの約束でもあるのだから。
 テララは最低限必要な荷物をまとめ、ソーマと手を繋ぎ拾集へ向かう一行の下へと戻って行った。










「お待たせしました!」




 テララが村人たちの下へ戻ると、男性陣は既に持ち場に向かった後のようだった。




「あら、早かったね。おんや? その子は?」
「あ、えっと、この子はソーマって言います。この前ハリスの山から運んで手当てした。ソーマ、挨拶できる?」
「……ンギ、ギ……」
「なっ、何じゃとっ!? あの血塗ちまみれじゃった奴じゃとっ!? あんなに深手を負っておったのに、もう立って歩けるのかっ!?」




 姉という未知との対面がトラウマとなっているのか、ソーマは見ず知らずの村人たちにすっかり怯えテララの後ろで固まり顔を見せようとしない。
 一方でそんな少年の素性を知るや、彼に施術を施しその重傷のほどを誰よりも理解しているクス爺が思わず前のめりとなってその少年を凝視する。どこぞの姉のように飛び付きはしないものの、先の天災でひび割れた老眼越しに黄ばんだ目を見開き、抜け落ち歪に並ぶ歯を剥き出して大口で声を荒げるものだから、これはこれで不気味ではある。




「みっ、診せてもらっても、よいかの……?」
「う、うん。あまり怖がらせないようにしてあげてね? ソーマ、怖くないからね?」




 じりじりとにじり寄より、クス爺はその少年の色白い腕を恐る恐る持ち上げる。そして鼻息のかかるほど間近な距離で傷口を舐めまわすように見詰め触診をはじめた。




「お、おお……、おおおお!! 何ということじゃっ……!? こりゃ確かにわしが縫った痕じゃ。じゃが、傷口がもう綺麗に繋がっとる……。珍妙じゃ……。なんと珍妙じゃ……。こっちは、こっちはどうなっとる?」
「クス爺、子供が怯えてるんだからほどほどにしときなよ?」
「おっ? ああ、す、すまん。邪魔したの。しかし、稀有けうなこともあるもんじゃ……」




 村医者としてこれまで多くの患者を診てきた。その中にはその銀白の子供のように腕や脚を傷めた患者に、それこそ寝起きでも傷口を縫い合わせられるほど施術をこなしてきた。そうであっても尚、こんなにも早く容態が回復する人間を一人として見たことはなかった。
 ティーチ村でただ唯一、人一人の命を背負い闘ってきた彼だからこそ、今正しく目の当りにしている衝撃を受け止められないのだろう。まあ、であったとしても少々大人げなくむやみやたらにその身体を見過ぎか。荒くなった鼻息が言っては何だが気味が悪い。
 そうして大人たちにそそる好奇心を制されると、クス爺は渋々身を退き救護舎へと戻って行った。




「大怪我だったらしいけど、その子、ソーマちゃんだっけ? 一緒に連れてくのかい?」
「はい。私も待っていてってお願いしたんですけど、言うこと聞いてくれなくて……。一応、手を引いてあげれば普通に歩けるみたいですし、こう見えてこの子、すごく力持ちなんですよ? 私がちゃんと看ますから、連れて行ってもいいですか?」
「テララちゃんがその子のお姉ちゃんしてくれるってんなら、あたしらは止めたりなんてしないよ。人手は多い方がありがたいしね?」
「私がソーマの……、はいっ! ありがとうございますっ!」
「それじゃ、あたいらも出発しようかね!」




 日は天頂から少し傾き、雲一つない紺碧こんぺきの空の下、テララとソーマ、ムーナに他年が二十ほどの女性ら、計五名がおのおの籠を背負い村人たちの食糧を得るべくハリスの山へと出発した。

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