異世界歩きはまだ早い

a little

第11話 珖代VS洸たろう Ⅰ

 ステンドグラスから溢れる淡く優しい光が、殺伐とした雰囲気の玉座の間を照らしていた。
 
 絵に書いたような真面目な騎士スケインは勇者洸たろうと共に悪魔のような元女神と戦った。
 
 勇者や女神と比べると、特筆すべき力のない男は『不死身の騎士』の名に恥じぬ粘りを見せた。
 
 自分の攻撃が届かないことを察すると、いかに洸たろうにチャンスを与えるのかを考え、邪魔にならないようにサポートに回りつつ、相手に隙を与えないような立ち回りを演じる。リズニアに何度吹き飛ばされようとも冷静に対処し、鎧が砕ければそれを脱ぎ捨て迷わず挑む。
 鋼の肉体と強靭な精神を持ちながら、なおかつ勇者と共に旅をしてきた彼だからこそ、勇者のクセを把握しながらとなりで戦えた。
 
 あの二人が現れるまでは──。
 
 「三対二です。二人がかりでリズニアを倒せなかったあなた方に勝ち目はありません。降参してください。」
 
 降伏を求める蝦藤(えびとう)薫にリズニアは異を唱えた。
 
 「カオリーン、ここからが面白いんですから止めないでくださいですよー。私にケンカを売ったことを後悔させてボッコボコ! です。」
 「リズ、ダメだよ。それはかなみ達がやる事じゃないでしょ。」
 
 城に来るまでの話し合いで、様々な人に迷惑をかけた勇者を街の人々の元に連れていくことになっている。
 勇者を糾弾するのは街の人々の役目。であれば必要以上に痛めつけるのは違う。
 
 「うー、でもー。」
 
 リズニアは頬を膨らませて不満を露わにするが、薫の笑みに背筋を震わせ、しぶしぶ了承した。
 
 「スケイン、さん……?」
 
 依然、戦う意志をみせる勇者を尻目にスケインは剣を下ろした。
 
 「洸たろう殿、もうやめにしませんか?」
 「何を言ってるんです?! 何のためにここまで準備してきたと思ってるんですか! ここでヤツを倒さなければ、この街でしてきたことの全てが無駄になるんですよ!」
 
 街で起きていた様々な被害、そのほぼ全てがこの日の為に勇者が仕掛けたもの。
 女神と面会を果たすために手段を選ばない方法で犯行に及んできたが、勇者も人の子。決して心が痛まなかったわけではない。
 ましてや、殺すか殺されるかの瀬戸際。今更引き下がれる訳がない。
 
 「女神殿の態度も言葉も、我々を挑発したいだけなのは火を見るより明らかです。聡明な貴殿なら分かっておいででしょう。」
 「……もういい。僕一人でも闘います。」
 
 騎士の必死の訴えも男には響かなかった。
 聖剣を強く握る。『勇者』という役目を果たすために──。
 
 「そこのお二人は、カクマルさんはともかく、ピタやトメを超えてきたのでしょう? どうだろう、勇者の仲間として共に世界を救う気はありませんか?」
 「ごめんなさい、お断りします。」
 「かなみは世界を救うなら珖代とがいい。」
 
 勇者は目を見開いた。
 なにもかもが自分より劣る男の何がいいのか……。
 
 「こうだい……? 喜久嶺珖代のことか? どうしてあんな貧弱で、たった一つしかスキルのないような男を選ぶんです? あんな男、生命(いのち)の軽いこんな世界じゃ簡単に死ぬぞ!? 」
 「見苦しいですよ、洸たろう。降参するつもりがないのなら──」
 「金ですか? ……それとも、あの男に弱みを握られてるとか? もしそうなら遠慮なく言ってください。僕は、勇者ですからね?」
 
 親切心の奥で勇者は目を濁らせる。
 それが三人を傷つける言葉だとは知らずに──。
 
 「こうだいをバカにしていいのは私だけです。知りもしない人にバカにされるのは……なんか、腹が立ちます。」
 「……うん。怒っていいと思う。」
 「あの方は自分の弱さを理解していてるからこそ他人に優しく出来る立派な人です。少しでも皆の役に立つ為に努力を重ねてきた人を、そんな言い方する資格が勇者にはあるんですか?」
 
 薫の言う通り珖代の努力は並々ならぬものだった。
 特にユールに来たばかりの頃は早朝に体力づくり、朝にクエスト、昼は言葉と異世界常識の勉強、夕方にはリズニアとの組み手、夜は酒場で情報収集と宿で意見交換、深夜には読み書きの勉強と一日の総復習──と、睡眠時間を極限まで削り努力を続けていた。
 
