異世界歩きはまだ早い

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第二十二話 足取りは軽やかに

 早朝──。
 
 太陽と共に目覚めた男は街を出る。
 
 日課のランニングとセバスへのブラッシングをキャンセルしてまで向かったのは、二人の英雄が眠る場所。
 
 ここは街の外。ユールを中心として〈枯れない森〉の対角線上に位置する場所。二人の墓は此処にある。
 
 大小様々な石が積み重ねられて造られた急造感ある二つの墓。
 刀身むき出しの長物が一つずつ添えられたそれぞれの墓には石版が立て掛けられており、そこにはカクマル、スケイン、両名の名が刻まれている。
 
 日本の墓と比べれば粗雑な造りに映るそれも、この地域ではごく一般的な形状として認知されている。
 
 死者に対する捉え方、価値観が違えば文化もまた相応に在り方を変えるからだ。
 
 とは言え、街には墓地と呼べる場所も存在するにはするのだが、管理が不十分なモノばかり。中には壊れたまま放置された墓さえ存在する。
  
 魔法や道具に頼らず、ヒトがヒトを呪うことは出来ないと考えられている世界。喩え、死者が化けて出てきたとしてもそれは魔族と分類され冒険者や聖職者に倒されるのがオチだ。
 
 特にこの国の住人にとって墓とは、死体の埋めてある目印くらいの感覚だと思ってもいい。故に世界の常識外にある二人の墓は、人里離れた場所にあるのにも関わらず、むしろ良い状態だと言えた。
 
 
 ──なぜ、何も無い荒野に墓は建てられたのか。
 
 それは戦死した者をその地に埋葬するという古くからの習慣に則ったものであると同時に、『大切にしたい』という異世界から来た人達の想いがあったから。更に、物見櫓ものみやぐらから保安兵が監視しやすいという利点もあった。
 
 
 ──監視がなぜ必要なのか。
 
 それこそが珖代おとこが立ち寄った理由の一つである。
 
 
 死者の魂を遺体に縛りつけ使役する事象を称した『アンデッド化』。それを付与できる者は《ラッキーストライク》を継承する五賜卿《ごしきょう》現在はアルデンテ以外に確認されていない。しかし、肉体性能が一定以上のカクマルとスケインの遺体が何者かに利用される可能性はゼロとはいえない。
 万が一にも遺体を奪われないために、常に誰かが監視する体制が整われていた。
 
 勿論そこには二人を弔わんとする彼らの意思も込められているわけで──。
 
 珖代は墓にある幾つかの石にチョークで小さな印を付けてまわりながら、墓が荒らされていないかチェックしていく。
 
 「よし、問題なさそうだな。」
 
 確認し終えた珖代は、半魔牛の胃袋を縫って作った水筒を取り出す。
 中身は女神リズニアの祈りが捧げられた、ただの水。それを知ってか知らずか珖代は水筒を逆さにし、石版の頭から水を掛け流す。
 
 両手を合わせ黙祷をささげたあと、最後に懐から取り出した“ソレ”を──自分にはもう必要ないとカクマルの墓にそっと添えて男は踵を返した。
 
 街に向かって歩みを進める男の前方から、見知った顔の青年がこちらを目指してやって来る。青年はキレイに磨かれた荘厳な鎧を纏っている。
 それはまるで戦前の武士の出で立ちである。
 
 「おはようございます。」
 「どうした。もう行くのか?」
 「いえ。これから墓に。ですが、それを済ませたらすぐに。あと、これを。」
 
 青年は豪華な装飾の施された鞘を珖代に渡した。
 
 「そうか、……ダメだったか。」
 
 それを見て何かを察した珖代は目線を剣に移す。
 
 「何やらピタが、強引に約束を取り付けたと聞きましたが、申し訳ありません。それはまた別の機会にお願いします。」
 「そうか。もう準備は出来てるんだな。」
 「はい。腐っても僕は勇者ですから。助けを求める誰かの傍に居てこそなので。」
 
