異世界歩きはまだ早い
第二十話 ベニテンスライム
---珖代視点---
「……う……う、ん……。」
リズニアの眠るベッド脇で目が覚めた。
どうやら俺はいつの間にか寝てしまっていたようだ。
「おはようございます。こうだい。」
寝ぼけ眼を擦りながら顔を上げると、声を掛けてきたのがリズだと分かった。
というか、遂に目を覚ましたのである。
「リズゥ〜!!」
感極まって思わず抱きしめた。
「……良かった……本当に、本当に……!」
「ちょ、ちょっと、分かりましたから。少し離れてくださいー。ひげが、ひげがぁ……てあれ? おひげはそったんですか。」
指摘されて少し離れる。
「まぁな。ワイルド路線は辞めたんだ。」
「そう言えばそんな事してましたね……。」
遠い目をして言うのはやめて欲しい。それではまるで、黒歴史扱いじゃないか。
「やっぱり、珖代はそっちの方がカッコイイですよ。」
面と向かって言われるのは少し恥ずかしい。思わず目をそらした。
「そ、そうか。それより、起きてたんならなんで俺を起こしてくんなかったんだよ。」
彼女は上機嫌に怒りっぽく言う。
「起こしましたー。ほっぺをつねっても起きないこうだいが悪いんですー。……それよかですね、水を一杯もらえますか? 喉、乾いちゃって。」
「待ってろ。」
水を飲ませてやる為に彼女の部屋を出ると、家には俺たち以外誰も居ないことが分かった。
女神さんが目を覚ました事を早急に伝えて周りたいが、まずは水を届ける。
コップを持って部屋に戻ると、リズは開口一番、自分が倒れたあとの出来事について訊ねてきた。
女神の復活をみんなに伝えに行きたかったが、焦る必要もなかったので先に事情を話す事にした。
「倒れたお前を薫さんが発見して、……えっと、そのままレクムに運ぶ事になったんだ。」
ピヨスクの件はなんとなく飛ばした。知らなくてもいい事はあるのだ。
━━
━━━━━
━━━━━━━━━━━━━━
俺はかなみちゃんを背負い、少し遅ればせながらユールへ到着した。
到着してすぐ、門前の保安兵からリズニアが〈お食事処レクム〉に台車ごと運ばれた事を聞き、すぐさまレクムへ。
街のほぼ中心に位置する、お食事処に五分で到着。
緊急対策会議所だったこともあってか、レクムの一階には大勢のヒトが集まっていたが、勝利したとは思えない重々しい空気に包まれていた。
「上だ。」
俺の顔を見て、一言そう告げたダットリー師匠。
そこに女主人さんからの補足で、二階のレクムくんの部屋で治療をおこなっていることが分かった。
かなみちゃんを背負ったまま急ぎ二階へ。
レクムくんの部屋の前ではクローフ・ドゥスくんが部外者の立ち入りを制限していたが、かなみちゃんを連れていた俺はすんなりと通してくれた。
部屋の中にはベッドに寝かされたリズと回復魔法をかけるセバスさんと“ニセモノ”の魔女の三人がいた。
立ち入りを制限していた理由を聞くと、“ニセモノ”の魔女は
「こうした方がこの子の回復魔法の存在も隠せてやりやすいでしょう?」
と語ってくれた。
どうやら、彼女なりのセバスさんへの配慮だったらしい。
ドアを二度ノックする音と共にクローフくんが入ってきた。
「先生、冒険者のみなさんが材料をかき集めてきてくれました。」
「そう。そこに置いといて。」
「それと、足りない分を他の街まで取りに行きたいと言うんですが……どうしましょう。」
「必要ないわ。」
キッパリと断った瞬間、大きな音で三回ノックがされた。
今の発言を聞いていたのか冒険者達がドアをガチャガチャと開けにかかる。
「なんでだよ先生! 必要な材料が揃わなかったんだ。俺たちに行かせてくれよ!」
「ちょ、ちょっと困ります! 開けないでください!」
クローフくんは体を張って必死にドアにしがみつく。ちょっとした隙間から手が伸びてきたり顔を覗かせてくる光景は、なんとなくゾンビ映画のそれに似ている。
俺も手伝った方がいいのだろうか?
