異世界歩きはまだ早い
第二十一話 ケツ刺し祭り
戦場に倒れ、二日間意識の戻らなかった女神リズニア。
そのリズが目覚めたとあって、┠ 瞬間移動 ┨まで使い駆け付けてくれたかなみちゃん。
だが、その情報を知っていた俺は『そうなんだ』と演技とも肯定ともつかない生返事をしてしまう。
初めて知ったような演技で通してみても、かなみちゃんはきっと見抜いてしまう。そう考えた俺は、素直に事情を話してみたが……結局のところ怒られた。
それからは荒野の名物、サボテンスイカをリズへの土産として買ってから、かなみちゃんと共にリズの心配してくれた関係各所を回り意識が回復したことを知らせた。
「──知ってたんなら、なんで教えてくれなかったの。」
ふくれっ面したかなみちゃんがこっちを睨んでくる。
「ホント、ゴメンね。完全に頭から抜けてたよ。」
知らせを聞いてわざわざ見舞いにまで来てくれたヒト達がいた。
あまりこういうことに慣れていないリズは、少々困惑気味ではあったものの、とくに嫌そうでもなく素直に感謝していた。
何かとみんな忙しく、見舞いには来られなかった者もいる。だが心配ない。
そんなヒト達には明日のパーティーで会えばいいだけの話──。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
リズが目覚めた翌日──。
日も沈みあたりが暗くなり出した頃、予定通りそれは執り行われた。
「という訳で私中島が、乾杯の音頭を取らせて頂きます。五賜卿討伐を祝しまして、カンパ〜イ!」
「「「「カンパーイッ!!」」」」
檀上にいる中島さんの挨拶からパーティーは始まった。
会場はここ〈お食事処レクム〉。
『本日は街のために戦った英雄達のために貸し切り状態となっております。』
──との張り紙だが、区切りが実に曖昧。
豪勢な食事もうまい酒も全て無料とあってか、店内には収まりきらない程の参加者達が詰め寄せた。
参加人数に制限はなくわらわらと集まり過ぎた結果、中でも外でも関係なくどんちゃん騒ぎ。
仮にもユールのメインストリート沿いに構える店だ。これだけ盛り上がっていてはさぞ他の店に迷惑しているだろうと思いきや、みやげ屋も道具屋もこの流れに便乗して上手く儲けている様子。
なんだか知らない屋台までひょっこり顔を出して、メイン街道はもうお祭り状態。
そんな街の様子をみて機嫌のいい町長は一言。今日を祭りの日に制定しちゃってもいいさと言ってたそうな。
そんな場に満を持して俺が登場しようものなら、ケツ刺しがどうこう言われるのは目に見えている。しかし、重役に軽くでも挨拶をしておくのが礼儀であり今後のためにもなると考え、参加を決意した。
案の定、夕方から酔っ払っい共にケツ刺しケツ刺しと絡まれたりしたが無理やりスキルで止めて、重役達との挨拶は一通り済ませる事が出来た。
重役の一人にキレイな娘さんを紹介された時は焦りもしたが、かなみちゃんとユイリーちゃんがキッパリと断ってくれたお陰で難を逃れた。……ただ、二人の笑顔に深みがまして胃がきりきりするのは何故だろう。
こんな時でも薫さんは厨房にいるようで、荒くれ者達は誰が毎日美味しい飯を作ってもらうかで口論している。
この時感じた優越感ポイントが胃、きりきりポイントを少し減らしてくれた。そう、俺は毎日美味しいご飯を作って貰っているのだ! 誰に自慢するつもりもないがな。
リズは巨漢の冒険者と大食いで競い合っていた。相手の男は青い顔をしながらも必死に食らいついているが、リズは序盤と変わらぬペースで肉料理を平らげていく。
ラストスパートにすらまだまだ余裕を感じさせる勢い。出された料理を全て完食する気だ。
……また太るぞ。
レイは重役との商談でなにやら忙しそうだ。人脈つくりは大事だと思うがアイツは初対面の人には無愛想に映ってしまうのでウケが悪い。
隣にいる女性がフォローしてくれているおかげでなんとか話が成立している状況だ。
あの人がいるなら他が出る必要はなさそうだ。
「カオウ! ケツ刺しの英雄様っ。」
