異世界歩きはまだ早い

a little

第18話 地球へ

 気付けば夜。


 レクムで食事を済ませるのと同時に薫さん親子を迎えにあがる。

 暗くなる頃には客足が途絶え閉店するレクムも、今日はギリギリまで人で溢れていた。

 その状況が俺達にとっては都合が良い事この上なかった。

 人混みの中に紛れれば、強めに八つ当たりしたオッサンに遭遇する可能性が減るからだ。


 とは言え、万が一があるとあれなので、俺とリズはローブ姿に頭布まで被って店内に入った。


 俺達の行動に、怪訝な表情を見せた薫さん達にはしっかりと事情を話しつつ、宿へと戻った。


 


 部屋に入り小休憩を挟みつつ、いつも変わらぬ一日の出来事を報告する近状報告会。

 変わったことと言えばトランプがなくなったことと宿そのものぐらいだろう。


 「──私達はレクムで働いていただけですので、報告は以上です。」


 お互いの報告が一段落した後、かなみちゃんが思い出したかのように唐突に話を切り出した。


 ちなみに場所は俺とセバスさんの部屋。


 「そうそう、みんな聞いて。かなみね、遠くの場所に一瞬で移動できるスキル持ってるみたいなんだ。」

 「遠くへ移動……? それって何処にでも行けるとかかな?」

 「うん。でも、どこまで行けるかはその人の魔力量にいぞん? するって。」


 思い当たる節があるのか、リズは立ったまま説明し出す。


 「それは恐らく、┠ 瞬間移動 ┨ですね。」

 「瞬間移動って……あの、ですか?」

 「はい、あの、アレです。でもちょっと違いますかね。スキルを持っている人しか移動できない点とか。」


 どうやら、前世でも聞いたことがあるような能力と、さほど変わらないスキルらしい。


 「かなみちゃん、試してみたりはした?」

 「ううん。今から試してみる。」


 そう言うとかなみちゃんは目をつむり、人差し指と中指を額に当てがって、まさしくそれっぽいポーズを取った。


 その地球育ちのサ○ヤ人が修得しそうなポーズはなんとなく止めねばならないような気がした。


 「今日は遅いし、明日からでも──」

 「おじいちゃん家行ってくる。」


 聞き間違い───かとも思ったが、真剣な表情を覗かせるチートスキルいっぱいの女の子。であればやり兼ねない。


 「……それって、かなみちゃんのおじいちゃんの家ってことだよね?」


 一応、勘違いのないように聞き返すが、もしそうなら時間が遅いとかそういう問題依然の問題だ。


 何故ならそれは──地球に帰ることが出来るという話になるのだから。


 「まさかー! いくらかなみちゃんの魔力量が異次元でも、世界を渡るのはムリですよー……」


 リズですら、その可能性は否定した。

 でもかなみちゃんの表情は変わらず、真剣そのものだった。


 「──すぐ戻ってくる。」


 

 その瞬間────。


 

 かなみちゃんの姿が一瞬ブレて見え、残像すら残さず消えさった。


 

 「「「…………」」」


 

 場を静寂が呑み込む。


 

 目の前で起こったイリュージョンに、その場にいた全員が目を丸くした。


 初めてかなみちゃんに会った時の衝撃。それを思い出すレベルの衝撃だった。


 「「ええええええええぇぇ!!」」


 俺とリズはただただ単純に絶叫。

 目の前で少女が忽然と姿を消す現象に動揺なんか隠せない。


 「かなみちゃーん! かなみちゃん!」

 「どこですかー! 出てきてくださーい!」


 俺とリズは部屋中を探し回った。


 ベッドの下やカーテンの裏、イスの下や引き出しの中、セバスさんの下やテレビの裏などくまなく探した。


 

 「お二人共、落ち着いてください。」

 「「これが落ち着いていられますか!?」」


 薫さんは目の前で自分の子供が居なくなったというのに、やけに落ち着いていた。


 薄情、無慈悲────そんな言葉は薫さんには似合わない。


 リズに対して容赦ないところがある人だが、薫さんが自分の娘に対して何も思わないなんて有り得ないことだ。


 「かなみが急に居なくなる事は最近よくあったことです。それに……あのテレビで、この前みたいに地球の様子を確認できれば、見つけられるんじゃないですか?」

 「「その手がありましたか!」」


 普段から気配を消すチートスキルやらなんかで、かなみちゃんの行方が分からなくなる事はあったというのに、その事を完全に忘れ、動転しておかしな行動をしていたようだ。


 

