異世界歩きはまだ早い

a little

第十一話 ファイル1 それは『押し付けられた責任』

 ~大荒野召喚石付近トメ&ピタ~
 
 「はぁはぁ、はァ……。」
 「……厄介ですわね。」
 
 相手は近距離型二人。対してこちらは近距離一人に中距離一人。
 
 「……攻められると分が悪い。トメ、もう少し魔法を撃てるか?」
 「勿論撃てますが、アナタに当たってしまいますわ。」
 「フンっ……おまえの魔法など、当たったところでかゆい程度だ。」
 「言ってくれますわね。」
 
 長身痩躯のカタナを持った男と、鋭い爪の生えた少女が二人を襲う。
 
 「行きますわよ。」
 「ああ。」
 
 
  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ---珖代視点---
 
 
 
 「聖剣が使えないなら、聖剣に倒してもらえばいいんですよっ……!!」
  「……へ?」
 
 
 ──な、何を言ってるんだこいつは!???
 
 
 その場にいる全員がきょとーんとしてる。
 きっと俺と同じことを思ってるに違いない。
 
 そんな周囲の目に気付いたのか、勇者が慌てて説明しだした。
 
 「あ、……え、っと、説明します。聖剣には聖属性や魔力吸収能力の他に、もうひとつ変わった能力があるのはご存知でしょうか?」
 「【回帰納刀】……であったか。」
 「確か、どれだけ遠くにあっても所有者の手に還ってくる能力ですよね。」
 「その能力があったが故に、聖剣がコーダイ殿を持ち主と認めたとわかったんだったな。」
 
 【回帰納刀】。聖剣に備わるという、所有者の元に戻ろうとする不思議な力だ。
 
 この力が俺に対して発動したことが、聖剣に選ばれた証左だと今は信じるしかない。
 
 選ばれた者とそうでない者とで聖剣の重さなんかが違ったりもするそうだが、元を知らないのでその辺は良く分からない。
 
 「──作戦としてはこうです。まず、僕や誰かが聖剣を持ってアルデンテに気づかれない位置で待機します。その後、喜久嶺さんにヤツを超えた反対側まで移動してもらい、僕達でアルデンテを真ん中に挟み込んだ状態にします。準備が完了したら喜久嶺さんは〘選好の鐘〙を鳴らして、それを合図に待機組が聖剣を手放すという戦法です。」
 「なるほど……その為の【回帰納刀】か。」
 
 レイがぼそりと呟いた。
 勇者が続ける。
 
 「聖剣が喜久嶺さんの元に戻ろうとする帰路ルート上にアルデンテを配置すれば、解き放たれた聖剣がヤツを突き刺さす……いや、アルデンテに勝手に突き刺さってくれますっ……! いかがでしょうか!」
 
 聖剣で倒すのではなく、聖剣に倒してもらう──。
 
 なるほど。今までにない角度の発想だ。
 
 それに随分自信もあるようだし、俺の安全にさえ目を瞑ればいい線をいっている作戦に思える。
 ただ周りの反応があまりよろしくない。
 
 場と勇者の温度差を感じる。
 
 沈黙が流れ始めた頃、誰かが勇者に問うた。
 
 「……しかしぃ、そう上手くいくのか?」
 
 そこだ。
 作戦立案の突破口としては面白いし、俺が合図を出せるところは安心できる。しかし、色々と問題が多い気がしてならないのもまた事実。
 
 勇者が応答する。
 そこをどう納得させてくれるのか……。
 
 「大丈夫です! 聖剣が喜久嶺さんの元に戻る時は、必ず刃先を向け真っ直ぐ飛ぶので問題なく刺さります!」
 
 ……うん。悲しいが間違ってない。そしてやはり、俺の安全が保証されていない。
 
 飛んで来る聖剣。思い出すあの恐怖……。
 アルデンテと戦っていた時、何度ヒヤヒヤさせられたことか。
 
 「うーむ……」
 「ほう……」
 
 考え込むような相槌は聞こえるが、勇者の意見に賛同する者は一向に出てこない。
 
 先程と同様に沈黙が流れだし、勇者が口を開く。
 
 「あの……何か、納得がいかない点でもありましたか? 」
 「いや、そういう問題ではなくてだな……」
 
 溜息混じりにそんな声が聞こえた。
 
 「なんですか? 何かあるなら仰ってください。」
 「……なら、あえて言わせてもらおう。この街でのお主の信用は地に落ちている。『屍の卿』を確実に屠れる保証でもない限り、賛同するものは現れないだろう。」
 「僕の信用ですか……」
 
