話題のラノベや投稿小説を無料で読むならノベルバ

ブルボン家に咲く薔薇~フランス王国戦記~

高見 梁川

第十九話

「そうか、あの老人はひとまず了承したか」


 



オーギュストは嘆息した。


大ピットことチャタム伯ウィリアム・ピットはもともと大陸植民地との融和論者であった。


しかし史実においてはピットのような融和論者は少数派であり、ノース首相をはじめとする強硬派によって大陸出兵は可決されイギリスはアメリカ独立戦争の泥沼に引きずりこまれていく。


鎧袖一触であると思われていた植民地軍の思わぬ抵抗によりイギリス軍は勝利の出口を見いだせぬまま一進一退の攻防がしばらく続いた。


アメリカ軍の善戦に勝機を見た各国はフランスを筆頭として続々とアメリカ側にたって参戦。


ついにはチェサビークにおけるフランス王国海軍の勝利と、ヨークタウンにおけるアメリカ合衆国軍の勝利を契機としてアメリカの独立が確定するのである。


そうした意味でフランスがアメリカの独立に果たした影響は極めて大きい。


だがアメリカの指導者たちがそれを感謝しているかというとそれほどでもないのが実情であった。


現に期待していた対アメリカ貿易においてフランスはみじめな惨敗を喫し、敗北したはずのイギリスが対アメリカ貿易の主導権を握るようになるのである。


 



―――――――つまるところアメリカ側にたって参戦して得られるものは少ない。


 



だからといって傍観するのは愚策である。


傍観することによって両者に感謝されるのならばよいが、たいていの場合傍観者は双方に恨まれる。


イギリスとアメリカを同時に敵に回すのはフランスにとって悪夢でしかない。


それでなくともフランスには稀代の名君フリードリヒ二世の率いるプロイセンという仮想敵国がいるのだ。


ではイギリスに肩入れすればよいかというとそれがそうでもない。


イギリスは歴史的な敵国であり、イギリスに尻尾を振ることは貴族も国民も簡単には許さないだろう。


ここで国民に対する王家の求心力が低下することは避けたいのが本音である。


結局双方に恩を売るかたちで和平を仲介するというのがもっとも現実的な政治的選択なのであった。


 



だがそのためにはアメリカに長期間独力でねばってもらうことが必要だ。


あっさりとイギリス陸軍にしてやられるようでは話にならない。


少なくともイギリスがこれ以上戦いが続くのはいやだ、と感じる程度の損害を与えてくれなくては。


しかしそのためにフランス王国が表立って援助することも、いずれ仲介を買って出るためにはできない相談である。


そのために生贄に選ばれたのが啓蒙派貴族であった。


 



神より理性を。


旧来の権威を否定し、人間に与えられた理性と知性によって人間を評価するべきという啓蒙思想は一見すると正しいことを言っているように思える。


しかし現代社会においてもいわれなき差別がなくならないように、人間は基本的に愚かな生き物である。


今ここで王室という権威を失い、権威という後ろ盾ない為政者がしかも集団で合議による統治を行うのは無謀以外の何物でもない。


政治は空転し、空転する政治は庶民を圧迫し、そして容易く為政者は恐怖による統治というもっとも簡易な統治方法へと手を伸ばしてしまう。


フランス革命を主導した英雄たちはその狂熱によって王家を打倒し革命を遂行したが、革命フランスをどう運営しようかという運営プランまでは持ち合わせていなかった。


人民の代表が国王を殺した。


しかし国民の暮らしは国王が統治していたころより遥かに悪くなった。


そんな事例はこの地球上で枚挙にいとまがない。


理想と善意では政治と経済を動かすことはできないからだ。


この悪しき世界では悪こそが根底原理であり、悪を許容できずして国家を担うことはできない。


しかし悪に飲まれたものは世界に流されることはできても世界を動かすこともできないのもまた事実。


悪を体内に受け入れてなお決して揺るがぬ信念と自身がないかぎり世界は決して未来への扉を開こうとはしない。


 



オーギュストは己の器の限界を感じていた。


結局のところ自分はフランスを破局から救えなかった三流政治家。


未来知識によってアドバンテージは得ているものの人間としての本質は決して変わることはない。


 



「彼らの大陸進出を後押ししましょう。陛下もそれを承知しておられる、そうデュ・バリー夫人たちに囁かせるだけでそれも容易いかと」


「しかしそれではフランスが大陸に肩入れしていると見られるぞ。それにあまり貴族たちに大陸の風を感じてほしくない」


 



アメリカ独立という夢は麻薬だ。


人民の人民による人民のための政治というジョン・ウィクリフの言葉は繰り返し政治家によって引用される稀有な名言となった。


その政治体制を体現するアメリカ合衆国の独立が現在の啓蒙思想家たちをどれだけ熱狂させるか見当もつかない。


だからオーギュストは仲介という形でアメリカの独立を出来るだけ引き延ばそうとしたのだ。


しかし妻の言葉はオーギュストの予想のさらに上をいった。


 



