異世界歩きはまだ早い
第五話 真の目的は他にある
二人と一匹で家に帰ると既にみんなが集まっていた。
それだけではなく金髪オールバックの男、レイが何故かいた。
「レイ、どうしてお前がここにいるんだ?」
「お嬢が、れいザらスの支部がある地域に電力施設の設置を計画してるんだが、そこの領主との交渉がなかなかに難航していてだな、代わりに勇者の情報を集めて来てほしいと頼まれたんだ。」
「そうか、それはありがたい。今日の会議の意味は知ってるか。」
「ああ、分かっている。」
お嬢というのは、レイ率いる元盗賊団四百人と中島さんが呼称しているかなみちゃんの愛称であり、役職みたいなもの。
……役職、では無いか。
かなみちゃんがれいザらスの件で最近忙しそうにしていたのは知っていた。それに中島さんが忙しいらしい。
元盗賊でレイの親友にあたる本部長エンが、店舗数拡大の為に色んな場所に交渉に赴くようになってから、おもちゃ屋れいザらスの店長である中島さんが、時々裏の仕事も代理で行うようになったとか。
従業員は四百人を超えているというのに今も人手はギリギリの状況だというし、俺の想像を超える忙しさなのだろう。
そんな状態にあるにも関わらず仲間達全員に招集をかけたのは、そういう決まりになっているからだ。
『緊急会議は必ず全員が参加すべし。』どれだけ忙しくなろうともそれだけは守るというのが俺達パーティーの決まりだ。
今回は俺の独断で開いた会議なわけだから、忙しくて来れないとの事であれば別日に回しても構わなかったが──。
とにかく、急な呼び出しに集まってくれたことにまず感謝を述べて会議は始まった。
議題内容はもちろん、勇者について。
まずは、みんなの持っている情報をすり合わせて、意見交換の場を作っていく。皆が平等に意見を言える場でないといけないので知る限りの情報をだしてもらう。とはいえ、勇者に実際に会ったのはこの中だと俺だけだ。
俺は勇者の見た目が金髪碧眼の爽やかな青年であることや、以前のリズに匹敵する実力を持ち合わせていることや、リズに本気で殺意を抱いている理由や仲間達もそれなりの手練であること、更には勇者が街のクエストをこなし過ぎて問題になっていることなどを話した。
一方リズは、勇者と勇者の持つ聖剣の特徴ついての情報を皆に語った。その中に俺の知らない情報はほとんどなかった。
聖剣がたまたま勇者を主に選び、勇者は聖剣の力を発揮出来る関係にあることぐらいだ。
「レイさん、貴方からの情報はありまフか」
一応、議長ということになっているリズが話を振った。
「そうだな、まずは勇者の遍歴から話そう。」
そう言ってレイは手に持ったメモを読み出した。
「〖聖剣の勇者〗、本名『水戸洸たろう』17歳。出身、家族構成ともに不明。高位魔法学校をたった一年という異例のスピードで卒業後、〈法王神国セラスティア〉で六代目聖剣使いに選ばれたことを表明。その後、極院魔法学校に籍を置きながら、ハーキスの内戦、ユミズの内戦に赴き、それを終結に導く。更に魔族からレーヴァテインの奪還及び、魔王幹部六座頭が一角、アルガッソの討伐に成功。記憶に新しいところだと、魔族領との境界線にある連合軍最前線基地を剣圧だけで守り抜いたという噂はこの街まで届いている。」
「短期間によくそれだけの情報を集めたな。」
「お嬢はこうなる事を予期して二日前に頼みに来ていたからな。それなりに情報は仕入れてある。」
それでも十分に早い。流石は諜報組織のボスを名乗っているだけのとこはある。
情報もおそらく正確だろう。
この事態を予測していたかなみちゃんもすごい。
にしても勇者の遍歴? がイマイチ良く分からない。一度聞いただけでは何を言っているのか分からない事ばかりだが、とにかくすごいということだけはわかった。
同じ一年半でも、威圧の修行と言葉の勉強しかしていない俺とは経験の濃さが違う。
「確かに必要にはなるかなーとは思ってたけど、かなみもこんなことになるとは想像もしてなかったよ。」