 弱いなら弱いなりに弱さを理解してやってきた珖代は、ギルドカードの数値が示した通りの"弱さ"を心得ている。
 負けることの知らない勇者がそれを理解することは困難だろう。
 
 「仲間になるつもりがないなら、三人まとめて相手してあげるよ。」
 「私一人倒せなかった洸たろうが? 冗談はよしこちゃんです。どうやって勝つつもりなんです?」
 「リズの言う通り。あなたじゃ万が一でも勝てない、降参してね。」
 「ふっ……降参? 僕は勇者だ……。世界を救うまで誰にも負ける訳にはいかないんだ。どんな強い敵も俺は超えてきた! だから、『理不尽』が俺の道を阻むならッ! それを超える圧倒的な『理不尽』でねじ伏せるだけだッッ!!」
 
 その時、手すりの欠けた大階段のど真ん中を上ってくる者が口を開いた。
 
 「『理不尽』には『理不尽』でねじ伏せるだぁ? 翻弄されて人生の幕を閉じたやつが、それを利用するとか悔しくねェのかよ。」
 「誰だっ!」
 「勇者なら、『理不尽』に抗ってみせろよぉ!!!!」
 
 喜久嶺(きくみね)珖代(こうだい)は、途中で拾った自分のオノを肩に担ぎ一喝した。
 
 「俺がテメェなら、そうする。」
 
 珖代が試練を乗り越えてやってきた事に、リズニアはぱっと明るい表情をする。薫は来る事が分かっていたように顔を見て頷く。かなみだけが珖代をみて怪訝な表情を浮かべていた。
 
 「珖代……?」
 「おめェらは下がってろ。このクズ野郎とは俺一人で闘わせてほしい。」
 
 男はただ一点を見つめながらゆっくりと勇者に近づいて行く。そのただならぬ様子に、他のみんなも異変を感じとった。
 
 「こ、こうだい、どうしたんですか。」
 「うるせぇ。……黙ってみてろ。」
 
 普段聞かない強い口調には、三人も思わず押し黙った。
 
 「角丸さんを期待した僕がバカでした、こんな人も止められないとは……。無能、無能無能無能。ほんっと、どいつもこいつも使えない、無能ばっかり。勇者に釣り合う仲間は、どこにいるんだ……!」
 
 洸たろうは自分の顔に爪を立てながら、後ろにいるスケインを睨む。睨まれたスケインは耐えかね視線を逸らした。
 
 そうこうしてる間に女性達が自然と道を開け、珖代の望む一対一の形となった。
 
 「勇者、俺はテメェのやり方が許せねェ。」
 「あー、街の人達に迷惑をかけたことでしょ? あれ実は、そこの女神の手段を選ばない方針を参考に、わざとやったことなんですよ。」
 「ンなことはどうでもいいんだよ。俺はな、勇者だなんだと持て囃されるのを分かっておきながら、謙遜しつつも自分の強さをさり気なくアピってくるテメェに腹が立った。なにが強すぎるあまり、『やっちゃいましたか……?』だよ。それはテメェが話聞いてなかっただけだろが! 荒野は日差しが強いにも拘らず、露出度の高いカッコーの女を両わきに侍らせて、『ギヒアードはどこですかぁ?』とかクエスト舐めてんのかァ? あと、どうでもいい男とは敬語のくせに、相手が女となるとタメ口になるあれはなんだよ。ユイリーちゃんと話してた時も無意識に距離を詰めてたよな。あのこなれてる感じがすげェムカツいた! 鈍感系の難聴系とか今どき流行んねェんだよぉ!!」
 
 勇者にオノを向け言いたいことを言いたいだけ吐く。
 誰もが予想だにしない珖代の吐露に、場が一瞬固まった。
 
 リズニアを除いて。
 
 「……それって、若干ブーメランってません?」
 「うるせェ! 黙ってみてろ!」
 
 まともな反論ひとつせず、強引にねじ伏せる。
 
 ブーメラン発言かどうかについては薫もかなみも多少心当たりがあったようで深めに頷いている。
 
 「兎に角、気に食わねェ。使命感にかられて動いているようで、結局周りに流されてるだけの主人公じみたお前が嫌いだ。なにより、周りに支えられて生きてるってことも知らねェようだしな。」
 「以前とは似ても似つかない、恐ろしいまでの変貌ぶり……まさか、お前が魔王の幹部なのか……?」
 「はァ?」
 
