異世界歩きはまだ早い

a little

第三話 更に巻き込んでいた男

 「どうしてあんな小さい子までここに来てるんだッ! 説明してくださいよ! リズニアさんっ!」


 リズニアさんの両肩を鷲掴みにして揺さぶる。怒りと焦りの感情のままに揺さぶったものだから、リズニアさんの頭がぐわんぐわんと揺れている。


 「あ〜あ〜。私にも分かりませんです〜。とりあえず〜ここの女神として説明をして来ていいですか〜」


 頭と一緒に語尾が揺れている。何とも無いような素っ気ない返事を返され、この人が何を考えているのか分からなくなる。いや、もしかすると何も考えていないのかもしれない。


 「……あぁ。そうですね」


 睨むのも面倒なので、多少不満は持ちつつもリズニアさんから手を離した。


 小さな女の子相手に、どう説明するつもりなのか分からないが、元々そういう役割をするためにここにいる女神だったことを思い出し、信じて待つことにした。


 ──女神と言うだけあって、人のことを想いやれるいい奴。……ではあるんだろうな。少し頭が足りていない気もするが。


 リズニアさんは泣いてる女の子に近寄ると、自分の膝に手を置くように屈みながら話し掛けた。


 「お嬢ちゃん、お母さんを探してるのかな?」

 「……うん」


 俯きながらもしっかりと答えた少女に、リズニアさんは少女自身が置かれている状況について、少女にも理解できるように話してみせた。


 「ここはね? 死んでしまった人しか来れない場所なんだぁ。 だからねー……あなたは死んじゃったんですっ! ……でも安心して下さい! お母さんも一緒に死んでいれば、ここで会えるかもしれないよ!」



 ────は?



