異世界歩きはまだ早い
第三話 犯人は黒幕
「ひょっとして僕、やりすぎちゃいましたか……?」
勇者はさっきまでの気迫がウソのように気を落とした。
「い、いやー、さすが私の勇者だコータロー! 見事だったぞ……? だから落ち込む必要なんてないからな?!」
「そうですわ! コータローは知らなかったんですもの! 何も気にする必要は無いのでしてよ?!」
勇者は女の子二人に励まされている。何だか俺のイメージした勇者像が崩れていってる気がする。
「……二人共、ありがとう。キークさん、申し訳ありません。以後気を付けます。」
「ああ。あんまり張り切り過ぎるなよ勇者。」
「ええ、そうします。僕がでしゃばらなくても、キークさんやユイリーちゃんのステータスならあれくらいは倒せましたもんね。」
「俺達のステータスが分かるのか?」
「あ、失礼しました。僕には他人のステータスを覗き見ることが出来る、解析系スキルがあるんです。それでお二人のステータスを勝手に拝見させて頂きました。申し訳ありません。」
「いや、別に謝る必要はないが。」
──解析……確か、中島さんや斎藤のやつは持っていなかったスキルだ。ということは、これが勇者のチートスキルなのか?
勇者にチートスキルをあげたのは恐らくリズ本人なので、後で確認せねば。
とりあえず、最低限の情報は知れた。これ以上は長居する必要もない。
「それじゃ、ギヒアードの探し方は一通り教えたし、あとは頑張ってくれ。」
「え、そんな、一緒に探してくれるのでは無かったのですか?」
「ギヒアを探すくらいなら、自分達でも出来るだろう? とにかく逃げたやつを追いかければギヒアードには多分会える。俺達もそろそろ報告に向かいたいし、ここまでだ。」
「そこをなんとか。ギヒアの群れを探すまででいいので一緒に来てもらえませんか、キークさん。お願いします。」
「私からも頼む。」
「お願いしますですわ。」
まっすぐ詰め寄ってくる三人に耐えかねてユイリーちゃんを見る。
(いいんじゃないでしょうか?)
彼女がそう言うのなら行くしかない。
「はぁ……。次のポイントまでな。」
「そうですか! 助かります。」
頼まれると断れない性格は、いつになったら治るのだろうか……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
岩場地帯を歩く事五分。
「居ますね、……四匹か。」
今度は期待値より少し少ないが、このくらいなら俺達でも余裕なので悪くない。
「今回は俺達がやる。勇者一行はそのへんで休んでてくれ。」
(ユイリーちゃん、まず、二匹は任せた。)
俺の肉体ランゲージに対し、ユイリーちゃんは『りょ。』のポーズを返してくれた。
「あの動き、何かの陽動でして……?」
「さぁ。わからんが、興味深いな……。」
そんな声が後ろからするが気にしない。
ユイリーちゃんは自分の身長ほどの杖をかざし、詠唱を始めた。
「湧き上がれ、湧き上がれ、地を割り吹き出す炎! ファイヤースプラッシュ!」
植物が地面を割って芽を出すように、ひび割れた地面から炎の飛沫が上がった。
その地面の上を歩いていた二匹のギヒアは全身を焼かれ力尽きる。
魔法のことは専門外だか、ユイリーちゃんの狙いや威力、詠唱の省略化など、中々にすごいことをやってのけているのだとか。
「高位魔法をわざとランクダウンさせて、最低限の威力と範囲に留めるなんて、あの子、相当器用ですわね……。」
勇者の魔法士もこの通りだ。
(こうだいさん、後は任せました。)
ユイリーちゃんからの肉体ランゲージに俺も『りょ。』のポーズで応える。
残った二匹のギヒアに、特に近づく訳でもなく┠ 威圧 ┨かける。
運悪く目のあった方がパタリと倒れた。
「あ、あいつは今、何をしたのだ!」
「分かりませんわ……。向こうが勝手に倒れたようにしか、見えませんでしたわ。」
