コミュ障の紫さん、自殺に失敗して吹っ切れる

忍々人参

第11話 異常者と勇気

我ながら、無謀なことだとは思っていた。
考えのまとまらない頭で、それでも身体は動かして私は朝の準備を手早く整えると、玄関のドアを開ける。

――きっと私は拒絶されている。でも、何とかしてあげたい。

あかりちゃんが何で悩んでいるのかはさっぱり分からない。
それでも、それを理解した上で私にできる限りのことは精一杯してあげたいという気持ちが心の中で燻って止まない。
両親を失ってからというものの部屋の中で1人惰性に生き、自殺未遂をして、そんな私を心配して優しくしてくれた。
そんな彼女に私は心の底から報いたのだ。
恩義に突き動かされて、私はあかりちゃんの部屋の前まで行ってインターホンを鳴らす。
ピンポーンと間延びしたチャイム音が鳴る。
しかし、しばらく経っても部屋の中からの反応はない。
もう一度押してみるも、同様だった。

――もしかして、もう学校に行っちゃった……?

かなりの意気込みで訪ねただけに、肩をがっくりと落として私は部屋の前から離れて1階へと降りていく。
通学の時間にはまだ早いと思う位の時間なのに、もしかして意図的に避けられているのだろうか。

「あ……!」

突然、正面から声が聞こえて顔を上げる。
声の主は昨日あかりちゃんと言い合いになっていた女の子だった。
視線は私に向いており、口を手で押さえている。
どうやら私のことを見て声が漏れてしまったらしい。
そんな反応に普段なら肩を狭めて素早く横を通り抜けるところだったけど、今日の私は少し、いやかなり違った。

「あ、あ、あなた……あかりちゃんの……」
「へっ!?」

そう、あかりちゃんの異変の、今手に入る唯一の手掛かりが目の前にいる。
私は自分のコミュ障を無理やり抑え込み、何とかしてこの女の子から何が起こっているのかを聞きだしたい一心に、ヨロヨロと歩み寄って声を掛けた。

「あ、あ、あの、き、ききき、聞きたいことが……!!」
「ちょっ……何ですか、あなたは!? ち、近づかないでください!!」

なんでだろうか、女の子の反応から私はすごく警戒されている気がしてならず、自分を顧みてみる。
ほとんど見ず知らずの人間に自分から話しかける緊張のあまり、息が上がっているのが問題なのかもしれない。

――落ち着け、私……。

意識して深く呼吸をする。
新鮮な空気を取り入れて、代わりに緊張感を吐き出して胸の鼓動を落ち着ける。

「オエッ……」

空気の吸い過ぎと緊張で胃が痙攣したようになっていたのが相まって、えずく。
前傾姿勢のまま、女の子の顔色を窺うと……ダメだった。完全に引かれているのが分かる。笑顔を見せて警戒を解かなければならない。
私は強張った顔の筋肉に強制指令を発動させて、頬を斜め横へと吊り上げる。なるべく自然体に、場を和やかにするようなそんなスマイルをイメージして。

「い、いヒヒヒッ!」
「ひぃっ!!」

不思議なことに状況を良くしようと頑張れば頑張るほどに雰囲気は最悪の一途を辿っていくようだった。

「私……!! 失礼します!! 行くところがあるのでっ!!」

そう言って私は横を通り抜け、マンションの階段を昇って行こうとする彼女の腕を私は掴む。

「なっ……!? は、離してくださいっ!!」
「む、む、無駄だよ……」
「無駄……って、なんで!?」
「あ、あかりちゃんは……もう、いないよ」
「――え」

この先の部屋に行ったとしても、もうあかりちゃんは出てしまった後なのだから、この女の子が階段を昇っても無駄足になってしまう。
そんなことで時間を割くくらいなら、今あかりちゃんに何が起こっているのか、知っていることを話して欲しかった。

「だ、だ、だから、教えて……?」
「い、いないってどういう……」
「こ、言葉のままだよ。もう、いないの。だから行く意味なんてないから……そんなことするくらいなら私に教えて、あかりちゃんのこと。そ、そ、それにあなたのことも……」
「……ぁあ、そんな……」
「お名前……あ、あなたのお名前、教えて……?」

ニコォッと、親しみやすさをイメージして浮かべた笑顔が最後の引き金だった。

「いやぁぁぁあああっ!! 異常者ぁぁぁあああっ!!」
「うわっ!?」

女の子は私の腕を振りほどき、私はその動作に身体を揺らされてマンションの壁へと倒れ込んだ。
視線を元に戻すと一目散に駅の方面へと駆けていく女の子の後姿が見える。

「い、いったい何が……」

私は貴重な情報源を逃がしてしまったことに俯きため息を吐く。

「……あれ?」

ふと地面を見下ろす視界に焦げ茶色の学校用のカバンが映った。

「さ、さっきの女の子の……」

慌てて走り去っていったようだから、落としていってしまったのだろうか?
多分、落とし物としては大きいものだからタイミングを見て、早いうちに取りに戻ってくると思う。
だからそのままにしておいてもいいのだけれど。
しかし、私はそのカバンを開けて中身を物色していた。

「あった」

お目当てはいつもの日課で盗んでいる財布ではない。
私の手にあるのは学生手帳だ。
先程の女の子の名前は『天野さくら』というらしい。
しかし、私が一番に知りたかったのはそれじゃない。

「私立明野宮あけのみや高等学校……」

このカバンの持ち主である天野さんとあかりちゃんは同級生。
それならば、ここにあかりちゃんもいる。

――落とし物を届けに行くという大義名分があるんだったら。

私は学校用のカバンを手に持って、駅に向かって歩き出した。

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