 以前、交通事故の現場を俯瞰視点で捉えることが出来たこの <三十二型水晶テレビ> なら、地球の様子はお見通しなはず。


 俺も、多分リズも頭からすっぽり抜け落ちていた簡単な方法。

 薫さんはそれを覚えていたが為に冷静でいられたようだ。


 かなみちゃんがおじいちゃん家に行ったのであれば、そのテレビで見つけ出すことができるはず。

 急いでリズに指示をする。


 「リズ、テレビを!」

 「分かってますっ!」


 一旦しまっていたテレビを再度、二人で取り出しテーブルに運ぶ。


 邪魔な物を退かしテーブルの十分なスペースを確保したら、そこに設置。これで準備完了。


 「「薫さん場所は!!?」」


 二人で同時に薫さんを見つめて応えを待った。


 「ええ、はい。場所は──」


 その時。


 「──ただいまー。向こうも夜だったから帰ってきちゃった。珖代の言う通り明日に……って、二人とも、どうしたの?」


 かなみちゃん。無事帰宅。


 呆気に取られた俺達はテレビの前で口をポカーン、する。


 色々と心配していたが、取り越し苦労に終わったことで力が抜け、二人同時に項垂うなだれた。


 「「よかったぁー……。」」


 


 

 それから程なくして気を取り直し、ベッドの上で円になるように集まり会議を始めた。


 「えーこれから、『第二回パーティー緊急会議』を、行いたいと思います。」

 「第二回? 一回目ってなんだ」

 「セバスちゃんとFランククエストの件です。」

 「あーそれか」

 「今回の議題はかなみちゃんの┠ 瞬間移動 ┨についてです。」

 「はい、リズ」


 情報を整理する為に、かなみちゃんに質問をしたい旨をリズに伝える為に手をあげた。


 「リズと呼ばれるのは自販機の下から五百円玉を拾うくらい嬉しいですが、議長とお呼びください。」

 「前回そんな感じじゃなかったよな……!?」

 「ぎちょー。」


 かなみちゃんがピシッと手を挙げた。


 「はい、かなみくん。」

 「なんでもありません。ただ呼んでみただけです!」

 「ただ呼ぶのはやめてください。それとカオリンくんは、クズニア呼びをやめてください。」

 「バウ!」

 「セバスちゃんくん、会議中です。静かにしてください。」

 「ぎちょー。そこはセバスくんではないでしょうか!」

 「では、セバスくんちゃん、くん……ですね?」


 このままだと本題に移りそうにないので俺から進める。


 「かなみちゃん、┠ 瞬間移動 ┨は使えたってことでいいんだよね?」 

 「うん」

 「改めて聞くよ。場所はどこかな?」

 「おじいちゃん家」

 「もう少し、正確に言うと?」

 「お母さんのお父さんとお母さんお家」


 寧ろややこしく聞こえる言い回しになったが、俺の質問が悪いので聞き直す。


 「うーん、つまりこのセカイではない?」

 「うん。地球の日本のおじいちゃん家。」


 今度は薫さんからの質問。


 「かなみ、移動距離は魔力量に依存するって言ってたけど、それは魔力を消費していると言う事なの?」

 「そうだよ」


 薫さんは質問続ける。


 「地球に行くためにどれだけの魔力を消費したか覚えてる?」

 「行って帰ってきて、もう一回行けるくらいの魔力量はあったと思う。だから三分の一かな。」

 「あと一回分が使えるならおじいちゃん達の所に先に行っててもいいのよ。」


 その質問は一番聞きたかった大事なものだ。

 今後にも大きく関わる意味のある質問。


 「ううん。まだ、やりたい事もあるし、一人だけ帰るのはイヤだ。」


 帰るも帰らないもかなみちゃんの意思次第だけど、念の為聞き返した。


 「かなみちゃん、本当に帰る気は無いのかい?」

 「うん。おばあちゃんとか、学校のみんなにも会いたいけど、片道だけなら、今は……いやかな。」

 「俺達は魔力のことを知らないけど、それは、回復するものなのかい?」

 「うん。丸一日かければ、行って帰ってこれるくらいの魔力は溜まると思う。」

 「じゃあ、早くて明後日には、日本のおじいちゃん達に会いに行けるってこだね。」

 「ここで満を持して議長登場。別に無視されたことで悲しいとかでは無いです。本当におじいちゃん達に会っていいものなのでしょうか?」


 リズは偶にまともなことを言う。俺も気になっていたことだ。


 「確か、みんな行方不明扱いになってるんだったよな。突然現れたら驚かれるかも知れないなぁ……。向こうじゃどのくらいの時間が経ってるんだ?」