後ろで見ていた彼女達は驚いている様子だったが、勇者はただ目を細めていた。
一匹取り残されたギヒアは、突然の事態に狼狽(ろうばい)しながらも尻尾を巻いて逃げ出した。
「今のは〝気絶〟させたんだ。それより、早く追いかけたらどうだ。」
┠ 威圧 ┨はついに、相手を気絶させる領域に突入した。バーのマスターママの話だと、そこまで行けば極めたと考えていいと褒められた。
尤も、威圧は成長するスキルでは無いのでコツさえ掴めば誰でもそこまで出来るそうだ。俺の場合は極めるまで一年も掛かっているので遅い方だろう。
そのまま殺すことも勿論出来たが、生きたまま持ち帰る方がいい値で買い取ってもらえる。だから気絶を選んだ。
「せっかくここまで来たんですから、ギヒアード退治まで行きましょう。」
「は!? 」
「後はボスだけですし、手間取りません。ささ、行きましょう、お二人とも。」
「いや、ちょ、えっ。」
何となくこうなる気はしていた。
流れるままに付いていくことを余儀なくされた。
砂煙を巻き上げながら逃げるギヒアの後を、五人で走って追いかける。
「キークさんっ、さっきのは┠ 威圧 ┨ですよねっ。」
「……知ってるのか?」
「いえっ、そういう訳ではなくてっ、ステータスで拝見しただけです。」
「それって……、スキルまで見えてたのかっ。」
「居ましたっ。あれがギヒアードですね。」
大きな岩を囲うようにギヒアの群れが現れた。その中に一際大きく灰色の魔物が既に警戒を見せていた。あれがギヒアードで間違いない。
「ピタ、トメ。キミたち二人の実力を見せて上げて。」
「うむ。」
「当然ですわ。」
二人は躊躇うことも無く前に出た。
実力は未知数だが強いのだろうか。
「おい、ギヒアードはそれなりに強いぞ。あの二人に任せて大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ。彼女達もそれなりに強いですから。」
ピタは先端の尖っていない大剣を取り出し、敵陣に突っ込んだ。見たこと無い珍しい形状の大剣であることに加え、小さな彼女には大き過ぎてとても扱いにくそうに見える。
トメも杖ではなく本を取り出し戦闘態勢に入る。都の方では杖より本が主流だと聞くが、この目で見るのは初めてだ。
「その穿孔(せんこう)に隙は無く、凍てつく氷がその身を穿つッ」
トメが詠唱を始めると空中に幾つもの鋭利な氷塊が出現した。どれも、ギヒアを貫くには十分な大きさだ。
その詠唱が危険なものだと察したのか、ギヒア達はトメを狙いにいく。
しかしその全てが、不釣り合いな大剣を振りまわす少女によって例外無く吹き飛ばされた。
「フハハっ! 貴様らっ、私を無視しようとするとはいい度胸だなっ!」
ピタは不敵に笑い、群れの中心から向かってくるギヒア達を次々と吹き飛ばしていく。
「全く気品は感じられませんでしたが、とにかく、助かりました、わ……。」
トメはプルプルと怒りを堪えているように見える。ギヒアの血飛沫を浴びた所為だろう。
「なに、礼などいいからそいつを早く撃て。」
「言われなくてもそのつもりですわ。『二十一式 アイスブロックショットッ!』」
氷の塊が勢いよく地面に降り注ぐ。初速から一気に加速しているように見えるが、どうやっているのだろうか。
聞いてもいないのに勇者は疑問に応えだした。
「あれは水、風、雷の魔法を組み合わせた混成魔法です。二種混成だけでも、会得には五年掛かると言われてますが、トメはあの若さで三種混成が可能なんです。」
「あの氷塊は雷も帯びてるのか。」
思い返せばかなみちゃんは、大きな氷塊を軽々と創り出していたように思える。あれが混成魔法だとするならば、やっぱりかなみちゃんは天才なんだろう。
「その雷の力を利用して弾くように飛ばしているんです。」
飛ばす瞬間に青白い雷がバチッと光るのが確かに見える。
