異世界歩きはまだ早い

a little

その4 “いつか”を迎える準備

 「──どうやってこの場所を知った。」


 その目に、限りなく殺気に近いものが宿っているのは分かる。だからその問いには正直に答えるとしよう。


 「一度来た場所だからな。来ようと思えばいつでも来れた。」


 その突き刺さるような冷たい視線が、俺だけ・・・に向けられたものと分かれば何の心配もいらない。強気でいかせてもらう。


 「相変わらずこんな辛気臭い場所に籠って義賊紛いのことやってたんじゃあ、どっかの奴らに目えつけられるんじゃないか? こう、場所も割れちゃってる訳だし。」

 「なんだとぉ!」


 俺の態度にわかり易く苛立ちを見せる部下達を、ボスが鎮めた。


 「それで、わざわざ出向いた用件はなんだ。」

 「そう急かすな。」


 俺が指をパチンッと鳴らすと、影から幼女が現れた。部下達は目を丸くしているが、ボスは物怖じ一つせず幼女の持つ袋を凝視している。


 影から現れた幼女の正体は、┠ 隠密 ┨と┠ 気配遮断 ┨を使用したかなみちゃんだ。ちなみに、場所が分かったのはかなみちゃんの┠ 叡智 ┨によるものに他ならない。


 かなみちゃんは大きな袋を┠ 収納世界 ┨から取り出すと、俺とボスの真ん中に袋をどかっと置いた。


 銀や金工品の擦れる音で、中身が何かは悟れる筈だが、部下が中身を確認する。


 確認を終えた部下がボスに一言告げると、再びボスの視線が俺に戻る。眼つきは依然険しいままだ。


 「随分と気前がいいな。過大評価されている気分だ。」

 「そいつは以前のお礼も兼ねている、受け取ってくれ。何をするにも先立つものは必要だからな。」

 「言っておくが、俺達が出せるのは情報までだ。仲間を切り売りするようなマネだけは──」  「全員だ。」


 「なに……?」


 初めてボスの表情に変化があった。眉間にシワを寄せ、眉を揉んだ。


 ここまでは手はず通り。そしてこれからもだ。


 「この洞窟に住んでいる全員を、うちで雇わせてはもらえないだろうか。」

 「ほう、全員ときたか。……何を企んでいやがる。」

 「いや、なに、少し大きな事業を始めようと思っててな。その為には人員が多く必要になる。勿論、働いてくれるなら給料……金は払うし、寝床が必要なら場所の提供も惜しまない。どうだ、悪い話じゃないだろ? 」

 「ボス! 交渉なんかに応じる必要無いですよ!」

 「……。」


 迷っているのが見て取れる。


 慎重に話を進めていきたいが、向こうの考えがまとまる前にかなみちゃんにバトンを渡す。


 「詳しい話は計画の立案者であり、現CEO候補の彼女から聞いてほしい。」

 「しーいーおー?」


 俺の横に並んで立っていた彼女が一歩前に出た。


 「初めまして。ご紹介に預かりました現CEO候補の蝦藤かなみです。早速で悪いですが、皆さんの現状をお聞かせ下さい。特に総員数の確認は重要です、業績に関わってきますから。」


 赤ぶちメガネをクイッと上げて、そう言った。


 かなみちゃんは気合いを入れるとき、形から入るタイプなのだ。


 


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 


 暖かい光が差し込む大きな大きな洞窟。その洞窟全体を見渡せる高台に、俺達は案内された。


 この一年、かなみちゃんは借金を返す為に┠ 叡智 ┨で沢山のことを勉強し、特に交渉術や経済学を読み漁ったそうだ。その知識を生かし、キノコ商会を発足するにあたっての裏の立役者となった。