顔馴染みの冒険者ジンダが声をかけてきた。
「おいおい、そー睨むなって! ケツ刺しのコーダイさんよ。カッコイイ二つ名だとオレは思うぜぇ?」
「ジンダ、お前も止められたいのか?」
ケツ刺しいじりをしてくる冒険者連中に限っていえば、問答無用で┠ 威圧 ┨を使用している。中島さんから檀上に呼ばれた時、それをやったものだからケツ刺しコールはサーッと引いた。
ただ、その二つ名で呼ぶと不機嫌になるヤツという印象がその場の全員に付いたことは否めない。
「ジョーダンだジョーダンっ! アイツらみたく、意識まで止められたかねぇよ!」
冗談アピールに肩を組んでくる。信用を勝ち取ろうと回る口が酒臭い。だいぶ酔っているな。
「意識?」
「ああ。さっきおめぇに止められた連中が言ってたんだ、気付いたら終わってて時が飛ばされたような不思議な感覚だったってな。おめぇのこと、からかってる連中は素直じゃねぇんだこれが。だから、止めんのもほどほどにしてやれよ。じゃあな!」
そう告げるとジンダは千鳥足で何処かへ消えた。
「時が飛ばされたような感覚か……新しい派生の前兆とか、か……?」
スキルがそのスキル以上の効果を発揮した場合、それに近しい派生が生まれる可能性がある。
今回はその一筋といえるのだろうか。まだ判断つかない。
考えても答えは出そうにない。
可能性がまた一つ広がったくらいに思っておこう。
「──ここで、ユールを陰ながら支えてくれた功労者にして、パーティーのもう一つの目玉に登場してもらいましょう。レイさん、リリーさん。どうぞ檀上の方にお越しください。」
司会の中島さんから二人の名前が挙げられ、自然と拍手が起きる。
檀上に上がってきたレイは何がなんだか分かっていないようで落ち着きがない。
レイと一緒に呼ばれたリリーさんというのは、先程からずっとレイの傍にいたあの女性のことだ。
ふんわりと毛先がカールした抹茶色の髪が、おだやかで柔らかい性格をより強調している。
「それではレイさん、お願いします。」
「なんだ、あれを言うのか……?」
ぼそっと確認をとるレイに、リリーさんはにこやかに頷く。
そこに早くしろーだのとヤジが飛ぶ。
「あー、なんだ、……その、俺たち、ケッコンすることになりました。」
「「「おおおおおお!」」」
先程より大きな歓声と拍手が鳴り響いた。周りからは祝福の言葉も飛び交う。
俺も、拍手は自然にしていた。
「それと……妻は妊娠もしています。」
おいおい、本当か。めでたいな。
──結婚も妊娠も初耳だぞ。なんで言ってくれなかったんだ。
拍手も祝福の言葉もまた大きくなったが、羨ましがるヤジも多く聞こえだした。
いや、ヤジは増えてないかもしれない。俺の意識がヤジ側に寄ってきて多く聴こえるだけの可能性もありそうだ。
呑もう。今日は独り身の冒険者達と朝まで飲もう。さっきは威圧して悪かったといおう……。
たった今レイの奥さんとなったリリーさんは、レイが義賊まがいの盗賊団を結成した当時、六人しか居なかった初期メンバーの一人だったヒトだ。
十か月ほど前。
訳あって貴族に囚われていた彼女を、レイと俺たちが協力し救い出した。
それ以来、口下手なレイの補佐役として隣にいる場面をたまに目撃していたのだが、まさかそんな関係になっていたとは夢にも思わなかった。
レイとはかなみちゃんを通して結構近しい間柄になってきたと感じていただけに、俺に相談なしというのがちょっぴり悲しい。
彼女は奴隷盗賊団の元メンバー。つまりはレイと境遇同じくする元奴隷という立場にある。
奴隷解放を象徴とするこの街の住民は、そんな二人の新たな門出を自分の事のように祝福してくれている。
二人が元奴隷であることを知るものは少なくない。それでも止まない拍手がこの街の良いところ。
過去がどうあれヒトはヒト。このスタンスはユールの文化ともいえる。
だから元奴隷に対しても偏見が少くない。
この街でなら、あの二人は幸せに暮らせる。そう思えた。
檀上から降りた二人の前に行列が出来た。主にレイザらスの部下達が並んでいる。