「頼むよ先生! リズさんはこの街の為に、誰よりも近くで賜卿と戦ってくれたんだっ!」
「そんなヒトを見殺しにするようなマネは死んでもしたくねぇんですっ!」
「リズさんを助けてぇっ! そのために出来ることは何だってやるつもりだ! だから俺たちを材料採取に行かせてくれぇ!」
「頼む、先生っ!」
「先生お願いだ!」
「先生ぇ!!」
ドアの隙間から必死に訴えかける冒険者達。
俺も気持ちは同じだ。だから、止めることは出来そうにない。
「アナタ達の思いは十分伝わったわ。」
「じゃあ……!」
「それでも必要はないわ。」
「どうしてっ……!」
「他に必要なモノはあの場にいた別の冒険者達に、既に手配済みよ。少し遅れているようだけど、じきに揃うわ。安心なさい。」
「そ、そうだったのか……。」
「そもそも、この街で手に入るモノにはそんなに期待してなかったから、これだけ集めてくれたことに感謝しかないわ。ありがとう。おつかれさま。」
「せ、先生がそう言うんなら、仕方ねぇ。」
「必要なら、いつでも呼んでくれよ。」
褒められた冒険者達は頬を赤く染めながら、正直に従いゆっくりと帰って行った。
“ニセモノ”の魔女がいつの間にか先生としての地位を確立させている。
冒険者の扱い方も上手いし、俺も先生と呼ぶべきだろうか。
「その時は、お願いしますっ!」
そう言ってクローフくんは強引にドアを閉めた。
「そっちの子は……エビトウカナミね。……何してるの。早く下ろしなさいよ。」
「ああ、えっと、どこに。」
何処でもいいからと急かされ、とりあえずイスに座らせた。
“ニセモノ”の魔女はクローフくんから銀縁のメガネを受け取るとそれを掛けてかなみちゃんを吟味する。
十秒ほどかなみちゃんの全身を眺めると
「大丈夫そうね。」
と一言で済ませた。
「いや、もっと他に、詳しい検査とか無いのか……?」
心配になり訊いた俺を、彼女はキリッと細めた目で睨んでくる。
「ワタシは魔女でもなければ先生でもない。ましてや医者でもないの。そんなに心配なら街のお医者さんに診てもらってきなさい。」
「ああ、ゴメン……」
藁にもすがる思いだったとはいえ少し頼り過ぎたことを反省していると、呆れた様子のクローフくんが間に入ってきた。
「先生ぇ……何をもって大丈夫なのか、それくらいは説明してあげてもいいじゃないですかぁ……。」
鶴の一声ならぬクローフくんの一言のお陰で、彼女は溜息をつきながらも答えてくれた。
「いい? 一度しか言わないわよ。簡単に説明すると、魔力の流れを見てたの。ヒトの身体の中には一定の魔力が循環している。そこまではいいわね? その流れに滞りが有れば色々と詳しく調べる必要が出てくるの。今回はとくに異常がなかったから命に別状はないと判断したのよ。」
外見ではなく、中身を見ていたようだ。
「このまま安静にしてればその日の内に目を覚ますわ……ただ一つ気になる点があるとすれば、エビトウカナミは魔素式を外部から無意識に取り込んでしまう性質にあるってことくらいかしらね。」
「それだとなにか、不味いのか……?」
「いえ、それ自体が別に悪いモノじゃないのだけど……」
なんだか歯切れが悪い。らしくない。
彼女は下の方を見ながら髪を触りだした。どうやら、言葉を選んでくれているようだ。
「周辺の魔素や魔力を自動的に吸収し続ける体質のせいで、セバスヒナヒメの回復魔法の出力が落ちてしまっている状態なの。そうなるとコッチの子に影響が出てしまうから、」
コッチの子とはおそらくリズニアのことだ。
「かなみちゃんは移動させた方がいいと?」
「そういうこと。双方の為にも、その子は自宅療養させたほうがいいわね。」
「分かった」
先生のその助言に従い、俺はかなみちゃんを連れて帰宅することを決めた。
家に着くと玄関のドアが開いていた。
誰かいるんだと思ってただいまと告げると、薫さんがリズニアの部屋から現れた。
何をしていたのか訊ねると、リズがいつ帰ってきても良いように部屋の片付けをしていたとのこと。
あいつの部屋はよく散らかっている。
だから、いつ戻って来てもいいように掃除をしてくれていたのだ。
さすがは気配り世界一の薫さんだ。こんな薫さんを不幸にした男がますます許せなくなる。
五賜卿アルデンテとの遭遇から撃退まで約五時間。辛くも勝利した俺たち。
これ程長いと感じる五時間は今まであっただろうか。
かなみちゃんを自室に寝かせたあと、なんとも久方ぶりに思える食事を薫さんと一緒に取った。
出されたカレーの味は分からなくなっていた。
食後、すぐにレクムに戻った。
緊急治療室では既に特効薬による処置が終わっていた。
紫色に変色していた手足には塗り薬が塗られている。配合は違うが特効薬と同じ成分の物を塗ったそうだ。
「やれるだけの事はやったわ。もうこの子も連れて帰ってくれて構わないわよ。」
「ありがとう、恩に着る。」
「お礼ならあのケモノに言いなさい。」
「セバスさん、ありがとうございます。」
「バウ!」
「報酬の件は日を改めてから話しましょ。……フフ。」
薄ら笑いにほんの少しだけ恐怖を感じたが、助けてもらった以上文句いえない。
残りの行程として、手足が見えないよう包帯を巻くというのでそれを手伝う。
「あの、先生。」
「アナタの先生になったつもりはないのだけど。」
「つ、爪が……」
右手に包帯を巻いていたところで、リズの人差し指の爪がポロッと取れてしまった。
「あー、ベニテンスライムの毒は末端からスライム状に溶かす危険な毒だから、もっと慎重に巻かないと爪が取れるわよ。」
「ええ!?」
言い忘れてた。みたいな顔されても困る。要するに、リズニアの手足は危うく溶かされかけてたという事だ。
「そういうのは早く言ってくれよ……!」
今度は爪がポロッといかないように慎重に巻いていく。
「フフ……爪だけで済んで良かったわね。」
「縁起の悪いことを言わないでくれ。」
本当に。心臓に悪い。本当に。
何も知らずに指なんか落ちた日には間違いなく発狂する自信がある。
そうして神経をすり減らす作業が終わった。あとはリズをおぶって連れ帰るだけ。
かなみちゃんなら明日までに目覚めてくれるだろう。
後はリズが一秒でも早く目覚めてくれることを祈るだけだ────。
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━━
「──この時もし回復魔法が使えるセバスさんがいなかったら、お前の手足は今頃ドロドロだったそうだ。セバスさんにはちゃんとお礼しとけよ?」
「ほーん。私ってどのくらい寝てたんです?」 
──ほーんってコイツ、ちゃんと聞いてたのか?