「このさい不穏分子には出来る限り国内から出ていってもらいましょう。ついでに資産もすり減らしてくれるとさらに結構ですね。どうせ使い捨てるのですから構わないでしょう?」


 



シャルロットはラ・ファイエットを初めとする啓蒙派貴族をこの期に乗じて一掃するつもりでいた。


彼らは理性を重んじるといいながら、その実理想のために理性を侵食されている。


いつの世でも理想主義者こそが最も残虐な差別主義者になり果てるのだ。


そんな人間はフランス王国には必要ない。


 



「彼らを処分すれば彼らほどに急進的ではない協力的な進歩派貴族まで敵にまわすぞ?それにいくらなんでもあまりに恣意的な処罰はできん」


「…………海を渡ってまで理想を貫こうとした彼らが和平の仲介に応じると思いますか?」


 



身重の身体をゆすって楽しそうにシャルロットは口元に手のひらを寄せてクスクスと笑った。


知性的な形のよい唇から鈴が鳴るような可愛らしい声が漏れる。


妻はこう言っているのだ。


彼らは理想のために進んで王命にそむき処分の大義名分を与えるであろう、と。


 



オーギュストは両世界の英雄と呼ばれたラ・ファイエットに親近感を感じていたし、彼の動物的な嗅覚と朴訥な人柄に好感を抱いていた。


無意識のうちに歴史知識がオーギュストにその人物に対する予断を与えていたものらしい。


馬鹿げたことだがこちらが向こうの事跡を知っていたからといって向こうはこちらを何も知らないのだ。


勝手に親近感など抱くほうがどうかしていた。


ところでラ・ファイエットは現代フランス共和国海軍の最新鋭ステルスフリゲートのネームシップでもある。


現在もなお彼の朴訥で理想に殉じた生き様はフランス国民に好意をもって受け入れられている証左と言えよう。


その彼を処断する―――――。


 



「新大陸で彼らが得た経験を持ち帰らせるのは危険です。追放のうえ所領没収が妥当かと」


 



私はなんと凡人なのだ。


この二度目の生を与えられた時、我が名のもとに新たな人血が流されることを覚悟したではないか。


たかが歴史上の偉人を処断するというだけで躊躇してどうする?


 



「よかろう、しかしまずは彼らの影響が進歩派貴族のどこまで及んでいるか見極めてからだ」


「………………そうですわね、貴方。デュ・バリー夫人たちにも言い含めておきましょう」


 



 



正しい。


妻は全く正しい。


あるいは妻に政治の一切をゆだねてしまったほうがフランス王国は隆盛を極めるかもしれぬ。


だが彼女の欲しいままにさせていては自分は、フランスは、失ってはならぬ大切なものを失ってしまうような、そんな予感がある。


それにしてもなんたることだ。


私は愛する妻に政治家として嫉妬している――――――!!


 



 



 



 



 



「ルイ16世の腹のうちはわからぬか、なんとも食えぬ男よ」


 



細面の容貌のなかで爛々と輝く大きな瞳だけが異彩を放っている。


彼こそがプロイセン王国国王フリードリヒ2世その人にほかならなかった。


7年戦争で奇跡的な勝利を拾った彼は、いまだプロイセンの国力がフランス・オーストリア両大国に及ばないことをよく承知していた。


後世に名君として名を残すフリードリヒ2世だが、もしもロシアのエリザベータ女帝が頓死しなければ後世の評価は逆転していた可能性が高い。


当時の世界大国であるフランス・ロシア・オーストリアを敵に回して戦争を挑むのはむしろ無謀と評されるべきであり、遠距離にある同盟国イギリスの支援だけでプロイセンを防衛するのは通常に考えて困難なのは明らかだった。


しかし小国の連合国家であるプロイセンが将来的に統一ドイツとしてヨーロッパの強国の一角を占める地位を得ることができたのは一重にフリードリヒ二世の決断によるものである。


だが必ずしもフリードリヒは国家の将来をみこして賭けに打って出たわけではない。


 



「何も手にせぬまま無為に死んでたまるか!」


 



プロイセンという小国が生き延びるためには確かに周囲の小国を呑み込み自らが大国にのしあがる必要があった。


しかしフリードリヒをして冒険に踏み切らせたのは父に対する反感と今は亡き親友に対する誓いによるものだ。


かつてフリードリヒにはハンス・ヘルマン・フォン・カッテという親友がいた。


1730年8月、フリードリヒはイギリスへの亡命を試みている。


知性と芸術を重んじるフリードリヒは実利主義者である父からうとまれ、直接的な暴力を含めた虐待を受けていた。


たび重なる虐待に耐えきれずイギリス王家との縁談を機会に亡命しようとしたフリードリヒに協力したのがこの当時少尉であったカッテであった。


あの日の柔弱な自分を思い起こすたびにフリードリヒは情けなさに震える。


カッテは亡命に反対していた。


次代の王は自分以外にはありえず、今は自重して機会を待つべきであると幾度にもわたって説得してくれていた。


にもかかわらず亡命を強行したあげく、カッテはフリードリヒの目の前で処刑された。


 



