世界を渡る少年
第二話
 
「私に何の用だ………?」
 
「ハースバルド伯爵家のご令嬢として生まれた不幸を呪っていただこうか……貴女が邪魔な人間は存外多いのですよ?」
 
………まずいな……こいつ…かなりやる……!
 
私は短剣しか持ってこなかったわが身の迂闊さを呪った。
愛刀パールシードがあれば、こんな危惧を抱くこともないのだが………
 
敵は四人
暗殺者の手練らしき男が三人に魔術師らしい男が一人だった。
助けは……望めないだろう。
ここは街道から離れた山道で、そもそも人通りがないのを気に入って私が乗馬コースにした場所なのだ。
 
でも負けるわけにはいかない。
この国を亡国にしないために、心血を注いでいる父の重荷になるわけにはいかない……!
 
暗殺者の一人が短剣を手に迫る。もう一人は男の肩を踏み台にして飛び上がり頭上から攻撃してきた。
それだけではない。もう一人の男が投げナイフを投擲している。私一人になんという念のいれようだ!
 
「くっ……!!」
 
上下両段の短剣を紙一重でかわしたものの、投げナイフが太ももと左脇腹を擦過していくのは防ぎようもなかった。
ケガの痛みを無視して私は短剣を一閃した。
 
頭上から飛び掛っていたせいで反応の遅れた男の頚動脈を薙ぐ。
まず一人………!!
 
だが、私の反撃もそこまでだった。
 
「ウィンドブラスト」
 
満を持して放たれた魔術師の一撃に私は声もなく吹き飛ばされ、巨木に背中を打ちつけられていた。
 
 
「かはっ………」
 
 
背中に受けた衝撃は激甚だった。
肺は酸欠にあえぎ脊髄は全身に痺れを訴えている。
短剣が力なく手のひらから滑り落ちていくのが自分でもわかった。
 
「ニルヴァがいなけりゃやばかったな……まったくなんて嬢ちゃんだ。」
 
忌々しげな口調で主犯格らしい男が手際よく私の両手を縛り上げた。
反撃しようにも身体を動かすことはおろか声をあげることもできない。
私にできたのはうめき声をこらえ、涙をこらえて睨みつけることくらいだった。
 
「……気に入らんな……ハーブル好きにしてしまってかまわんぞ」
 
「ありがてえ………」
 
「ヒッ……………!!!」
 
騎士として死ぬ覚悟は持っているつもりの私も、これには息を呑むしかなかった。
いやだ!いやだ!いやだ!
私の純潔をこんな奴に汚されるくらいなら死んだほうがましだわ!
だいたい初恋だってまだなのにこんなのってあんまりよ!
呂律の回らぬ舌で、ようやく私は言葉を紡ぎだす。
 
「…………助……けて………誰………か………!」
 
「残念だったな、嬢ちゃん。ここら1キロ以内に人なんかいやしないんだよ」
 
ハーブルと呼ばれた男が嫌らしい手つきで私の太ももを撫で回すと、あまりのおぞましさに鳥肌がたった。
悔しい……!こんな理不尽に屈しないために力をつけたつもりだったのに…………
力が欲しい……理不尽に対抗する力が。でも、今の私にはそれがない………
ずっと我慢してきた涙が堰をきったように溢れでる。
 
 
………………彼が現れたのはそんな時だった。
 
 
 
 
 
 
気がついたら森のなかにいた。
 
失血死にしろ凍死にしろオレは黒又山の奥の宮で死んだものと思っていたのだが。
見ればあれほど深かった刺し傷の欠片も見当たらない。
そればかりか長年オレを苛んできた呪式や拘束術も見当たらないようだ。
 
爽快だ。何者にも縛られぬという感覚はこれほどにも爽快なものだったのか!
 
無自覚なままに涙が流れた。
涙を流すなんて何年ぶりのことだろう………そうだ、真砂と離された5年前、アレ以来か。
 
「元気にしてるか………?真砂………?」
 
どうやらオレは天国って奴にこれたらしい。
真砂に会えなくなったのは残念だけど、オレはいつでもお前の幸せを祈ってる。
大丈夫……真砂ならきっと幸せになれるさ。15歳になったはずの……綺麗に成長したお前の心を射止める男には妬けるけれど。
 
そのとき、聞きなれた金属音がオレを空想から引き戻した。
 
……………どういうことだ?
 