 そのおかげで借金はあっという間に返せてしまったし、結構な収入が安定して手に入るようになった。貴族までとはいかないが、一般的な家庭よりはだいぶ稼げている。


 今回もその知識が役立ち、交渉は重畳。ちゃんとした交渉の席を用意してくれるまでに事は上手く進んでいた。


 ボスと三人の部下の後ろについて歩きながら、村の中を通り抜ける。


 現在、村に住む住人は二百六十人を超えているらしい。前に来たときよりも若干増えているが、それ以前に気になることがある。


 「女性の姿が殆ど見当たらないようだが、何かあったのか。」


 先を歩くボスは、振り返ること無く即答した。


 「俺が売った。盗賊として働けない奴は邪魔だからな。」

 「レイッ! あれは仕方の無い事だろ! そんな言い方はしないでくれ。 」


 緑色に染色された革防具を着た男があろうことか呼び捨てで詰め寄った。


 関係性は分からないがそれが許されているという事は、だいぶ近しい存在なのだろう。


 「レイ様レイ様」

 「レイさまー」

 「一緒にババ抜きしよー」

 「トランプで遊ぼー」


 地べたに座っていた子供たちがボスを取り囲み、ズボンを引張っている。


 子供たちはリズから貰ったトランプを持っていた。この一年、大切にしてくれていたらしい。


 「邪魔だガキども。退いてくれ。そんなつまらん遊びはよそでやれ。」


 ボスはそれだけを告げると、何事も無かったかのように歩きはじめた。


 「おい、子供相手にその言い方は──」


 俺の言葉を一人の子供が遮る。


 「レイ様、この前負けたからって怒ってるぅーー。」

 「……………くっ……!」


 ボスがピタッと足を止めてると、そんな声が漏れて聞こえた。


 「な、なっ、何のことだか……俺にはサッパリだな。」


 尋常じゃない汗をかいたボスがちらちら俺の顔を見てくる。明らかに動揺している。


 「レイ様まだ怒ってるーー」

 「レイさま弱いもんなー」

 「ビリっけつーー」


 子供たちがもう一押しだと言わんばかりに畳み掛ける。


 「…………一回だけだぞ。」


 レイ様、折れた。


 


 金髪オールバックで目付きの悪い男が子供たちと一緒に胡座をかいている。何故か俺達までババ抜きをする流れになって座らされている。


 「ときに、キクミネコウダイ。」


 ボスはトランプをシャッフルしながら俺に話し掛けてきた。俺は名前を教えた覚えはない筈なのだが……。


 「なんだ。」

 「お前が一年前に連れてきた女に、ガキどもがババ抜きともう一つ、『ダイフゴウ』って遊びを教えてもらったみたいなんだが、複雑で忘れちまったらしいんだ。出来ればでいいんだが……そのぉ、……こいつらに、『ダイフゴウ』ってやつ……教えてやってくんねぇか。」


 頭をポリポリと掻きながら、ボスは俺から目を逸らした。これはあれか、ツンデレというやつなのか?


 「レイ様配ってぇー」

 「早くー」

 「おおう、悪い。」


 コイツは見た目ほどに悪い奴じゃないかも知れない。


 これが終わったら、子供たちに大富豪を教えてあげよう。


 


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 


 彼女の交渉に俺がついて行く必要はない。俺なんかよりよっぽど強いし、交渉の術を持ち合わせている。

 もしもの事態は万が一にも来ないし、あったとしても俺の出る幕はないのは確実。


 かなみちゃんが奥の間に通されてボス達との交渉に及んでいる間、俺は緑の防具の男に話を伺うことにした。


 子供たちに見つかって遊びに誘われると、それどころで無くなるので、高台の端に移動して。


 「女どもが少ない理由を知りたいんだろう?」

 「はい。その話、詳しく聞かせてもらえませんか?」

 「ウチのボス、ああ見えて神経質だから、今から話す内容は内緒で頼むぜ。」


 そう言うと、男は語り始めた。きっかけと現状と男の決断を。


 「まだ俺達が四十人程の集落だった頃、一人の奴隷商人がお前達のようにふらっとやって来たんだ。そいつは警戒する俺達に交渉を持ち掛けてきた。「お前達の生活を最低限補償する代わりに、奴隷を積んだ馬車を襲撃して欲しい。」ってな。要するに、同業者ライバル達を潰して欲しいって交渉だ。正直、闇雲に馬車を襲ってギリギリ生計を立てていた俺達からすれば、願ってもいない交渉だった。だが、いい事ばかりじゃない……。」