 青年は金髪を揺らし、曇りのない眼でそう答えた。
 
 「そうか。」
 
 その眼に珖代は安堵したように微笑んだ。
 
 「では昨日話した通りに、聖剣の方は頼みました。」
 「一応試してみるが、俺に引き抜けるとも限らないぞ?」
 「抜くだけなら僕にも出来ました。ですが、重さ以外何も感じませんでした。やはり使いこなせるのは、選ばれた者だけのようです。」
 
 笑顔で自身を皮肉る勇者。
 
 それを見て思い出すのは昨日の夜のこと。
 
 聖剣について語った勇者の心──。
 
 
 
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 暗くかげった井戸の前。祭囃子も届かぬ場所に、聖剣を語るべく現れた青年の声が響く。
 
 「現在、聖剣がどちらにあるかは、ご存知ですか? 」
 「場所は知らないが聖剣は今も、アルデンテに刺さった状態だってのはさっきかなみちゃんに教えてもらった。」
 
 勇者は軽く顎を引いて話を続ける。
 
 「今は〈枯れない森〉に埋葬された五賜卿と共にあります。」
 「ホントにそのまんまなんだな。」
 
 聖剣が突き刺さったまま意識すら戻らなかったアルデンテは、冒険者らの手によって土に埋められるという処理がなされた。
 
 もっと安全で確実性のある隔離方法を検討するべく、対策本部が設置されたものの、妖狐族もとい不死者への対策が足りていないユールでは他に対処法も見つからず、今できる最低限の対策としてそのまま放置された。
 
 「聖剣はてっきり勇者の元に戻ってると思ってたんだが、どうして帰って来ないんだ?」
 
 珖代が聖剣の有無に気付いたのはリズニアの治療が終わった後のこと。
 リズニアを背負って部屋を出る際に “ニセモノ”の魔女から「聖剣はどうしたの」と問われ発覚。
 その場では勇者の手元に戻ったのでは?  と推測したが、パーティー開始前に蝦藤かなみから事情を聞き、聖剣がアルデンテに刺さったままである事を珖代は知った。
 
 「理由は分かりません。ただ、聖剣はアルデンテの復活を神聖と魔力吸収の両方から抑えつけてくれています。今は好都合かと。」
 
 聖剣によってアルデンテは封印され、一時的でも平穏は保たれた。しかし、そのままにしておく訳には勿論いかない。
 
 五賜卿をどう処理するのか、そこが今後の課題となる。
 
 「聖剣が抑えてくれてる間に、アルデンテを完全に倒しきる策を講じる必要があるな。」
 
 勇者は「僕も最初はそう思っていました」と同意した上で話を続ける。
 
 「ですが、その必要はありません。復活も再生も出来ないうえに枯れた土地に埋められた以上、奴は木や土の養分になるしか選択肢はないですからね。」
 
 要するに自然の力を借りて徐々に腐らせるということ。
 それは不死身と思われた少年を倒す意外な方法だった。
 
 「腐り果てるまでそれほど時間は掛からないでしょう。」
 「とは言ってもだ。それによってはお前達がこの街にいる期間も変わってくるだろう?」
 「ええ。その通りです。」
 
 
 ──聖剣の所有者は一体、誰なのか。
 
 そこをハッキリさせなければ、勇者御一行はユールで足踏み状態のまま後にも先にも勧めない。
 
 聖剣が主を定めれば、勇者達はその日の内に旅立つことも出来る。しかし、誰も選んでいない今の状態では無責任に旅は出来ない。
 
 それを知るのも選ぶのも、全ては聖剣次第という事実が勇者を焦らせていた。
 
 「僕には六代目聖剣使いとしての責任があります。聖剣が僕か貴方を選ぶまで、この街を離れる訳にはいきません。」
 
 珖代は悟る。ここに呼ばれた理由を。
 結果しだいで想いを託されることを。
 勇者に渦巻く様々な感情葛藤を。
 
 「そもそも、どうやって聖剣を手に入れたんだ?」
 「〈法王神国セラスティア〉。その国では五代目聖剣使い没後、主人を失った聖剣が中枢区域に飾られていました。聖剣に触れることは誰でも可能で、僕はたまたま触れて二百年ぶりに選ばれただけです。そのまま正式な六代目聖剣使いとはなりましたが、本当に偶然です。」
 「という事は、七代目が俺って言う事も有り得るのか……」
 「──翌朝、僕は聖剣を抜きに行きます。それでもし僕に抜けなかった時は……聖剣をお願いします。」
 