「それで初速からトップスピードが出せるのか。」
混成魔法。
魔法と魔法の掛け合わせに新たな可能性を見た気がする。俺には使えないが。
次々と殺られていく仲間たちを見て、ついに大将が動き出した。
降り止まぬ氷塊の嵐をものともせずに突き進み、トメに鋭利な角を向け突進してくる。
「ピタ! 頼みますわ!」
「分かっている! 貴様の相手は、私だ!」
重量のありそうな大剣をものともしないピタがギヒアードの突進を大剣で受け止めた。
ギヒアードの角は恐らく二本あったのだと思われる。しかし片側は根元から欠けている。
もう片方はそれを補うような大鎌の形状をしている。
ギヒアードはその一本角を活かし、大剣から角だけを器用に外し、暴れるようにねじ込んだ。
光を反射する程研かれた角は強度より斬れ味を優先しているように見える。受け止め方を少し間違えるだけであの子は血だらけになっていたかも知れない。
身体の小さなピタはズルズルと押されていく。安易に弾くことが出来ず、されるがままに見える。
トメが注意を引く為か氷塊をぶち当てたが、ギヒアードは一切気にすること無くピタに猛進する。潰す気だ。
「邪魔をするな!」
横槍を入れたことに怒るピタにトメが檄を飛ばした。
「いつまでやっているのですか、あなたの力をみせてやりなさい!」
「勇者、あの子押され気味に見えるが…… 」
「あの程度の魔物にやられるようであれば、勇者の仲間に相応しくありません。」
「そんな言い方はないだろ。」
「低身長でも知られる、ドワーフ族の血を引く彼女は、見た目で判断されることないようにと、自分の何倍も大きな大剣を振るうようになりました。あの大剣をあれ程までに扱えるのは彼女だけでしょう。しかし、ピタが本領を発揮できる武器は他にあります。」
「他?」
「ええ、」
その時、ピタの持つ大剣が空中に弾かれた。否、本人が弾いたように見えた。
弾かれた瞬間、彼女が裏に回り込んで距離を取っていたからだ。
ギヒアードは大剣に惑わされ、ピタを完全に見失っている。
絶好のチャンスではあるが、大剣は今彼女の手元にはない。何をする気なのか。
「貴様如きに『紺血』は使いたくなかったのだが、致し方ない。」
彼女はいつの間にか小型のナイフを持っていた。
「力なく尽きろ────絶、命、乱、舞ッ!」
大剣を振るっていた時には見れなかったウソのような速さで肉薄し、ギヒアードの四肢を何度も斬りつけていく。
右に左に上にと際限なく斬りつける彼女は、闘牛のような迷いの無さを持ちながら鳥かごから放たれた鳥のように自由だった。
やがて、ギヒアードが倒れる頃には全身をくまなく切り刻まれており、既に息絶えているようすだった。
一瞬で終わった。そう思うほどの速さと手数の暴力に圧倒された。
「ピタはダガーの使い手です。彼女の猛攻ほど、一騎打ちで辛いものはありません。」
リズも痩せていた頃はあれくらいのスピードは軽く出せていた気もしなくはない。どんな魔物も一撃で殺していたので、手数では負けている。
「あの二人、相当腕が立つんだな。」
「あれくらいやってもらわなければ、勇者のお供には相応しくありません。二人とも実力を渋るクセがあるのが玉に瑕ですがね。」
それからは、残った残党達を片付けて俺達の同行は終了した。
「キークさん、ユイリーちゃん、ここまでどうもありがとうございました。」
「ホントだよ全く。」
「残りのギヒアードは僕達だけでやります。」
「まだやる気なのか!?」
「ええ、近隣一帯のギヒアードは全て狩るつもりで来てますから。でしたら、一緒に来ますか?」
「断る!」
「私も、遠慮しときます……。」
「そうですか。」
「勇者、最後にひとついいか?」
「何でしょう。」
聞くこと事態がリスクを伴うが、聞くなら今しかない。
「どうして女神がこの街いると分かったんだ。」
(こうだいさん……! それを聞いて大丈夫なんですか!?)