話しかけるのは後にしよう。
クローフくんが目の前を通りがかった。俺に気付いていないようで声を掛けそびれた。
どうやらレクム兄弟の給仕を手伝っているらしい。エナムくんとなにやらいい雰囲気だが、オトコノコだと分かっているのだろうか。
給仕は他にもいる。
「はい、注文のエールにゃ。」
酒を注文するとやってきたのはネコミミフードを被った見覚えのない少女。少女は機敏に動くが空いた器を下げる時は毎回もたついている。
すばしっこくて顔は見れないが、もう一人同じのが居るような気がする。
足の速い双子でも臨時で雇ったのだろうか。
セバスさんは子供たちと隠れんぼをしている。よっぽど見つかりたくないのか、┠ 隠密 ┨まで使う本気っぷり。
それでも見つける子供たち──驚くセバスさん。四方を囲まれ為す術なく撫で回される。
純粋無邪気な執念をみた気がする。
一方で俺は、ウワサを流した犯人をとっちめる事に成功した。俺はそいつにノータイムでコブラツイストをかけてやった。
そいつは使命感で冒険者仲間に語ったそうだが、まさかここまで二つ名が広がるとは想定していなかったらしい。
謝らせることは出来たが、それ以上に得られるモノは無かった。広まってしまったものはどうしようもない……という事だ。
その時の──ププッ……こうだい、私の通り名をバカにしたケツが、いやツケが回ってきましたねぇ。と言いたげな『きのこ狩りのリズ』の表情は二度と忘れないだろう。
リズやかなみちゃんの治療により一躍ときの人となった“ニセモノ”の魔女は冒険者達をぞろぞろと引き連れている。だがどうやら、先生と慕われまとわり付かれることが不本意な様子。
──しょうがない、行ってやるか。
ジョッキを二つ持って間に割り込む。野郎どもには┠ 威圧 ┨を掛けても良かったが適当な理由をつけてあしらった。
「へぇ、気が利くじゃない。」
「そりゃ先生は、リズの生命の恩人ですから。」
“先生”が鼻についたようだが、彼女は両手で一つジョッキを持つと、酒と一緒に流し込んだ。
「それで、話があるのでしょう?」
「報酬の件、後になって高額を要求されても困るんで、今聞かせてもらえると有難い。」
「“今”だって、事後相談なのには変わりないのだけど?」
「ああ。それで出来ればなんだが、俺のポケットマネーでまかなえる分であってくれると」
「アナタでいいわ。」
「そうか。それならスグに……は?」
「アナタがいいの。」
今、なんて……?
聞き間違い、だろうか。
脳で、処理落ちが、起き、ている。
「詳しい話はまた、ゆっくり話せる場所でしましょ。」
彼女は俺の肩にポンと手を乗っけると耳元で囁いた。
「宿、『双眸(そうぼう)に刻む丘』201号室。」
そう言い残し、彼女は人混みに消えていった……。
……──────。
「今のオンナは知り合いか?」
呆然と立ち尽くす俺の前に勇者の仲間、ピタちゃんが現れた。
「うん、……まあ。」
「やっぱりオトコはあ、ああいう掴み所のないオンナが、気になるものなのか……?」
少女は申し訳なさそうに目線を外して問う。
今のテクニックを参考にする気なら覚えておいて損は無いことは確かだ。できれば世の女性全てにそう伝えたい。
「……ああ。あれは、大人の女性だよ。」
「そうか。あれが、オトナの女性なのか……。」
考え込むピタちゃん。オトナの女性を目指すなら、ときに技術を盗むことも大切だ。応援しよう。
「それよりピタちゃん。」
「……ピタでいい。なんだ。」
「ピタ、仲間はどうしたの?」
「……さ、さぁな! 今頃二人っきりで、よろしくやってるんじゃないかっ……!」
地雷を踏み抜いてしまったのか? また目を逸らされてしまった。
二人とはぐれでもしたのだろう。だが怒る理由が分からない。
「ンドラフィスちゃんの方なら、さっき墓の前で会ったよ。」 
「ンドラフィス…………トメか。珍しい方の呼び方をするな。ん、という事はコータローとは一緒じゃなかったんだな。」