「それとお嬢、ヤツの仲間達の情報についても補足を入れさせてもらいますよ。少数精鋭を心掛けるあの勇者は実力の足りない者や、大怪我を負った者はすぐに戦力外とみなし、入れ替えているそうだ。現時点での仲間は四人いるが、ドワーフ族の〖ダガー使いピタ〗とハーキサス家ご令嬢で〖高位魔法士のトメ〗と勇者と同じく出身地不明の〖石化のカクマル〗の三人までは判明している。」
「珖代はもう一人とも会ってるんだよね?」
と、かなみちゃんからの質問。
「うん、ゴツめの甲冑を着た誠実で真面目そうな騎士のおじさんだよ。確か名前は、スケインだったかな。」
「そのスケインさんという方も、他の方々と同等クラスの手練であると考えていいですね。」
「おそらくな。」
薫さんの質問にレイが答えた。
薫さんの言う通りだ。選りすぐりの仲間達だとしたら、スケインという男も充分警戒すべきだろう。
「その人ならたぶん会ったことがあります。最近よくレクムに訪れてはお客さんやデネントさんにクズニアさんのことを聞いて回ってました。」
レクムで働く薫さんだからこそ知っていたのだろう。
それにしてもかなり近い所まで迫ってきている……。リズの居場所がバレるのも時間の問題かもしれない。
「それで、デネントさんはなんと?」
「知らないと答えてくれました。」
「そうですか。あとでお礼を言わなきゃですね。」
ダットリー師匠やユイリーちゃんと同じように、デネントさんにも正体は隠してきた。
たとえお世話になっている人達であっても、巻き込みたくないので話せていないが情報を売らない人達、何も聞かずに守ってくれる人達に巡り会えたことに感謝しかない。
俺達は周りに恵まれてるな……。
「向こうは勇者を含めて五人と考えていいんでフね?」
「そうだな。あんたの言う通り他に仲間がいる可能性は低い。だから三日もあれば、もう一人の男の情報も仕入れておこう。」
相変わらず目付きの悪い男だが、正確な情報は期待できる。数日待ってみる価値はありそうだ。
「あのー、珖代さん。一つよろしいですか?」
「はい。なんでしょうか。」
中島さんが手を挙げて俺に話し掛けてきた。何か質問があるみたいだ。
「珖代さんがしてくれた説明の中で、男二人は勇者の護衛である聞いて思ったんですが、護衛なら何故勇者の傍に居なかったんですか? そもそも、実力のある勇者に護衛の存在は必要なんでしょうか。」
「言われてみればそうですね。……勇者の嘘、とかですかね。」
「本当は勇者の監視役とかかな? 勇者をどこからか見てて、間違ったことをしないように監視してるとか。」
かなみちゃんの推測にリズが物申した。
「それなら私を殺しに来るところから時間の無駄ですから監視の意味が無いでフよ。依頼の件もそのままにはしないと思いまフし。」
「あ、そっか。そうだよねぇ……。レイはどう思う?」
かなみちゃんがレイに振るとレイが目をキョロキョロさせ始めた。
「お、俺ですか? ……特に考えていなかったんで、あとででもいいですか……?」
「ちゃんと考えるように。」
「すいません…!」
レイは握り拳を地面につけてしっかりと謝った。上下関係がハッキリと見えてくる。かなみちゃんは相当慕われている。俺も多少は慕われるだけの事をレイ達にしてはきたが、かなみちゃんは次元が違うようだ。
次に薫さんが話始める。
「推測ですが、その二人は勇者の身分を証明する立場ではないでしょうか。彼らが街中で勇者の存在を知らしめたことによって、民衆は勇者がやって来たことを信じたわけですし、街の外で会った時には単純に必要が無かった。と考えると辻褄が合うような気がします。」
薫さんの言う通り、勇者の存在を明かしたのはカクマルとスケインであることに間違はいない。
街の人達をひれ伏せさせる決め手になったのは紋章付きの盾だった。あれを取り出し、口上を建てたのはあの二人だ。
薫さんのその読みはあながち外れていないように思える。
「それが一番妥当でフかねぇ。」
「紋章付きの盾は勇者が持ってた訳じゃないから、たぶんそうかもしれませんね。」