 勇者は深々とお辞儀した。
 
 珖代は応えに迷い逡巡(しゅんじゅん)する。頭をポリポリと掻きながら言葉を慎重に紡ぐ。
 
 「まあ、明日になってみないと何とも言えないが……そうだな。お前が駄目なら、俺も試してみよう。ダメでも文句は言わないでくれよ。」
 
 
 
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 結果、聖剣は勇者を選ばなかった。
 とどのつまり勇者がこの街にいる理由は無くなったのだ。
 
 「僕はいつか、貴方を超えたと聖剣に認めさて必ず取り返します。ですので、その時まで聖剣をよろしくお願いしますね。」
 
 勇者は手を差し伸べ握手を求める。
 まだ自分のものになった訳ではないと思いつつも珖代はその手を取った。
 
 強く握り返す勇者を見て──ああ、吹っ切れたのだなと分かった。
 
 「そうだな。じゃあ、その時まで好きに使わせてもらうよ。俺のモノになったらだけど。」
 
 次なる目標に向けてお互いが歩みすれ違う瞬間、珖代は勇者の肩に触れて一言告げた。
 
 「最後の挨拶、済ませてこい。」
 
 『小さな街の勇者』は森へ。
 『世界に必要とされた勇者』は英雄の墓へ。
 
 「喜久嶺きくみねさん」
 
 背中に声がかかる。振り向くと勇者がこちらを見ていた。
 その顔は先程までとは違う、何か物々しい雰囲気に包まれていた。
 
 「一つ言い忘れていたことがあります。Eイーについてご存知ですか。」
 「E……? 冒険者ランクとかの、あれか。」
 
 軽く返すも返事は重々しいものになって返ってきた。
 
 「いえ、それとは違います。……一か月前、我々はユールへ赴く前段階として、周辺の街や村村での情報収集を行っていました。その時よく耳にしたのが『ユールのEには気をつけろ。』です。」
 「ユールのE?」
 
 一年半暮らしていてもそんなものに聞き覚えはない。
 ランクで無ければ他に何があるのか。珖代が首を傾げるのも当然。
 
 「それがヒトなのかどうかすら結局分からず終い。当のユールに来てからは一度も耳にすること無く終わってしまったので、今まで失念していましたが……もし、Eについての情報が意図的に遮断されていたとしたら……、緊急会議に出席していた役人達の中にEに繋がる者がいたかもしれません。気をつけてください。」
 「結局それ、俺たちだったりしてな。俺もリズもかなみちゃんも薫さんも、みーんなEランクだからさ。」
 「そうですよね……」
 
 気の所為だったと自分に言い聞かせるように納得した勇者。
 
 茶化すように流した珖代がそれを見て頭を抱えた。
 
 「……いいか勇者? 俺達がどうなろうと世界は困らない。替えは幾らでもきくからな。対してお前はこの世界でたった一人の『世界に必要とされた勇者』なんだろ。もしもお前の言う通り、何かヤバいことがあったその時は俺が全部守護るから心配いらない。他人の心配をする前に、お前はどうすればこの世界を救えるのか考えろ。」
 「全部守護るって……欲張りですね。」
 「だからこっちは気にするな。じゃあ、またな。」
 
 そう言って男は後ろ手に右手を振って別れを告げた。
 
 「忠告はしましたよ。」
 
 最後に念を押すように呟く。
 
 それから勇者は悔しさを押し殺すように拳を強く握りしめ墓に向かった。
 
 
 ──実際に話してみて分かった。
 分かってしまった。
 迷いない自信は“うぬぼれ”ではなく“覚悟”の表れだ。
 自分の弱さを分かった上で言っている。本気で。
 あの眼は全てを守護ると。本心で。
 間違いない。
 聖剣はあのヒトを選んだんだ────。
 
