世界を渡る少年
第三十一話
 
 
真人の凱旋は華々しいものとなった。
無理も無い。敵中のしかも難攻不落をもってなるケルドランを突破し外務卿ラスネール侯爵をはじめ随行した書記官にいたる全ての人間を無傷で生還させたのだから。
その空前絶後ともいうべき偉業は戦争の先行きに不安を抱く国民に歓呼とともに迎えられた。
 
いわく黄金の魔術師
いわくカムナビの息子
いわく白銀の暴風
 
様々な異称を声高に叫びながら国民は初めて目にする真人の美貌に卒然となった。
偶像が完成するにはあまりに出来すぎたシチュエーションだった。
真人は即日にして貴族に列せられ、戦争の勝利の象徴として祭り上げられたのだ。
 
 
 
「ご主人様のバカ…………」
 
シェラは主のいないテーブルに用意したワインを注ぎながら語りかけていた。
 
「せっかくパーティーの準備をしたのに………」
 
祝うべき主人を失ったテーブルにはメインディッシュの鶏の丸焼きやシェラの得意なパスタや卵料理がところ狭しと並べられている。
もちろん必殺スープも用意しており特に腕によりをかけ味の熟成に3日の時間をかけていた。
しかし真人は王室の催した晩餐会に出席するためここにはいない………。
 
「バカ……ご主人様のバカ………」
 
自分のわがままなのはわかっている。
真人の帰還を国をあげて祝わなければならない理由も、真人がシェラやプリムにひどく申し訳なさそうな顔をして王宮に出かけていった理由もそれは必要に迫られた仕方のないものなのだと。
それでもなお、胸を締め付けるような痛みは決して消えようとはしないのだった。
 
真人の無事がうれしかった。
これからまた真人に存分に甘えられるのだと思ったら涙が出てとまらなかった。
でも
もう真人は自分だけの主人には戻らないかもしれない………
 
大神殿の巫女姫であったシェラフィータは、民衆が偶像に対してどれだけ無遠慮な願望を投影するかを知っている。
真人の一挙手一投足が注目され戦いのひとつひとつにまで真人の責が問われるようになるまでそれほどの時間はかからないだろう。
敗北が始まれば真っ先に生贄のやり玉のあがるのは間違いなく真人だ。
 
どうして自分たちをそっとしておいてくれないのだろうか?
巫女姫である自分も英雄である真人もそんな二つ名など望んだはずもない。
ただ穏やかに平凡な暮らしを営むことだけを夢見ているのに…………
 
「ご主人様なんか……ご主人様なんか………」
 
私はこの屋敷にきてから弱くなった。
プリムのほうがよほどしっかりしているように感じる。
カムナビの巫女姫として崇められ、息を抜くことすら考えもしなかった私が、今では真人が不在だというだけで幼子のように涙を流してしまうなんて……。
それもこれも全部真人のせいだ。
真人がいないから……真人が優しいから………真人が…………
 
 
「ご主人様なんか………………………………大好きなんだから…………」
 
 
真人が愛しい。
家族として兄として………それ以上に男性として愛してしまっているのをシェラは認めないわけにはいかなかった。
ルーシア・シェリー・アナスタシア・ディアナ……真人の周りには綺羅星の如く美女が取り巻いている。
だから家族で満足しようと思った。
だけどもうこれ以上は我慢できない………………。
 
「オレもシェラが大好きだよ」
 
「えっ!?」
 
いるはずのない人の声にシェラは慌てた。
 
……………聞かれた?聞かれちゃった!?/////
 
「いいい……いったいいつからそこにいたんですか!?」
 
「ご主人様のバカ………ってあたりからかな」
 
ほとんど全部聞かれてたんじゃないの!!
羞恥に耳まで血が昇る。どうしよう、聞かれちゃった……って何か大事なことを忘れてるような気がするんだけど………。
 
 
…………ってご主人様も私を大好き?
 