「待て、紋章付きの盾と言ったか? どんな紋章の盾だった。」
何か思い当たることでもあるのか、レイが目を大きくして聞いてきた。
「えーと、悪いけどどんな物かまでは覚えてない。模様以外は普通の盾だったし。」
「よく思い出してくれ。残り一人を特定するのに大きな情報だ。それがダメそうなら、他に、引っかかることはなかったか。」
引っかかること……。引っかかること。
あの時記憶を引っ張り出して探してみる。
あの時にはあって、今出てきた情報の中にはないもの。
「そう言えば、どっかの公爵だってアピールしてたな。」
「そうか。公爵位か。あの勇者に公爵位を賜ったのはとある小国ひとつだけだ。それをわざわざアピールしてくるという事は、その騎士はおそらく、小国から派遣された者である可能性が高いぞ。こりゃあ、今夜中にもスケインの情報が入手出来そうだ。」
「自国の宣伝活動の為に勇者を利用しているということですか。」
「国から派遣された騎士だとすれば強さに疑う余地はなさそうですね。」
レイの推測を後押しするように薫さん、中島さんと続いた。
もし三人の言う通りなら、勇者と護衛は利用し合う関係あるのかもしれない。
「じゃあぎちょー、そろそろ本題に移ろうよ。」
かなみちゃんはそう言って議長に確認をとる。
普段の会議ではぎちょーとのやり取りを楽しむかなみちゃんであるが、今日はレイがいるためか、やるつもりはないらしい。
「質問がなければ次に。……無さそうでフね。こうだい、お願いします。」
「了解。さっきも話した通り、勇者はリズに会うまでクエストを受け続けるつもりです。ギルドも何らかの対処はするとは思いますが、これ以上街の人達に迷惑をかける訳にはいかない。隠れて帰ってくれるまでやり過ごすのはダメだと思います。」
リズをじーっと見ながら言った。
「そうは言われましても、具体的にはどうするんでフ?」
「勇者と闘う。それしかないだろ。」
薫さんが心配そうに聞いてくる。
「話し合いでは解決出来ないんでしょうか?」
「勇者の決意は本物ですよ。なんせ、斎藤貫のやつが勇者にリズの悪行を全部話しちゃってるみたいですから……。」
「あのストーカーがでフか!?」
「そうだったんですか。」
リズの反応の方が薫さんより早かった。俺が黒幕と呼ぶようにリズの中ではストーカーで定着している。
「あの人なら知っててもおかしくないもんね……。」
「あの、誰なんでしょうかその人。」
「そっか中島さんは知らないか。俺達が死んだあとに転生したみたいで、あのトラック事故を知っている数少ない人物です。」
「怪しい人だとは思っていましたが、まさかここまでしてくるとは。」
冷静に言う薫さん。
「きき、きっと、仲間に入れてもらえなかったことを、私にフラれたと勘違いして、その復讐をフる為に勇者をけしかけたんでフね! ああ恐ろしやっ!」
リズがガタガタと震えだした。
それを見てセバスさんが鼻を鳴らす。
ざまぁない。と嘲るそんな鼻息。
「落ち着け、それは考え過ぎだ。今回のことは半分自業自得な訳だし、遅かれ早かれこうなってた。」
勇者は自分のような犠牲者が出ないように悪魔を成敗しに来てると言っていた。まあ、復讐心も多少はあった筈だ。
その心を隠しているつもりのか自分では気づいていないのかは定かではないが、交渉出来るとは思えない。
「あの勇者もまあまあ忙しい筈なのに、街に留まり続けるってのは異常な執念を感じるな。」
「もしかして、リズニアさんをおびき出す為に、過剰にクエストをこなしてたり……って、それはさすがにないですよね。すいません。」
手を頭の上に置いて中島さんが恥ずかしそうに謝る。
「どうであれリズには闘ってもらいたい。」
「今のリズじゃたぶん勝てないよね?」
「そう。だから、本格的に痩せてもらおうと思う。勇者に勝つためにリズにはダイエットをしてもらうっ! 」
「あまり時間は無いですけど、クズニアさんが今から痩せられますか?」
「……一週間。一週間もくれれば出会った頃の私に戻れまフよ。」
リズがやる気になってくれた……!
