異世界歩きはまだ早い

a little

第6話 世界唯一の回復魔法

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 夜。
 
 
 とある森のとある傭兵二人は、パキパキと音を立てる暖かい光りの前で歓談していた。
 一人の少女がスヤスヤと寝る横で、夜の森に暖かな声が響き渡る。

 「そうか、貴方は日本人だったのか。だとすると俺の名前を漢字で表現できることは分かるか? 『角』を持ちつつ『丸』くあれ。そんな言葉があったような無かったような。」
 「えぇ!? カクマルさんって日本人だったんですか!? もももしかして、僕と同じように転生して見た目だけが変わったとか……?」
 「いや、元よりこの姿だ。今の名は相撲というスポーツに感銘を受けて、好きな力士から一文字ずつ取って自分で付けた醜名(しこな)なんだ。せっかく女神様から贈られた第二の人生だから、好きな名前で生きていくのも悪くないと思ったんだ。……うん。改めて話すと恥ずかしいものだ。」
 「恥ずかしくなんかないですよ、角丸さんに合ったいい名前だと思いますよ。……そっかあ、僕もこの際だから別の名前を名乗ってみようかな。水戸みと洸たろうなんて日本人ジャパニーズネーム、明らかに見た目に反してますもんね。」
 
 恰幅(かっぷく)のいい男は静かに笑う。
 
 「それはあまり意味を無さないと思うぞ?」
 「なぜです?」
 「フラッシュエルフの選定祭に出るのだろう? であれば間違いなく貴方が『勇者』に選ばれる。民衆や助けを求める者達からは『勇者』と呼ばれることになるだろうさ。」
 「そんなっ、僕は女神様に“なれ”と言われたからとりあえず出てみる事にしただけで、まだ、なれると決まった訳じゃ……」
 
 慌てる洸たろうの横で幸せそうな寝顔を見せる少女がふわふわと寝言を漏らす。
 
 「……コータローなら、間違いなく…なれますわ……」
 「恋人も同じ意見みたいだぞ?」
 「ち、違いますよ! トメとはその、……良きパートナーであって、そういう関係ではありません……!」
 「ふん。食い気味に否定されるとますます怪しく見える。」
 
 カクマルはあごに手を当て二人の関係を訝しむ。
 
 「まあ、今の彼女には僕以外に頼れる人がいないみたいなので、一生支える気ではいますが……彼女次第です。」
 「やっぱり、勇者になる男は器が違うな。」
 「よしてくださいよ。」

 男達は笑い合った。

 「角丸さんは今後も傭兵を続けるんですか? もし角丸さんが良ければ僕達と一緒に旅なんでどうでしょう。それこそ、角丸さんが居てくれれば『勇者』への近道になるかもしれません。」
 「嬉しい申し出ではあるが、今は無理だ。それに、貴方なら俺が居なくてもなる。生き方がそう言っている。」
 「生き方?」
 「ああ。道徳、倫理、秩序、正義感、固すぎるくらいの教養を持ちながら、いざと言う時は誰よりも素早く行動している。迷う事はあっても誰かのために立ち上がり、いつの間にか壁を越えている。来て欲しいタイミングには何故か遅れてやって来るところや、力を出し過ぎてやり過ぎてしまうことがあるが、見習う点は多い。真似したいとは思わないがな。……いや、出来る気がしないが正しいか。こういうタイプをなんと形容したものか……イマイチ、当てはまるいい言葉が見つからないな。」
 
 言葉に詰まるカクマルだったが、それを助けたのは少女の寝言だった。
 
 「コータローは……ワタクシの……勇者……むにゃむにゃ。」
 「そうだな。それこそ『勇者』なのかもだ──。」
 
 
 カクマルは寝ている少女に優しく笑いかけ、少年にひとつの約束を残した。
 
 「もし、貴方が勇者に選ばれたあとで、それでも俺が必要だと思った時は遠慮なく声を掛けてくれ。力になれるから分からないが、その時は全力を尽くそう。」
 
 カクマルの差し出した手を洸たろうは握りしめる。
 
 「はい。その時は是非。」
 
 
 