 
 
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 ここへ来るのは二度目。
 
 何度も訪れようと思い、何度も悩み訪れた一度目の昨日。
 
 どんな顔をすれば良いのか、判らなかった。
 
 悔しさも悲しさも怒りも憎しみも実感として湧かなかった。
 
 投げかける言葉すら見つからず、ただただ立ち尽くした。
 
 それから一日。
 ……今日は小さな花束を持ってきた。
 
 「貴方は……」
 
 二人の墓の前には先客がいた。
 
 見覚えのある渋い顔の男。あれは珖代の師匠、ワイルド・ダットリーそのヒトだ。
 
 ダットリーは茶色い瓶を片手に、片膝ついて墓と睨み合っている。
 
 「少し飲み足りなくてな。コイツらにちと話し相手になってもらっていた。」
 
 そう言って男は酒をかっ食らう。男の宴は昨日の夜からまだ続いているらしい。
 顔が少し赤かろうとも他人を寄せ付けないオーラは健在だ。
 
 ダットリーに会釈して花束を墓の前に置いた勇者。
 手を合わせ目を瞑り、心の中で二人を弔う。
 
 「珖代には会ったか。」
 「はい。彼には少し、頼みごとをしました。僕には出来なかった事を。」
 「そうか。」
 
 一通り済ませ、何かに気づく。
 
 「これは……サングラス?」
 
 手に取って確認してみる。それは紛れもないサングラスだった。
 確かにカクマルという男は、┠ 石化 ┨が強力すぎるが故に瞳力制御装置としてサングラスを掛けていた。
 
 しかし此処にあるのは妙だ。
 
 カクマルがユールに運び込まれた時には既に、サングラスは紛失していた。それにデザインや形状が知っている物とほんの少し差異がある。
 
 「そのさんぐらすはこの街の英雄さまが置いてったもんだ。自分より似合うヤツに使ってもらいたいんだとよ。」
 「……なるほど、だからですか。」
 
 この街で英雄さまといえば一人しかいない。
 
 このサングラスはその人物からの、いわばプレゼントと言うやつなのだろう。
 
 勇者はカクマルの墓石の一つにサングラスを掛けるようにして置いてみた。
 
 「アンタも話な。」
 「話……ですか?」
 「戦いが終わってからまともに会話してねぇんだろう? あいつは特にねぇと言ってたが、お前さんはあるだろう。話しておきたいことの一つ二つ。」
 「話って、なにをどう……」
 「難しく考える必要はねぇさ。最近どうだとか、日当たりはどうだとか、そういうのでいい。声に出さなきゃ届かねぇこともあるさ。」
 「……日当たりは……良さそうですね。」
 
 懇切丁寧に話していたダットリーも溜息を吐いた。
 
 自分の説明が悪かったことも反省しつつ発する。
 
 「オレに話すようにしてどうする……。いいか勇者? オレは反神論者だからアンタらのする祈りってやつがよく分からねぇ。だけどよ、二人のカラダがここにあるってことはハッキリしてる。だったら自分の口から伝えておきてぇことの一つや二つ、語ってやれる筈だ。一方的でもかまわねぇ。話を聞いてくれるヤツらが目の前にいんだ。……話しておいて、損はねぇさ。」
 
 行方知らずの妻を想いながらそう告げて、男は立ち去ってしまった。
 まだ少しお酒の残った瓶は墓の横に置かれている。
 
 勇者はとりあえず、ダットリーの座っていた位置に腰を下ろした。
 
 膝を抱えるようにして座りながら二人の墓をじっと見つめる。
 
 雲がひとつ、ふたつ、流れた。
 
 「……終わりました。二人の仇、五賜卿ラッキーストライク・アルデンテは街の皆さんと協力して無事、倒すことが出来ました。と言っても、まだ無力化が出来た段階ですし……何故か、聖剣には嫌われちゃったみたいで。いま手元にありません。恐らくですが、喜久嶺さんの物になると思います。まあ、いつかは必ず取り返しますがね。」
 