 「コッチでもリアルタイムで日本のテレビ番組とか見れますから、どちらの世界も時間の進み具合は一緒ですよ。だから、行方不明になって三週間、てな感じです。」

 「私は、娘が会いに行ってくれるのなら、そうして欲しいと思います。やっぱり、祖父母は心配していると思うので。」

 「かなみもおばあちゃんとか友達にも会いたい。驚いちゃうとは思うけど、やっぱり直接会えるなら、その方がいい。」

 「うん。パニックを極力避ける為にも、学校の友達に会うのは辞めておいた方がいいと思うなぁ。」

 「そうですね。かなみ、学校のお友達に会うのは我慢してね。」

 「うん……分かった。」


 かなみちゃんは少しうつむき加減だったが、了承してくれた。

 会える距離まで行けても会えないのは辛い筈だから無理もない。だから、ここは気分を変えるために、ぼーっとする議長に無茶ぶりをしてみる。


 「議長、意見をまとめもらえますか?」

 「え? えー、はい。じゃ、それっでいきましょう。」

 「日にちは出来るだけ、早い方がいいと思います。かなみの回復を待って二日後が、最適かと。」

 「だ、そうですけど議長。」

 「まー、なら、それでいきましょう!」

 「議長、途中からやっつけになってないか……?」

 「いや、いいんですよ! 議長なんてこんなんで。はいっ、なので、会議終了! 解散。ありがとうございました。解散!……ところでかなみちゃん、地球の料理を買ってくることは、可能ですか?」


 リズは口端からダラーっとヨダレを垂らす勢いで聞いた。


 「お前、それでうわの空だったのか……」

 「コッチに来て、はや三週間。皆さんはこれがあったら便利とか、ないと不便とか思うものはなかったのですか?」

 「「「いや、特に……」」」

 「バウ……」

 「無頓着ですか!!」

 「かなみちゃんが居れば、なんでも創ってくれるからなぁ……」

 「バウバウ」

 「セバスが美味しい物があるなら私を食べてみたいだって。」

 「コッチでは日本円は使えませんし、どうせならかなみにおつかいも頼もうかしら。」

 「さっすがカオリン! 話わかるぅ! 伊達に栄養溜め込んでないですね!」


 リズが叩いてブルンと揺れた。何処とは言わないが薫さんがブルンと。


 「殺しますよ。」

 「直球!?」




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 緊急会議から二日後。


 かなみちゃんは準備に追われていた。


 作った水筒と転移するとき持っていた日本円の入った財布、お守りを首からぶら下げ、地球へ向かうは準備バッチリ。


 レクムでの手伝いは今日はお休みにさせてもらっている。


 「それじゃ、行ってきます。」

 「行ってらっしゃい。車には気をつけるのよ。」

 「知らない人にも気をつけるようにね!」

 「何かあったら、すぐ戻ってきてくださいよ!」

 「────うん。」


 シュンっという風切り音と共に、かなみちゃんはそよ風を残し行ってしまった。


 「リズ、テレビで追うぞ!」

 「はいはい!」


 テレビで映し出されたのは薫さんの実家である八百屋。


 人通りが決して多い訳では無い八百屋の前に不意にかなみちゃんが姿を現した。


 衛星写真の様な視点では、かなみちゃんが八百屋に向けて口を動かす姿が見える。

 その後、中から飛び出してきたおばあちゃんらしき人物がかなみちゃんに抱きついた。


 「リズ、音、音量上げてくれ!」

 「分かってますよ!」


 リズが徐おもむろにテレビの音量を段々に上げていく。


 (───本当にかなみなのかい!?)

 (うん。今おばあちゃんしかいない?)

 (おじいちゃんなら、中にいるよ。そんな格好じゃ寒いでしょう? とりあえず中お入り。)

 (うん)


 かなみちゃんはおばあちゃんと一緒に建物の中へと消えていった。


 「リズ! この衛星写真、中の様子は映せないのか?」

 「これ以上はムリです……音を拾うので精一杯です。」

 「いいんです、珖代さん。声が聴こえるだけで十分ありがたいですから。」


 薫さんは微笑んでいた。


 「薫さん……」


 俺にはそれがどこか儚く見えた。


 

 (お父さん来てください。お父さん!)

 (なんだ! 薫が帰ってきたのか!? なんだかなみか……ワシはてっきり薫が帰ってきたのかと……ってかなみぃ!!? かなみが帰っきたじゃとぉぉ!?)


 「おじいちゃんですか? すごい良いリアクションしますね。」

 「ビックリし過ぎて倒れたりしないよな……?」


 俺達から様子が見えないので余計に心配になる。


 

 (かなみ、一人で来たのか?)