 一拍。
 
 燃える薪から火の粉が舞い上がり星空に昇っていく。
 
 
 
 「────そろそろ行ってくれ。」
 「え?」
 「呼ばれてるぞ。勇者。」
 
 
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 「……お……おい、……ゆう……勇者……」
 
 微睡(まどろ)みの中から、勇者はその声を頼りに意識を取り戻した。
 
 「勇者、勇者、聴こえるか、おい。意識はあるか?」
 「こ、こは……?」
 
 ベッドから上体を起こそうとする勇者を珖代は食い止める。
 
 「おいおい、無理して起きようとするな。目立った外傷はなくとも、お前の身体ん中はぐちゃぐちゃだ。もうすぐセバスさんが来る筈だから少し休んでろ。」
 「ここは……何処なんですか?」
 「ここは食事処レクムの二階だ。本来入れる場所じゃないんだが、店主に頼んでレク…息子の部屋を貸してもらってる。一番安全な場所がここだったんだ。」
 「どうして、僕は……生きてるん、ですか?」
 
 珖代はその質問に答えるように、勇者が倒れてからの全てを説明した。
 偶然通りかかった中島達に助けられ、またまた居合わせていた医療スタッフの応急処置によりなんとか生き延びたが、内臓の機能が殆ど停止してしまっていたことを伝えた。
 
 「医療スタッフは生きてるのが不思議だと言ってたけど、それもこれも中島さんの┠ 天佑 ┨のおかげだろうな。中島さんは謙遜しかしないけど、あの人のチートスキルも大概だよ。」
 
 頭に包帯を巻いている珖代はベッドの端に座り呆れ気味に笑った。
 
 「その、中島さん? って、人も……転生者なんですか?」
 「まあ正確には転移者になると思うんだが、あの人も俺達と同じくあの交通事故にかかわる人物の一人だ。会うことがあれば、お礼も兼ねて色々話してみるといい。最近じゃ一番の常識人は中島さんだしな……。」
 
 常識人に見えて実はそうでも無い薫の顔を思い浮かべながら珖代は語った。
 
 勇者がそうしますと返事をすると、一匹のセントバーナード、セバスが部屋に入ってきた。
 
 「あ、セバスさんお疲れ様です。まずは勇者の回復からお願いします。」
 「──バウっ」
 「この犬が……セバスさん? てっきり、人だと……。」
 「説明すると色々と厄介なんだが……、セバスさんには回復魔法がある。とりあえず治してもらえ。」
 「回復まほう……?」
 
 不思議そうに呟く勇者にセバスが近付いていく。ベッドに前足を乗っけ、首にかかった黄金色のドッグタグをチラつかせる。
 
 理解出来ず戸惑っている勇者に珖代がアドバイスをする。
 
 「クビにかかってるそれはステータスカードだ。勿論セバスさんのな。」
 「ステータスカード……。」
 
 キラキラ反射するステータスカードを勇者が手に取るとセバスはベッドに乗り、見やすいように屈んだ。
 
 ステータスの高さに驚きつつ、勇者はスキル覧の中から回復魔法の存在を発見。
 
 「……ホントだ。」
 「欠損は治せないらしいが、モノがあれば修復は出来るそうだ。」
 
 説明する珖代を尻目にセバスは口を器用に使い、掛け布団を剥いでいく。露わになった上半身は治療しやすいように既に服が脱げている。それなりに鍛え抜かれた身体は、へそ周りを中心に黒く変色していた。
 
