異世界歩きはまだ早い

a little

第七話 希望になるべき存在

 勇者一行がクエストを受けられないように、取り締まったばっかりに、街ではあらゆる被害が出てしまった。
 
 ひとつ、ハーフ魔牛達の排除。街の外に放牧されているが故に勇者は魔物だと勘違いして殺してしまったのだろう。
 あの魔牛達はこの街の人達にとって欠かせない存在だ。
 栄養満点の牛乳は臭みが少なく飲みやすくユールに住む人達は大人から子供まで愛飲している。更にハーフ魔牛のステーキは、住民達のソールフードと言っても過言ではない。
 全滅した訳ではなくとも数を減らされたと知れば、街の人々が怒るのも確かだ。
 普通の冒険者であれば、魔物とハーフ魔牛の違いくらい容易につくので、勇者の仕業と見て間違いないだろう。
 あとはチョイチョイが無事だといいのだが……。
 
 
 ふたつ、薬草の採取。これに関しては俺も知らなかったことだが薬草は根っこから抜いてはいけないらしい。確かに、根っこにはキズの回復を早めてくれる成分が多く含まれているそうだが、全部抜くと生えてこなくなる。
 この乾燥した辺境の地では、ごく一部の限られた場所にしか薬草は生えていない。その貴重さ故に、一つ一つが丁寧に人の手で管理されていてるほどだ。
 弟子ーズとして薬草の水やりや土換え、虫払いなどの仕事を受けた覚えがあるが、地味に大変な仕事だったことを覚えている。それだけ貴重なものを抜いたとあれば住民や冒険者が憤りを感じるのは当然だろう。
 
 今は状況証拠しかないが、勇者が絡んでいるとみてほぼ間違いないだろう。……が、やはり確証に乏しい。もう少し情報を集める必要があるな。

 
 みっつ、そもそもの原因である依頼の枯渇。大量の依頼を勇者がこなした所為で、仕事の無くなった冒険者達がきのこ狩りに流れてきた。
 きのこ狩り推奨派としては複雑な気持ちだったが、冒険者達は依頼が回ってこなかったことに少なからず不満を抱いていた。勇者が原因であることはギルドマスターとの話し合いで伏せておく方針で決まっていたが、どこからか噂が広がってしまっていたようだ。
 まあ、あれだけ目立つ色黒大男が受けに来ていたのだから、隠すのも無理な話だ。
  
 どういった考えの元に行動しているのか分からないが、きっと勇者本人はそれらが悪い事だとは思っていない。寧ろ、良い行いをしようと行動した結果が裏目に出てしまっているだけな気さえする。
 
 ちなみに万能草が抜かれていた件についてはというと……勇者は悪くない。
 何故かって? それは、謎の病に侵されたかなみちゃんを治す為に俺とリズとセバスさんで勝手に引っこ抜いてきたやつだからだ。
 勇者に対して怒りをあらわにする住民達に、そのことは話せそうにない。それに当時はそれが悪い事だと知らなかったし、抜いた事は今まで忘れていたのだから、話さなくてもいい……ような。
 
 「このままだとイザナイダケもまずいぜ。」
 「どうマズいんだ?」
 「そりゃお前、イザナイダケっていやぁ……あれだろ。なあ?」
 「……そうか。あれだな、マズいな。」
 
 話を振った男の人が言いづらいそうにしているのをみて、太った男性は何かを悟った。なんだろうか。
 
 「確か、大国のほとんどが輸入を禁止してるんだよな……。」
 「粉浴びただけで、幻覚を見るようなきのこだからな。勇者が気づいちまったら……絶対、消されるぞ!」
 
 勇者がこれ以上罪を重ねないとは誰も言っていない。もし次に、何かをしでかすとしたらこの人達の言う通りイザナイダケの一掃の可能性は十分にありえる。
 万能草のことばかり考えていてその可能性を完全に失念していた。
 
 マズい事態だ。
 ただ、成分によって幻覚を見るかどうかは個人差がある。きのこを生で食べる文化がこの世界にもあるそうだが、イザナイダケは毒性も多少あるので生で食べるのは危険。火を通せば毒性も幻覚作用も消え、安心して食せるが輸出されているイザナイダケがどのように食されているかまでは俺も分からない。
 勇者が危険だと判断した場合は、狩り場そのものが破壊されることもありえる。そうなればイザナイダケを ユール の特産品化させる計画も破綻してしまう。
 
 ──あと一歩の所まで来たんだ。ここでやられる訳にはいかない。絶対に阻止しなければ。
 
 「なぁコーダイ! お前達ならなんとか勇者を止められるんじゃないか!?」
 「俺達、ですか……?」
 「そうだコウダイ! この街を豊かにしてくれたお前と、とびきり強いかなみちゃんならできないこともねぇだろ!?」
 「魔物達の襲撃からこの街を守ってくれたあの子なら、勇者にも勝てるんでは?」
 