(大丈夫。聞くだけなら問題は無い筈だよ。)
「──それは、ある人から色々と情報を頂いたからです。その情報を知るまでは、ただの一般人である僕に『勇者』としての力を与えてくれた恩人であると思っていました。しかし、真実は違った。目的の為ならどれだけの人が死のうと厭(いと)わず、決して手段は選ばない女。それが僕の探すものの正体です。」
勇者は誰からか聞いたと答えた。そしてその情報は間違いとは言い切れないものだった。
「キークさん、もし出会うことがあれば決して言葉に耳を貸さないで下さい。力と役目を与えてくれる代償に、たくさんの犠牲者の上に立つことになりますから……。」
勇者は苦虫を噛み潰したような表情を見せた。
悔しいが合っているので何も言い返せない。返す言葉が見つからないまである。
「あっ、ああ、気を付けるよ……。その女神のこと、結構憎んでるみたいだしな……。」
「確かに、そういった感情がないと言ったら嘘になります。ですが復讐の為だとか仇討ちだとか、そういった個人的な清算では無く、単に次なる犠牲者が出ないよう『勇者』として討伐に来た次第です。」
「立派だとは思うが、女神さんなんだろう? 考え……過ぎなんじゃないか?」
人から聞いただけでここまで行動できるものなのだろうか。異常に唆されたように見える。狂信者に近い様子だ。
「あの女は女神なんかじゃない……女神の皮をかぶった悪魔だ……! 外道で非道なところが特に! 僕の予想が正しければ、あの悪魔はきっと魔王の幹部に違いありません!」
勇者の弁に大分熱が入ってきている。これは明らかに負の感情が表に漏れ出して渦巻いている状態だ。
その悪魔と一緒に暮らしている俺でさえも共感出来てしまうほどの内容に、違和感があり続ける。
まるでリズの本性を見てきたような……。
「一体、それだけの情報を誰から聞いたんだ?」
「同郷で後輩と名乗る人物からです。そうとは思えない真っ赤な髪の男で、最初は疑いましたけどね。」
他人のことをとやかく言える見た目じゃない勇者から、人物特定が容易そうな情報が出た。
女神とか裏の事情を知っている、赤髪の怪しげな同郷日本人────。
俺はおそるおそる聞いた。
「そいつ、斎藤 貫(とおる)……とか、言わなかったか?」
斎藤貫とは俺達の後に異世界転生してきた日本人のことで、何か裏のありそうな風貌から俺が勝手に黒幕と呼んでいた男だ。
一年半前にユールを旅立ったあの男と勇者が接触している可能性は大いにある。
「ええ、その人ですよ。随分と怪しい雰囲気の方でしたが、キークさんは彼をご存知でしたか。」
──マジで黒幕の仕業かよ!! あの黒幕が黒幕してたのかよぉ!!