 あれほど熱弁していた勇者が、帯びていた熱をどこかに捨てイスに座り込んでしまった。
 
 待てど暮らせど勇者に賛同する者は現れない。
 
 確実性がないから。それもあるかもしれない。
 
 
 
 ────まあ、理由は明白だ。
 信じる信じない以前に重役達こいつらは責任を負いたくたないんだ。
 だから賛同できないんじゃ・・・・・・・・・なくて、賛同する気・・・・・・・・・がそもそもない・・・・・・・
 
 不用意な発言をすれば、それによる責任はおのずと生じてしまう。大事な会議であれば尚のことだ。
 
 乗っかった作戦が万一でも失敗した場合に、揚げ足を取られ責任を負わされては敵わない。
 下手すれば今ある立場を陥れる行為にも繋がりかねない。
 そんなマネだけは避けたい。だから、慎重にもなるし確実に成功するものでないと一番に名乗り出たくない──。
 
 更に、作戦の立案者が信用皆無の勇者であることがこの問題に拍車をかける。
 
 “勇者側につく”──それだけでリスクが高いのにも関わらず、作戦が成功した時のメリットはあまりない。
 
 勇者の提案が他よりマシなモノだったとしても、それに賛同するほどの価値がない。
 今後の立場を考えれば余計な発言は控えるべきだ。
 
 だから、
 何も、
 言わない。
 
 外交や内政問題ならその心理状況も理解できる────だが、今は違う筈だ。
 
 
 みんな変わってしまったようだ。
 街の経済がギルドを中心に成り立っていたあの頃は、誰もがお互いを支えあっていたというのに……。
 
 
 「そもそもだ。なぜこの辺境の街に五賜卿の一人が襲撃にくる? まさか、キノコやおもちゃ欲しさにやって来た訳でもあるまい。」
 
 誰かがそう話をすり替えてきた。
 
 「そんなもの決まっているだろう。──勇者だ。」
 「僕、ですか……?」
 
 視線を感じる。
 俺に対してではなく勇者に対して集まる視線だ。
 
 身に覚えがないのか、勇者がぼーっと口を開けている。
 
 勇者だ。と語った男がそのまま言葉を重ねる。
 
 「こんな辺境の街に五賜卿が現れた理由を考えてもみろ。魔王が勇者を倒す為に送り込んできたものとしか考えられないであろう。」
 「そうですね。タイミング的にも『勇者』の長期滞在を狙って、幹部が潰しに来た。とみて間違いないでしょう。」
 「では我々は、勇者と魔王の抗争にまたまた巻き込まれただけと? 冗談じゃない。」
 「街では散々迷惑行為を働き、挙句に『屍の卿』まで呼び寄せるとは……まったく、ユールにどれだけ迷惑をかければ気が済むのだ。」
 
 男の意見に納得した者達が呆れたようにもの申すと、辺りがざわつき始めた。
 
 ちらほらと聴こえる。
 
 「許せませんな。」
 「百害あって一利なしとは、まさにこの事だな。」
 「勇者よ、此度の五賜卿を呼び寄せた責任は重大であるぞ。」
 
 勇者に対して溜まっていた不満や不信感のようなものが重役達の言葉の端々から漏れている。
 
 キツい言葉で無茶苦茶なことを言っている。気に留める必要を感じない。
 
 何故なら、これが単に自分ではない誰かに責任を押し付けたいだけの便乗に思えて仕方ないからだ。
 
 当然、勇者は反論する。
 
 「ちょっと待ってくださいッ……!! 確かに僕は『勇者』としてあるまじき行為を繰り返し、皆さんに迷惑をおかけしました。ですが、今回のことまで僕のせいにされるのは困ります! 僕だってこの街を守る為に戦って、こうして会議にも出席してるんですよ……!!」
 
 勇者が命懸けで戦っていたことは俺も知っている。しかし、感情的になっても誰も納得はしてくれない。
 
 そこにレイの声が重なる。
 
 「事実、勇者一行がユールに長期滞在していたことは隣国周辺まで知れ渡っていた。仮に魔王側にまでその情報が流れていたとすると、五賜卿が勇者討伐を目的にユールにやって来た可能性は大いに考えられる。攻められる隙を作ったのはお前かもしれないという事だ。」
 
