文才詩集

無明

文才妄執

 自分の疵は抉り出す事が最上の愛である。喚き、泣き叫び、幻視し、殺し合う事が至上の恋である。文才を犯し、殺し、晒し、文才と憎み合う事が証明である。究極の絶望は、究極の感情である。悪意こそが、究極の恋愛感情であり、度の過ぎた至愛は、永遠の怨みである。 

 言葉を殺し続ける事が、最愛の行為であり、君の中の言葉を愛している。君に永遠に怨まれる事が、疵の愛である。

 そうだ。 

 平穏な恋愛など、この世には存在しない。恋愛はいつだって、死と憎しみと隣り合わせなのだから。 
 本を破るという行為は、本への最大の尊敬行為なのだ。変な考えではあるかもしれないが、もしかして、憎み合いたいのかもしれない。 
 最高の文才と、最大の悪意を共有したい。  もしかして、僕はそういう傾向があるのかもしれない。 
 承認欲求とは、憎悪によって始めて満たされる。 
 本気で傷ついている。きっとそれが最高なのだ。
  怨みこそ愛なのである。 



  文字がある。
  僕はやっぱり文字なんだろう。 
 そして、もしかしたら、愛情より悪意を欲しているのかもしれない。   そもそも、恋愛の究極形は憎しみなのではないのか?  常々思っている。
  僕は彼女の文才と愛し合いたいのだ。  彼女は僕を怨んでいるんだろう。そんな彼女が、僕は愛しい。僕は我儘なのだ。 
 永遠に、言葉を怨み続けていたい。言葉を切り裂くのが、僕は愉しみなのだ。

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