「本当か!? どうすればそんな短期間に出来る!」
「剣の修行を一週間も続ければ生まれ変わるでフ。でも、意味があるんでしょうか……?」
「何言ってんだ、お前だけが頼りなんだから一週間くらい待つよ!」
「そうだ、あんたが闘うことに意味がある。勇者を止められるのはあんただけっ!……かもしれない。」
「かなみもこれはリズにしか出来ない事だと思う! ……たぶん。だから頑張って痩せよう!」
「や、や痩せて、勇者に勝てればリズニアさんは街のヒーローですよ! ……がんばればですが。」
「クズニアさんなら痩せられると私も信じてますよ。……(にっこり)」
「バウ……バウ。」
「皆さん……。そうでフよね。闘うしかないなら、勝つために痩せるしかないフよね! 私、痩せまフでフ!」
「ああ、その意気だ! リズ!」
────掛かった。
自分の口角が上がるのを感じる。
この緊急会議の真の目的は他にある。
それは『リズに痩せる決意をさせること』だ。
正直、あの程度の勇者ならかなみちゃんに頼めば、大概解決に至る。
勇者がやって来た当初、忙しいかなみちゃんにこの問題を丸投げするのは正直酷だと思っていた。かなみちゃんに極力頼らずにこれを解決されるにはどうしたら良いか。方法を考え続けた結果、『勇者の復讐を利用し、リズを痩せさせ解決させる。』という一石二鳥の計画を思いついたのだ。
そして計画通り事は上手くいった。
おだてられると木に登るタイプの元女神さんはわかり易くて助かる。
この緊急会議では既に、リズ以外のみんなに本当の計画のことを伝えてから集まってもらっている。
来ると思わなかったレイには、会議の直前に本当の計画を理解しているのか問い質し、分かっていると答えてくれた。かなみちゃんが事前に話してくれていたのだろう。お陰でいい後押しななった。
この計画の欠点は時間が足りない点くらいだ。
リズが痩せるまでに勇者がいなくなってしまえば、リズのやる気もなくなってしまう。さらに勇者がギルドに迷惑をかけたせいで、早めに解決しなければならなくなった。
リズが痩せるための時間稼ぎもいくつか考えていたが、一週間もあれば痩せられるというのは重畳(ちょうじょう)だ。
あと一週間は勇者が帰らないように根を回しながら、かつギルドに迷惑をかけないように手を打たなければ。
「はぁあ、どこかに私の全力を食らっても、平気で弾いてくれるような修行相手はいないでフなかねぇ……チラッチラッ。」
そんな人は┠ 自動反撃 ┨のスキルを持っている薫さんしかいない。当の薫さんは嫌そうな顔をしているが。
「薫さん、今はレクムに通うのも危険ですから休んで、リズに痩せるための修行をつけてやってくれませんか? 」
「でも、店が回らなくなってしまいますし……。」
ユールの観光地化が進み、レクムのお客さんも増えた。薫さんは自分が休んでしまったら店が回らなくなる事を心配している。
「かなみが料理の出来るカラクリ兵を増員させておくよ。だからお母さんはリズに修行をつけてあげて?」
カラクリ兵というのは、かなみちゃんがリズから貰った人工召喚石で呼び出しているおもちゃの兵隊達だ。
本来は戦闘用のカラクリではあるが、かなみちゃんはレクムの給仕として五体使役している。今度は料理が出来るカラクリ兵を使役するつもりなのだろう。
「分かりました。一週間だけですからね。」
「さっフがカオリン! 話わかるぅ! 明日からお願いしまフね!」
今日から頑張ってくれ……と言いたいところだが、本人がやる気を出しているので水は刺さずにおこう。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
---別視点---
珖代達の会議から三日後。
大層な鎧を着込んだ男、スケインは勇者を連れてレクムに来ていた。
レクムではカラクリ兵たちが忙しなく働いている。尤(もっと)も、注文は取れないので、そこは店の長男坊レクムと次男坊エナムの仕事になる。
「何度も言うけどあたしは、リズニアなんてこれっぽっちも知らないからね。客の迷惑になる事はやめとくれよ。」
店の女主人デネントは客でもない彼らを追い払おうとした。だが今日は珍しく勇者も来ている。
勇者はスケインの前に出た。
「僕の護衛が度重なる無礼を働いたことは謝罪します。しかし今日は客として美味しいご飯を頂きに来ました。席に案内していただけると嬉しいのですが。」