 話す内容を考えている内にだんだんと顔は光を遠ざける角度を向く。
 
 「こんな事になるなら、二人の言う通り女神の事なんか放っておけば良かったかな……。勇者の仲間たる振る舞いを散々強いてきたくせに、僕自身が一番勇者としての自覚が足りてなかった。……だから、聖剣に愛想つかされたんでしょうね。」
 
 返事はない。それでも勇者は言葉を重ね続ける。
 
 「スケインさん。貴方は寡黙なヒトでしたが知的で勇敢で、忠義を尽くす僕にはもったいないヒトでした。ただ一つ、欠点を述べるなら素性を明かしてくれなかった事でしょうか。過去については頑なに話そうとしないので、何か事情があるのかと思って聞かないように心掛けていましたが、本当はちょっとでも話して欲しかったんですよ? 家族の事とか好きなものとか、またいつか教えてくださいね。」
 
 重ねる。
 
 「角丸さん。僕は貴方に出逢ってなかったら、きっと勇者になっていなかったかもしれません。勇者となって二度目の再会を果たした時は、誰に逢うよりも嬉しかったのを覚えています。願わくば、三度目は僕から逢いに行きますから楽しみにしててください。前みたいに相撲の話題を振られても全くついていけないと思うので、そこだけは勘弁してくださいね。」
 
 さらに重ねる。立ち上がり重ねる。
 
 「仲間を仲間と思わずぞんざい……なんて生ぬるい。道具として扱ってきたこんな僕に、最後までついて来てくれて本当にありがとうございました。」
 
 頭を下げる。深く深く。 
 
 ゆっくりと顔をあげると、その目から純粋な気持ちが雫となって頬を伝った。
 
 「“仲間とは何か”を彼らから学びました。もう少しだけ早く……いえ、気付けた分、これからは大切にします。僕は守護りますよ、トメもピタも。次いでに世界も。欲張り、ですかね? 」
 
 頭の後ろに手を置いてカラカラと笑う。
 
 誰かを真似るように欲張りに生きることを語る勇者。
 そのまま歩み寄り二つの墓にある長剣を抜いた。
 
 「その為の“覚悟”は出来ました。聖剣が使えない間、お二人の剣を借りて行きます。どうか欲張りな俺に、力を貸してください。」
 
 
 斜め掛けに背負う二つの鞘に、二本の剣が収まった。
 
 
 「行ってらっしゃい角丸、スケイン。それと、行ってきます。」
 
 
 遠くの方でこちらに手を振る少女達がいる。
 
 
 世界を救う役割を与えられた青年はその方角へ一歩目を踏み出した。 
 
 
 自分が必要とされた世界を歩く青年の後悔と選択は続く。
 それでも“覚悟”を決めた今なら、力を貰った今なら、何処までも遠くに行けそうな気がしてくる。
 
 
 
 
 
 第三十六話 ―足取りは軽やかに―
 完
 
 
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 ──何が起きたのか。
 
 地面が消えたと思ったら身動きが取れなくなった。どうしてか。
 
 それもそのはず。
 珖代は逆さま宙吊り状態になっていたからだ。
 
 森の中。人気もよらない場所に仕掛けられた罠。
 
 ──何かがまずい。
 それだけは理解できる。
 
 一人で来るんじゃなかった。
 後悔に引き寄せられるように気配は近付いてくる。
 
 「──あら、ケツ刺しの英雄サマ。昨晩はどうしたのかと思えば、こんな所に居たのね。」
 「お前はっ……!」
 
 現れたのは、自然にも負けない透き通った翡翠色の瞳。片目を隠す金髪。白いベレー帽のようなものを被っている少女──。
 
 「“ニセモノ”の魔女っ!」
 
 犯人は間違いなくコイツだ!
 でなければここまでタイミングよく現れるはずが無い。
 
 「そんな目で見ても、助けてあーげないっ……」
 
 
 
 彼女はいたずらに微笑み、そして────口づけを交わした。
 
 

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