世界を渡る少年

高見 梁川

第四十六話





 



ディアナが失意と嫉妬の絶叫をあげた後のアリシアの慌てぶりは尋常なものではなかった。


そもそも叫び声を聞くまでディアナが入室したことすらわからない蕩けぶりだったのだから無理もないが。


 



「こここここここ、これ、これは違うんです!わわ、私はこんな展開を期待していたわけではなく!ただ、真人様にくつろいでいただこうと、それだけで………」


 



そして何やら支離滅裂な言い訳を始めている。


抜けがけをしようとしたわけではない。


自分はそんな邪な感情を抱いているわけではない。


私は真人様の副官、真人様を気遣い、真人様に奉仕するのは任務なのだからと。


 



「期待してなかったの?」


 



 どこまでも優しい口調で真人に問われるとアリシアの理性はたちどころに決壊した。


 



「もちろん期待しておりました!」


 



言ってしまった後にしまった!と思ったがもう遅い。


フサゴデラスの地に紅い死神が降臨しようとしていた………。


 



 



「…………ずいぶんと楽しそうじゃないか、中尉…………」


 



 



口元は笑っているが瞳は既にどこか遠い世界へ逝ってしまっている。


 



お前が!お前が!お前が!お前が!お前が!お前が!お前が!お前が!お前が!お前が!お前が!お前が!お前が!お前が!お前が!


お前さえ邪魔しなければ!!!私が……今頃はあんなことやそんなことや………あまつさえあんなことまでも!!!


 



自分の痴態を見られたことに対する動揺から醜態をさらしてしまったが、ここにいたってアリシアもディアナの意図に気付いた。


もう少し遅ければ今の自分の立場はディアナのものであったのだと。


 



「ええ、楽しませていただきましたわ。真人様もせっかくの宴に酒の一滴もお飲みになれないのはお可哀そうですし………」


 



やはり見抜かれている。


真人がいかに天然であるにしろ、ここまで常軌を逸したジゴロぶりを発揮するにはアルコールの力が絶対に必要なのだと。


伊達に有能な副官として真人に重用されてはいないのだ。


 



「名酒を楽しむためには安酒には手を出さないことさ………私は真人と飲みなおすから……そろそろお寝むの時間じゃないかい?嬢ちゃん」


 



「残念ですがまだまだ夜はこれからですわ………貴女こそゆっくりと寝て疲れを癒したほうがよろしいかと」


 



暗に年増と皮肉られてディアナのこめかみに血管が浮いた。


そうかい、そっちがその気ならあたしにも考えがあるよ……………!


 



「………傭兵が疲れるのは平和にだけさ。嬢ちゃんこそ、早く寝ないと育つものも育たないよ?」


 



「………………………うぐっ!」


 



ディアナのひとことはアリシアのコンプレックスを正しく一撃した。


一部の偏った嗜好を持つ人間を除けば、やはり巨乳は正義であるのはアリシアにも否定し難い事実なのだ。


 



「ぐぐ、軍人たるものそんな見苦しいものをぶらさげていてはいざというときお役に立てませんので…………」


 



私はまだ垂れてなんかいないよ!


 



「そこをなんとかするのが軍人の腕って奴さ。なんせ私たちゃ軍人である前に女なんだからね………」


 



それは私が女として魅力がないとでも!?


 



一触即発の不可視の火花が飛び散るなか真人だけがご満悦な笑みを浮かべていた。


 



 



…………………女の子がいるとやっぱり華やかだなあ…………


 



もはや何も言うまい。


 



 



 



 



 



女の戦いは熾烈だった。


 



「まったくなんだい?この大平原は」


 



ディアナが起伏の少ないアリシアの胸を撫であげると


 



「そういう貴女こそ最近お肉がつきすぎじゃありませんかしら?」


 



アリシアがディアナのお腹をつまみあげる。


 



お互いに相手の気にしている急所を本能で見分けているあたりは軍人としての性が影響しているのかそれとも女の情念がそうさせるのか………。


酒が進みだすにつれて事態はさらに悪化の様相を見せ始めた。


 



「ねえ〜真人〜どうだい?こんなの余所じゃ味わえないだろう?」


 



ディアナがその豊満な凶器を真人の肩口にあててぐりぐりと擦りつけ始めたのだ。


ぐにゃりぐにゃりと変幻自在に揺れ動くそれは、まさに圧巻というほかはない。


 



「くっ……………」


 



アリシアが唇を噛みしめる。


彼我の戦力差は圧倒的だ。しかし、女には負けるとわかっていても戦わなければならない時があるのであった。


 



「真人様………小さな胸はお嫌いですか………?」


 



アリシアはなんと真人の手を握るや自らの胸を握らせるという暴挙にうってでた!