「まる二日、だな。」
「ほー。確かにそれくらいは寝たなって感じします。他の皆さんは?」
「みんな忙しくしてるよ。中島さんは相変わらず職場に泊まり込んでるみたいだし、かなみちゃんは新しく設立された魔人対策本部ってとこでユールに城壁を建設するか否かの会議に出席してる。ギルドの方も依頼が山積みみたいでさ、今はどこも人手不足って感じだな。薫さんは……夕御飯の買い出しとかじゃないか。」
「こうだいは何してんたんです?」
「俺は……寝てたな。ははは……。」
「何やってんですかー、もう。」
ホントその通りだ。
ここ二日は無気力になっていた。
リズのことは関係ないと言ったらウソになるが、決して、気になって何も手がつけられない状態だったとかでは無い。……決して、だ。
「私がいないとホントなにも出来ないんですね、こうだいはっ!」
リズは鼻を鳴らしてふんぞり返る。
「だからって無茶すんなっ。」
「イテっ。なにするんですかァ。」
得意げな態度が鼻についたので、とりあえずチョップをかました。
「さて、他に聞きたいことはあるか? なければお前の目覚めを他のヤツらに伝えに」
「えっとえっと、五賜卿は倒したんですよね。」
リズは俺を引き止めるように聞いてきた。
「ああ、一応な。」
倒したとは言い切れない事情があるのだが、……その辺はリズに語らずともいいだろう。
「ま、そうですよねー。本体の実力は中の上くらいしかなかったですし。」
「あれで中の上ならお前はなんになる。」
「勿論、上の上、特上の特上ですっ!」
何を言ってるかよく分からないが、勘づいていないようだし話さなくとも問題なさそうだ。
──土の中のアイツには、今更何も出来やしないからな。
「他に質問は。……じゃあ、ちょっと席外すぞ。」
「ちょっと待ってください!」
「今度はなんだ。」
リズは包帯をとって欲しいと要求してきた。蒸れて痒いらしい。
肌を隠していただけなのですぐに取ってやることにした。
二日ぶりにみるリズの手は、以前にも増してキレイでキメ細かい肌になっていて、なんだかツヤも増している気がする。
気になる右人差し指の爪はというと、既に生えていた。
リズニアの爪は両手両足全てが真っ黒。しかし、新しく生えた爪はどういう訳だかごく普通の無色透明をしている。
「リズ、お前の爪ってなんで他は黒いんだ?」
「あー、これですか。魔物の肉を食べたらこうなっちゃったんです。」
「魔物の肉って食えるものなのか……?」
「うーん、好きなヒトは好きだと思います。ただ、食べるのはオススメしませんねー。うっかり魔物の肉を食べると半日は激痛でもがき苦しむハメになりますから。」
「なんでそんな肉食ったんだよ!」
食べた事があるなら激痛は体験談と言ったところか。それも、リズならうっかり路線も有り得る。
こいつの好奇心もかなみちゃんに負けてないからな。
「南にある小さな国じゃ、黒い爪になって初めて成人と認められる文化があるそうですよっ。魔物を食うことが、成人の儀と化してるそうなんです。度胸試しで食べるヒトもいますが、あれはやめた方がいいです。……まっ私の場合、そうするしか無かったんですが。」
────ガシャンッ!