「許してくれ。愚かな私を許してくれカッテ!!」


「私は貴方のためなら喜んで死にます。貴方は私にとって命を賭けるに相応しいかけがえのない主君なのですから」


「誓う……誓うぞカッテ!オレはお前の言葉が正しかったことを証明してみせる!」


 



逆境から逃げた自分の愚かさがかけがえのない親友を死なせたことでフリードリヒは変わった。


兵隊王とあだ名される父とは違った自分だけの手段でフリードリヒの名を世界中に轟かせなくてはならない。


そんな彼の懊悩が彼をして勝算の薄い博打に走らせたのかもしれなかった。


平和が訪れたあとの彼が臆病とも言えるほど慎重な外交政策を実施し、オーストリア以外の各国に融和政策を取り続けたこともその予測を裏付けているともいえる。


 



 



 



 



「早く死んでくれんかな?あのクソばばあめ。よくよく我が国に祟ってくれる………しかも娘までとはな」


 



いまだオーストリアとの間で潜在的な闘争を続けているプロイセンにとってフランスの動向は常に重要な関心事であった。


しかも現国王ルイ16世は国内の政治改革を遂行しつつあり、王太子時代からの成果を含めてフランスは農工業ともに順調な発展を続けているかに見える。


その国力が自国に向けられるとすればそれは悪夢だ。


フランス王国内で国王に対する影響力の強いハプスブルグの怪物マリー・シャルロットあるかぎりその可能性は高かった。


 



そもそも7年戦争ですらフランスがルイ14世当時の全盛期であったならばプロイセンの敗北は免れなかったであろう。


もちろんフリードリヒは錯綜する国際情勢を理解していたし、徹頭徹尾利用もした。


結果からみればプロイセンが勝利したように見えるが、現実にはただ三大国が戦争の継続を断念したにすぎない。


しかしフリードリヒは勝利を盛んに喧伝することで東欧の小国にすぎなかったプロイセンの国際的地位をオーストリアと並ぶまでに引き上げることに成功したのである。


とはいえ7年戦争がもたらした損害は大きくフリードリヒはまず国力の回復に専念しなくてはならなかった。


国力の余力と言う意味ではなおプロイセンよりオーストリアのほうが大きな余力を残していた。


 



「このままフランスが新大陸で泥沼にはまってくれれば僥倖だが…………ふん、あまり期待しすぎぬほうが無難か」


 



オーストリアではマリア・テレジアとの共同統治というかたちでヨーゼフ二世が積極的な改革を推進している。


意欲ばかりが先行していてなかなかに成果が出せずにいるようだが、彼がプロイセンへの報復を企てていることは想像に難くない。


そのもっとも有力な同盟国となりうるのがフランスであった。


正直フリードリヒは内戦作戦で機動戦を戦うかぎりオーストリア単独を相手に敗北するとは思っていない。


フリードリヒが鍛え上げた軍組織は今もなおヨーロッパ有数の精強さを保っていたからである。


しかし同盟国フランスの財政が破たん寸前から回復し、長期の出兵に耐えうるとなれば状況はまるで逆転するだろう。


現在のプロイセンに長期戦を戦う財政的余裕はないのだから――――。


 



「それで?ルイは今度はいったい何を始めたというのだ?」


 



フリードリヒは不機嫌そうに報告の続きをうながした。


対フランス諜報の責任者であるレンテンベルグ男爵は冷や汗を額ににじませながらフリードリヒの問いに答える。


 



「ひとつはシャルル・デオン男爵を中核とする情報省の設立、そしてもうひとつなのですが………近衛連隊の連隊長がケレルマンからジャン=マチュー・フィルベール・セリュリエに替わりました。どうやら新たな組織を任されるようで」


「国王直属の連隊長を替えてまでいったい何をやらせるつもりだ?」


 



先年のラ・ボーギュヨン公の反乱鎮圧などに力を発揮した近衛連隊は国王にとってなくてはならぬ切り札だ。


王室に直属した近衛という固有の武力あればこそルイ・オーギュストはこれほど強力に改革を推進できたのである。


その国王の信頼も厚いケレルマンが実行部隊の長をはずされるということはよほどの重大事があると見ざるを得ない。


 



 



 



「それがなぜか建物にこもって研究するだけの閑職らしく……………よくはわかりませぬが参謀本部と名付けられたとか」


 






「ブルボン家に咲く薔薇~フランス王国戦記~」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「歴史」の人気作品

コメント

コメントを書く