 (うん……。お母さんは、今は来れないの。ずっと遠くにいるから。)

 (そうか……。)

 (でも、お母さんから手紙は預かってきてるよ。)

 (本当かい! 見せとくれ! ……どれどれ)


 「今、読んでるんですかねぇ。」


 渡したお守りの中には、薫さんが両親に宛てた手紙が入っている。

 かなみちゃんはそれを渡したと思われる。


 内容は俺も知らない。


 

 (そうか……。良い人達に出会えたんじゃな。)

 (うん!)

 (お父さん、私にも読ませてください。)

 (ああ、読め読め! よしっ! ここまで疲れたじゃろ? かなみ、じいちゃん達と久々に温泉でもいくか!)

 (うん! 行くっ!)


 「イイな〜温泉入りたいですー」


 リズが頬杖をつきながそんなことをこぼした。


 「風呂には入れてないもんなぁ……」


 溜息をつきながら言うリズの気持ちがよく分かる。


 ──風呂を買ってきてもらう……いや、それは無理か。


 


 夕方。


 温泉から帰ってきたかなみちゃんはそのままの流れで晩御飯をご馳走になっていた。


 (かなみ、もう暗いし今日は泊まっていくじゃろ?)

 (ううん。食べ物を買いに行かなきゃいけないからもう帰るよ。)

 (じゃったら、うちにたくさんあるから好きなだけ、持ってけ。)


 

 少ししてから、かなみちゃんが向かったときは持って無かったリュックを背負って八百屋から出てきた。


 

 (今日、お母さん来れなかったけど、今も空の上から見守ってくれてるよ。手を振ってあげて。)

 (こ、こうかの?)


 かなみちゃんに言われるままに手を振るおじいちゃん達はしっかりと映っていた。


 

 (おじいちゃん、おばあちゃん。今日は本当に楽しかったです。ありがとうございました。)

 (かなみ向こうでも元気での……)

 (うん! それじゃあ、さようなら。)


 かなみちゃんは笑顔を向けたままおじいちゃん達の前から消えた。

 ┠ 瞬間移動 ┨を使ったのだ。


 

 (行ってしまいましたね。)

 (なに……また、お盆の時にでも会える。)



 ────うん。やっぱり。


 

 完全に勘違いしちゃってる。


 

 かなみちゃん、分かってたのかな。



 帰ってきたら聞いてみないと。


 


 そのあと、かなみちゃんは大型スーパー『ヨークベニオカ』 にて、皆から頼まれた物やお菓子を買って帰宅。


 おじいちゃん達が勘違いしている事を伝えると、顔を真っ青にして、┠ 瞬間移動 ┨を使おうとし出したので、皆で止める騒動になった。

 危うく、かなみちゃんが魔力尽きて帰ってこれなくなるところだった。


 今は営業終わりのお食事処 レクム の厨房とテーブルを借りて、遅めの夕食を取っている。


 料理は薫さんの作る <具沢山の野菜カレー> だ。


 「「美味しい!!」」


 一口食べた感想がリズと被った。


 煮込む時間なんて無かった筈なのに、野菜の旨みが余すことなくルーに溶けだしている。トッピングされたチーズもまたいい味を出して飽きさせない。


 「……こんな……こんな、見た目の料理が美味いなんて……! 悔しい! でも、止まらないっ!」


 リズは色的にカレーを敬遠してきたそうがスプーンが止まらない。


 「う……ゔまい……ゔまいよー……こんなに美味いカレーが食べられるなんて、死んでよかったぁ……!」


 美味しさのあまり、涙がとめどなく溢れた。

 死んだことに感謝したが生き返ったことに感謝すべきだったかもしれない。


 「……確かに、美味いし止まらないんですが、何故でしょう……なにか、物足りなく感じる、この感覚は……!」


 ──そう、これはカレーであってカレーでない。


 「カレーはな、 "炭水化物" が合わさることで完成形へと至るんだ……。だからこいつはまだ、本気を出しちゃいねぇんだよ……」

 「これでまだ変身を残してるなんて……これ以上のモノを出されたら私……!耐えられなくなっちゃいますぅぅう!!」


 身悶えするリズの顔は、既に耐えきれず "メシ顔" をキメていた。


 その顔になればもう、薫さんのご飯なしでは生きていけなくなるだろう。


 「珖代、おかわりたくさんあるからね。」


 かなみちゃんがルーをお皿によそってくれる。


 「私もおかわりお願いします! 」


 薫さんは厨房で片付けをしながら微笑んで見ていた。


 俺は涙とスプーンが止まらなかった。


 


 それから、かなみちゃんはおじいちゃん達の誤解を解きに行き、定期的に食材を日本から仕入れて来るようになった。


 中には、どうやって仕入れたか分からないような高級食材があったりもしたが、法には触れない方法で手に入れてきた……らしい。理由を聞くのが怖いので触れずにおいておこう。


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