リズがコップを取ろうとして落とし割った。
割れたコップの音で後半何を言ってるかよく聴き取れなかったが、どうせ異世界ウンチクかなんかだろう。
申し訳なさそうな素振りだけはする元女神さんの横で割れた欠片を集めようと動いたその時、彼女の指が小刻みに震えているのが目に入った。
瞬間、“ニセモノ”の魔女の話を思い出す。 
『ベニテンスライムの毒は強力だから、完治したように見えても、指に何らかの障害が残る可能性があるわ。だから、異変を感じたら注意深く観察しなさい。』
「リズッ! 大丈夫か! 指、ちゃんと動くかっ!? 痛くないか……?」
もはや床に落ちたガラスの破片の事などどうでもいい。
俺は少女の両手を取って念入りに診察する。
「ちょっ……な、なんですか……!」
「大丈夫か? これ、痛くないか? ……これは……これは、どうだ?」
「急になんなんですかっ! だ、大丈夫ですからぁっ!」
指の関節一つ一つを丁寧にさすってリズの反応をみる。
痛みはなさそうだ。
セバスさんの回復魔法も欠損が治せるほど万能ではない。しっかり診なければ。
後遺症により仮に、指が動かなくなっていたとしても日常生活くらいなら一生面倒見てやれるが、剣は二度と握らせてあげられない。
それは戦力としてのリズがほぼ皆無になることを意味する。自分の事を足でまといだとはリズには思って欲しくない。だからこそ、ここでしっかりと確認しておかなければならない。
指と指の間に指を絡ませて真剣にお願いする。
「握ってくれないか?」
「え、」
「強く握ってほしい。」
「はい……。」
少し間はあったが、リズはゆっくりと握り返してくれた。
震えがなくなった。
──良かった。これなら大丈夫そうだ。
一息ついてリズの顔をみると、顔を真っ赤にして俯いていた。
その熱っぽさがこっちにまで伝わり手を離した。
「……。」
「……。」
気まずい。どうしようもなく気まずい。
「……あ、ああ! そうだっ! なんか、欲しい物あるだろ? なんか、買ってこようか?」
「あっ……え、そ、そうですねっ! あのじゃあ、あれを。えっとぉ……あーいや、なんでもいいです! ヨロシクお願いしますっ!」
敬礼のポーズをとるリズ。
「OK! 安静にしとけよ。じゃ!」
俺は逃げるようにそそくさと家を出た。
──あ。割れたコップ片付けるの忘れてた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「お、ケツ刺しの英雄様じゃねぇか!」
あの戦いから二日が経っている。無気力に過ごしてきたせいか実感はない。
実感と言えば──慣れない手つきで何度も握り直してきたリズの手の柔らかさが未だに……いや、忘れよう。
ユールは活気を少しずつ取り戻している。
とはいえ観光客は減少し、元いた住民の三割ほどが未だに警戒し帰って来ていないことなどが重なり、街は以前より少し落ち着いている。
まあ、その辺の事情は時が経てばどうとでもなるだろう。寧ろ、事件からたった二日で観光客を受け入れているこの街の復興力を褒めるべきだ。
「おお。これはこれは、ケツ刺し様。ありがたやぁありがたや。」
お気づきだろうか。
いや、無視は良くない。
俺は今、変な二つ名で呼ばれている。
街を歩けばほれこの通り。
「ユールから出てきた大英雄! あの五賜卿を倒しちまったケツ刺しコーダイのケツ刺しストラップ!! これ一つで安全合格安産祈願、無病息災、なんでも効くよぉ!! 買ったかったァ!」
「二つくださーい。」
「まいどありーっ!」
「ずるーい私もー!」
「はいよーっ!」
なぜ売れる。ケツに聖剣が刺さったストラップなんか、安産祈願から最も遠いだろ。
ちょっと気にはなるが……こんな調子だもんで街は歩きづらくてしょうがない。
大国ですらなし得なかった五賜卿殺しの偉業。その偉業を小さな国の小さな街がやってのけたとあって、街全体がその話題で持ちきりだ。その一つとして、俺の二つ名が流行り出しているのだ。
「びゅーーーん!! 待て待てーー!」
「ぎゃーーケツが刺されるぅーー!」
子供たちの間では変な遊びまで流行っている始末。
見る度に遊び方が変わっているのが実に子供らしいというかなんと言うか……。
そもそも、五賜卿を倒したのは俺ではない。勇者が飛ばした聖剣が、アルデンテにトドメを刺したのだ。
なのに、俺が倒したなんてウワサを広めたのは一体、何処のどいつなんだ。
「あら。 ケツ刺しのコーダイ様じゃない。どう、暇ならうちに飲みに来ない? 五賜卿を倒したケツ刺し様の話、聞きたいなぁ。」
「あーまた、今度な。」
──百歩譲って俺がトドメを刺した事になっていることはいい。ただ、“ケツ刺しのコーダイ”なんて二つ名が付けられていることが解せん。もっといいのがあっただろ。聖剣使いの珖代とかナントカスレイヤーとか。
聞いた所によると、現場に放置されていたアルデンテを、通りがかりの冒険者が発見し、俺が倒したと勘違いしたことからそんなウワサが広まったらしい。