 「……なんで……なんで、そんなこというの……」



 ──ほんっっっとその通りだ。



 泣きやみかけていた少女も、再び泣き始める。


 「……おい。ちょっと」

 「はい? 」


 少女からリズニアを引き剥がし、少し離れた場所に連れてくる。先ほど、リズニアの両肩を鷲掴みにした要領で、今度は、胸ぐらを掴む。


 また揺らしにかかる為ではない。睨んだときに、目を逸らされないようする為だ。


 お互いの鼻先が触れるか触れないかの距離。細めた目に力を入れる。


 「なぁリズニアさんよ……どういうつもりであんなこと言ったんだぁ……?」


 どういうつもりなんじゃワレェ!! という目で睨んだ。


 「う、嘘はついてないですよ? ただ、事実を伝えたまでです」

 「幼気いたいけな少女に現実突きつけてんじゃねぇよ!」


 ──撤回。

 前言撤回だ。

 人の気持ちも分かろうとしない女神がいい奴な筈がない。いや、もはや女神ですら怪しい。悪魔だ。悪魔だと言われた方がまだマシだ。納得できるぞ。俺は。


 ダメだこの女神。何とかしなきゃ。と思ったが、今はそれどころではない。少女の件に関してはまだ何一つ解決していないのだから。


 俺の中でリズニアさんの名称が悪魔女神に変わった矢先、ムスッとした表情で溜まっていたものを吐き出すように反論してきた。


 「私が全部悪いみたいに言いますけどぉ、事故を起こした張本人はこうだいですし! 責任の半分はこうだいにありますぅ!」


 子供みたいに頬を膨らませて怒っている。擬音なら、プンスカプンスカ聴こえて来そうだ。


 「おまっ……はぁ……。」


 何だか本当に子供に見えてきて怒る気にもならない。


 全部が全部、リズニアが悪いとは言っていない。

 が、元はと言えばこの悪魔女神のせいでこんなことになってしまっているのだから、悪魔女神本人にそこを突かれると、イラッとくる部分はある。イラッと。


 しかし、抑えなければならない。コイツと小競り合ってても、何も解決しない。女の子の為になんてならない。


 ふと、少女の今後に意識を戻せば、今直面している問題が多すぎることに気づき、ため息が零れた。


 リズニアの襟元から手を離し、現状の打開策を冷静に考える。


 少女を助けるには。少女のこれからは。

 母親について。真実について。

 俺にできること。今、してやれることは何か。


 その他諸々、頭の中で張り巡らせて、とりあえず泣き止むのを待つことにした。その後、落ち着いたらどんな状況だったのかは訊かねばならない。

 死んだことを思い出させるのは酷だ、とリズニアは言ってくるかもしれない。それでもその質問は避けて通れない。


 聞き出したことによっては、母親が生存している可能性があったり、この世界の狭間に遅れて来ることが確実だったり、あるいは、事故が起きたとき全く別の場所にいて、巻き込まれて死ぬはずなんてない。なんてことが判断出来るかもしれないからだ。


 状況次第では、この子に希望を与えてあげる事だって可能だ。

 ダメだった時のことは……そのとき考える。

 俺の中でまとまった意見をリズニアに伝える。

 彼女の言葉やり方では人を傷つけてしまう。それをできる限り知ってもらえるように。同じように、彼女自身が傷つかないように心掛けながら。


 「──リズニアさん。あの子が死んだことは紛れもない事実なんだろう? 俺一人だったら、冗談みたいに言うあんたも軽く受け流して、はい、終わり……。で、それで良かったかもしれない。でもな、あんたよりも小さな女の子が、勇者を転生させるっていう、冗談みたいな出来事に巻き込まれて、死んだんだ。さっき俺にしたみたいに、あの子に泣きついたとしても、許される事じゃないし、色々と、言い方にも気をつけてあげて欲しいんだ……。あの子の事はとりあえず、今は俺に任せて欲しい。リズニアさんはそこで見ていてくれて構わないから。見ていてくれたら上手くやれる自信がある。だから俺に、やらせてくれないか?」

 「うぅん、……分かりました。しっかり見届けさせて貰いますから、お願いしますよっ!」


 なんだかホッとした。リズニアさんは俺に対する溜飲を抑えてくれたらしい。


 少女のそばまで近寄る。


 俺は少女の前で座り込み、片膝を立て、目線を合わせる様にして話し掛けた。


 少女は栗色の艶のある髪をしていた。生まれた頃から髪を伸ばし続けているのか、淡い栗色の髪先はお尻の位置までもある。


 「あの、お嬢さん。お名前……教えてくれるかな?」

 「……か……なみ。……ぐすんっ」


 いまいくつ? お家はどこかな? なんて続きそうな、不審者一歩手前の質問トークに、答えてくれた。


 「かなみちゃんかぁ、素敵なお名前だね。かなみちゃんはさ、今、お母さんを探してるのかな?」


 またしても不審者圏内な質問が飛び出てしまったが、かなみちゃんは目を擦りながら、こくりと頷いてくれた。


 「……そっかぁ。よしっ、かなみちゃん、お兄さんも一緒に探してあげよう!」


 また頷いてくれた。


 ────うん。かわいいなぁ。こんな子供が欲しくなるなぁ。


 仏のような気持ちで接している内に、気が付けば頭をぽんぽんと撫でていた。


 世に聞く不審者達の中には、ひょっとしたら仏が混じっていたかもしれない。そんな変な妄想に浸りながらも本題に入る。


 「そのためにまず、お母さんとどこではぐれちゃったか思い出せるかな?」

 「ちょっとぉ! なぁんてこと思い出させようとしてるんですかぁ。外道ですねこうだい、外道。とても人の為せる所業じゃありませんよ。と言うか、ここが地球なら間違いなく通報ものですよぉ?」