 勇者の質問には壊れた珖代もキョトンとする。一体、どうしてそんな結論に至るのか分からなかったようだ。
 
 「幹部であれば、女神族をも簡単に操るような術がある。……そうだろ?」
 
 見当違いもはなはだしい。
 
 珖代は気でも触れたかのようにオノを振り下ろした。勇者は聖剣でどうにかそれを受け止める。
 
 「『勇者』だからか? それとも『主人公』気取りだからか? 自分のやることいちいち正当化しねェとテメェは動けねェのかよ。なァ!!」
 「なにを……っ!」
 
 勇者が倒すべきかどうか逡巡している間に珖代が連撃を浴びせ畳み掛ける。しかし、決め手となるものは与えられず形勢はあっさりと逆転されていく。
 
 それを離れて見ていたかなみとリズニアが珖代について話を始めた。

 「どうしちゃったんだろう。珖代……あんな姿見たことないよ。」
 「魔素の不安定な場に長時間いたことが原因で、軽い精神異常状態に陥ってるんじゃないですかね? そうであれば、安静にすれば治るものだと思いますけど……。」
 「どうしてか┠ 威圧 ┨も使おうとしないし……。」
 「きっと確かめたいんじゃないですか? 目には見えない何かを。それがなんなのかは分からないですが、増長している勇者の鼻っ柱を折ってやりたいとか、単純に力試ししたいとか、思ってるんだと思いますです。違いますかね。」
 
 もしもの時でもすぐに助けにいける距離だった為に薫を含め三人は意外にも冷静に見守っていた。
 
 そして、二人の会話を聞いていた薫には別の可能性が思い当たった。
 
 「──《不条理叛逆ふじょうりはんぎゃく》。確か、そんな状態異常を珖代さんは持ってましたよね? もしかすると、それが何らかのタイミングで発動してしまったんじゃないでしょうか。相手に理不尽を強いたくないから┠ 威圧 ┨は使わない。そんな意思を感じます。」
 
 押され気味だった珖代が、徐々に勇者の癖を見極められるようになり、巻き返し始めた。小回りの効くオノが聖剣を掻い潜り、鎧にぶつかる。
 それが数度続くと珖代は距離とった。
 何故なら、鎧にはキズひとつついていなかったからだ。
 
 「お前が息巻くからにはさぞ強い武器かと警戒してみれば、なんだその斬れ味は。そんな武器じゃ俺には届かないぞ。」
 「ああ、だろうな。」
 「そうか。魔力がゼロだから斬れ味をあげることも出来ないのか。となればもう、┠ 威圧 ┨しかないんじゃないか?」
 
 洸たろうはそのスキルを知っている。
 睨みつけられたギヒアが動きを止め、気絶した光景を間近で見ていた。だからこそ、目の前にいる男の唯一警戒すべき能力だと意識し、戦う前から一切目を合わせないよう立ち回った。
 
 何度か目が合いそうな場面はあったが、合わせなければ┠ 威圧 ┨は発動しない。他に手段を持っているようにもみえない。
 だから負ける要素がない。そうして口元が緩む。
 

 だが、────男の行動に目を疑った。
 

 「こうだい……!? なにしてるんですか!!」
 
 珖代は自らのオノを腹に宛てがい刃を腹に押し込み始めたのだ。
 
 勿論、血が出る。痛みもある筈だ。それでも何かに取り憑かれたかのようにオノをグイグイと腹に食い込ませる。
 
 油汗をかいた顔を上げ、引きつった笑顔を勇者に向ける。
 
 「これで、斬れ味も少しは上がるだろうなァ。」
 「まさか、魔素を直接食わせてるのか……?!」
 「覚悟しろよ。魔力はねェが魔素ならいくらでも、ある……。」
 
 トクホークは魔力の吸収を抑えるオノではあるが魔素は・・・別だ。魔力を持たぬ珖代であっても、体内にはこの世界の食事を通して一定量の魔素が存在している。
 その蓄積された魔素を直接吸収させることで珖代は強引にトクホークの斬れ味を上げようと考えたのだ。
 
 大量の血が湯水のように地面に滴り落ちる。
 
 「うおおおおおお!」
 
 血溜まりを走り抜けて朱色に染まったオノを振るう。
 
 気迫に押され数瞬出遅れた勇者は、運悪くオノについた血を目に浴びてしまった。
 
 片目を潰され、不利となった勇者への猛攻は続く。
 
 何がここまで男を突き動かすのか、洸たろうには分からなかった。
 動く度に腹から血が噴き出すというのに一切止まる気配はない。それどころか、一手一手のスピードが上がっていく。痛みすら感じていないのだろうか。
 