あの時あの場所を通った冒険者となれば顔見知りのハズ。必ず突き止めてやる。
言い出しっぺは後でとっちめなければ俺の気が済まない。
「とりあえず果物でも買って帰るか……。」
などと物思いにふけっていると、不意に誰かにぶつかり尻もちをついた。
その拍子にその人物は俺の上に覆い被さってきた。
目の前には誰もいなかったハズなのにこれはどういう事なのか。
疑問に思いつつも謝ると、その人物は見覚えのあるシルエットをしていた。
ユールのために奔走するかなみちゃんだ。突然現れたのも納得。
「珖代っ! リズが目、覚ましたよ!」
あ……うっかり、失念していた。
せめて置き手紙でも残して、この子にだけでも伝えるべきだった。
「あー、そうなんだ。」
「そうなんだって……それだけ?」
まずい。これではまるで、リズの復活を誰にも言わず隠していたみたいじゃないか。
どう誤魔化しても彼女にはバレる……。
それならばと、俺は洗いざらい全てを吐いた。
ちなみにかなみちゃんは、報告、連絡、相談を怠ると一番うるさかったりする。
そのまま馬乗りで怒られたのは言うまでもない。
「……う……う、ん……。」
リズニアの眠るベッド脇で目が覚めた。
どうやら俺はいつの間にか寝てしまっていたようだ。
「おはようございます。こうだい。」
寝ぼけ眼を擦りながら顔を上げると、声を掛けてきたのがリズだと分かった。
というか、遂に目を覚ましたのである。
「リズゥ〜!!」
感極まって思わず抱きしめた。
「……良かった……本当に、本当に……!」
「ちょ、ちょっと、分かりましたから。少し離れてくださいー。ひげが、ひげがぁ……てあれ? おひげはそったんですか。」
指摘されて少し離れる。
「まぁな。ワイルド路線は辞めたんだ。」
「そう言えばそんな事してましたね……。」
遠い目をして言うのはやめて欲しい。それではまるで、黒歴史扱いじゃないか。
「やっぱり、珖代はそっちの方がカッコイイですよ。」
面と向かって言われるのは少し恥ずかしい。思わず目をそらした。
「そ、そうか。それより、起きてたんならなんで俺を起こしてくんなかったんだよ。」
彼女は上機嫌に怒りっぽく言う。
「起こしましたー。ほっぺをつねっても起きないこうだいが悪いんですー。……それよかですね、水を一杯もらえますか? 喉、乾いちゃって。」
「待ってろ。」
水を飲ませてやる為に彼女の部屋を出ると、家には俺たち以外誰も居ないことが分かった。
女神さんが目を覚ました事を早急に伝えて周りたいが、まずは水を届ける。
コップを持って部屋に戻ると、リズは開口一番、自分が倒れたあとの出来事について訊ねてきた。
女神の復活をみんなに伝えに行きたかったが、焦る必要もなかったので先に事情を話す事にした。
「倒れたお前を薫さんが発見して、……えっと、そのままレクムに運ぶ事になったんだ。」
ピヨスクの件はなんとなく飛ばした。知らなくてもいい事はあるのだ。
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俺はかなみちゃんを背負い、少し遅ればせながらユールへ到着した。
到着してすぐ、門前の保安兵からリズニアが〈お食事処レクム〉に台車ごと運ばれた事を聞き、すぐさまレクムへ。
街のほぼ中心に位置する、お食事処に五分で到着。
緊急対策会議所だったこともあってか、レクムの一階には大勢のヒトが集まっていたが、勝利したとは思えない重々しい空気に包まれていた。
「上だ。」
俺の顔を見て、一言そう告げたダットリー師匠。
そこに女主人さんからの補足で、二階のレクムくんの部屋で治療をおこなっていることが分かった。
かなみちゃんを背負ったまま急ぎ二階へ。
レクムくんの部屋の前ではクローフ・ドゥスくんが部外者の立ち入りを制限していたが、かなみちゃんを連れていた俺はすんなりと通してくれた。
部屋の中にはベッドに寝かされたリズと回復魔法をかけるセバスさんと“ニセモノ”の魔女の三人がいた。
立ち入りを制限していた理由を聞くと、“ニセモノ”の魔女は
「こうした方がこの子の回復魔法の存在も隠せてやりやすいでしょう?」
と語ってくれた。
どうやら、彼女なりのセバスさんへの配慮だったらしい。
ドアを二度ノックする音と共にクローフくんが入ってきた。
「先生、冒険者のみなさんが材料をかき集めてきてくれました。」
「そう。そこに置いといて。」
「それと、足りない分を他の街まで取りに行きたいと言うんですが……どうしましょう。」
「必要ないわ。」
キッパリと断った瞬間、大きな音で三回ノックがされた。
今の発言を聞いていたのか冒険者達がドアをガチャガチャと開けにかかる。
「なんでだよ先生! 必要な材料が揃わなかったんだ。俺たちに行かせてくれよ!」
「ちょ、ちょっと困ります! 開けないでください!」
クローフくんは体を張って必死にドアにしがみつく。ちょっとした隙間から手が伸びてきたり顔を覗かせてくる光景は、なんとなくゾンビ映画のそれに似ている。
俺も手伝った方がいいのだろうか?