 「……な、なら、どうすんだよ。」


 いつの間かリズニアは俺の傍まで来ていた。


 水を得た魚のように、俺の酷い質問を突いてくるが、全て予想通りなのでそこまでムカつかずにいれた。

 決して暴言を吐いたり、殴り掛かったりはしない。今の俺は仏なのだから……。


 「状況を知るならこれが一番早いですよっと」

 「なんだそれ?」


 リズニアさんはイスの下に置かれたバスケットから、簡易で質素なテーブルと、四角い白い箱の様なものを取り出した。


 バスケットに収まらない容量なのは明らか。あのバスケットはさながら、四次元ポケットかなんかだろう。


 テーブルにどんっと乗っかるソレはなかなかに質量がありそうだ。


 「32インチの水晶テレビです」

 「……水晶テレビ? 液晶じゃなくて? 」

 「まぁ見ててください」


 百聞は一見に如かずと言わんばかりに、徐ろにリモコンを取り出し、テレビを点けた。


 かなみちゃんはリズニアさんに思う所があるのか、俺の後ろに隠れてその様子を見守っている。


 ──あいつのことを怖がってる……と言うより嫌がってるだな。無理もないか。


 「これは地球の映像を映し出せる水晶なんです。これで事故が起きたポイントを観てみましょう」


 テレビに映る映像は確かに事故現場の付近を俯瞰視点で映し出していた。


 「そんなのがあるなら早く言ってくれ……」


 映像からは、事故の影響なのか立ち往生する二、三台の車や人々が見えた。

 ゆっくりと映像が事故現場へスクロールしていく。

 ドローンが撮影した映像を、テレビを通して見ている気分だ。


 現場の映像にタイヤ痕が映る。これは、俺がブレーキを踏んだことによってできた跡だろう。辿っていけば反対車線まで続いているはずだ。そのブレーキ痕をなぞるように、映像はスクロールを続けていく。


 途中、妙なモノが映り込む。


 「リズニア、ちょっとストップ。……あれはなんだ」

 「あれは、勇者さんです」


 勇者さんです。と、悪魔女神が言ったソレは、上下が逆さまの状態で、何故か地面に顔が埋まっている人だった。それと何故かは分からないが、手足がピンっと天に向かってのびていて、妙に姿勢がいい。


 役所なんかに飾ってありそうなオブジェのような見た目。いや、そんなモノないか。


 「何で地面に頭から突き刺さってるんだよッ!」


 当然の疑問を俺は投げかけた。


 「トラックに当たらないと分かった瞬間にひらめきまして、ジャーマンスープレックスをキメてしまいました。本当なら、ジャーマンでトラックの角に頭をぶつけて殺そうと思ってたんですけど、それすら避けられてしまいまして、こうなりました」


 ────突き刺さる理由にはなってないよな……。


 「そ、そうか……。あの状態じゃ、勇者……候補くんは助かりそうになさそうなんだが? どうなんだ?」


 スルーしたくなるくらい、頭が痛くなる問題が出てきたっぽいが、俺に責任の一端がある以上、人の生き死にに関わることは聞いておかねばならない。


 「あれ? ……言ってませんでしたっけ? こうだいより先に来て、異世界に送りましたよ?」

 「……マジにですか」


 ──おいおい、俺より先に犠牲者が出てたのかよ……。


 とにかく、事故現場をみたい思いが強くなってきたので、テキトーに流しておいた。頭を抱えるのは後まわしだ。


 映像は遂に、トラックを映し出した。

 トラックの形状は原型を留めておらず、その事故の悲惨さ物語っていた。勢いよく電信柱にぶつかったことで、運転席が完全にぺしゃんこになってひしゃげている。


 俯瞰視点では俺の姿は見えないが、フロントガラスに血飛沫が掛かっているのが分かる。


 「──ん? 何してるんでしょうか? あの人達」


 リズニアさんの疑問に俺も首を傾げた。

 ボンネット付近から煙をあげるトラックの右側面に、六人の男女が集まってトラックを揺らしている。


 その反対側では、サラリーマン風の男が地面に顔を付けてトラックの下を覗き込んでいる。


 「下に、誰か挟まれてるのか……?」

 「かなみちゃん。お母さんはこの人かな?」


 車を揺らす、一人の女性を指さすリズニア。


 女性は三人いたが、内二人は制服を着た女子高生だったので、消去法で選んだのだろう。


 「……」


 リズニアの質問を軽く無視するかなみちゃん。仕方が無いので俺が質問する。


 「この中に、お母さんいるかな?」

 「……ううん」


 何この子。俺にだけ懐いてるみたいで超かわいい。


 (「「「「せーのっ」」」」)


 テレビから現場の音声が聴こえた。リズニアがリモコンで音量を上げたらしい。


 (み……見えました!や、やっぱり、下敷きになってるみたいですっ。……皆さん、も、もう少しですよ!)


