アラフォー社畜のゴーレムマスター

高見 梁川

第百六十三話 脅迫

「…………屈辱」
「あらあら、イリスったら可愛いじゃない!」
「私をフォウお姉さまと呼んでもいいのよ? イリス」
「断じてノウ!」
 カゲツ支族の里で埃をかぶっていた素体――それはディアナやフォウよりもさらに小さな作りだった。
(俺には幼女の呪いでもあるのか…………?)
 これを世間に見られたら、また幼女マスターの名が広まってしまう。
 密かに頭を掻きむしりたい衝動に駆られる松田であった。
 身長は百三十センチ半ばであろう。灰色グレイの髪を肩にかからぬ位置で切りそろえたショートカットで円らな青い瞳が幼さを際立たせているかのようである。
 ただその身体が不本意なのは、イリスの尖った唇と眉間の皺が雄弁に告げていた。
 それが逆に可愛らしいクール系の美少女である。
「この私が……お子様なディアスヴィクティナやフォウよりさらに小さな身体など……」
 大人の知的なできる女を思い描いていたイリスにとってあまりに思惑と違う現実であった。
 内心密かに精神年齢的に見下していたディアナとフォウより小さな身体というのがまた屈辱である。
「タケちゃん、一刻も早い新たな身体を要求する!」
「私のほうが先約よ!」
「ええ~~! ディアナお姉さまはそのままでいてくださいよぅ」
 松田たちは知らなかった。
 そのときすでに、ディアナやイリスの新しい身体を探しに行くような余裕がなくなっていることに。




 運命の迷宮の最下層で、イリスを失い空になった祭壇を発見したリアゴッドは怒り狂った。
「おのれ! やはり奪われていたか!」
 リアゴッドにとって、絢爛たる七つの秘宝は大切な自分の所有物であるという認識がある。
 それを松田に奪われるということは屈辱でしかない。
 ましてその力を松田が十全に使いこなしているとなればなおのことだ。
 あたかも〇〇〇との思い出にまで汚物をなすりつけられたような感覚に、リアゴッドは肩を震わせた。
「――――もはや容赦せぬ」
 これまではあまりに矮小な力であったため、水面下でことを運ぶ必要があった。
 まだ全盛期の力を取り戻したとは言い難いが、レベルアップし宝冠コリンと悠久の癒しグローリアを取り戻した今、こんな退化した世界に負けるはずがない。
『造物主様のお望みどおりに』
 リアゴッドの意思を何より最優先にする。それが秘宝の役割であるはずだった。
 しかしコリンと違い、グローリアは漠然とした不安を感じていた。
 いったいなぜ松田という男は絢爛たる七つの秘宝を扱えるのか。
 そしてもっともグローリアが気になっているのは、どうしてディアナがリアゴッドを裏切ることができたのか、ということだ。
 秘宝であるかぎり、何があっても、天と地がひっくりかえってもそれだけはありえない。
 あるとしたら、もうそれは秘宝ではない。
「迷宮を出たらこの国の王都に向かうぞ? 俺に従属するか敵対するか選ばせてやる」
『ああ! 造物主様、ついに!』
「うむ、新たな世界の創造を始めるのだ」
 圧倒的な力で現在の権力者をねじ伏せ、まずは優秀な人材を選別する。
 ここまで魔法技術が退化してしまった以上、まず繁殖のなかで優秀な人材を産みだす者が必要だ。
 そのかぎりにおいて、まだこの世界の愚かなる虫たちには生きる価値がある。
 抵抗するものにはリアゴッドは価値を認めない。
 彼は理想を共有してもらいたいわけではないのである。
 理想のためにどんな役に立つか、生かす基準はそれだけだ。
 強大な力ゆえに人間から排除され、恋人も自分の命も失ったリアゴッドのそれが行きついた最果てであった。
 まともな人間の思考を持つものならば、誰もがリアゴッドを壊れていると断じたであろう。
 しかしその壊れた思考が世界を蹂躙してしまえば、もはや誰も壊れているということはできない。
 つまりリアゴッドが壊れているかいないか、ということには何の意味もないのである。
(本当にそれでよいのですか、造物主様……)
 グローリアはコリンほど盲目的な忠誠心を持っていないがゆえに、もしここにステラがいた場合、はたしてリアゴッドは同じ結論に達しただろうかと考えずにはいられなかった。