 
「ええええええええええええ!!!」
 
 
「そんなに驚くことかなあ………」
 
真人は苦笑を浮かべているが、シェラにとっては驚天動地の出来事だった。
 
「いいい…今さら家族としてっていうのはなしですよ!実は真性のロリコンだから今のうちだけっていうのもなしです!というかプリムのほうがもっと好きとか言い出したら泣きますからね!」
 
 
恥ずかしさのあまり言う言葉に一切遠慮がなくなっていた。
 
 
「それはあまりにひどい言葉かと思うよ…………」
 
ひどく傷ついた表情でがっくりと肩を落としている真人であった。
 
 
「だって………私なんか……シェリーさんやディアナさん見たいに大人じゃないし、ルーシアさんやディアナさんみたいにご主人様と戦うこともできないのに………こんなの……………夢見たいです………」
 
真人の黄金色の瞳がいたずらっぽい笑みを浮かべてシェラの鳶色の瞳を覗き込む。
 
「夢じゃないってこと………教えてあげるよ………」
 
真人のしなやかな指先が自分の頬を優しくなでる感触を楽しみながら、シェラはゆっくりと目を閉じた。
 
ああ、私キスしてしまうんだわ!ファーストキスをご主人様に捧げられるなんて……きっとカムナビ様が祝福なさってくれているに違いないわ!
 
南洋の花のような濃厚な甘い吐息を唇の側に感じてシェラは運命の一瞬を待った。
 
 
ゴワリ
 
 
なにかしら?ご主人様の唇ってずいぶん毛深くてチクチクするのね…………
 
 
………って毛深いわけないじゃない!?
 
 
おそるおそる目を開けると、そこにはお気に入りの熊のぬいぐるみ……秘匿名称まーくんがつぶらな瞳を向けていた。
カーテンから薄くさしこんだ光が朝の訪れを告げていた。
 
 
「…………あと一秒!どうしてあと一秒寝せておいてくれなかったのよ〜〜〜〜〜!」
 
 
真人のたくましい腕の感触を
頬を撫でる指先の優しさを
息のかかるほど近くで見たあの黄金の瞳を
今でも明確に覚えている。あと少しで真人の唇の感触まで己のものにできたのに…………
 
はたから見れば不気味な一人芝居に興じていたシェラは、自分より低血圧で朝に弱い妹が既に起きだしているのに気づいた。
 
「プリムったら珍しく早いのね………」
 
 
…………胸騒ぎがする。
恋する乙女にしか備わらない第六感が警笛をあげていた。
よく見ればよほど早く起きだした様子である。シーツにプリムの体温が残されていないのが証拠だった。
しかも着替えた形跡がない。
ということはプリムはいまだ寝巻き姿のままでいるはずだった。
 
「あの娘………まさか………」
 
 
ズダダダダダダダダ!!
 
 
「プリムあんたって娘は〜〜〜っ!」
 
力任せに真人の寝室の扉を叩き開けると案の定真人のベッドで真人の使っていた枕を両手で幸せそうに抱きしめながら熟睡する妹がいた。
 
 
「うゆゆ〜真人おにいちゃん………もっと………♪」
 
 
フフフフフ………そう………プリム、貴女も敵なのね………よくわかったわ。敵なら容赦の必要はないわよね。だって敵なんだし。
 
 
シェラは極上の笑みとともにプリムの耳をねじりあげ、声のかぎりに叫んだ。
 
「いったいいつまで寝てるの!今すぐ着替えてお風呂に水を汲みなさい!お風呂が沸くまで戻ってきたらどうなるか〜〜〜!」
 
「はいはいはいはいぃぃぃ!!」
 
姉が極上の笑みを浮かべて目を血走らせるとき決して逆らってはならないことをプリムは身をもって知っていた。
慌てて躓きそうになりながらも真人の部屋を飛び出していく。
シェラを除いて無人となった真人の部屋に再び静けさが訪れた。
 
「こんなうらやましいことプリムだけにさせておくわけにはいきませんよね♪」
 
身体を投げ出すように真人のベッドに飛び込むとシェラはシーツに浸み込んだ真人の体臭を深呼吸するように吸い込んだ。
それは夢で見た真人に似た甘い濃厚な香りがした。
 
夢のままで終わらせる気はありません。
覚悟してくださいね♪
 
その日から姉妹のベッドは引越しを余儀なくされたのだった。
 
 
真人の凱旋は華々しいものとなった。
無理も無い。敵中のしかも難攻不落をもってなるケルドランを突破し外務卿ラスネール侯爵をはじめ随行した書記官にいたる全ての人間を無傷で生還させたのだから。
その空前絶後ともいうべき偉業は戦争の先行きに不安を抱く国民に歓呼とともに迎えられた。
 