 俺の予感は当たっていたらしい。地面に伏せているだけに見えたサラリーマン風の男は、安否を確認する役にまわって下敷きになった誰かを見ているようだ。緊迫した現場の空気が伝わってくる。


 (「「「「せーのっ」」」」)


 折れて骨組みを露出させた電信柱に、ガッチリと運転席がハマってしまったらしく、トラックを動かす人手はギリギリに見える。


 徐々に後方が動くトラックの下から、血の池とそれに浮かぶ手が見えてきた。随分と真っ赤な手だが、俺の袖をギュッと掴むかなみちゃんのそれとは、少し違う。大きさ的にも。きっとその手は、かなみちゃんの──。


 「──お母さんっ!」


 突然、かなみちゃんはそれだけを告げて闇の中を走り去っていった。振り返ると、かなみちゃんが走っていった場所に誰かが居ることに気づく。


 かなみちゃんはその人物に抱きつくとわんわんと泣き始めた。その行動を示すだけで、そこにいる人物が誰であるかは明白だ。


 「おい待て。何を言いに行くつもりだ? 説明なら後にしろよ、親子水入らずの時間なんだから」


 悪魔が再会を果たした親子に近寄ろとしたので手で遮った。


 「……やだなぁ! 私もそんなにヤボじゃありませんですよ? ただ、かなみちゃんに、お母さんも死んで良かったねーって一言いいに行くだけですよぉ」


 ───分かった。

 コイツは単なるクズ。クズニアだ。


 俺の中でリズニアこいつの呼び名が更新された。


 「もうお前は何もするな。説明も全部、俺がやっとくから」


 一旦、かなみちゃんが泣き止むのを待ってから近づいて、俺はこの場所がどういう場所なのかをその人物に説明した。


 死んだことは直ぐには納得してもらえなかったがそれが当然。予想外だったのは、

「あなたがおっしゃる事ならとにかく信じたいです」

と言われた事だ。理由が思い当たらないが、かなみちゃんが俺に懐いてくれているからなのかもしれない。


 「失礼でなければ、お名前をお伺いしても?」

 「喜久嶺、珖代です」

 「蝦藤えびとう薫かおりです。こっちは娘のかなみです。私のことは薫。と、呼んで下さって構いませんよ」


 薫さんは、娘と同じ栗色の髪をしていて、腰辺りまでの長さがあり、瞳の色も同じ色をしている。品を感じさせる言葉遣いで、かなみちゃんが大人になった時のことが想像出来そうだ。そのくらい、似た者親子。子持ちでありながら、底知れぬ妖艶さが溢れていて、結構危ない魅力がある印象を受ける。10歳ほどの娘がいるから30代なのだろうが、とても若々しく見える。