「そうかい……。それなら空いてるところに適当に座りな。」
「ありがとうございます。」
勇者はデネントにお礼を告げながら、厨房の様子を何度も確認していた。
その日の夜。
ゴミ出しの準備をするデネントの夫の元に男が通りかかった。
「おや、店主、偶然ですね。ゴミ出しですか。」
それは昼間よりラフな格好をした勇者だった。
「ああ、これは勇者さまっ。私の料理はお口に合いましたか……?」
店主はわざわざ手を止めて聞いてきた。
「ええ、たいへん美味しかったですよ。それより、リズニアさんに忘れ物を届けたいんですが、居場所を知っている方はご存知ありませんか?」
「ええ、それならキークさんって方なら知っていると思いますよ。」
 
勇者は少し目を見開くと、笑顔でお礼をしてその場を去った。
「なるほど、やっぱり彼が関わってたか。」
一人歩く勇者は静かにそう呟き、ニヤリと口角をあげた。
それが珖代の仕掛けた時間稼ぎであることも知らずに──。
それだけではなく金髪オールバックの男、レイが何故かいた。
「レイ、どうしてお前がここにいるんだ?」
「お嬢が、れいザらスの支部がある地域に電力施設の設置を計画してるんだが、そこの領主との交渉がなかなかに難航していてだな、代わりに勇者の情報を集めて来てほしいと頼まれたんだ。」
「そうか、それはありがたい。今日の会議の意味は知ってるか。」
「ああ、分かっている。」
お嬢というのは、レイ率いる元盗賊団四百人と中島さんが呼称しているかなみちゃんの愛称であり、役職みたいなもの。
……役職、では無いか。
かなみちゃんがれいザらスの件で最近忙しそうにしていたのは知っていた。それに中島さんが忙しいらしい。
元盗賊でレイの親友にあたる本部長エンが、店舗数拡大の為に色んな場所に交渉に赴くようになってから、おもちゃ屋れいザらスの店長である中島さんが、時々裏の仕事も代理で行うようになったとか。
従業員は四百人を超えているというのに今も人手はギリギリの状況だというし、俺の想像を超える忙しさなのだろう。
そんな状態にあるにも関わらず仲間達全員に招集をかけたのは、そういう決まりになっているからだ。
『緊急会議は必ず全員が参加すべし。』どれだけ忙しくなろうともそれだけは守るというのが俺達パーティーの決まりだ。
今回は俺の独断で開いた会議なわけだから、忙しくて来れないとの事であれば別日に回しても構わなかったが──。
とにかく、急な呼び出しに集まってくれたことにまず感謝を述べて会議は始まった。
議題内容はもちろん、勇者について。
まずは、みんなの持っている情報をすり合わせて、意見交換の場を作っていく。皆が平等に意見を言える場でないといけないので知る限りの情報をだしてもらう。とはいえ、勇者に実際に会ったのはこの中だと俺だけだ。
俺は勇者の見た目が金髪碧眼の爽やかな青年であることや、以前のリズに匹敵する実力を持ち合わせていることや、リズに本気で殺意を抱いている理由や仲間達もそれなりの手練であること、更には勇者が街のクエストをこなし過ぎて問題になっていることなどを話した。
一方リズは、勇者と勇者の持つ聖剣の特徴ついての情報を皆に語った。その中に俺の知らない情報はほとんどなかった。
聖剣がたまたま勇者を主に選び、勇者は聖剣の力を発揮出来る関係にあることぐらいだ。
「レイさん、貴方からの情報はありまフか」
一応、議長ということになっているリズが話を振った。
「そうだな、まずは勇者の遍歴から話そう。」
そう言ってレイは手に持ったメモを読み出した。
「〖聖剣の勇者〗、本名『水戸洸たろう』17歳。出身、家族構成ともに不明。高位魔法学校をたった一年という異例のスピードで卒業後、〈法王神国セラスティア〉で六代目聖剣使いに選ばれたことを表明。その後、極院魔法学校に籍を置きながら、ハーキスの内戦、ユミズの内戦に赴き、それを終結に導く。更に魔族からレーヴァテインの奪還及び、魔王幹部六座頭が一角、アルガッソの討伐に成功。記憶に新しいところだと、魔族領との境界線にある連合軍最前線基地を剣圧だけで守り抜いたという噂はこの街まで届いている。」
「短期間によくそれだけの情報を集めたな。」
「お嬢はこうなる事を予期して二日前に頼みに来ていたからな。それなりに情報は仕入れてある。」