 そうして、肩口へと攻撃が届いた。
 装飾の一部が欠ける。今度は腹に入る。鎧に大きな傷跡が残った。
 
 勇者は一度、距離をとる。
 鎧目掛けて来る攻撃は甘んじて受けていたが、このままでは鎧が持たなくなると判断したからだ。
 
 削られた部分を撫でて確かめる。鎧キズはかなり深く残っている。もう少しで肌に達するほどに。
 
 「無傷を誇った鎧がここまでやられるとは思いませんでしたよ。いいでしょう。あなたの覚悟に敬意を払って、僕の最大の力でもって終わらせます。魔力回峰かいほう──挑んだことを後悔だけはしないでくださいね。」
 
 勇者に青い炎が燃え盛る。それと共に突風が城内に吹き荒れる。
 やがて風が止み、炎が淡い光に変わり勇者を包み込んでいく。
 
 「【魔響神行まきょうしんぎょう】……ん?」
 
 珖代がふらつきながらオノを支えに膝をついた。気持ちと身体が離れ始めている。
 
 「血を流し過ぎましたね。折角本気で挑もうとしたのに、残念です。こんな終わり方なんて。」
 
 勇者は寂しげな目を向けると音もなく珖代に肉薄した。
 しかし、それ以上は動かなかった。──否、動けなかった。
 
 同じ速度で動く二つの線に阻まれたのだ。
 
 一人は元女神リズニア。彼女のレベルを考えればついて来れるのは分かる。しかし、もう一人は気にも留めていなかった少女。
 その秘密を探る為にステータスをのぞき見ようとするが、洸たろうは顔を歪めた。
 
 ┠ 超解析 ┨を持つにも関わらずステータス、名前、レベル、スキルが何一つ視えない。全て頭に靄(もや)がかかったようになる。
 
 「キミは、何者なんだ……?」
 「どけェ……こいつは、俺が……勝たないと……」
 
 何かを伝えようとした珖代だが、耐えきれず意識を手放した。
 
 「「こうだい!」」
 
 原因は出血多量によるもの。
 
 薫が倒れた珖代を抱きかかえて呼吸を確かめる。
 
 「かなみ、珖代さんを連れてセバスちゃんの所にお願い!」
 「でも、」
 「セバスちゃんとお話出来るのはかなみだけでしょ。だからお願い。」
 
 回復魔法を持つセントバーナードのセバスなら、珖代を助けられると薫は判断したのだ。唯一セバスと会話が可能なかなみは力強くあごを引いた。
 
 「それとリズニア、かなみ一人じゃ大変だからあなたが珖代さんをおぶってあげて。」
 「薫さん、でもそれだと、」
 「私の事は大丈夫。目的は果たします。」
 「分かりました。気を付けて下さいね。」
 
 リズニアが珖代を担ぎ、かなみと共にセバスの元に向かった。
 
 「あれだけ血を流していたら喜久嶺さんは助かりそうにないですがね。」
 「水戸さん、……賭けをしませんか? あなたの全力を私が受け止められるかという賭けです。」
 「全力を?」
 「はい。私のステータスを見てもらえばわかると思います。」
 「なるほど。それで、何を賭けるんですか?」
 「私が負けたら、私のことをすきに使ってくれて構いません。ですが、私が勝ったら話を聞いてもらいます。嘘偽りのない真実を。」
 
 洸たろうとしては、女神とあの男を逃がしたくない気持ちがあった。だが、それ以上にその賭けはどちらに転んでも魅力的に思えた。
 
 リズニアの強さの秘密、珖代の変貌ぶり、あの少女の正体。他にも知りたい事は山ほどある。
 
 「──いいでしょう、乗りました。┠ 自動反撃オートカウンター ┨なる妙技、一撃で崩壊させてあげます。」
 
 高めた魔力が聖剣に渦巻き大きな光の柱を形成する。
 

 勇者は容赦ない一撃を放つと薫に宣言した。
 

 それに無言で応え、腰を落とし構える薫。
 

 懇親の一撃。
 

 その全てが薫に降り注ぐ。
 

 凄まじい衝撃は城全体に亀裂を生み、全てのステンドグラスを跡形も無く吹き飛とばした──。
 
 

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