 セバスがその黒い下腹部ににくきゅうをあてがうと、薄らと光り始める。淡い緑色の光が下腹部の色を徐々に本来の色へと変えていく。
 
 「すごい……回復魔法なんて、初めて見ました。」
 「初めて……? 世界中を旅してて今まで一度もないのか?」
 
 勇者は目を細め、癒されていく感覚に浸っている。
 
 「……ええはい。見た事ないどころか、存在すら初めて知りましたよ。あったら便利だなとは思ってましたが、ホントにあったんですね。」
 「一度もない?」
 
 回復魔法が当たり前のように身近に感じていた珖代は念入りに聞き返す。
 
 「はい。聞いたことあれば絶対に忘れないと思いますし、それだけ珍しいスキルなんだと思いますよ?」
 
 だんだんと回復していっていることもあり、勇者の口もだいぶ回るようになっていた。痩せこけた顔に生気が戻ってくる。
 
 珖代はこの世界の人に一度も回復魔法のことを聞いていないことを思い出しハッとなった。
 
 「そうか……。セバスさんにはケガを負った冒険者達の回復を任せたいと思っていたけど、大丈夫かなぁ。」
 
 今回のことで少なからずケガを負った冒険者達がいた。その人達の回復も任せようと考えていたが、回復魔法を使える犬の存在は余計な混乱を招くのでは? と悩んでいた。
 
 「──それはダメだ。」
 
 後ろから聞こえた渋い声に珖代は反射的に振り向いた。
 
 その正体はあごひげの似合う初老のダンディー
 
 「師匠! いつから其処に?」
 「ついさっきだ。お偉いさん方がもうじき下で会議を始めるつもりらしくてな、お前達の様子を見に来たつもりなんだがぁ……」
 
 ダットリーは後ろ手にドアを閉め鍵を掛けた。
 
 「事情を聞くまで、出す訳にはいかなくなった。」
 「どういうことですか。」
 「確かに、お前達やリズニアの後を追ってアンデッドと戦い、重症を負った冒険者なら何人かいる。回復させてやりたい気持ちは分かるが、どんな理由があろうとそれは認められない。」
 「どうしてですか師匠! 苦しんでる冒険者仲間がいるのに放っておけって言うんですか……?!」
 「ああ、そう言ってるんだ。なぜなら、回復魔法士は既に全滅している・・・・・・・・ことになっているからだ。」
 「全滅……って、ここにセバスさんがいるじゃないですか? 人を治すのにダメなんてこと、」
 
 師弟の話を傍から聞いていた勇者が割り込む。
 
 「全滅と思われていた回復魔法士が生きていた。それが世に知れ渡ってしまうことが危険だからですね。」
 
 だいぶ回復し調子の戻った洸たろうがベッドの背もたれ部分に腰を置いた。
 
 「ん? アンタも日本語を話せるのか。そうだ。キズを治す能力を持った小動物がいる。その事実が世界に知れ渡れば、このは世界中から狙われる事になる。」
 「そんな……。」
 「施しでもしてみようものなら、ウワサなんてあっという間に広がるぞ。喩え、親しい間柄の冒険者だろうと、悪気なくウワサを広めることだってあるんだ。どこから漏れるか分からない以上、この事は誰にも話すな。いいな。」
 「他には本当にいないんですか?」
 
 珖代の質問に対し、応え方を迷うダットリーは腕を組んだ。
 そこに勇者からの質問が飛ぶ。
 
 「居なくなった理由があった筈です。教えて頂けませんか?」
 
 ダットリーは渋々といった感じに壁に寄りかかり、重い口を開いた。
 
 「そもそも回復魔法を覚えられたのは、限られた一族だけだった。『傷付いた生物を魔力により迅速に治すことが出来る』。その特性により回復魔法士は戦の要として重宝されることが多く、全滅に拍車を掛けた要因は戦争だったと言われている。全滅に関しては諸説あり、製薬商会の陰謀説や魔族に攫われた説などがあるが、王族や貴族が全滅したというデタラメを流し、自分達で隠し持っているという説が濃厚だと俺は思っている。実際どうかは知らないがな。」
 「師匠詳しいんですね。」
 「ああ、この手の話は俺にとっても他人事じゃないからな。そうだな、こうだい覚えているか? いずれ時が来たらお前達の過去を聞かせてもらうと話したことを。」
 