「まあ、そうなるね。そういえば勇者の奴、あの日以来見てないな……。」
アルデンテを倒したあの日から。などと考え事をしていると、ユイリーちゃんがやってきた。
「ゆ、勇者さんなら、リズニアさんと二人で何か、お話しされてましたよ?」
さっきから入りたそうにチラチラ見ていたのは気付いていたが、きっかけになる話題が欲しかったようだ。
「それっていつ頃?」
「パーティーが始まるほんの一時間前です。だから、ピタちゃんが心配するようなことは無いと思います、よ。たぶん。」
「そ、そうか。……ありがと。邪魔したな。」
どこか、バツが悪そうに視線を泳がしながらお礼するピタ。それに対しユイリーちゃんも視線を合わせようとしない。
──そういえば二人共、まあまあな人見知り入ってたな。
そそくさと帰ろうとするピタが振り返る。
「そ、そうだコーダイ殿。」
「珖代でいいよ。」
「……コーダイ。あれの使い心地、良かったぞ。トランプはまだ遊べてないけど……明日、もしお前が暇だったらおお、お礼がしたいっ……から。朝八時に中央広場にて待つ! 来るなら、勝手に来いっ! ……いいな!」
俺の返事を待たずしてピタはツカツカと踵を返す。
あれとは恐らくクマのぬいぐるみのことだろう。
大事にしてくれているようで嬉しいが、お礼……お礼とはなんだ。
さっきの事といい、一方的に約束を取り付けられてぐるぐると目が回る。
処理しきれない脳が勝手に色欲変換するせいで、お礼という単語に思わず息を呑んでしまう。
「ちょ、ちょっと待って下さいっ!! あれってなんですか………! 二人はどうして親しげなんですか? わ、私もご一緒してもいいですかっ!」
ピタにも負けない声量で懇願するユイリーちゃん。周りから変に注目が集まる。
「……あ、ああ。別に構わないぞ。お前もそれでいいよな、コーダイ。」
「ああ、うん。もちろん。」
行く行かないで悩んでいたら、何故かユイリーちゃんが参加する事になった。
分からないことがある。
普段大人しい少女が声を荒らげてまで頼みに来る理由だ。
何がユイリーちゃんをそこまで突き動かしたのか。
二人は同世代で歳も近そうにみえる。ドワーフ族のピタが人間の年齢単位に当てはまるか分からないが、二人は話が合いそうではある。
一緒に戦ったとも聞くし、人見知りという共通点もある。互いの気持ちが分かるなら、通じ合える部分も大きいハズ。
ユイリーちゃんはもしかして、ピタに対して何かシンパシーを感じたのかもしれない。
──そうか。ユイリーちゃんはピタと仲良くなりたいんだ。
そして三人で仲良く……
くんずほぐれつ。
親密に。
優しくおいでと迎えてくれる二人の映像が脳裏に浮かんでくるが、絶対にこうじゃない。
結論。ユイリーちゃんはピタと友達になりたい。
気をしっかり持て。俺。
宿に来いと言っていたのも多分、そういう意味で言ったんじゃない。
そもそも、いつまでに来いとも言ってない訳だから明日の朝でもいいわけだ。
いや、明日の朝はダメだ。今しがた予定が入った。
「こうだい。」
突然やって来たダットリー師匠が声を掛けてくれた。
師匠はこういった催し物には興味ないヒトだと思っていたが、ちゃっかりタダ酒を飲みに参加していたようだ。
「修羅場か?」
「なんですかいきなりっ!」
「勇者の奴が北の井戸でお前を待つそうだ。」
「勇者が、ですか?」
北の井戸、あの辺は夜になると人通りは滅多にない。一体なんの用なのか。
「二人きりで話がしたいそうだ。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「お久しぶりですね喜久嶺さん。あれ以来ですので、三日ぶりになりますかね。」
「そうだな。それで、話ってなんだ。」
「聖剣について、話しておきたいことがあります。」
神妙な面持ちの勇者が語ったそれは──あの日以来、どちらの手元にもない聖剣と運命の話だった。
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