「ま、まあ、同業者だから顔見知り程度には、な。」
平然を装って応えているが、俺の頭の中でニコリと笑う黒幕の姿が浮かび上がってくる。
黒幕は恐らく、別の女神から聞かされていた事情をべらべらと勇者に話してくれたのだ。
この男が強い意志を持ってこの街にやって来た理由がようやく分かった気がする。
「それでは僕達は他のギヒアードを探しに行ってきます。ここまでありがとうございました。お二人とも気をつけて帰って下さい。」
「ああ、お前達も気をつけろよ。」
(……ユイリーちゃん行こうか。)
(はい。)
俺達は気絶したまま放置していたギヒアの口を紐で縛り、ユールへ持ち帰った。
勇者はさっきまでの気迫がウソのように気を落とした。
「い、いやー、さすが私の勇者だコータロー! 見事だったぞ……? だから落ち込む必要なんてないからな?!」
「そうですわ! コータローは知らなかったんですもの! 何も気にする必要は無いのでしてよ?!」
勇者は女の子二人に励まされている。何だか俺のイメージした勇者像が崩れていってる気がする。
「……二人共、ありがとう。キークさん、申し訳ありません。以後気を付けます。」
「ああ。あんまり張り切り過ぎるなよ勇者。」
「ええ、そうします。僕がでしゃばらなくても、キークさんやユイリーちゃんのステータスならあれくらいは倒せましたもんね。」
「俺達のステータスが分かるのか?」
「あ、失礼しました。僕には他人のステータスを覗き見ることが出来る、解析系スキルがあるんです。それでお二人のステータスを勝手に拝見させて頂きました。申し訳ありません。」
「いや、別に謝る必要はないが。」
──解析……確か、中島さんや斎藤のやつは持っていなかったスキルだ。ということは、これが勇者のチートスキルなのか?
勇者にチートスキルをあげたのは恐らくリズ本人なので、後で確認せねば。
とりあえず、最低限の情報は知れた。これ以上は長居する必要もない。
「それじゃ、ギヒアードの探し方は一通り教えたし、あとは頑張ってくれ。」
「え、そんな、一緒に探してくれるのでは無かったのですか?」
「ギヒアを探すくらいなら、自分達でも出来るだろう? とにかく逃げたやつを追いかければギヒアードには多分会える。俺達もそろそろ報告に向かいたいし、ここまでだ。」
「そこをなんとか。ギヒアの群れを探すまででいいので一緒に来てもらえませんか、キークさん。お願いします。」
「私からも頼む。」
「お願いしますですわ。」
まっすぐ詰め寄ってくる三人に耐えかねてユイリーちゃんを見る。
(いいんじゃないでしょうか?)
彼女がそう言うのなら行くしかない。
「はぁ……。次のポイントまでな。」
「そうですか! 助かります。」
頼まれると断れない性格は、いつになったら治るのだろうか……。
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岩場地帯を歩く事五分。
「居ますね、……四匹か。」
今度は期待値より少し少ないが、このくらいなら俺達でも余裕なので悪くない。
「今回は俺達がやる。勇者一行はそのへんで休んでてくれ。」
(ユイリーちゃん、まず、二匹は任せた。)
俺の肉体ランゲージに対し、ユイリーちゃんは『りょ。』のポーズを返してくれた。
「あの動き、何かの陽動でして……?」
「さぁ。わからんが、興味深いな……。」
そんな声が後ろからするが気にしない。
ユイリーちゃんは自分の身長ほどの杖をかざし、詠唱を始めた。
「湧き上がれ、湧き上がれ、地を割り吹き出す炎! ファイヤースプラッシュ!」
植物が地面を割って芽を出すように、ひび割れた地面から炎の飛沫が上がった。
その地面の上を歩いていた二匹のギヒアは全身を焼かれ力尽きる。
魔法のことは専門外だか、ユイリーちゃんの狙いや威力、詠唱の省略化など、中々にすごいことをやってのけているのだとか。
「高位魔法をわざとランクダウンさせて、最低限の威力と範囲に留めるなんて、あの子、相当器用ですわね……。」
勇者の魔法士もこの通りだ。