 男は壁の出っ張りに腰を下ろした。

 子供たちの賑やかな喧噪が下から響いて聴こえてくる。


 「交渉が成立した翌日から俺達は、襲う馬車を選んで襲撃した。商人からは毎回情報が提供されたが、その情報が間違っていることも偶にあった。一度でも失敗すれば衣服や食糧の提供を止められる可能性があったから、俺達は独学で諜報技術を学び、確実に狙い撃ち出来るようにした。そんな生活が続いて、いつしか集落は三百人を超えようとしていた。」

 「そんなに居たんですか……。」

 「ああ。そしてついこの間、奴隷商人がここへやってきて、「このまま人数が増え続ければ支援出来なくなる。だから何人かウチで雇いたい。」と言ってきた。雇いたいなんてはただの詭弁だ。あのブタ野郎は女を好きなだけ選んで連れて帰りたいだけだった。集落の今後を考えて、それを承諾したのはボスである レイ だ。誰一人としてボスの決断に異論なんて問わないし、間違っているなんて考えない。それでもアイツは自分を責めている。「仲間を売ったのは俺だ。」と。

 最初期は三人しか居なかった。俺とレイと──連れていかれちまったリリーの三人だ。誰よりも止めたかったのは……悔しかったのは……あいつ自身の……筈なのにな……。」


 


 最後は振り絞るような声だった。自然と拳に力が入ってるように、強く握り締めていた。


 


 俺がレイと同じ立場だったらどうなってただろうか。


 


 大勢を守る為に、リズやかなみちゃんや薫さんやユイリーちゃんを奪われても、あんなふうに大勢の仲間の為に気丈に振舞っていられるだろうか。


 


 納得出来ない限り、一人でも奪われたら耐えられる自信はないな。


 


 だからこそ疑問が残る。こんな目に会って、何故、俺達の交渉を受け入れてくれたのか────。


 


 大切な人達を奪われてもなお、他人を受け入れることが出来たのだろうか。


 


 「俺達の交渉手段は、その奴隷商人と殆ど同じだと思います。なのにどうして、アナタ達のボスは交渉の機会を設けてくれたんですか……?」


 男は少し口角を上げて笑った。


 「そりゃ、レイがお前達を信じたからだろ。」

 「どうして俺達を信じられるんですか。裏切る可能性は考え無かったんですか。」

 「別に俺達は、奴隷商人の男に裏切られた訳じゃない。ただ、俺達の諜報力を持ってしてもあの男の悪い噂はひよこ豆一つ粒分も出なかった。そんな奴の元で働くのはどう考えても危険だ。トカゲがしっぽを切って逃げるように、俺達もいつか切られるかもしれないだろう? 対してキクミネコウダイ、お前達はどうだ? 俺達の調べだと、まあまあ悪事が出てくる。」

 「え……? 悪事、ですか?」


 一体何だろう。思い当たる節が無いようなあるような……。


 「お前達が"万能草"を根っこから抜いた所為で二度と生えてこなくなった。」

 「えっ……、」

 「ファーレン周辺の森林を無断で伐採もしたよな。」

 「……うっ、………はい……。」

 「オマケにキノコ商会を立ち上げイザナイダケの販売を開始。幻覚作用のあるキノコなんて、殆どの国じゃあ持っているだけで違法もんだ。」

 「そそそそれっ、ほほ、本当なんですかあ!?」


 違法、そんなのかなみちゃんからはきいていない。それは信じられない!