いわく黄金の魔術師
いわくカムナビの息子
いわく白銀の暴風
 
様々な異称を声高に叫びながら国民は初めて目にする真人の美貌に卒然となった。
偶像が完成するにはあまりに出来すぎたシチュエーションだった。
真人は即日にして貴族に列せられ、戦争の勝利の象徴として祭り上げられたのだ。
 
 
 
「ご主人様のバカ…………」
 
シェラは主のいないテーブルに用意したワインを注ぎながら語りかけていた。
 
「せっかくパーティーの準備をしたのに………」
 
祝うべき主人を失ったテーブルにはメインディッシュの鶏の丸焼きやシェラの得意なパスタや卵料理がところ狭しと並べられている。
もちろん必殺スープも用意しており特に腕によりをかけ味の熟成に3日の時間をかけていた。
しかし真人は王室の催した晩餐会に出席するためここにはいない………。
 
「バカ……ご主人様のバカ………」
 
自分のわがままなのはわかっている。
真人の帰還を国をあげて祝わなければならない理由も、真人がシェラやプリムにひどく申し訳なさそうな顔をして王宮に出かけていった理由もそれは必要に迫られた仕方のないものなのだと。
それでもなお、胸を締め付けるような痛みは決して消えようとはしないのだった。
 
真人の無事がうれしかった。
これからまた真人に存分に甘えられるのだと思ったら涙が出てとまらなかった。
でも
もう真人は自分だけの主人には戻らないかもしれない………
 
大神殿の巫女姫であったシェラフィータは、民衆が偶像に対してどれだけ無遠慮な願望を投影するかを知っている。
真人の一挙手一投足が注目され戦いのひとつひとつにまで真人の責が問われるようになるまでそれほどの時間はかからないだろう。
敗北が始まれば真っ先に生贄のやり玉のあがるのは間違いなく真人だ。
 
どうして自分たちをそっとしておいてくれないのだろうか?
巫女姫である自分も英雄である真人もそんな二つ名など望んだはずもない。
ただ穏やかに平凡な暮らしを営むことだけを夢見ているのに…………
 
「ご主人様なんか……ご主人様なんか………」
 
私はこの屋敷にきてから弱くなった。
プリムのほうがよほどしっかりしているように感じる。
カムナビの巫女姫として崇められ、息を抜くことすら考えもしなかった私が、今では真人が不在だというだけで幼子のように涙を流してしまうなんて……。
それもこれも全部真人のせいだ。
真人がいないから……真人が優しいから………真人が…………
 
 
「ご主人様なんか………………………………大好きなんだから…………」
 
 
真人が愛しい。
家族として兄として………それ以上に男性として愛してしまっているのをシェラは認めないわけにはいかなかった。
ルーシア・シェリー・アナスタシア・ディアナ……真人の周りには綺羅星の如く美女が取り巻いている。
だから家族で満足しようと思った。
だけどもうこれ以上は我慢できない………………。
 
「オレもシェラが大好きだよ」
 
「えっ!?」
 
いるはずのない人の声にシェラは慌てた。
 
……………聞かれた?聞かれちゃった!?/////
 
「いいい……いったいいつからそこにいたんですか!?」
 
「ご主人様のバカ………ってあたりからかな」
 
ほとんど全部聞かれてたんじゃないの!!
羞恥に耳まで血が昇る。どうしよう、聞かれちゃった……って何か大事なことを忘れてるような気がするんだけど………。
 
 
…………ってご主人様も私を大好き?
 