 唐突に切り出された話に珖代は素直に応える。
 
 「はい。聞きたいということであれば話します、俺は。」
 
 既に、別世界から転移してきたことを話す心の準備は完了している。あとは他人に聞かれる心配だけだが、勇者は境遇の近い転生者であるので気にする必要もなかった。
 
 「『他人の過去に触れたくば、先んじて己が過去を明かせ。』これは、俺が生まれ育った場所での礼儀だ。だから、この街に来る以前の俺の過去をまずは聞いてくれまいか。」
 「師匠の過去ですか……? 是非に聞かせてください!」
 
 滅多に聞いたことの無いダットリーの過去を、本人から聞けるとあって珖代は食い気味にお願いした。
 
 それとは対照的に消極的な者もいる。
 
 「それは、僕も聞いて大丈夫なんでしょうか?」
 「流れだ。聞いていても咎めんさ。」
 
 それだけ言うと、ダットリーは静かに語りだした。
 これまでの過去と、この街にいる理由を──。
 

 
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 ---ダットリー視点---

 
 
 あいつは、由緒ある家の生まれだった。
 本流を抜けた分家の身分ではあったが、┠ 回復魔法 ┨を継ぐ彼女はレイティア家の名に恥じぬ回復魔法士ヒーラーになる運命を定められていた。
 
 そんな彼女に初めて逢ったのは、俺が冒険者として名を上げだした頃だ。
 
 
 「はじめまして、あっ、カオウだったかな?」
 「……かおう」
 
 
 透き通るようなブロンドの髪に吸い込まれそうな碧い瞳。
 最高水準のどんなシルクにも負けないくらい白い肌と柔らかな笑顔を振りまく少女に、言いしれない感情が湧いたの覚えている。今思えばあの時から……かもしれない。
 
 俺は彼女に近づく為に必死になってニホン語を覚えていたが、彼女からニホンのことを聞けたのは結婚が決まった後のことだった。
 
 どちらから言い出して結婚することになったのかは随分昔のことであまり覚えていない。ただ、冒険者仲間からは早過ぎるとか騙されていると止められたことはよく覚えている。
 
 反対ムードを押しのけて結婚した理由は幾つもあったが、彼女の境遇が一番大きかった。
 
 ヒーラーは十二歳になると協会から医療関係者パラメディカルとして軍の支援部隊に配属され、後方で傷付いた兵士を回復させる仕事につかされる。
 比較的安全な後方任務であってもそこは戦場。危険であることに変わりはない。
 
 それに、ヒーラーを先に潰しておくことは戦争において常套手段にも等しい。歴史が戦争を産むたびに自己防衛の乏(とぼ)しいヒーラー達は真っ先に狙われ命を落として死んでいく。ヒーラーにとって安全な場所など、ハナから存在しないのだ。
 
 だが彼女の役割は少し違かった。
 
 回復魔法士最強の一族、レイティア家に生まれながら神に選ばれた転生者でもある妻は、ヒーラーでありながら最前線に置かれ、敵を殺し仲間を癒す衛生騎士ファーストヒーラーと云う役職を与えられていた。
 
 その見た目と武力、回復能力は他を圧倒し、誰よりも返り血を浴びていた彼女は、戦場に咲く華のイメージからか【血染めのバラ】と呼ばれていた。
 
 俺としてはそんな妻を誇りに思っていたが同時に、辛くもあった──。
 

 
 「ねぇ、見てダン。協会から新しい制服もらっちゃった! 似合うかな?」
 
 
 深緑色の外套がいとうひるがえしながら彼女が笑顔の華を咲かせる。今日から妻はファーストヒーラーとなる。
 
 
 
 
 

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