 この街に住む者ならかなみちゃんの強さをよく知っている。
 
 半年ほど前、大量の魔物が群れを成してユールを襲撃しに来た事があった。そのとき街を救ったのがかなみちゃんなのだ。
 
 当時は街を救ったかなみちゃんを『救世主』や『天使』や『俺達の娘』なんて呼ぶ人が多かったが、今は『みんなのかなみちゃん』ということで落ち着いている。
 元を辿れば、リズが依頼でアホやらかしたのが原因だったりするので、かなみちゃんはリズの尻拭いをしただけだったりするのだが。
 真実は誰も知らない方がいい。というか、これもこの人達には言えないな……。
 
 「私からも頼むわコウダイ。」
 「コーダイ! 俺達の恨みを晴らしてくれ!」
 「むしろ連れてきてくれ! 俺が説教くれたらぁ!」
 「そうだ、説教してやる!」
 「そうは言われても、勇者が今どこにいるかも分からないですし、俺達以外にも頼れる偉い人は沢山いるじゃないですか。」
 「──いの一番に頼られるのも、仕方ないことだと諦めるんだな。」
 
 後から聞き覚えのある声がする。それも日本語で。
 
 振り返ると、ギルドにいたハズの師匠が何故かそこにいた。
 
 「師匠!? いつからそこに!」
 「今さっきだ。お前のことだから悩んでいるんじゃないかと思ってな。」
 
 師匠は会話の内容を全部聞いていたかのように微笑んだ。そして言葉を続ける。
 
 「お前達はこの街に住む連中からの信用を大きく得てしまっている。それもこれも、街の為に尽力を尽くしてきたお前達の姿を皆(みな)が見てきているからだ。小さかろうが大きかろうが関係なく、お前やお前の仲間はそれが街の為になるならばと、行動してきた筈だ。それに迷いはあったか? 諦めることがあったか? 俺達は、街を発展させてくれたことを知っている。変わったおもちゃの娯楽を世代問わず広めたことも知っている。観光客を増やし、ユールの魅力に気付かせてくれたことも知っている。朝食という文化を根付かせ、人々に活力を与えてくれたことも知っている。新たな地下水脈を発見し、慢性的な水不足を解消してくれたことも知っている。身寄りのない子供たちを雇った上に、文字の読み書きを教えていることも知っている。魔族の脅威を退けたことも、この街に住む者ならみんなが知っている。今さら、期待に応えるのをやめるのか?」
 
 師匠は悪い笑顔みせる。ずるい人だ。
 
 「ですが師匠、そういう苦情はやはり領主や町長に解決してもらう方がいいと思います。」
 
 勇者をリズと闘わせることはほぼ決まっていると言っていい。しかし、勇者が今までに迷惑をかけてきたことで生じた損害の補償なんかは、領主や専門家に頼んだ方がいい。さすがのかなみちゃんも門外漢だし。
 
 「コーダイ。お前達のせいで俺の商店はすっかり忙しくなっちまった。以前は、からっきしだったってのにどうしてくれるんだ。」
 「俺なんか朝食のせいで、朝から元気に働けるようになっちまったよ。」
 「ウチの子達なんか、カルタにハマって文字の勉強を自主的に始めたわよ。」
 「冒険者として立ち寄っただけなのに、居心地が良すぎて街から出られなくなった。どうしてくれる。」
 
 あからさまに辛そうな態度をとるが、話の内容と態度が合わない。
 
 「いや、でも、俺達だって街の人達に良くしてもらってますし、迷惑もたくさんかけてますから……。」
 
 かけた迷惑の中には伝えられていないこともいっぱいある。……いっぱいだ。
 
 「お前達のおかげで俺達も随分ワガママになった。だから頼らさせてくれ。な?」
 
 そう言いながら笑い、肩を組んでくる。おっさんのヒゲがごわっとする。
 
 「ここに連れてくるだけでいい。その後は俺達に任せりゃいいからさっ。」
 「きっちりとっ捕まえて連れてきてくれよ!」
 
 小さい少女までが俺にエールを送ってきた。
 
 「コーダイ達なら出来る。頑張って!」
 「ぅ……」
 
 
 信用してもらっていることは有難いが、結局はいいようにこき使われてるだけな気がしてならないような……。
 
 「こうだい、動くなら今じゃないのか? この街では騒がせてばかりいる勇者も、世界から見てみれば大切な正義の財産だ。たくさんの種族が勇者の救いを待ち望んでいることだろう。今のお前が、皆に頼られているように。」
 