 さすが諜報組織のボス。
 皮肉にも、レイの正確かつ信頼できる情報が勇者に牙をむく形となった。
 
 追随するように誰かが言う。
 
 「『勇者』としての自覚がたりませんな。この男には任せられない、他の作戦を考えねば。」
 「皆さんが僕を信用できない理由は分かりました。ただ、それが理由で作戦まで否定されるのは……納得しかねます。」
 
 そう言ってやり切れない表情をしながら、膝の上で拳を強く握っていた。
 
 それが見えたのか、誰かが優しく声をかけた。
 
 「勇者殿。これは提案なんだが、作戦成功の有無に関わらず全ての責任を負うと宣言すれば、皆もお主を信じられるやもしれんぞ?」
 
 押してダメなら提案してみるみたいだ。
 
 「もちろん、自分の出した案ですから責任は持ちます。」
 「失敗すれば、これまでのように謝っただけでは済まされないのは分かっているな。具体的にはどう責任を取るつもりか教えて頂きたい。」
 
 どうにか責任を押し付けたいらしく、高圧的な態度を勇者にとる。
 
 「それは……その……。」
 
 すぐには思い付かなかったのか勇者が俯いた。周りからのプレッシャーで顔をそむけてしまったのだろう。
 
 「なにも我々は、勇者殿を責めている訳ではないぞ。」
 「そうです。無理なら別に、降りてもらっても構いませんよ?」
 
 今度は優しく諭すように。ただ、受け取り方によっては脅しているようにも聞こえる。
 
 作戦自体を無かったことにするつもりらしい。こいつらの自己防衛は徹底的だな。
 
 あとは勇者が折れるかどうかだが──。
 
 「どう責任を取っていいのか分かりません……。」
 「なら、別の作戦を考えるしか──」
 「ですがっ! リスクを恐れていては前には進めません! 僕達は今、一刻も無駄には出来ない状況に立たされているんです。次の案を待っている余裕があるなら、即行動すべきです。自信ならあります。言葉では言い表せにくいですが、この作戦は成功する気がするんです……。僕のことは作戦が終わった後にでも好きに罵ってもらって構いません。ですが今は、今だけは、この街を救うために力を貸してください。お願いしますっ!! 」
 
 勇者は椅子から立ち上がり深々とお辞儀をした。
 
 腐っても『勇者』か。
 本気でこの街を救いたいことは伝わった。責任から逃げ出さないつもりらしい。
 
 周りが急に静かになった。
 
 顔は見えないが重役達の悔しそうな顔が目に浮かぶ。
 
 
 二階からデネントさんの声が微かに聴こえる。怒鳴っている感じではなくなった。
 
 表面化しない重役達の攻防も、デネントさんが居てくれたら一喝して済んだことだろう。
 
 中島さんは連中の思惑に気付く余裕はなさそうだし、レイは気付いた上で乗っかって指摘しない感じだ。
 
 師匠に関してはまだ一言しか発していないので、助け舟の期待はできない。
 
 「この作戦で一番危険な役目を担うはコーダイ殿じゃないか?」
 「うむ。つい最近まで一般人だった彼には荷が勝ちすぎている。待機組と移動組が逆ならまだ理解できるが……。」
 「ですが、それだと聖剣の力を抑えたまま移動することになります。それこそ困難でしょう。」
 
 またしても否定的な意見が流れた。誰かの身を案じ否定されれば、流石の勇者も反論できない。
 
 最早、今の状況を変えてくれる人は一人しかいない──。
 
 「キクミネくん。君の意見を聞かせてくれますか。」
 
 鶴の一声ならぬ、ユール町長の声がかかった。
 
 「おお! それがいいですな。この街の発展に尽力を尽くしてきたコーダイ殿の発言であれば信用に足りる!」
 「それにこの作戦の重要人物と言っても過言ではないしな。」
 「コーダイ殿の一言は街を豊かにしてくれる。彼はこの街の根幹を支える一人と言ってもいい! 」
 「なに? それなりの人物であったのか。一般人と言ったのは謝ろう。それで、聞かせてもらえるか? 」
 「コーダイさん、バシッと意見言っちゃってください!」
 
 ──今度は俺か。
 
 一番ムカつくのは下でに出る感じで便乗するタッチポッドの声だ。
 
 だがいい、それでいいんだ。ユール町長に変えてもらった流れと大きな注目の波。
 
 今が最も、俺の発言に力が宿る瞬間と言ってもいい。
 
 だからこそ容赦はしない。
 核心を突き抉りとってやる。
 
 
 「てめェら・・・・は此処になにしに来たんだ。勇者に全責任を押し付けたかとおもえば、都合が悪いからと作戦断念を誘導する──。なぁ、互いの出方みて腹ん中探りあうのはそろそろ辞めにしねェかぁ? 今も俺達の為に体張って戦ってくれてる奴らがいる。ソイツらの為に俺達にできることが、一刻も早く大切な街の為にしなきゃいけねェことがもっと他にあんだろが。」
 