それでも十分に早い。流石は諜報組織のボスを名乗っているだけのとこはある。
情報もおそらく正確だろう。
この事態を予測していたかなみちゃんもすごい。
にしても勇者の遍歴? がイマイチ良く分からない。一度聞いただけでは何を言っているのか分からない事ばかりだが、とにかくすごいということだけはわかった。
同じ一年半でも、威圧の修行と言葉の勉強しかしていない俺とは経験の濃さが違う。
「確かに必要にはなるかなーとは思ってたけど、かなみもこんなことになるとは想像もしてなかったよ。」
「それとお嬢、ヤツの仲間達の情報についても補足を入れさせてもらいますよ。少数精鋭を心掛けるあの勇者は実力の足りない者や、大怪我を負った者はすぐに戦力外とみなし、入れ替えているそうだ。現時点での仲間は四人いるが、ドワーフ族の〖ダガー使いピタ〗とハーキサス家ご令嬢で〖高位魔法士のトメ〗と勇者と同じく出身地不明の〖石化のカクマル〗の三人までは判明している。」
「珖代はもう一人とも会ってるんだよね?」
と、かなみちゃんからの質問。
「うん、ゴツめの甲冑を着た誠実で真面目そうな騎士のおじさんだよ。確か名前は、スケインだったかな。」
「そのスケインさんという方も、他の方々と同等クラスの手練であると考えていいですね。」
「おそらくな。」
薫さんの質問にレイが答えた。
薫さんの言う通りだ。選りすぐりの仲間達だとしたら、スケインという男も充分警戒すべきだろう。
「その人ならたぶん会ったことがあります。最近よくレクムに訪れてはお客さんやデネントさんにクズニアさんのことを聞いて回ってました。」
レクムで働く薫さんだからこそ知っていたのだろう。
それにしてもかなり近い所まで迫ってきている……。リズの居場所がバレるのも時間の問題かもしれない。
「それで、デネントさんはなんと?」
「知らないと答えてくれました。」
「そうですか。あとでお礼を言わなきゃですね。」
ダットリー師匠やユイリーちゃんと同じように、デネントさんにも正体は隠してきた。
たとえお世話になっている人達であっても、巻き込みたくないので話せていないが情報を売らない人達、何も聞かずに守ってくれる人達に巡り会えたことに感謝しかない。
俺達は周りに恵まれてるな……。
「向こうは勇者を含めて五人と考えていいんでフね?」
「そうだな。あんたの言う通り他に仲間がいる可能性は低い。だから三日もあれば、もう一人の男の情報も仕入れておこう。」
相変わらず目付きの悪い男だが、正確な情報は期待できる。数日待ってみる価値はありそうだ。
「あのー、珖代さん。一つよろしいですか?」
「はい。なんでしょうか。」
中島さんが手を挙げて俺に話し掛けてきた。何か質問があるみたいだ。
「珖代さんがしてくれた説明の中で、男二人は勇者の護衛である聞いて思ったんですが、護衛なら何故勇者の傍に居なかったんですか? そもそも、実力のある勇者に護衛の存在は必要なんでしょうか。」
「言われてみればそうですね。……勇者の嘘、とかですかね。」
「本当は勇者の監視役とかかな? 勇者をどこからか見てて、間違ったことをしないように監視してるとか。」
かなみちゃんの推測にリズが物申した。
「それなら私を殺しに来るところから時間の無駄ですから監視の意味が無いでフよ。依頼の件もそのままにはしないと思いまフし。」
「あ、そっか。そうだよねぇ……。レイはどう思う?」
かなみちゃんがレイに振るとレイが目をキョロキョロさせ始めた。
「お、俺ですか? ……特に考えていなかったんで、あとででもいいですか……?」
「ちゃんと考えるように。」
「すいません…!」
レイは握り拳を地面につけてしっかりと謝った。上下関係がハッキリと見えてくる。かなみちゃんは相当慕われている。俺も多少は慕われるだけの事をレイ達にしてはきたが、かなみちゃんは次元が違うようだ。
次に薫さんが話始める。
「推測ですが、その二人は勇者の身分を証明する立場ではないでしょうか。彼らが街中で勇者の存在を知らしめたことによって、民衆は勇者がやって来たことを信じたわけですし、街の外で会った時には単純に必要が無かった。と考えると辻褄が合うような気がします。」
薫さんの言う通り、勇者の存在を明かしたのはカクマルとスケインであることに間違はいない。