 ちなみに、鼻を突く臭いがするのだが、これは恐らく、赤黒く染まった服のせいだろう。


 「その……薫さん。一つ……謝らなければけないことがあります」


 ────俺のせいで死んだこと。謝っても済む問題じゃないけど。ちゃんと言わなきゃな。


 「その前に明かり、向こうにしか無いので移動しましょうか」


 スポットライトの方へ薫さんを誘導する。クズニアとも挨拶を済ませる為に連れてきたが、クズ発言をしないか心配になる。


 「うわぁ! 親子揃ってスゴイ血生臭いですねっ! こうだい。あまり近づけないでください」


 鼻をつまみながらそんなことを言い放った。とりあえず、睨んどく。


 「何なんですか? この人」

 「……すいません。コイツがさっき話した女神のクズ……じゃなくて、リズニアです」

 「今っ! クズって言いましたよねっ!? 幾ら何でもひどすぎませんかぁ?!」

 「そうですか。クズニアさん。よろしくお願いしますね」

 「クズニアじゃなくてリズニアですっ! 間違えて覚えないでくださいよ!!」


 良くぞ言ってくれた。薫さんはにっこりと笑っているが何だか物凄く怖い。俺に向けていた時よりだいぶ、微笑みに影が濃く感じるられる。


 一方、かなみちゃんはスポットライトに照らされたイスや立て掛けて置いてあるスケッチブックに興味深々のご様子。機嫌が良くなったようで何より。


 「それで珖代様。話しておきたいこととは何でしょうか」

 「様はよしてください薫さん。俺の方が年下だと思うんで、敬語もいりませんよ」


 夫ではなく、妻である自分が亡くなってしまった、言うならば逆未亡人状態の薫さん。


 俺なんかよりも人生のあれこれを経験しているであろう薫さんに、様付けで呼ばれるのは何だかむず痒い。それになんだかエロい。生前は魔性の女性だったに違いない。


 「あの事故は半分……と言うより、薫さん達を引いてしまったのは──あのトラックを運転していたのは俺なんですっ。申し訳ありませんでしたっ!」


 深々と頭を下げて謝った。だから、薫さんが今どんな気持ちで俺を見ているか分からない。


 「謝って許される問題じゃないのはよく分かります。なので、薫さん達が異世界へ転生するつもりならば俺はできる限り償いをしますッ! させてください!」


 一生を掛けても償いきれることではないかもしれないが、今の俺にできる、精一杯のことがこれしか無かった。


 「……そうですね、でしたら償いきれるまでで良いので、私達親子を傍で守ってくれることを"約束"してくれませんか?」


 日本、果ては地球のどんな場所よりも危険な世界かもしれない。それでも、守って欲しいと言われたならば答えは簡単。


 「はいっ。約束します!」



 その時だった。



 テレビからドゴォォンッ! と轟音が鳴り響き、強い光が闇だけの狭間を一瞬、眩しく照らし出した。


 

 テレビに映る映像から、悲惨な状況が目に飛び込んでくる。


 

 想像を絶する光景。


 

 その場にいた全員がテレビに釘付けになった。



 先程まで、トラックだったもの・・・・・・・・・が、黒い塊へと姿を遂げ、モクモクと黒い煙を放っていた。


 オイル漏れや何かが原因でトラックが爆発した。──としか説明のつかない惨劇だった。


 爆破の衝撃によるものだろうか、電信柱が完全に折れ曲がっている。折れた電信柱の導線から火花が散っているのが見える為、これが原因の可能性もある。この火花で二次災害がおきないか心配になる。