「頼むよ先生! リズさんはこの街の為に、誰よりも近くで賜卿と戦ってくれたんだっ!」
「そんなヒトを見殺しにするようなマネは死んでもしたくねぇんですっ!」
「リズさんを助けてぇっ! そのために出来ることは何だってやるつもりだ! だから俺たちを材料採取に行かせてくれぇ!」
「頼む、先生っ!」
「先生お願いだ!」
「先生ぇ!!」
ドアの隙間から必死に訴えかける冒険者達。
俺も気持ちは同じだ。だから、止めることは出来そうにない。
「アナタ達の思いは十分伝わったわ。」
「じゃあ……!」
「それでも必要はないわ。」
「どうしてっ……!」
「他に必要なモノはあの場にいた別の冒険者達に、既に手配済みよ。少し遅れているようだけど、じきに揃うわ。安心なさい。」
「そ、そうだったのか……。」
「そもそも、この街で手に入るモノにはそんなに期待してなかったから、これだけ集めてくれたことに感謝しかないわ。ありがとう。おつかれさま。」
「せ、先生がそう言うんなら、仕方ねぇ。」
「必要なら、いつでも呼んでくれよ。」
褒められた冒険者達は頬を赤く染めながら、正直に従いゆっくりと帰って行った。
“ニセモノ”の魔女がいつの間にか先生としての地位を確立させている。
冒険者の扱い方も上手いし、俺も先生と呼ぶべきだろうか。
「その時は、お願いしますっ!」
そう言ってクローフくんは強引にドアを閉めた。
「そっちの子は……エビトウカナミね。……何してるの。早く下ろしなさいよ。」
「ああ、えっと、どこに。」
何処でもいいからと急かされ、とりあえずイスに座らせた。
“ニセモノ”の魔女はクローフくんから銀縁のメガネを受け取るとそれを掛けてかなみちゃんを吟味する。
十秒ほどかなみちゃんの全身を眺めると
「大丈夫そうね。」
と一言で済ませた。
「いや、もっと他に、詳しい検査とか無いのか……?」
心配になり訊いた俺を、彼女はキリッと細めた目で睨んでくる。
「ワタシは魔女でもなければ先生でもない。ましてや医者でもないの。そんなに心配なら街のお医者さんに診てもらってきなさい。」
「ああ、ゴメン……」
藁にもすがる思いだったとはいえ少し頼り過ぎたことを反省していると、呆れた様子のクローフくんが間に入ってきた。
「先生ぇ……何をもって大丈夫なのか、それくらいは説明してあげてもいいじゃないですかぁ……。」
鶴の一声ならぬクローフくんの一言のお陰で、彼女は溜息をつきながらも答えてくれた。
「いい? 一度しか言わないわよ。簡単に説明すると、魔力の流れを見てたの。ヒトの身体の中には一定の魔力が循環している。そこまではいいわね? その流れに滞りが有れば色々と詳しく調べる必要が出てくるの。今回はとくに異常がなかったから命に別状はないと判断したのよ。」
外見ではなく、中身を見ていたようだ。
「このまま安静にしてればその日の内に目を覚ますわ……ただ一つ気になる点があるとすれば、エビトウカナミは魔素式を外部から無意識に取り込んでしまう性質にあるってことくらいかしらね。」
「それだとなにか、不味いのか……?」
「いえ、それ自体が別に悪いモノじゃないのだけど……」
なんだか歯切れが悪い。らしくない。
彼女は下の方を見ながら髪を触りだした。どうやら、言葉を選んでくれているようだ。
「周辺の魔素や魔力を自動的に吸収し続ける体質のせいで、セバスヒナヒメの回復魔法の出力が落ちてしまっている状態なの。そうなるとコッチの子に影響が出てしまうから、」
コッチの子とはおそらくリズニアのことだ。
「かなみちゃんは移動させた方がいいと?」
「そういうこと。双方の為にも、その子は自宅療養させたほうがいいわね。」
「分かった」
先生のその助言に従い、俺はかなみちゃんを連れて帰宅することを決めた。
家に着くと玄関のドアが開いていた。
誰かいるんだと思ってただいまと告げると、薫さんがリズニアの部屋から現れた。
何をしていたのか訊ねると、リズがいつ帰ってきても良いように部屋の片付けをしていたとのこと。
あいつの部屋はよく散らかっている。
だから、いつ戻って来てもいいように掃除をしてくれていたのだ。
さすがは気配り世界一の薫さんだ。こんな薫さんを不幸にした男がますます許せなくなる。
五賜卿アルデンテとの遭遇から撃退まで約五時間。辛くも勝利した俺たち。
これ程長いと感じる五時間は今まであっただろうか。
かなみちゃんを自室に寝かせたあと、なんとも久方ぶりに思える食事を薫さんと一緒に取った。
出されたカレーの味は分からなくなっていた。
食後、すぐにレクムに戻った。
緊急治療室では既に特効薬による処置が終わっていた。
紫色に変色していた手足には塗り薬が塗られている。配合は違うが特効薬と同じ成分の物を塗ったそうだ。
「やれるだけの事はやったわ。もうこの子も連れて帰ってくれて構わないわよ。」
「ありがとう、恩に着る。」
「お礼ならあのケモノに言いなさい。」
「セバスさん、ありがとうございます。」
「バウ!」
「報酬の件は日を改めてから話しましょ。……フフ。」
薄ら笑いにほんの少しだけ恐怖を感じたが、助けてもらった以上文句いえない。
残りの行程として、手足が見えないよう包帯を巻くというのでそれを手伝う。
「あの、先生。」
「アナタの先生になったつもりはないのだけど。」
「つ、爪が……」
右手に包帯を巻いていたところで、リズの人差し指の爪がポロッと取れてしまった。
「あー、ベニテンスライムの毒は末端からスライム状に溶かす危険な毒だから、もっと慎重に巻かないと爪が取れるわよ。」
「ええ!?」
言い忘れてた。みたいな顔されても困る。要するに、リズニアの手足は危うく溶かされかけてたという事だ。
「そういうのは早く言ってくれよ……!」
今度は爪がポロッといかないように慎重に巻いていく。
「フフ……爪だけで済んで良かったわね。」
「縁起の悪いことを言わないでくれ。」
本当に。心臓に悪い。本当に。
何も知らずに指なんか落ちた日には間違いなく発狂する自信がある。
そうして神経をすり減らす作業が終わった。あとはリズをおぶって連れ帰るだけ。
かなみちゃんなら明日までに目覚めてくれるだろう。
後はリズが一秒でも早く目覚めてくれることを祈るだけだ────。
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「──この時もし回復魔法が使えるセバスさんがいなかったら、お前の手足は今頃ドロドロだったそうだ。セバスさんにはちゃんとお礼しとけよ?」
「ほーん。私ってどのくらい寝てたんです?」 
──ほーんってコイツ、ちゃんと聞いてたのか?
