世界を渡る少年

高見 梁川

第二十三話

 



フィリオに続いて挑んだディアセレーナだが、善戦したものの鎖の間合いを見切られると長くは持たなかった。


真人は小石を投げつけて鎖の先端の分銅の軌道をそらし、戦斧をかいくぐると何の苦も無くディアセレーナの喉元に長剣を突きつけて見せたのだ。


アセンブラの猛虎と闘神ディアナが年端も行かぬ少年に敗れた。


その目で見ぬかぎりおそらく誰も信じようとはしないだろう出来事だった。


 



「あ〜あ……負けちまったかい。あたしの鉄鎖もさび付いたかねえ……」


 



そういって天を仰ぐディアセレーナも本気で言っているわけではなかった。


本物とまぐれの区別がつかないような技量ではない。 


 



「……さて、オレはこのままブリストルに行くつもりだが……お前はどうする?」


 



フィリオがディアセレーナに尋ねる様子を見て真人は首を傾げた。


てっきり二人はペアの傭兵だと思っていたからだ。


 



確かに気の合う男であったがお互いに命を預けあう仲ではない。


たまたま激戦区を商売の種にしているとかち合うことが多かっただけだ。


それに………


 



「あたしはブリストルは好きになれないからねえ……悪いが一人で行っておくれ」


 



「お前と敵同士になるのは久しぶりだな……これでまた楽しみが増えた……」


 



こういう男なのだ。


強敵と戦うことにしか興味がない。だからといって戦ってやる義理も気力もなかったが。


 



「悪いがあたしはあんたの相手をするほど敵に不自由しちゃいないからねえ〜…坊やに相手してもらうんだね」


 



「当面はそういうことにしといてやる」


 



そう言ってフィリオは真人たちに背を向けて歩き出した。


途中管理官の哀切を極める悲鳴があがっていたが、哀れとは思いつつも気持ちよく見捨てたディアセレーナは真人に向かって微笑みながら言った。


 



「ところで昼飯に連れてっておくれでないかい?もちろんあたしのおごりさ!」


 



 



 



 



 



シェリーの案内で訪れた食堂はちょうど昼をやや過ぎた時間であったせいかすぐに入ることが出来た。


昼のピーク時は長蛇の列ができる人気店であるらしい。


 



「エールを頼むよ。そっちの坊やにもね」


 



「もう飲む気ですか?しかも真人様にまで………」


 



オルパシアに限らず、この世界では昼から酒を飲むのはそれほど非常識なことではないし未成年の飲酒も常套化しているがあくまでもそれは平民に限ってのことだ。


貴族の家で暮らすシェリーにとっては少々はしたないと感じるのも無理からぬことであった。


 



「今日から坊やとあたしは同じ釜の飯を食う同僚さね。ここはお互い乾杯するのが傭兵の流儀ってもんさ」


 



さすがに闘神ディアナに流儀を説かれてはシェリーも納得せざるをえなかった。


 



「「「乾杯!!!」」」


 



運ばれてきたエールを三人で乾杯する。


実のところシェリーも酒好きなのだ。お屋敷ならともかくせっかくの真人と飲む機会を無駄にする気は毛頭なかった。


 



酒が進むに連れて口のすべりがよくなり雑談に華が咲き始める。


 



「よろしかったのでしょうか?ディアセレーナ殿……フィリオ殿と別れてしまって……」


 



真人は先ほどから気になっていた件を切り出した。


 



「これからはディアナって呼ぶんだね坊や。フィリオのことは放っておくがいいさ。別にあたしはあいつの保護者でもなんでもないからね。たまたま敵にならずにいただけさ」


 



「では私のことは真人と。私のいたらぬせいでお二人を別れさせてしまったかと気が気ではありませんでした」


 



ただ別れたというばかりではない。そう遠くない未来、二人はお互いに殺し合わなければならないかもしれないのだ。そのことが真人には重くのしかかっていた。


 



「……坊…真人は優しいねえ……まあ、あの台詞を聞いただろう?あいつは強い人間と戦うことと、自分の武名をあげることだけが生きがいの男でねえ……敵に回すとやっかいな男さ。気をつけるんだね」


 



こと、その執念にかけてはディアナも遠く及ばない。


どんな手段をとろうともフィリオは真人の前に立つだろう。今度こそ手加減のいらぬ敵同士として。


 



「真人様なら大丈夫ですよ!」


 



シェリーがエールを飲み干しながら真人の肩を叩く。どうやらかなり酔いが回っている様子である。


 



「……確かに真人ならそう遅れをとることはないだろうが……戦場ってのは特別な場所だからね……」


 



戦場では個々の強さもさることながら生と死の境界を感じ取れない人間が生き抜くことは難しい。


勘にしろ偶然にしろ、戦場にしかない何かを味方につけられる人間は恐ろしく強いのだ。


戦場でのフィリオの強さはおそらく今日の比ではないだろう。


 



「ご安心ください。私は決して負けませんしディアナさんも私が守って見せますから」


 



「……………はい?」


 



誰が誰を守るって………え〜と…坊やがあたしをかい?