 ……そうだ。
 師匠の言う通りだ。
 
 ──これはただの勇者と街の問題じゃない。『勇者』とは、人々にとっての希望になるべき存在だ。その勇者をこの街に留まらせることは世界の為にならない。決着は早急に着けるべきなんだ。
 
 「分かりました。俺が勇者を連れてきます。」
 
 リズへの復讐がどうとか、それを利用してやろうとかそんなものはどうでもいい事だった。
 街の損害以前に、勇者がこのままでいる方が世界にとって大きな損害だった。どうして今までその事に気付かなかったのか。
 
 「お前が焦る必要も責任を感じる必要もない。全ては勇者の責任だ。こうしている間にも奴なら救えた命があったかもしれない。止められた武力衝突があったのかもしれない。つまらないことで意地になっている勇者の目を醒させてやれ。勇者であるという責任を自覚させてこう言ってやれ。 お前がいるべきなのはこんな“平和な街”じゃないってな。頼んだぞこうだい。」
 「はいッ!」
 
 いつの間にやら集まっていた大勢の人に見送られながら俺は歩いた。
 
 
 
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 
 
 
 やはり師匠はすごい。
 
 ダットリー師匠は以前、この問題はお前に掛かっている、決断は早めにしろと言ってくれていた。
 
 その時既に、師匠は分かっていたのだろう。勇者という立場をほっぽり出してまでこの街にリズを探しに来たという事は、それだけ大きな事情があるのではないかと。
 
 師匠には見ただけで、相手を理解出来る能力があるように思える瞬間がある。
 聞いてもそんな能力は持っていないと言うし、素振りも見せようとしないが、不自然な程に俺達のことを理解してくれていることが多い。
 さっきも、話し合いの途中から入ってきたのにも関わらず、まるで最初からいたかのように話を合わせてきた。
 
 何故かは知らないが、能力のことを俺達に明かすつもりは無いみたいだ。
 
 能力を使用していたとすれば、俺の考えも見抜いていた訳だから、この問題が俺に掛かっていると言ったのも頷ける。
 
 それに師匠は一度、勇者とも対面している。
 その能力によって、勇者が簡単に諦めて帰るような男ではないことに気付いたハズだ。となると、勇者以上に勇者の在り方を考えている師匠とって、この問題の深刻さは誰よりも早く悟れたことだろう。
 
 リズと勇者の関係をどこまで気付いていたのかは分からない。
 それでも、敢えて俺に期限を与えるような言い方をしたのは、俺達が解決しなきゃいけない問題だと判断したからだと思われる。
 
 師匠は俺に気づいて欲しかったんだ。『勇者』という肩書きを持つ者がいるべき場所は、ここではないという事実に。
 
 でも俺は、師匠に言われるまで考えもつかなかった。
 
 もっと視野を広く持たないといけない。反省しないといけない。
 上手くいっている時こそ慎重にならなねば。それこそ命に関わるようなことがあってからでは遅いのだから。
 
 
 よし、切り替えて次だ。薬草を根っこから抜いた犯人が勇者なのか確かめておきたい。
 
 〈諜報機関れいザらス〉に頼るのも悪くない話だが、正確な情報を待っていたら日が暮れしまう。それより自力で聞き込みをした方が早いだろう。
 
 その為にまず、道具屋に寄る。
 
 勇者達が、アイテムを仕舞うスキル┠ 収納世界 ┨などを持っていない限り、大量の薬草は少しでも売りたいと考えるハズだ。
 
 それならば薬草を抜いた所を見た人を探すより、薬草を売りに来たかどうかを道具屋の人に聞いて回る方が確実だ。
 
 この街にある道具屋は二軒のみ。
 一軒目の大通りに面した道具屋はハズレだった。
 だが、少し路地を行った所にある道具屋に大量の薬草を売りに来た人物がいた事が分かった。
 
 誰が売りに来たのかを店主に訊くと、個人情報だから話せないと言われた。それでも俺が引き下がらずに訊き続けた結果、持ってきたのは小さな女の子と、上品な少女であったことを教えてもらえた。
 
 それだけで十分な確証が得られる。
 小さな女の子というのはピタで、上品な少女はトメに違いない。
 
 勇者のパーティーメンバーである二人が売りに来たのなら、必然的に薬草を抜いたのは勇者達ということの裏ずけになる。
 
 これで調べておきたい事は確かめ終わった。たまにはこうして諜報部隊に頼らず、自分で探すのも悪くないな。
 
 一度、家に帰ろう。みんなと相談しなければいけないことがたくさん出来た。
 
 

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