「まる二日、だな。」
「ほー。確かにそれくらいは寝たなって感じします。他の皆さんは?」
「みんな忙しくしてるよ。中島さんは相変わらず職場に泊まり込んでるみたいだし、かなみちゃんは新しく設立された魔人対策本部ってとこでユールに城壁を建設するか否かの会議に出席してる。ギルドの方も依頼が山積みみたいでさ、今はどこも人手不足って感じだな。薫さんは……夕御飯の買い出しとかじゃないか。」
「こうだいは何してんたんです?」
「俺は……寝てたな。ははは……。」
「何やってんですかー、もう。」
ホントその通りだ。
ここ二日は無気力になっていた。
リズのことは関係ないと言ったらウソになるが、決して、気になって何も手がつけられない状態だったとかでは無い。……決して、だ。
「私がいないとホントなにも出来ないんですね、こうだいはっ!」
リズは鼻を鳴らしてふんぞり返る。
「だからって無茶すんなっ。」
「イテっ。なにするんですかァ。」
得意げな態度が鼻についたので、とりあえずチョップをかました。
「さて、他に聞きたいことはあるか? なければお前の目覚めを他のヤツらに伝えに」
「えっとえっと、五賜卿は倒したんですよね。」
リズは俺を引き止めるように聞いてきた。
「ああ、一応な。」
倒したとは言い切れない事情があるのだが、……その辺はリズに語らずともいいだろう。
「ま、そうですよねー。本体の実力は中の上くらいしかなかったですし。」
「あれで中の上ならお前はなんになる。」
「勿論、上の上、特上の特上ですっ!」
何を言ってるかよく分からないが、勘づいていないようだし話さなくとも問題なさそうだ。
──土の中のアイツには、今更何も出来やしないからな。
「他に質問は。……じゃあ、ちょっと席外すぞ。」
「ちょっと待ってください!」
「今度はなんだ。」
リズは包帯をとって欲しいと要求してきた。蒸れて痒いらしい。
肌を隠していただけなのですぐに取ってやることにした。
二日ぶりにみるリズの手は、以前にも増してキレイでキメ細かい肌になっていて、なんだかツヤも増している気がする。
気になる右人差し指の爪はというと、既に生えていた。
リズニアの爪は両手両足全てが真っ黒。しかし、新しく生えた爪はどういう訳だかごく普通の無色透明をしている。
「リズ、お前の爪ってなんで他は黒いんだ?」
「あー、これですか。魔物の肉を食べたらこうなっちゃったんです。」
「魔物の肉って食えるものなのか……?」
「うーん、好きなヒトは好きだと思います。ただ、食べるのはオススメしませんねー。うっかり魔物の肉を食べると半日は激痛でもがき苦しむハメになりますから。」
「なんでそんな肉食ったんだよ!」
食べた事があるなら激痛は体験談と言ったところか。それも、リズならうっかり路線も有り得る。
こいつの好奇心もかなみちゃんに負けてないからな。
「南にある小さな国じゃ、黒い爪になって初めて成人と認められる文化があるそうですよっ。魔物を食うことが、成人の儀と化してるそうなんです。度胸試しで食べるヒトもいますが、あれはやめた方がいいです。……まっ私の場合、そうするしか無かったんですが。」
────ガシャンッ!