耳をすませば数人が争う声と闘気を感じる。
この大気中の気の濃さからいってオレのいた世界でないことは確かなんだが………どうやらここは天国ではないらしい。
再び闘争のなかに投げ出されることを思えばがっくりと肩が落ちるのは仕方ないことだろう。
 
…………しかしここではオレの意志でオレの戦いを選べるはずだ。
気を取り直してオレは足に力を込める。
 
「縮地」
 
一瞬にして百メートル近い距離を縮めオレの瞳に飛び込んできたのは傷ついて涙を流す女性と獣臭を漂わせた三人の男たちだった。
 
 
 
 
 「…………何をしている?」
 
少年の静かな迫力に押されて男たちは慌てて少女から離れて身構えた。
年のころは十七・八といったところだろうか。
奇妙な衣装を身に纏ったその肢体は同年代の少年と比較しても華奢といってもいいだろう。
しかし発散される闘気の凄まじさがそんな外見を完全に裏切っていた。
 
「………何者だ?貴様………」
 
「中御神家守護司、中御神真人だ。事情は知らねど一個の男児として女性の操の危機を看過することは出来ぬ。退かぬとあらば
一戦交えようぞ。」
 
謡うように流れる美声だが、静かな闘志は隠すべくもない。
しばらく少年を見定めるように観察していた男たちだが、少年が何の後ろ盾もない民間人と見てニヤリと残忍な笑みを浮かべた。
 
「多少は武術の心得があるようだが今度生まれてくるときは身の程というものを弁えるのだな」
 
二人の男が少年に殺到した。
5本の投げナイフを囮に少年の心臓と頚動脈を狙う。
少年は恐怖のためか、あきらめているのか、まったく避けようとしない。
 
青臭い正義漢をきどった報いだ……………!
 
「ダメ!避けてぇぇぇぇ!」
 
少女の悲痛な悲鳴もむなしく短剣が少年の心臓と頚動脈に吸い込まれた、が…………
 
「なにぃぃぃぃぃぃ!!!」
 
まるで鋼鉄の鎧を攻撃したような感触に男たちは驚愕の悲鳴をあげる。
雪のように白い艶やかな少年の肌には擦過のあとすら残されてはいなかった。
 
「どういうつもりです?そんな気の通らぬ武器で向かってくるなんて?」
 
心底不思議そうに少年は首を傾げた。
神と戦うため、最上級の呪力を付与された武器を操ってきた少年にとって、ただの鉄の刃など水に濡らした和紙にも満たぬものでしかない
ということを少年以外に知るものはいない。
男たちの顔が言い知れぬ恐怖に歪んだ。
 
「ウインドブラスト」
 
「術を禁ずれば即ち現ること能わず」
 
高密度に圧縮された風の一撃も発動しなければただの掛け声と変わらない。
 
「…………カカカ、カウンタースペル………!」
 
魔術師らしき男がたたらを踏んで後ろに下がった。
発動する魔法を打ち消されるということは、魔力、構成力、速度の全てにおいて相手が上回っている………それもおそらくは
二周り以上は上手だということに他ならないからだ。
 
「確かに私は若輩者ではありますが、仮にも中御神家の守護司です。あまり遊ばずに本気をだしてください」
 
冗談ではない!手を抜いてなどいるものか!
少年の言っていることが本気とわかるだけに男たちの恐怖は大きかった。
こいつは正真正銘の化け物だ!…………ならば!
 
男たちは頷きあうと、攻撃の矛先を倒れたままの少女に向けた!
誘拐に失敗したならば命を奪う。それが雇い主からの依頼だった。
 
「刃を禁ずれば即ち傷つけること能わず」
 
あろうことか少女に向かって放たれた必殺の毒刃はまるでゴムのように柔らかくなり、かすり傷もつけられずに大地に落ちた。
 
「物質変換まで使えるのか!貴様いったいなに……も………」
 
男は言いかけた言葉を最後まで言い切ることはできなかった。
そこには先ほどまでのどこか茫洋とした少年はいない。
黄金の瞳に殺気を漲らせて男たちを見据える異形の戦士がいた。
 
「花散」
 
男たちの耳に少年の呟きが聞こえた。
それが男たちの最後となる。
刹那、首が散り際の花のようにポトリと落ち、噴きあがる鮮血が、大地に赤い花の絨毯を敷き詰めていった………。
 
 
「私に何の用だ………?」
 
「ハースバルド伯爵家のご令嬢として生まれた不幸を呪っていただこうか……貴女が邪魔な人間は存外多いのですよ?」
 
………まずいな……こいつ…かなりやる……!
 