 気になる点は他にも。


 「……おい、リズニア。あの人達はどこに行ったんだ」


 爆発したトラックの周りには何故か誰もいない。先ほどまで、トラックを押していた男女が一人も見当たらないのだ。


 「きっと、まあ、そういうことです……ですね……はい」


 また犠牲者が? これも俺の所為なのか? どうすれば止められたんだ? 俺はどう償えば──。


 「……はは、は……」


 やるせなさと後悔に狩られて、諦観した俺は笑うしかなかった。気づいたら膝から崩れ落ちていた。


 「リズニアーッ! 貴様なんてことをしてくれたんだ──ッ! 」


 頭上から唐突な折檻。聞こえる筈のない声が聞こえ、思わず見上げた。


 「ヒィッ! 申し訳ありません! トウ神様!」

 「申し訳で済むと思っているのかッ! 一体、どれだけの、死ぬはずじゃなかった人間を犠牲にしたと思っている!」


 見上げた先には、滝のような髭を拵こしらえて、白いローブを身にまとった老人が空中に浮いていた。後光のオプション付きで。


 トウ神様と呼ばれたこの老人はおそらく、リズニアの上司にあたる神さまなのだろう。リズニアに対して、めちゃくちゃ切れている。


 そんなことに気を取られていると、突然光の輪が現れ、俺の両手両足を縛りあげてきた。


 よく見ればリズニアも同じ目に遭っている。


 「トウ神様ー! 何で縛るんですかー! うー! 」


 縛られたリズニアが寝ながら、もがいて抵抗している。


 「無論。お前達・・・を追放する為だ。先代の神の意向を汲み取って、多少ならとお前の言動も見逃してきたが……、最早、面倒みきれんッ」


 神様の呆れた様な気持ちが俺にも理解できる。でも待って欲しい。"お前達"には俺も含まれてないか?


 「───展開せよ」


 神様がそう言い放ったと同時に、赤く光り輝く魔法陣の様なものが、俺とリズニアの下に現れた。


 「待ってくださいっ! どうして俺もなんですか!?」


 どこに追放されるかも分からないがそんなの御免だ。巻き込み事故にも程がある。


 「お主は加害者の一人であるからだ。トラックをお主が運転していなければ、こんなことにはなっていなかったやもしれん」

 「んな、無茶苦茶な! たとえ俺が運転して無かったとしても、このクズはいつかやりましたよっ!」

「うっ、うーん……」


 俺の必死な訴えはあながち的外れではなかったらしく、神様は言葉に迷っているのが見てとれた。そのまま押せばいけるかも知れない。


 「ちょっとこうだいっ! それもうただの罵倒じゃないですか!

私はクズじゃありません! 略すならせめて、リズと呼んでくだ」

 「うるせえな! このアホ! クズ!」

 「クズぅ……!?」


 近くにいるのにリズニアの声のボリュームはデカすぎる。ただただ罵倒したが、睨むだけで良かったかもしれない。


 「うむ、お主の言い分も一理ある。と言うかその通りだけど……お主をあの異世界に追放する一番の理由は、そこなクズが言質をとられた・・・・・・・からであると言いたい。一番の理由です」

 「トウ神様まで……」


 リズニアがあからさまに落ち込んでいるが、今は放っておく。


 「言質げんち?」


 俺の質問に神様は静かに応えてくれた。


 「この空間では口約束であっても、ひとたび約束を交わせば、破ることはできない。お前に十の能力を授けるとそこなク……ゴホンッ。女神が約束してしまったのでな。女神との約束は女神全体の総意。例え、リズニアを追放しても、お主に能力を十、授けなければいかなくなる。そんなことをすれば魔王の二の舞になりかねん。よって、追放という形を取らざるを得ないのだ。理解してほしい」


 要約すると、十個も能力渡せない。一人の人間に、そんなに多くの能力をあげたりしたら世界が危険だから追放する、という事らしい。


 魔王の二の舞という言葉を使うからに恐らく、過去にチートスキルをあげすぎた事でトラブルでも起きたのだろう。だとすれば魔王は、俺のように別世界から来た存在とか?


 神様はリズニアを気遣って、クズ呼ばわりしないようにしていた。ホントは優しい人なのだろう。それに比べてこの女神は……。


 優しい神様にはほんと悪いが、口約束が効果を持つ空間ならそれを利用させてもらうとする。


 「──なら、一つ"約束"してくれませんか? もし、魔王が倒せたら、今回、俺のせいで死なせてしまった人達に、地球でそのまま生き返ることのできる"権利"をあげてくれませんか」