 周りの熱が冷めていくのを感じる。
 いや、俺が暑くなってるのかもしれない。
 
 ──押し付けられた責任への反抗。
 
 これも一種の不条理だと俺の心が言っている。
 
 この不条理は勇者に降りかかったもの。
 自分に対して起きた問題じゃないからこそ、見過ごす訳にはいかない──。そう思ったのだ。
 
 「 ……わが身大事さにこの街の明日も考えられねェてめェらとは、どんなに話したって時間の無駄だ。とっととコイツの案を採用しろ。俺からはそれだけだ。」
 
 ふつふつと湧き上がる憎悪にも似た感情。
 俺は最も尊敬軽蔑する人になりきることでその感情を抑えられた。
 
 おかげで叛逆精神に喰われないで済んだ。
 
 「キクミネくん。それとミトさん。皆を代表して、私から謝らせてください。申し訳なかった。」
 「ちょ、町長!? 頭をお上げください……!」
 「なにも貴方が謝る必要はありませんぞ!!」
 「そうですっ! 頭を上げてください!」
 
 そう思うならてめェらが謝れよ。と思ったが、別に謝って欲しい訳じゃない。
 
 勇者が状況を飲み込めずソワソワしている。
 おめェはどっと構えとけばいいんだよ。
 
 ユール町長が周りを無視して再び口を開く。
 
 「この街始まって以来の未曾有の危機に、皆が浮き足立っていたのだと思います。責任問題に関してはお気になさらないでください。これは配慮に欠けていた私の責任ですから。ですが、普段のように会議に参加することで、不安を紛らわせようとしていた方が、少なからずいた事も理解してやってもらえませんか?」
 「……まあ、トッタスさんがそう言うなら。」
 
 重役達の中にも中島さんみたく不安と焦りがあった人が居たらしい。
 
 「ミトさんもそれでよろしいですか?」
 「あ、……はい。」
 
 いつも通りの風を装うことで、重役達もパニックにならないようにしていたようだ。
 
 だからと言って勇者に責任を押し付けたことを許した訳ではないが……。
 
 ユール町長は続けて言葉を紡ぐ。
 
 「ですがこの作戦、キクミネくんに掛かる負担が大きいのは本当ですよ。……大丈夫なんですか?」
 「よーは、俺が無事なら問題ないんですよねェ? かなみちゃん・・・・・・、アレを。」
 
 暗闇からゆっくりと少女が現れる。
 
 誰もが思ったハズだ。ここにかなみちゃんがいる訳がないと。
 
 「か、かなみ殿!?」
 「かなみさん!!?」
 「おおお、お嬢様!? いつからここに……!!?」
 「最初からいたよ。」
 
 皆が驚くのも無理はない。
 かなみちゃんは┠ 隠密 ┨やら┠ 気配遮断 ┨で姿を隠していたのだから。
 
 それを知っていたのは師匠と俺だけ。なぜなら二階から降りてくる際にかなみちゃんに会っていたから。
 
 カラクリ兵の大量召喚で召喚石から離れられないと聞いていたが、どうやらユイリーちゃんに代わってもらって来たそうだ。
 
 ちなみに、遅れて二階からやって来た勇者は知らない。
 
 「レイぃ……? ユールを守護りぬいた後で、話があるから覚えといてね。」
 「は、はい……。」
 
 レイが街より自分達のことを優先したことにかなみちゃんはご立腹のようだ。
 レイの声が可哀想なくらい震えていた。
 あとで酷い目に合うんだろーなァ……。
 
 かなみちゃんならレクムをいつでも抜け出せるので、ずっと居たのかは定かではないが話の流れは理解しているようだ。
 
 「かなみちゃん、〝アレ〟ある?」
 「ん、これでしょ。」
 
 かなみちゃんは日差しの差し込むテーブルの上にキューブ状の白い物体を置いた。
 
 「これがあれば、俺のケガリスクは格段に減ります。」
 
 このエアバッグクッションがあれば、聖剣衝突の衝撃にも耐えられる。
 
 後は、不安要素を少しづつ排除してけば作戦決行だ。

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