世界を渡る少年

高見 梁川

第二十一話

 



 



「おい、フィリオ!ちょっと冷静に…………」


 



ディアセレーナが止める間もなかった。


フィリオの超速の斬撃が少年の肩口めがけて襲いかかる。それでも峰で撃ちかかっているのはフィリオがギリギリのところで


理性を保っている証だろう。


それとて当たり所が悪ければ死は免れないだろうが、傭兵同士の私闘は死に損が決まりである。


自業自得だ………とはいえ、自分好みの美少年が出来そこないの人形のように醜く折れ曲がる様はディアセレーナの精神衛生上非常によろしくないのも事実だった。


 



まったくなんてもったいない……………


 



あの黄金の瞳で愛を語られ、あの白磁の指先で肌を撫でられたらどんなにか深い官能と陶酔を与えてくれたろうと思うと、ディアセレーナはいくら惜しんでも惜しみきれない。


 



だが………そんな心配は杞憂に終わった。


 



キン!という甲高い音とともに石畳の一部が真っ二つに裂けて割れている。


本来そうなるべき運命であったはずの少年は…………


 



己の侍女らしい美少女を横抱きにして受付脇にある待合室に移動していた。


 



…………そんなバカな!


 



ありえない出来事にディアセレーナは目を見張った。


フィリオも追撃にかからぬところを見ると同じ思いらしい。


仮にも大陸中に名を轟かす傭兵二人が、いまだ新米の傭兵ですらない一介の少年の動きを見失ったなんて………


 



「シェリーさんは悪いけどここでひとまず待って………」


 



 



ゴスッ


 



 



鈍い音とともに少年がガックリ膝をつくのが見えた。


長椅子に下ろされようとしていた少女が少年の股間を蹴り上げたのだ。


少年の死角をついたディアセレーナも感嘆するほかないほどの一撃だった。


最近はメイドも格闘術を嗜むのだろうか?


 



「あれほど目立つことは控えるように言ったのに、よりにもよってアセンブラの猛虎に喧嘩を売るってどういうことですか!


それともこれは真人様をお嬢様に任された私に対する嫌がらせですか?そうなんですか!?」


 



残念ながら男以外には決して理解することのできぬ激痛に真人は反論の言葉もない。


 



「「はああああああああ???」」


 



あまりの出来事に顎が外れんばかりに大口を開けて固まるフィリオとディアセレーナを誰が責められるだろう。


そもそもフィリオの神速の一撃をなんなくかわしながら少女の蹴りにあっさり沈んでしまうというのはあり得るのだろうか?


 



管理官はあまりの成り行きに呆然としつつも


…………いきなりメイド連れで傭兵局にきておいて目立つなというのは無理なんじゃないか?


などと至極真っ当なことを考えていたという…………


 



 



 



 



気勢を削がれた形にはなったがフィリオの戦意はまだ失われたわけではなかった。


もっとも当初感じていた敵意はとうに失われている。代わって増しているのが好奇心であった。


いまだ見ぬ武に己の武を問うことこそフィリオの本懐なのだ。


強敵があればこれに挑み、強敵がいなければ負けそうな戦に己の武威の咲き場を求める。


ただひたすら強さというものに憑かれた根っからの武人………それがフィリオ・セベステロス・アセンブラの本性であった。


 



「おい、管理官…………練兵場を借りるぞ。それと………しばらく誰も近づけるな」


 



どうやら少年の連れは少年が必要以上に目立つことを嫌っているようだ。


理由は何にしろ、それで少年………真人の全力が見られぬのでは意味がない。


 



「あたしはかまわないのだろうね?フィリオ」


 



ディアセレーナが不敵に笑う。


無論のことなんと断られようがこれほど面白い勝負を見過ごすつもりはない。


それ以上にディアセレーナの血も沸き立っていた。


フィリオさえいなければ今すぐにも自分が手合わせを願いたいくらいだ。ここで蚊帳の外に置かれたりしたら欲求不満で精神がどうかしてしまうだろう。


 



「オレの楽しみの邪魔をしないのならいいぜ」


 



そう言ってフィリオは真人について来い、と顎をしゃくってみせる。


拒否権は認められてはいなそうだ。


これ以上シェリーの機嫌が悪化するようなことは真人としても避けたかったが仕方あるまい。


 



「…………今日の件はお嬢様とシェラさんたちに報告しますからね!」


 



背中から瘴気を漂わせながらポツリとシェリーが言った。


 



 



自分はどこで間違ったのだろう?


この世界で初めて遠慮せずにすむ使い手に出会った。


この世界にやってきて拘束術式や呪法から解き放たれた自分だが、それによって戦闘力が一部では上昇し、また一部では低下している。


それがどれだけ実戦で影響するのかはやはり実戦で試さなくてはわからないのだ。


 



言いつけどおり宝具と魔術は封印しているのに…………どうしてシェリーさんはあんなに怒ってるんだろう?


 



真人にはフィリオと互角にやりあえるということが、この世界でどれだけ非常識かということが全くわかっていなかった。


ただ一つだけわかっていることと言えば……………


 



 



「……………どうかそれだけは勘弁してください」


 



 



シェラとプリムに知られたらおそらく自分が針のむしろに座らされたあげく火で炙られるような目に合うだろう、ということだった。


いつの間にかシェラたち姉妹に首根っこを完全に押さえ込まれている真人であった。


 



 



何のためらいもなく土下座を敢行する真人にフィリオとディアセレーナは再び顎がカクリと落ちるのを押さえることができなかった……………………。


 






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