リズがコップを取ろうとして落とし割った。
割れたコップの音で後半何を言ってるかよく聴き取れなかったが、どうせ異世界ウンチクかなんかだろう。
申し訳なさそうな素振りだけはする元女神さんの横で割れた欠片を集めようと動いたその時、彼女の指が小刻みに震えているのが目に入った。
瞬間、“ニセモノ”の魔女の話を思い出す。 
『ベニテンスライムの毒は強力だから、完治したように見えても、指に何らかの障害が残る可能性があるわ。だから、異変を感じたら注意深く観察しなさい。』
「リズッ! 大丈夫か! 指、ちゃんと動くかっ!? 痛くないか……?」
もはや床に落ちたガラスの破片の事などどうでもいい。
俺は少女の両手を取って念入りに診察する。
「ちょっ……な、なんですか……!」
「大丈夫か? これ、痛くないか? ……これは……これは、どうだ?」
「急になんなんですかっ! だ、大丈夫ですからぁっ!」
指の関節一つ一つを丁寧にさすってリズの反応をみる。
痛みはなさそうだ。
セバスさんの回復魔法も欠損が治せるほど万能ではない。しっかり診なければ。
後遺症により仮に、指が動かなくなっていたとしても日常生活くらいなら一生面倒見てやれるが、剣は二度と握らせてあげられない。
それは戦力としてのリズがほぼ皆無になることを意味する。自分の事を足でまといだとはリズには思って欲しくない。だからこそ、ここでしっかりと確認しておかなければならない。
指と指の間に指を絡ませて真剣にお願いする。
「握ってくれないか?」
「え、」
「強く握ってほしい。」
「はい……。」
少し間はあったが、リズはゆっくりと握り返してくれた。
震えがなくなった。
──良かった。これなら大丈夫そうだ。
一息ついてリズの顔をみると、顔を真っ赤にして俯いていた。
その熱っぽさがこっちにまで伝わり手を離した。
「……。」
「……。」
気まずい。どうしようもなく気まずい。
「……あ、ああ! そうだっ! なんか、欲しい物あるだろ? なんか、買ってこようか?」
「あっ……え、そ、そうですねっ! あのじゃあ、あれを。えっとぉ……あーいや、なんでもいいです! ヨロシクお願いしますっ!」
敬礼のポーズをとるリズ。
「OK! 安静にしとけよ。じゃ!」
俺は逃げるようにそそくさと家を出た。
──あ。割れたコップ片付けるの忘れてた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「お、ケツ刺しの英雄様じゃねぇか!」
あの戦いから二日が経っている。無気力に過ごしてきたせいか実感はない。
実感と言えば──慣れない手つきで何度も握り直してきたリズの手の柔らかさが未だに……いや、忘れよう。
ユールは活気を少しずつ取り戻している。
とはいえ観光客は減少し、元いた住民の三割ほどが未だに警戒し帰って来ていないことなどが重なり、街は以前より少し落ち着いている。
まあ、その辺の事情は時が経てばどうとでもなるだろう。寧ろ、事件からたった二日で観光客を受け入れているこの街の復興力を褒めるべきだ。
「おお。これはこれは、ケツ刺し様。ありがたやぁありがたや。」
お気づきだろうか。
いや、無視は良くない。
俺は今、変な二つ名で呼ばれている。
街を歩けばほれこの通り。
「ユールから出てきた大英雄! あの五賜卿を倒しちまったケツ刺しコーダイのケツ刺しストラップ!! これ一つで安全合格安産祈願、無病息災、なんでも効くよぉ!! 買ったかったァ!」
「二つくださーい。」
「まいどありーっ!」
「ずるーい私もー!」
「はいよーっ!」
なぜ売れる。ケツに聖剣が刺さったストラップなんか、安産祈願から最も遠いだろ。
ちょっと気にはなるが……こんな調子だもんで街は歩きづらくてしょうがない。
大国ですらなし得なかった五賜卿殺しの偉業。その偉業を小さな国の小さな街がやってのけたとあって、街全体がその話題で持ちきりだ。その一つとして、俺の二つ名が流行り出しているのだ。
「びゅーーーん!! 待て待てーー!」
「ぎゃーーケツが刺されるぅーー!」
子供たちの間では変な遊びまで流行っている始末。
見る度に遊び方が変わっているのが実に子供らしいというかなんと言うか……。
そもそも、五賜卿を倒したのは俺ではない。勇者が飛ばした聖剣が、アルデンテにトドメを刺したのだ。
なのに、俺が倒したなんてウワサを広めたのは一体、何処のどいつなんだ。
「あら。 ケツ刺しのコーダイ様じゃない。どう、暇ならうちに飲みに来ない? 五賜卿を倒したケツ刺し様の話、聞きたいなぁ。」
「あーまた、今度な。」
──百歩譲って俺がトドメを刺した事になっていることはいい。ただ、“ケツ刺しのコーダイ”なんて二つ名が付けられていることが解せん。もっといいのがあっただろ。聖剣使いの珖代とかナントカスレイヤーとか。
聞いた所によると、現場に放置されていたアルデンテを、通りがかりの冒険者が発見し、俺が倒したと勘違いしたことからそんなウワサが広まったらしい。
あの時あの場所を通った冒険者となれば顔見知りのハズ。必ず突き止めてやる。
言い出しっぺは後でとっちめなければ俺の気が済まない。
「とりあえず果物でも買って帰るか……。」
などと物思いにふけっていると、不意に誰かにぶつかり尻もちをついた。
その拍子にその人物は俺の上に覆い被さってきた。
目の前には誰もいなかったハズなのにこれはどういう事なのか。
疑問に思いつつも謝ると、その人物は見覚えのあるシルエットをしていた。
ユールのために奔走するかなみちゃんだ。突然現れたのも納得。
「珖代っ! リズが目、覚ましたよ!」
あ……うっかり、失念していた。
せめて置き手紙でも残して、この子にだけでも伝えるべきだった。
「あー、そうなんだ。」
「そうなんだって……それだけ?」
まずい。これではまるで、リズの復活を誰にも言わず隠していたみたいじゃないか。
どう誤魔化しても彼女にはバレる……。
それならばと、俺は洗いざらい全てを吐いた。
ちなみにかなみちゃんは、報告、連絡、相談を怠ると一番うるさかったりする。
そのまま馬乗りで怒られたのは言うまでもない。
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