私は短剣しか持ってこなかったわが身の迂闊さを呪った。
愛刀パールシードがあれば、こんな危惧を抱くこともないのだが………
 
敵は四人
暗殺者の手練らしき男が三人に魔術師らしい男が一人だった。
助けは……望めないだろう。
ここは街道から離れた山道で、そもそも人通りがないのを気に入って私が乗馬コースにした場所なのだ。
 
でも負けるわけにはいかない。
この国を亡国にしないために、心血を注いでいる父の重荷になるわけにはいかない……!
 
暗殺者の一人が短剣を手に迫る。もう一人は男の肩を踏み台にして飛び上がり頭上から攻撃してきた。
それだけではない。もう一人の男が投げナイフを投擲している。私一人になんという念のいれようだ!
 
「くっ……!!」
 
上下両段の短剣を紙一重でかわしたものの、投げナイフが太ももと左脇腹を擦過していくのは防ぎようもなかった。
ケガの痛みを無視して私は短剣を一閃した。
 
頭上から飛び掛っていたせいで反応の遅れた男の頚動脈を薙ぐ。
まず一人………!!
 
だが、私の反撃もそこまでだった。
 
「ウィンドブラスト」
 
満を持して放たれた魔術師の一撃に私は声もなく吹き飛ばされ、巨木に背中を打ちつけられていた。
 
 
「かはっ………」
 
 
背中に受けた衝撃は激甚だった。
肺は酸欠にあえぎ脊髄は全身に痺れを訴えている。
短剣が力なく手のひらから滑り落ちていくのが自分でもわかった。
 
「ニルヴァがいなけりゃやばかったな……まったくなんて嬢ちゃんだ。」
 
忌々しげな口調で主犯格らしい男が手際よく私の両手を縛り上げた。
反撃しようにも身体を動かすことはおろか声をあげることもできない。
私にできたのはうめき声をこらえ、涙をこらえて睨みつけることくらいだった。
 
「……気に入らんな……ハーブル好きにしてしまってかまわんぞ」
 
「ありがてえ………」
 
「ヒッ……………!!!」
 
騎士として死ぬ覚悟は持っているつもりの私も、これには息を呑むしかなかった。
いやだ!いやだ!いやだ!
私の純潔をこんな奴に汚されるくらいなら死んだほうがましだわ!
だいたい初恋だってまだなのにこんなのってあんまりよ!
呂律の回らぬ舌で、ようやく私は言葉を紡ぎだす。
 
「…………助……けて………誰………か………!」
 
「残念だったな、嬢ちゃん。ここら1キロ以内に人なんかいやしないんだよ」
 
ハーブルと呼ばれた男が嫌らしい手つきで私の太ももを撫で回すと、あまりのおぞましさに鳥肌がたった。
悔しい……!こんな理不尽に屈しないために力をつけたつもりだったのに…………
力が欲しい……理不尽に対抗する力が。でも、今の私にはそれがない………
ずっと我慢してきた涙が堰をきったように溢れでる。
 
 
………………彼が現れたのはそんな時だった。
 
 
 
 
 
 
気がついたら森のなかにいた。
 
失血死にしろ凍死にしろオレは黒又山の奥の宮で死んだものと思っていたのだが。
見ればあれほど深かった刺し傷の欠片も見当たらない。
そればかりか長年オレを苛んできた呪式や拘束術も見当たらないようだ。
 
爽快だ。何者にも縛られぬという感覚はこれほどにも爽快なものだったのか!
 
無自覚なままに涙が流れた。
涙を流すなんて何年ぶりのことだろう………そうだ、真砂と離された5年前、アレ以来か。
 
「元気にしてるか………?真砂………?」
 
どうやらオレは天国って奴にこれたらしい。
真砂に会えなくなったのは残念だけど、オレはいつでもお前の幸せを祈ってる。
大丈夫……真砂ならきっと幸せになれるさ。15歳になったはずの……綺麗に成長したお前の心を射止める男には妬けるけれど。
 
そのとき、聞きなれた金属音がオレを空想から引き戻した。
 
……………どういうことだ?
 
