白衣の女神と試験管

芦都朱音

第6話 青春は二酸化炭素のソーダ味②

 全員で準備運動をした後、春乃と奈緒は自分のラケットを、光輝と紗友里は貸し出し用ラケットをそれぞれ持ち先輩達の練習を見学していた。ラリーを基本とした練習を見学している傍らで春乃は左手でラケットをくるくると回している。それを見ていた奈緒はクスクスと笑った。
「春乃、早く打ちたいんでしょ?」
「うーん、見てるだけって何となくそわそわする」
春乃の視線は練習中の先輩達に向けられたまま、個人の技術を確認しているように真剣だった。
「春乃らしいね」
そう言う奈緒も右手でラケットを回すしぐさをしていた。すると、コートサイドに立っていた竜弥から紗友里へ声が掛かった。
「先に未経験者の紗友里ちゃんからいこうか!」
「はーい」と紗友里が返事をしてコートの中に入る。竜弥の指示が飛ぶ。
「緩い球打ってもらうから、打ち返してみて!」
「はーい!お願いしまーす」
ポーンと打たれた球は紗友里のラケットに当たり、大きく右へ逸れて行った。
「あれー?まっすぐ飛ばなーい」
ラケットがボールの重みを受けて外に開いてしまい、右方向に飛んで行ってしまっている。
「最初はみんなそんなもんだよ!体とラケットの面を正面に向けて打ってごらん!もう一回やってみよう!」
竜弥の的確なアドバイスを受け、打ち続けること数回。結局、右に流れてしまうのは直らなかったが、初めてラケットを握ったにしては上出来だと春乃は思った。
「紗友里ちゃんお疲れ様!次!光輝君!」
「はい!お願いします!」
紗友里同様、緩い球が飛んできたが光輝は力いっぱいラケットを振り見事に打ち返した。流石は元高校球児といった振り方で、テニスというよりは野球のフォームだ。球技に自信があると言っていただけあって、ホームランのようなラインオーバーが多くみられたが、球としては合格点だろう。しばらく打った後、今度は奈緒の順番が回ってきた。
「じゃあ、ここからは経験者ってことで俺とラリーにしよう!」
「あ、はい!お願いします!」
奈緒は構えの態勢をとった。竜弥がボール打つとパコーンと響く音で奈緒が打ち返す。お互いのラケットに丁度良く入るように打たれる球は、二人ともコントロールがしっかりとれている証拠でもある。
「奈緒ちゃん上手いな」
光輝が汗を拭きながら春乃の横に並んで言う。
「奈緒はスタミナが無いだけで、フォームは綺麗なんだよ。あと、原先輩も上手いと思う」
「ふーん」
「光輝は完全に野球フォームだったねー」
「う…」
三人は奈緒と竜弥のラリーを見つめていた。永遠に続くんじゃないかと思われたラリーだったが、スタミナが切れ始めていた奈緒の球がブレてきたのをきっかけに、竜弥がラリーの終了を告げた。
「奈緒ちゃんお疲れ様!いい感じだったね!さすが部活上りって感じだったよ!」
「ありがとうございます」
試合さながらに奈緒と握手を交わすと、春乃を呼んだ。
「春乃君もラリーでいこうか」
「よろしくお願いします」
春乃がラケットを右手に構えると、竜弥の球が飛んできた。パコーンと良い響きを残しながら打ち返す。次に飛んできた球は先ほどよりも速く重めだった。竜弥が少し本気を出してきたのだ。春乃も少し意地になって打ち返す。二人のラリーは少しずつエスカレートしていった。そこでふと、奈緒と光輝が気が付いた。
「春乃なんで右打ちなんだろう?」
「ハルの悪い癖だよ。最初は様子見で右で打つっていう」
光輝は頭を掻いた。奈緒は「へぇー」と相槌を打つ。
「中学の時は左だったからなんでかなって思ったんだけど…」
二人の会話には入らず、辺りをキョロキョロしていた紗友里がある人影を見つけた。
「あれー?あれって雪子先輩じゃないー?」
手を挙げてやってくる雪子は、まっすぐコート横の奈緒たちの傍へとやってきた。
「お疲れ様です」
「お疲れ様。みんな練習はどう?」
雪子は見学していた三人の横に並んでコートを見た。
「今は春乃君がラリーしているのね。…それにしても、激しいわね」
雪子も呆気にとられるスピードでラリーが続いていた。相変わらず春乃は右打ちだ。すると、竜弥が一瞬こちらを見た。雪子の存在を把握したのか、それまで以上に重い球を春乃に打ち返す。春乃は急に球速が早まったことで一瞬反応が遅れた。打ち返しはしたものの、若干高く打ち返した球を狙ってスマッシュの構えを取る竜弥が見えた。春乃はとっさにラケットを左に持ち替え、竜弥の打ったスマッシュを打ち返すと、態勢を整えた。竜弥もまさか左でスマッシュを打ち返されると思っていなかったので反応が遅くなり、打ち返した球の速度が落ちた。それを好機と取った春乃はラケットを左のまま、ガラ空きだった右サイドを狙い強打を打ち込むと、竜弥は反応できずにラリーが終了した。竜弥は一瞬苦々しい顔をしたが、すぐにいつものさわやかスマイルに戻ると、ネット際まで歩いてきた。春乃もネット際まで歩いていくと握手を交わした。
「春乃君強いね!まさか両利きだとは思わなかったよ」
「いえ、すみません。ラリーだったはずなのに途中から楽しくなっちゃって」
すると、周りから拍手が起こった。気が付けばサークル全員が二人のラリーを観ていたのだ。春乃は恥ずかしくなって光輝達のところへ戻ろうと顔をコート外へ向けたとき、拍手をしている雪子の存在に気が付いた。
「春乃君、お疲れ様。すごかったね」
「お疲れ様です。いらしてたんですね…こんなに注目されてると思ってなかったので、なんだか恥ずかしいです」
すると、雪子は春乃が持っていたタオルを手に取り、頭の上からふわりと被せた。
「でも、かっこよかったよ」
耳元で囁かれた言葉に春乃は顔が赤くなるのを感じた。雪子はにっこり微笑んでいる。春乃は顔を隠して呟いた。
「……いです」
雪子は顔を覗き込んで「なぁに?」と聞くが、春乃はもう顔を上げることはできず、タオル越しに「何でもないです」と言うのが精いっぱいだった。

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