 
「ええええええええええええ!!!」
 
 
「そんなに驚くことかなあ………」
 
真人は苦笑を浮かべているが、シェラにとっては驚天動地の出来事だった。
 
「いいい…今さら家族としてっていうのはなしですよ!実は真性のロリコンだから今のうちだけっていうのもなしです!というかプリムのほうがもっと好きとか言い出したら泣きますからね!」
 
 
恥ずかしさのあまり言う言葉に一切遠慮がなくなっていた。
 
 
「それはあまりにひどい言葉かと思うよ…………」
 
ひどく傷ついた表情でがっくりと肩を落としている真人であった。
 
 
「だって………私なんか……シェリーさんやディアナさん見たいに大人じゃないし、ルーシアさんやディアナさんみたいにご主人様と戦うこともできないのに………こんなの……………夢見たいです………」
 
真人の黄金色の瞳がいたずらっぽい笑みを浮かべてシェラの鳶色の瞳を覗き込む。
 
「夢じゃないってこと………教えてあげるよ………」
 
真人のしなやかな指先が自分の頬を優しくなでる感触を楽しみながら、シェラはゆっくりと目を閉じた。
 
ああ、私キスしてしまうんだわ!ファーストキスをご主人様に捧げられるなんて……きっとカムナビ様が祝福なさってくれているに違いないわ!
 
南洋の花のような濃厚な甘い吐息を唇の側に感じてシェラは運命の一瞬を待った。
 
 
ゴワリ
 
 
なにかしら?ご主人様の唇ってずいぶん毛深くてチクチクするのね…………
 
 
………って毛深いわけないじゃない!?
 
 
おそるおそる目を開けると、そこにはお気に入りの熊のぬいぐるみ……秘匿名称まーくんがつぶらな瞳を向けていた。
カーテンから薄くさしこんだ光が朝の訪れを告げていた。
 
 
「…………あと一秒!どうしてあと一秒寝せておいてくれなかったのよ〜〜〜〜〜!」
 
 
真人のたくましい腕の感触を
頬を撫でる指先の優しさを
息のかかるほど近くで見たあの黄金の瞳を
今でも明確に覚えている。あと少しで真人の唇の感触まで己のものにできたのに…………
 
はたから見れば不気味な一人芝居に興じていたシェラは、自分より低血圧で朝に弱い妹が既に起きだしているのに気づいた。
 
「プリムったら珍しく早いのね………」
 
 
…………胸騒ぎがする。
恋する乙女にしか備わらない第六感が警笛をあげていた。
よく見ればよほど早く起きだした様子である。シーツにプリムの体温が残されていないのが証拠だった。
しかも着替えた形跡がない。
ということはプリムはいまだ寝巻き姿のままでいるはずだった。
 
「あの娘………まさか………」
 
 
ズダダダダダダダダ!!
 
 
「プリムあんたって娘は〜〜〜っ!」
 
力任せに真人の寝室の扉を叩き開けると案の定真人のベッドで真人の使っていた枕を両手で幸せそうに抱きしめながら熟睡する妹がいた。
 
 
「うゆゆ〜真人おにいちゃん………もっと………♪」
 
 
フフフフフ………そう………プリム、貴女も敵なのね………よくわかったわ。敵なら容赦の必要はないわよね。だって敵なんだし。
 
 
シェラは極上の笑みとともにプリムの耳をねじりあげ、声のかぎりに叫んだ。
 
「いったいいつまで寝てるの!今すぐ着替えてお風呂に水を汲みなさい!お風呂が沸くまで戻ってきたらどうなるか〜〜〜!」
 
「はいはいはいはいぃぃぃ!!」
 
姉が極上の笑みを浮かべて目を血走らせるとき決して逆らってはならないことをプリムは身をもって知っていた。
慌てて躓きそうになりながらも真人の部屋を飛び出していく。
シェラを除いて無人となった真人の部屋に再び静けさが訪れた。
 
「こんなうらやましいことプリムだけにさせておくわけにはいきませんよね♪」
 
身体を投げ出すように真人のベッドに飛び込むとシェラはシーツに浸み込んだ真人の体臭を深呼吸するように吸い込んだ。
それは夢で見た真人に似た甘い濃厚な香りがした。
 
夢のままで終わらせる気はありません。
覚悟してくださいね♪
 
その日から姉妹のベッドは引越しを余儀なくされたのだった。
 
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