耳をすませば数人が争う声と闘気を感じる。
この大気中の気の濃さからいってオレのいた世界でないことは確かなんだが………どうやらここは天国ではないらしい。
再び闘争のなかに投げ出されることを思えばがっくりと肩が落ちるのは仕方ないことだろう。
 
…………しかしここではオレの意志でオレの戦いを選べるはずだ。
気を取り直してオレは足に力を込める。
 
「縮地」
 
一瞬にして百メートル近い距離を縮めオレの瞳に飛び込んできたのは傷ついて涙を流す女性と獣臭を漂わせた三人の男たちだった。
 
 
 
 
 「…………何をしている?」
 
少年の静かな迫力に押されて男たちは慌てて少女から離れて身構えた。
年のころは十七・八といったところだろうか。
奇妙な衣装を身に纏ったその肢体は同年代の少年と比較しても華奢といってもいいだろう。
しかし発散される闘気の凄まじさがそんな外見を完全に裏切っていた。
 
「………何者だ?貴様………」
 
「中御神家守護司、中御神真人だ。事情は知らねど一個の男児として女性の操の危機を看過することは出来ぬ。退かぬとあらば
一戦交えようぞ。」
 
謡うように流れる美声だが、静かな闘志は隠すべくもない。
しばらく少年を見定めるように観察していた男たちだが、少年が何の後ろ盾もない民間人と見てニヤリと残忍な笑みを浮かべた。
 
「多少は武術の心得があるようだが今度生まれてくるときは身の程というものを弁えるのだな」
 
二人の男が少年に殺到した。
5本の投げナイフを囮に少年の心臓と頚動脈を狙う。
少年は恐怖のためか、あきらめているのか、まったく避けようとしない。
 
青臭い正義漢をきどった報いだ……………!
 
「ダメ!避けてぇぇぇぇ!」
 
少女の悲痛な悲鳴もむなしく短剣が少年の心臓と頚動脈に吸い込まれた、が…………
 
「なにぃぃぃぃぃぃ!!!」
 
まるで鋼鉄の鎧を攻撃したような感触に男たちは驚愕の悲鳴をあげる。
雪のように白い艶やかな少年の肌には擦過のあとすら残されてはいなかった。
 
「どういうつもりです?そんな気の通らぬ武器で向かってくるなんて?」
 
心底不思議そうに少年は首を傾げた。
神と戦うため、最上級の呪力を付与された武器を操ってきた少年にとって、ただの鉄の刃など水に濡らした和紙にも満たぬものでしかない
ということを少年以外に知るものはいない。
男たちの顔が言い知れぬ恐怖に歪んだ。
 
「ウインドブラスト」
 
「術を禁ずれば即ち現ること能わず」
 
高密度に圧縮された風の一撃も発動しなければただの掛け声と変わらない。
 
「…………カカカ、カウンタースペル………!」
 
魔術師らしき男がたたらを踏んで後ろに下がった。
発動する魔法を打ち消されるということは、魔力、構成力、速度の全てにおいて相手が上回っている………それもおそらくは
二周り以上は上手だということに他ならないからだ。
 
「確かに私は若輩者ではありますが、仮にも中御神家の守護司です。あまり遊ばずに本気をだしてください」
 
冗談ではない!手を抜いてなどいるものか!
少年の言っていることが本気とわかるだけに男たちの恐怖は大きかった。
こいつは正真正銘の化け物だ!…………ならば!
 
男たちは頷きあうと、攻撃の矛先を倒れたままの少女に向けた!
誘拐に失敗したならば命を奪う。それが雇い主からの依頼だった。
 
「刃を禁ずれば即ち傷つけること能わず」
 
あろうことか少女に向かって放たれた必殺の毒刃はまるでゴムのように柔らかくなり、かすり傷もつけられずに大地に落ちた。
 
「物質変換まで使えるのか!貴様いったいなに……も………」
 
男は言いかけた言葉を最後まで言い切ることはできなかった。
そこには先ほどまでのどこか茫洋とした少年はいない。
黄金の瞳に殺気を漲らせて男たちを見据える異形の戦士がいた。
 
「花散」
 
男たちの耳に少年の呟きが聞こえた。
それが男たちの最後となる。
刹那、首が散り際の花のようにポトリと落ち、噴きあがる鮮血が、大地に赤い花の絨毯を敷き詰めていった………。
 
 
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