街の人達をひれ伏せさせる決め手になったのは紋章付きの盾だった。あれを取り出し、口上を建てたのはあの二人だ。
薫さんのその読みはあながち外れていないように思える。
「それが一番妥当でフかねぇ。」
「紋章付きの盾は勇者が持ってた訳じゃないから、たぶんそうかもしれませんね。」
「待て、紋章付きの盾と言ったか? どんな紋章の盾だった。」
何か思い当たることでもあるのか、レイが目を大きくして聞いてきた。
「えーと、悪いけどどんな物かまでは覚えてない。模様以外は普通の盾だったし。」
「よく思い出してくれ。残り一人を特定するのに大きな情報だ。それがダメそうなら、他に、引っかかることはなかったか。」
引っかかること……。引っかかること。
あの時記憶を引っ張り出して探してみる。
あの時にはあって、今出てきた情報の中にはないもの。
「そう言えば、どっかの公爵だってアピールしてたな。」
「そうか。公爵位か。あの勇者に公爵位を賜ったのはとある小国ひとつだけだ。それをわざわざアピールしてくるという事は、その騎士はおそらく、小国から派遣された者である可能性が高いぞ。こりゃあ、今夜中にもスケインの情報が入手出来そうだ。」
「自国の宣伝活動の為に勇者を利用しているということですか。」
「国から派遣された騎士だとすれば強さに疑う余地はなさそうですね。」
レイの推測を後押しするように薫さん、中島さんと続いた。
もし三人の言う通りなら、勇者と護衛は利用し合う関係あるのかもしれない。
「じゃあぎちょー、そろそろ本題に移ろうよ。」
かなみちゃんはそう言って議長に確認をとる。
普段の会議ではぎちょーとのやり取りを楽しむかなみちゃんであるが、今日はレイがいるためか、やるつもりはないらしい。
「質問がなければ次に。……無さそうでフね。こうだい、お願いします。」
「了解。さっきも話した通り、勇者はリズに会うまでクエストを受け続けるつもりです。ギルドも何らかの対処はするとは思いますが、これ以上街の人達に迷惑をかける訳にはいかない。隠れて帰ってくれるまでやり過ごすのはダメだと思います。」
リズをじーっと見ながら言った。
「そうは言われましても、具体的にはどうするんでフ?」
「勇者と闘う。それしかないだろ。」
薫さんが心配そうに聞いてくる。
「話し合いでは解決出来ないんでしょうか?」
「勇者の決意は本物ですよ。なんせ、斎藤貫のやつが勇者にリズの悪行を全部話しちゃってるみたいですから……。」
「あのストーカーがでフか!?」
「そうだったんですか。」
リズの反応の方が薫さんより早かった。俺が黒幕と呼ぶようにリズの中ではストーカーで定着している。
「あの人なら知っててもおかしくないもんね……。」
「あの、誰なんでしょうかその人。」
「そっか中島さんは知らないか。俺達が死んだあとに転生したみたいで、あのトラック事故を知っている数少ない人物です。」
「怪しい人だとは思っていましたが、まさかここまでしてくるとは。」
冷静に言う薫さん。
「きき、きっと、仲間に入れてもらえなかったことを、私にフラれたと勘違いして、その復讐をフる為に勇者をけしかけたんでフね! ああ恐ろしやっ!」
リズがガタガタと震えだした。
それを見てセバスさんが鼻を鳴らす。
ざまぁない。と嘲るそんな鼻息。
「落ち着け、それは考え過ぎだ。今回のことは半分自業自得な訳だし、遅かれ早かれこうなってた。」
勇者は自分のような犠牲者が出ないように悪魔を成敗しに来てると言っていた。まあ、復讐心も多少はあった筈だ。
その心を隠しているつもりのか自分では気づいていないのかは定かではないが、交渉出来るとは思えない。
「あの勇者もまあまあ忙しい筈なのに、街に留まり続けるってのは異常な執念を感じるな。」
「もしかして、リズニアさんをおびき出す為に、過剰にクエストをこなしてたり……って、それはさすがにないですよね。すいません。」
手を頭の上に置いて中島さんが恥ずかしそうに謝る。
「どうであれリズには闘ってもらいたい。」
「今のリズじゃたぶん勝てないよね?」
「そう。だから、本格的に痩せてもらおうと思う。勇者に勝つためにリズにはダイエットをしてもらうっ! 」
「あまり時間は無いですけど、クズニアさんが今から痩せられますか?」
「……一週間。一週間もくれれば出会った頃の私に戻れまフよ。」
リズがやる気になってくれた……!