 "権利"と主張したのは皆がみんな、地球に戻りたいのかどうか、一概には言えないからだ。異世界で居場所を手に入れる人だっているかもしれない。


 「勇者は死亡手続きが済んで、異世界に旅立ってしまっているからできんが、それ以外の者であれば可能である。──が、お主に魔王が倒せるのか?」


 当然の疑問だ。何も知らない魔王を倒せるとは思わない。


 「俺は弱いですから。仲間に頼ります。仲間に倒して貰います」


 嘘偽りのない意思で伝えるにしてはみっともないセリフだ。それでも言い切ってみせた。


 「情けないが嫌いではない。誰かを頼れる勇気は世界を救うのに必要なものだ」

 「じゃあ!……約束してくれますか?」

 「……いいだろう。約束しよう。だから、安心して行くがよい」


 ここに来て初めて報われた気がしてつい目が潤む。


 「能力の一つも持たぬ、歴代最弱の勇者じゃのぉ。お主は……。よし。この女神の持ち物から、一つ好きなものをやる。餞別せんべつだ。───そこの、お嬢さん。その箱をこっちへ持ってきてくれんかの」

 「あ、ありがとうございます」


 何か貰えるとは思わなかったため、完全に棚からぼたもちだ。ラッキー。

 神様に呼ばれたのはかなみちゃん。バスケットの一番近くいたから声を掛けたのだろう。


 「かなみちゃん。それは私の全財産なので、私にプリーズ!」

 「……いや。あげない」

 「……クズは完全に嫌われてるな」

 「ナチュラルにクズって呼ばないでくださいっ!せめてリズで! お願いします!」

 「声がデカイんだよ……」

 「……いい加減、泣きますよぉ……」


 いつの間にかクズ呼びが表に出ていたみたいだ。リズニアが目を潤ませ始めてやっとその事に気づいた。


 「……はぁ、リズ。かなみちゃんはお前の意見に絶対従わないぞ。だから何言っても無駄だ。諦めろ」

 「フフ……私を誰だと思ってるんですか?」


 自称女神のクズ悪魔。


 と言ったらまた泣き出しかねないので口には出さない。


 リズニアの悪いこと思いつきました。みたいな笑顔に嫌な予感しかしない。


 「かなみちゃーん! そこに立て掛けてあるスケッチブックは絶対に開かないでくださいね〜! ていうかぁ! 触れても駄目です! もしスケッチブックに触れられたら私、すごーく困ってしまいますです〜!」

 「お前……かなみちゃんの心理を逆手に取ろうとしてるのか? それは流石に……」


 ────いや、まずい。思ったより効いてる。かなみちゃんが完全にスケッチブックを見てる。じーっと見てる。あれじゃ、手を伸ばすのも時間の問題じゃあ……。


 「へへっ……触れた瞬間、あれに書かれた全チートスキルを覚えることになり、かなみちゃんは晴れて超人になれます。魔王なんて目じゃありません!」

 「そんなことしてお前になんの得があるんだよ!」


 そうこうしているうちにかなみちゃんは遂に、開けてはならないパンドラの箱スケッチブックに手を伸ばす。


 「かなみちゃんストーーップ!」

 「待つのじゃ! お嬢さん!」


 俺と神様はほぼ同時に静止を呼びかけた。その甲斐あってか、ギリギリの所で触れることに思い留まってくれた。


 「おのれ、リズニア! 女神の皮を被った悪魔か貴様ッ。小さな少女を利用し、あまつさえ、大量の異能力を渡そうなど言語道断! 最早、一刻の猶予もなし! 即刻追放の刑に処す! 脳ミソを入れ替えて出直してこいッ!」


 先ほどとは比べものにならないくらいお怒りである神様に話しかけると、俺まで怒られかねないが、質問する。


 「あの……餞別は?」

 「そんなもんっ! 知らんッ!」


 ピシャリと言い切り捨てられた。


 足元の魔法陣は一層輝きを放っており、景色が真っ白に染められていく。

 転生追放は既に始まっているらしい。


 薫さんやかなみちゃんにお別れの挨拶すら出来ないまま、俺は異世界に飛ばされる。

 何より不安なのが、元女神のクズ悪魔リズニアが一緒だと言う点に他ならない。


意識が徐々に薄れいく。きっと異世界に向かっているのだろう。


 波乱に満ちた異世界生活が、……もうすぐ始まってしまう。


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