小刻みに真人の手を動かし、熱く艶めいた溜息を漏らす様子は明らかに確信犯である。


胸の戦力差を見事なまでに妖しくいささかアブノーマルな色気がカバーしていた。


 



「ちょいと!そんな貧相なもの真人に押し付けてんじゃないよ!」


「貴女こそ、そんあでかい図体を真人様に押し付けないでください!」


「なにさ!」


「なによ!」


 



「二人とも………今はこの時と酒を楽しもうよ………」


 



「「はは………はひ………」」


 



真人にひとりずつ抱きすくめられ頬にキスを落とされると、流石の二人も怒りのボルテージを維持するのは不可能なのであった……………。


 



 



 



 



 しかし経験と器の差はなかなかに気合だけでは埋まらないものがある。


 



「ふにゃあああああああ…………」


 



アリシア号轟沈


 



 



甘いわね嬢ちゃん。


酒は飲んでも飲まれちゃ負けなのよ!


 



いったい何杯の酒杯をあおったろうか数える気も起きない。


ただ酒豪ディアナを相手によくねばったということだけは言えるだろう。


ディアナの計画では真人もほどよく酔いつぶして既成事実を作ってしまう予定だったのだが…………。


 



「あれ?アリシアさん、こんなところで寝たら風邪をひくよ………」


 



まったく酔った気配のない真人がいた。


 



………ありえない、二人がかりで私たちの四倍は飲ませたのに………


 



規格外の戦闘力を持つ真人は酒の強さも規格外であった。


 



 



 



しばし呆然としたディアナであったがそこは果断の将、作戦を修正して強襲をかける決心を固める。


景気つけにまた一杯の杯をあおると、ディアナは真人にむかって果敢に挑みかけた。


 



「ねえ真人………お願いがあるんだ、聞いておくれよ…………」


 



素肌も露わな下着同然の姿を強調しつつ真人ににじりよる。


 



「ディアナの頼みなら、いつなりと」


 



真人の真摯で無垢な微笑みに見つめられると途端に決心が鈍り始めるが、ここは我慢のしどころだった。


ここで一歩抜け出しておかなくてはディアナの戦いは先の展開が厳しい。


具体的には主に年齢が。


 



 



「あの晩………血臭を存分に吸ったあの夜襲の晩から……私の身体の奥から疼きが消えないのさ………真人にも経験はないかい?戦場で戦ったあとには、なんだかむしょうに人肌が恋しくなったりしたことは?」


 



 



いかんせん真人にそういった精神的高揚は経験がないが、知識としては理解できる。


戦場で命をドブにさらした人間は決まって性欲が増す。これは種としての防衛本能が働くからだ。


戦慣れして豪胆なディアナのその例外ではないということなのだろう。


 



「ねえ、真人……早くこの疼きを鎮めておくれ………私の熱くなったここを………慰めておくれよ………」


 



羞恥に顔を朱に染めながらも、ディアナは誘惑の手を休めようとはしなかった。


ことさらに己の秘所を強調し、潤んだ瞳を真人に向ける。


 



死ぬー!死ぬー!恥ずかしくて狂い死ぬー!!!


 



内心では慣れない媚態に絶叫していたのだが。


 



 



「可哀そうに、そんなに疼いていたなら早く相談してくれれば良かったのに…………」


 



 



こともなげに真人はディアナの後頭部をつかんで抱き寄せるとやさしくディアナの顔中にキスの雨を降らせた。


 



勝った…………!


 



これまで経験したどんな戦も、今ほどの達成感を感じたことはあるまい!


ディアナはめくるめく甘い陶酔に身を任せ、自分が賭けに勝ったことを確信した。


 



「少し強めにいきますよ」


 



「えっ?」


 



疑う暇もあればこそ、かつて経験したことのない官能の洪水がディアナのなけないの理性を一瞬で遠い彼方へと奪い去って行った。


 



 



「ひゃあああああああああああああああああああああん♪」


 



 



その一瞬で何度絶頂に達したかわからない。


およそ考え付くことすらできない絶頂の荒波をもてあまし、ディアナはたちまちのうちに気を失ったのだった…………。


 



 



仙道から中御神に取り入れられた房中術とは、ようするに体内の気を使って相手を絶頂させ、その絶頂時の純度の高い気を奪うための術である。


女性の快感を操り絶頂に達っさせることは真人にとっては気の遠くなるほど修行で繰り返したごく当たり前の術でしかないのだった。


 



 



「これからは疼きを感じたらいつでも言ってくださいね♪」


 



 



真人の言葉がディアナに届くはずもないが、少なくとも今後ディアナが真人を押し倒そうとすることだけは無いように思われた。


人間という動物は痛みには耐えられるが、快感に対する耐性は存外に少ないのだ。


抵抗しようのない圧倒的な快感は性経験のあるディアナですら快感以上に恐怖を心にすりこまれるほどであった……………。


 



 



 



 



そんな真人の様子を興味深く見守っている天空の目がある。


 



「むむむむ………なかなかにやる………しかし愛の神の名に懸けてわしも負けはせぬぞぉぉぉぉぉ!」


 



「いやあああああああん♪」


 



他にすることはないのだろうか?


 



 






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