(こうだいさん、後は任せました。)
ユイリーちゃんからの肉体ランゲージに俺も『りょ。』のポーズで応える。
残った二匹のギヒアに、特に近づく訳でもなく┠ 威圧 ┨かける。
運悪く目のあった方がパタリと倒れた。
「あ、あいつは今、何をしたのだ!」
「分かりませんわ……。向こうが勝手に倒れたようにしか、見えませんでしたわ。」
後ろで見ていた彼女達は驚いている様子だったが、勇者はただ目を細めていた。
一匹取り残されたギヒアは、突然の事態に狼狽(ろうばい)しながらも尻尾を巻いて逃げ出した。
「今のは〝気絶〟させたんだ。それより、早く追いかけたらどうだ。」
┠ 威圧 ┨はついに、相手を気絶させる領域に突入した。バーのマスターママの話だと、そこまで行けば極めたと考えていいと褒められた。
尤も、威圧は成長するスキルでは無いのでコツさえ掴めば誰でもそこまで出来るそうだ。俺の場合は極めるまで一年も掛かっているので遅い方だろう。
そのまま殺すことも勿論出来たが、生きたまま持ち帰る方がいい値で買い取ってもらえる。だから気絶を選んだ。
「せっかくここまで来たんですから、ギヒアード退治まで行きましょう。」
「は!? 」
「後はボスだけですし、手間取りません。ささ、行きましょう、お二人とも。」
「いや、ちょ、えっ。」
何となくこうなる気はしていた。
流れるままに付いていくことを余儀なくされた。
砂煙を巻き上げながら逃げるギヒアの後を、五人で走って追いかける。
「キークさんっ、さっきのは┠ 威圧 ┨ですよねっ。」
「……知ってるのか?」
「いえっ、そういう訳ではなくてっ、ステータスで拝見しただけです。」
「それって……、スキルまで見えてたのかっ。」
「居ましたっ。あれがギヒアードですね。」
大きな岩を囲うようにギヒアの群れが現れた。その中に一際大きく灰色の魔物が既に警戒を見せていた。あれがギヒアードで間違いない。
「ピタ、トメ。キミたち二人の実力を見せて上げて。」
「うむ。」
「当然ですわ。」
二人は躊躇うことも無く前に出た。
実力は未知数だが強いのだろうか。
「おい、ギヒアードはそれなりに強いぞ。あの二人に任せて大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ。彼女達もそれなりに強いですから。」
ピタは先端の尖っていない大剣を取り出し、敵陣に突っ込んだ。見たこと無い珍しい形状の大剣であることに加え、小さな彼女には大き過ぎてとても扱いにくそうに見える。
トメも杖ではなく本を取り出し戦闘態勢に入る。都の方では杖より本が主流だと聞くが、この目で見るのは初めてだ。
「その穿孔(せんこう)に隙は無く、凍てつく氷がその身を穿つッ」
トメが詠唱を始めると空中に幾つもの鋭利な氷塊が出現した。どれも、ギヒアを貫くには十分な大きさだ。
その詠唱が危険なものだと察したのか、ギヒア達はトメを狙いにいく。
しかしその全てが、不釣り合いな大剣を振りまわす少女によって例外無く吹き飛ばされた。
「フハハっ! 貴様らっ、私を無視しようとするとはいい度胸だなっ!」
ピタは不敵に笑い、群れの中心から向かってくるギヒア達を次々と吹き飛ばしていく。
「全く気品は感じられませんでしたが、とにかく、助かりました、わ……。」
トメはプルプルと怒りを堪えているように見える。ギヒアの血飛沫を浴びた所為だろう。
「なに、礼などいいからそいつを早く撃て。」
「言われなくてもそのつもりですわ。『二十一式 アイスブロックショットッ!』」
氷の塊が勢いよく地面に降り注ぐ。初速から一気に加速しているように見えるが、どうやっているのだろうか。
聞いてもいないのに勇者は疑問に応えだした。
「あれは水、風、雷の魔法を組み合わせた混成魔法です。二種混成だけでも、会得には五年掛かると言われてますが、トメはあの若さで三種混成が可能なんです。」
「あの氷塊は雷も帯びてるのか。」
思い返せばかなみちゃんは、大きな氷塊を軽々と創り出していたように思える。あれが混成魔法だとするならば、やっぱりかなみちゃんは天才なんだろう。