「本当か!? どうすればそんな短期間に出来る!」
「剣の修行を一週間も続ければ生まれ変わるでフ。でも、意味があるんでしょうか……?」
「何言ってんだ、お前だけが頼りなんだから一週間くらい待つよ!」
「そうだ、あんたが闘うことに意味がある。勇者を止められるのはあんただけっ!……かもしれない。」
「かなみもこれはリズにしか出来ない事だと思う! ……たぶん。だから頑張って痩せよう!」
「や、や痩せて、勇者に勝てればリズニアさんは街のヒーローですよ! ……がんばればですが。」
「クズニアさんなら痩せられると私も信じてますよ。……(にっこり)」
「バウ……バウ。」
「皆さん……。そうでフよね。闘うしかないなら、勝つために痩せるしかないフよね! 私、痩せまフでフ!」
「ああ、その意気だ! リズ!」
────掛かった。
自分の口角が上がるのを感じる。
この緊急会議の真の目的は他にある。
それは『リズに痩せる決意をさせること』だ。
正直、あの程度の勇者ならかなみちゃんに頼めば、大概解決に至る。
勇者がやって来た当初、忙しいかなみちゃんにこの問題を丸投げするのは正直酷だと思っていた。かなみちゃんに極力頼らずにこれを解決されるにはどうしたら良いか。方法を考え続けた結果、『勇者の復讐を利用し、リズを痩せさせ解決させる。』という一石二鳥の計画を思いついたのだ。
そして計画通り事は上手くいった。
おだてられると木に登るタイプの元女神さんはわかり易くて助かる。
この緊急会議では既に、リズ以外のみんなに本当の計画のことを伝えてから集まってもらっている。
来ると思わなかったレイには、会議の直前に本当の計画を理解しているのか問い質し、分かっていると答えてくれた。かなみちゃんが事前に話してくれていたのだろう。お陰でいい後押しななった。
この計画の欠点は時間が足りない点くらいだ。
リズが痩せるまでに勇者がいなくなってしまえば、リズのやる気もなくなってしまう。さらに勇者がギルドに迷惑をかけたせいで、早めに解決しなければならなくなった。
リズが痩せるための時間稼ぎもいくつか考えていたが、一週間もあれば痩せられるというのは重畳(ちょうじょう)だ。
あと一週間は勇者が帰らないように根を回しながら、かつギルドに迷惑をかけないように手を打たなければ。
「はぁあ、どこかに私の全力を食らっても、平気で弾いてくれるような修行相手はいないでフなかねぇ……チラッチラッ。」
そんな人は┠ 自動反撃 ┨のスキルを持っている薫さんしかいない。当の薫さんは嫌そうな顔をしているが。
「薫さん、今はレクムに通うのも危険ですから休んで、リズに痩せるための修行をつけてやってくれませんか? 」
「でも、店が回らなくなってしまいますし……。」
ユールの観光地化が進み、レクムのお客さんも増えた。薫さんは自分が休んでしまったら店が回らなくなる事を心配している。
「かなみが料理の出来るカラクリ兵を増員させておくよ。だからお母さんはリズに修行をつけてあげて?」
カラクリ兵というのは、かなみちゃんがリズから貰った人工召喚石で呼び出しているおもちゃの兵隊達だ。
本来は戦闘用のカラクリではあるが、かなみちゃんはレクムの給仕として五体使役している。今度は料理が出来るカラクリ兵を使役するつもりなのだろう。
「分かりました。一週間だけですからね。」
「さっフがカオリン! 話わかるぅ! 明日からお願いしまフね!」
今日から頑張ってくれ……と言いたいところだが、本人がやる気を出しているので水は刺さずにおこう。
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---別視点---
珖代達の会議から三日後。
大層な鎧を着込んだ男、スケインは勇者を連れてレクムに来ていた。
レクムではカラクリ兵たちが忙しなく働いている。尤(もっと)も、注文は取れないので、そこは店の長男坊レクムと次男坊エナムの仕事になる。
「何度も言うけどあたしは、リズニアなんてこれっぽっちも知らないからね。客の迷惑になる事はやめとくれよ。」
店の女主人デネントは客でもない彼らを追い払おうとした。だが今日は珍しく勇者も来ている。
勇者はスケインの前に出た。
「僕の護衛が度重なる無礼を働いたことは謝罪します。しかし今日は客として美味しいご飯を頂きに来ました。席に案内していただけると嬉しいのですが。」
「そうかい……。それなら空いてるところに適当に座りな。」
「ありがとうございます。」
勇者はデネントにお礼を告げながら、厨房の様子を何度も確認していた。
その日の夜。
ゴミ出しの準備をするデネントの夫の元に男が通りかかった。
「おや、店主、偶然ですね。ゴミ出しですか。」
それは昼間よりラフな格好をした勇者だった。
「ああ、これは勇者さまっ。私の料理はお口に合いましたか……?」
店主はわざわざ手を止めて聞いてきた。
「ええ、たいへん美味しかったですよ。それより、リズニアさんに忘れ物を届けたいんですが、居場所を知っている方はご存知ありませんか?」
「ええ、それならキークさんって方なら知っていると思いますよ。」
 
勇者は少し目を見開くと、笑顔でお礼をしてその場を去った。
「なるほど、やっぱり彼が関わってたか。」
一人歩く勇者は静かにそう呟き、ニヤリと口角をあげた。
それが珖代の仕掛けた時間稼ぎであることも知らずに──。
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