 



予想外の真人の言葉にディアナは狼狽を隠せなかった。


この闘神ディアナに向かって、守ってやるなどと大言壮語した人間はいまだかつて居なかったからだ。


身長190センチの巨体。鍛え抜かれたたくましい肉体。重量武器である戦斧を軽々と振り回す怪力。


ものごころついたときには既にディアナは特別な存在だった。


男娼をはべらせ、ある意味で女になった今も厳密な意味で女性として扱われたことは無い。


 



「じょ、冗談はおよしよ。あ、あたしが守られるようなタマかってんだ」


 



動揺のあまり口調が怪しくなっている。


真人は意外そうに首を振るとディアナの健康的に灼けた頬を撫であげた。


 



「それに貴女のように可愛らしい女性を守るのが男子たる者の役目というものです」


 



「かかかかかか、かわ、かわ、可愛いだって!?」


 



ありえないことだ。


雲をつくような巨人で、並の男が百人いてもかなわない闘神ディアナの二つ名を持つような女が可愛い?


同時にそれはディアナのコンプレックスをはげしく刺激する言葉でもあった。


実はディアナは儚く可愛いものに目が無いひどく少女趣味なところを持ち合わせていた。美少年好きはその歪んだ表れであろう。


 



「か、からかわないで欲しいね。こんな図体の女が可愛いなんて聞いたことが……っっ!」


 



ディアナのしどろもどろの言い訳は最後まで言わせてもらえなかった。


真人が隣に座っていたディアナの巨体を軽々と抱き上げて膝の上に乗せたのである。


目にも留まらぬは早技だった。


生まれて初めて男の膝に抱かれたディアナはもはや羞恥のあまり言葉もない。


 



「………〜〜〜////!!」


 



「ちょ、ちょっと真人様!やや、やりすぎじゃないですか……?」


 



さすがにこれにはシェリーも心穏やかではいられなかった。


ロリコン疑惑の次はマザコン疑惑だろうか?まさか真人が年増趣味だなんてそんなことは………!


 



「シェリーさんも可愛いですよ。そのかしこそうで好奇心いっぱいの瞳なんかとても」


 



肩を引き寄せられたかと思うとおもむろに頬にキスを落とされる。


もうそれだけで、ただでさえ酔いが回っていたシェリーは目を回して沈没した。


 



「いや!ちょ……離して真人……恥ずかしい……!」


 



そう言いながらも何故かディアナは膝から降りようとはしなかった。


否、降りれない。


 



「ディアナさんは本当に甘えるのが下手ですね………」


 



真人の手が柔らかくしなやかなディアナの赤毛を優しく梳き始めると、ディアナは陶然とした表情で目を細めながら受け容れることしかできなかった。


 



ディアナはおそろおそる真人の背中に手を回し…やがて意を決したように抱きしめた。


 



「本当にあたしは可愛いと思うかい?」


 



「女性は女性であるだけで可愛らしいものですが……ディアナさんはそんな不器用なところが特に可愛らしいですね」


 



 



もうだめだ……


たぶんあたしはこの男からもう二度と離れることはできない。


真人の前でだけ、あたしは闘神ディアナではなくただの一人の女でいられる。


 



これが普通の男なら戯言で終わる話なのだが真人にはディアナをしのぐ武量が現実にある。


 



「……う〜真人真人真人真人真人真人真人ォ!」


 



ディアナはぐりんぐりんと頬を真人の胸にこすりつけた。呆れるほど見事な壊れっぷりであった。


 



 



「………お客様……恐れ入りますがお食事中にそういった行為はご遠慮いただきたいのですが……」


 



はたから見ればいちゃつくのもいい加減にしろ!というところなのだろう。


給仕の女の子は恐々と顔を引きつらせつつも敢然と真人に告げた。


 



「そんな顔をなさらないでください。貴女は笑っていたほうが何十倍も美しい……」


 



給仕の女の子、撃沈


 



 



ここにいたって沈没していたシェリーが、ようやく真人のただならぬ様子に気がついた。


 



 



「真人様………もしかして酒乱ですか??」


 



 






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