「その雷の力を利用して弾くように飛ばしているんです。」
飛ばす瞬間に青白い雷がバチッと光るのが確かに見える。
「それで初速からトップスピードが出せるのか。」
混成魔法。
魔法と魔法の掛け合わせに新たな可能性を見た気がする。俺には使えないが。
次々と殺られていく仲間たちを見て、ついに大将が動き出した。
降り止まぬ氷塊の嵐をものともせずに突き進み、トメに鋭利な角を向け突進してくる。
「ピタ! 頼みますわ!」
「分かっている! 貴様の相手は、私だ!」
重量のありそうな大剣をものともしないピタがギヒアードの突進を大剣で受け止めた。
ギヒアードの角は恐らく二本あったのだと思われる。しかし片側は根元から欠けている。
もう片方はそれを補うような大鎌の形状をしている。
ギヒアードはその一本角を活かし、大剣から角だけを器用に外し、暴れるようにねじ込んだ。
光を反射する程研かれた角は強度より斬れ味を優先しているように見える。受け止め方を少し間違えるだけであの子は血だらけになっていたかも知れない。
身体の小さなピタはズルズルと押されていく。安易に弾くことが出来ず、されるがままに見える。
トメが注意を引く為か氷塊をぶち当てたが、ギヒアードは一切気にすること無くピタに猛進する。潰す気だ。
「邪魔をするな!」
横槍を入れたことに怒るピタにトメが檄を飛ばした。
「いつまでやっているのですか、あなたの力をみせてやりなさい!」
「勇者、あの子押され気味に見えるが…… 」
「あの程度の魔物にやられるようであれば、勇者の仲間に相応しくありません。」
「そんな言い方はないだろ。」
「低身長でも知られる、ドワーフ族の血を引く彼女は、見た目で判断されることないようにと、自分の何倍も大きな大剣を振るうようになりました。あの大剣をあれ程までに扱えるのは彼女だけでしょう。しかし、ピタが本領を発揮できる武器は他にあります。」
「他?」
「ええ、」
その時、ピタの持つ大剣が空中に弾かれた。否、本人が弾いたように見えた。
弾かれた瞬間、彼女が裏に回り込んで距離を取っていたからだ。
ギヒアードは大剣に惑わされ、ピタを完全に見失っている。
絶好のチャンスではあるが、大剣は今彼女の手元にはない。何をする気なのか。
「貴様如きに『紺血』は使いたくなかったのだが、致し方ない。」
彼女はいつの間にか小型のナイフを持っていた。
「力なく尽きろ────絶、命、乱、舞ッ!」
大剣を振るっていた時には見れなかったウソのような速さで肉薄し、ギヒアードの四肢を何度も斬りつけていく。
右に左に上にと際限なく斬りつける彼女は、闘牛のような迷いの無さを持ちながら鳥かごから放たれた鳥のように自由だった。
やがて、ギヒアードが倒れる頃には全身をくまなく切り刻まれており、既に息絶えているようすだった。
一瞬で終わった。そう思うほどの速さと手数の暴力に圧倒された。
「ピタはダガーの使い手です。彼女の猛攻ほど、一騎打ちで辛いものはありません。」
リズも痩せていた頃はあれくらいのスピードは軽く出せていた気もしなくはない。どんな魔物も一撃で殺していたので、手数では負けている。
「あの二人、相当腕が立つんだな。」
「あれくらいやってもらわなければ、勇者のお供には相応しくありません。二人とも実力を渋るクセがあるのが玉に瑕ですがね。」
それからは、残った残党達を片付けて俺達の同行は終了した。
「キークさん、ユイリーちゃん、ここまでどうもありがとうございました。」
「ホントだよ全く。」
「残りのギヒアードは僕達だけでやります。」
「まだやる気なのか!?」
「ええ、近隣一帯のギヒアードは全て狩るつもりで来てますから。でしたら、一緒に来ますか?」
「断る!」
「私も、遠慮しときます……。」
「そうですか。」
「勇者、最後にひとついいか?」
「何でしょう。」
聞くこと事態がリスクを伴うが、聞くなら今しかない。
「どうして女神がこの街いると分かったんだ。」
(こうだいさん……! それを聞いて大丈夫なんですか!?)