 「ああ。じゃなきゃお前達にあんな資金力は生まれないだろ。」


 一言なのにものすごく説得力がある。


 こういうときこそ落ち着かなければならない。反論の余地はまだいくらでもあるっ……!


 「やややや焼けば、幻覚作用は無くなって美味しく頂けますから……!」

 「食べる以外の用途で使われるって、考え無かったのか?」


 ……タベルイガイノヨウト?


 「…………あはははは。ヤダな、キノコは食べ物ですぜ。食べ物は食べる為にあるんですぜ。」


 頭が真っ白になりかけている俺に男は肩を組んできた。


 「まっ! 俺が言いたいのはこれだけの悪事が出てくれば、逆に信用出来るって事だ。あっ、俺の名前はエン。よろしくたのむぜキクミネコウダイっ」


 状況が整理出来ないです。キクミネコウダイはフリーズ中です。


 「おっ、どうやら交渉が終わったらしいぞ。」


 エンが指差した方向から、かなみちゃんと数人の部下を引き連れたレイが高台に現れた。


 「レイ、交渉はどうだった。」


 エンの奴がボスであるレイに話し掛けた。


 「今からそれを、ここにいる全員に伝える。」

 「そうか。」


 レイは高台から洞窟全体を見下ろせる位置に移動した。それと隣にかなみちゃんがいる。


 「皆! 聞いてくれッ!! 俺達は今日から、こちらにいらっしゃるお方、直属の諜報部隊になる! 奴隷商人に従う必要はもう無いッ! 俺達全員でこの穴蔵から出られる日が漸く来たんだ! 新たな活動拠点を持って俺達は働くことになる! これまで通り、諜報活動をしていくわけだが勿論っ、表立ってやる訳にはいかない。表向きでは別の活動をして、裏で諜報活動に当たることになる。以上だ! 異論は無いなあ!!」

 「「「「おおおおおお」」」」


 異論が出ない。今の演説はほぼ交渉の内容を話していた訳だから質問くらい出てもいいとおもうのだが……。


 「なら問題はないッ! お嬢、皆に挨拶をお願いします。」


 お嬢? 聞き間違いじゃなければ今かなみちゃんはお嬢と呼ばれていなかっただろうか。


 レイの横に並んで立っていたかなみちゃんが一歩前に出た。


 「ご紹介に預かりました、蝦藤かなみです。私は皆さんに安息の地を与える訳でも、楽な道を示す訳でもありません。人によっては今よりも厳しい環境に身を置くことになるでしょう。根性や覚悟が必要になるでしょう。それでも付いてくると言うのなら、今よりも充実した暮らしと奴隷商人に連れ去られた方々を助け出すことを誓いましょう。皆さんに多くは求めません。自分に出来ることから少しずつ頑張るのです。そして、これだけは誰にも負けないと思える何かを見つけてください。どんな小さなことでも構いません。意味の無いことなんて一つないのですから。もしかすると後悔はあると思います。それでも、ついてきたことが間違いだったとは一秒たりとも思わせません。ですから、よろしくお願いします。」

 「「「「「「「おおおおおおおおおおおおお」」」」」」」


 さっきのボスの演説より一層、大きな拍手と歓声があがった。まるでコンサートホールのように響いて聴こえた。


 いつの間に、人心掌握術なんて習ったんだ……。


 兎にも角にも、かなみちゃんは暖かく受け入れられた。


 


 

 その後、お嬢かなみちゃんはCEOではなくオーナーとして、表向きのお店< れいザらス 一号店>を ユール にオープンさせた。


 れいザらスは異世界初の子供向けホビーショップとして、爆発的な人気を得ることとなった。特に、トランプ はれいザらスの目玉商品となり世界中に広まった。


 もうすぐ二号店もオープンさせたいとかなみちゃんは言っていた。


 


 


 

 ────まさか、あのトランプが、個人情報を抜き出すアイテムになっているとは、殆どの種族が知る由もなかった……。


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