(大丈夫。聞くだけなら問題は無い筈だよ。)
「──それは、ある人から色々と情報を頂いたからです。その情報を知るまでは、ただの一般人である僕に『勇者』としての力を与えてくれた恩人であると思っていました。しかし、真実は違った。目的の為ならどれだけの人が死のうと厭(いと)わず、決して手段は選ばない女。それが僕の探すものの正体です。」
勇者は誰からか聞いたと答えた。そしてその情報は間違いとは言い切れないものだった。
「キークさん、もし出会うことがあれば決して言葉に耳を貸さないで下さい。力と役目を与えてくれる代償に、たくさんの犠牲者の上に立つことになりますから……。」
勇者は苦虫を噛み潰したような表情を見せた。
悔しいが合っているので何も言い返せない。返す言葉が見つからないまである。
「あっ、ああ、気を付けるよ……。その女神のこと、結構憎んでるみたいだしな……。」
「確かに、そういった感情がないと言ったら嘘になります。ですが復讐の為だとか仇討ちだとか、そういった個人的な清算では無く、単に次なる犠牲者が出ないよう『勇者』として討伐に来た次第です。」
「立派だとは思うが、女神さんなんだろう? 考え……過ぎなんじゃないか?」
人から聞いただけでここまで行動できるものなのだろうか。異常に唆されたように見える。狂信者に近い様子だ。
「あの女は女神なんかじゃない……女神の皮をかぶった悪魔だ……! 外道で非道なところが特に! 僕の予想が正しければ、あの悪魔はきっと魔王の幹部に違いありません!」
勇者の弁に大分熱が入ってきている。これは明らかに負の感情が表に漏れ出して渦巻いている状態だ。
その悪魔と一緒に暮らしている俺でさえも共感出来てしまうほどの内容に、違和感があり続ける。
まるでリズの本性を見てきたような……。
「一体、それだけの情報を誰から聞いたんだ?」
「同郷で後輩と名乗る人物からです。そうとは思えない真っ赤な髪の男で、最初は疑いましたけどね。」
他人のことをとやかく言える見た目じゃない勇者から、人物特定が容易そうな情報が出た。
女神とか裏の事情を知っている、赤髪の怪しげな同郷日本人────。
俺はおそるおそる聞いた。
「そいつ、斎藤 貫(とおる)……とか、言わなかったか?」
斎藤貫とは俺達の後に異世界転生してきた日本人のことで、何か裏のありそうな風貌から俺が勝手に黒幕と呼んでいた男だ。
一年半前にユールを旅立ったあの男と勇者が接触している可能性は大いにある。
「ええ、その人ですよ。随分と怪しい雰囲気の方でしたが、キークさんは彼をご存知でしたか。」
──マジで黒幕の仕業かよ!! あの黒幕が黒幕してたのかよぉ!!
「ま、まあ、同業者だから顔見知り程度には、な。」
平然を装って応えているが、俺の頭の中でニコリと笑う黒幕の姿が浮かび上がってくる。
黒幕は恐らく、別の女神から聞かされていた事情をべらべらと勇者に話してくれたのだ。
この男が強い意志を持ってこの街にやって来た理由がようやく分かった気がする。
「それでは僕達は他のギヒアードを探しに行ってきます。ここまでありがとうございました。お二人とも気をつけて帰って下さい。」
「ああ、お前達も気をつけろよ。」
(……ユイリーちゃん行こうか。)
(はい。)
俺達は気絶したまま放置していたギヒアの口を紐で縛り、ユールへ持ち帰った。
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