「いったい何があったというのだ!」
 敗走してきた騎士団長の顔面蒼白な様子を見て、パリシア王国ラザール一世は困惑していた。
 二ケ国が協力して派遣した大軍である。
 負けることなど思いもよらない。
 仮に負けたとしても、騎士団長の表情はあまりに深刻で悲壮すぎた。
「――国王陛下に申し上げます。連合軍はたった一人のエルフを相手に敗北いたしました。特にリュッツォー王国軍の被害は甚大、おそらく全滅に近い損害を出したものと」
「全滅、だと?」
 リュッツォー王国軍からは精鋭に近い軍勢がおよそ二万はやってきていたはずだ。
 その二万の兵力が全滅した(実際にはかろうじて一割が生き残ったが)場合、リュッツォー王国に残る兵力は国境警備まで根こそぎ動員しても五万程度にすぎないだろう。
 険悪な隣国のデアフリンガー王国の動員力が十万であることを考えればこれは危険な数字である。
「我が軍も三割近い兵力を喪失いたしました。ですが問題なのはそんなことではございません」
 ラザール一世は敗北のショックで騎士団長が正気を失ったのではないかと疑った。
 同盟国が全滅し、自軍が三割近い損害を出したことを大したことがないとはそうとしか思えなかった。
「恐れながら問題なのは、我々が敵対してしまったあの魔法士がもし攻めてまいった場合、防ぐ手段がないということでございます!」
 騎士でありながら、その役割を果たせないという忸怩たる思いに胸を震わせて騎士団長はそう告げた。
「…………何を言っている? 確かに出征した兵力の三割は痛手であった。だがまだ我が国には六万の兵力と堅牢をもってなるアカルザス城があるのだぞ?」
 パリシア王国は大国とまではいかないが、大国が攻めてきても易々とは敗北しないだけの力がある。
 ラザール一世はそう確信していたし、そう確信していたからこそのリュッツォー王国との同盟だった。
「それも意味がありませぬ! 空を飛び、どこにでも一瞬にして転移するあの魔法士を相手には、兵の数と城の堅固さは全く意味がないのです!」
「…………夢でも見たのではないか?」
 本気でラザール一世はそう考え騎士団長を気遣った。
 そこまで敗北の責任を感じてくれているのか、と哀れに思ったほどである。
 しかしそれがなんの誇張もない事実であったことはすぐに判明することになる。


 ズシン、と鈍い衝撃音とともに城が揺れた。
「何事だ?」
「ま、まさか…………」
 騎士団長が取り乱しながらバルコニーへと走り出す。
 そのただならぬ雰囲気に、ラザール一世もつい反射的にその後を追った。
 何か嫌な予感が急速に胸の中で膨らみ始めていた。
(いや、そんな、そんなはずは…………)
 ありえない、とラザール一世は頭を振る。
 たった一人の個人が、国家を凌駕するなどあってはならないのだ。
 無論、伝説級探索者は恐るべき力を持つことはわかっている。
 しかし所詮個人の力は国家という巨人には及ばない。
 そのことは過去の歴史が証明していた。
「貴様がこの国の王か――――?」
 だがそのラザール一世の確信も、過去のものになろうとしているようであった。
 震える声でラザール一世はかろうじて虚勢を張った。
「余がこの国の王である! 無礼であろう、名を名乗れ!」
 事態を把握することができず、ラザール一世の頭は真っ白であった。
 どうしてこいつは城のバルコニーまでやってきているのか?
 門番は何をしていた?
 そもそもどうしてこいつは空中に浮いている?
「俺はリアゴッド、この世界を導くものである」
「リアゴッド? 誰だそれは?」
 ラザール一世が騎士団長に問いただそうとすると、
「最後通牒を申し渡す。あと一週間のうちにタケシ・マツダをこの国へ連れてこい。さもなくば――――」
 完全にラザールを見下した目で、リアゴッドはふん、と鼻を鳴らした。
「この王都が灰になると思え」
「な、なにを馬鹿な……貴様、自分が何を言っているかわかっているのか?」
 パリシア王国の王都ともなれば、その面積は五十平方キロにも及ぶ。
 たった一人の魔法士がそれを灰になどできるはずが――――
「まだ己の立場を理解せぬか」
 やはり所詮は人間は虫なのだ。
 自分の目で見て、体験しなくては理解できない。理解はしているのかもしれないが、それを受け入れることができない。
 調教される獣と同じだ。
「――見るがよい」
 リアゴッドはすっ、と王都のバルコニーから見える高さ六メートルほどの城壁を指さした。
 十万の大軍に包囲されてもびくともしないだけの防御力を与えてくれる重厚で巨大な城壁である。
 完成にはパリシア王家三代の月日を費やしたとされる自慢の一品であった。
 ところが、リアゴッドが右手を軽く振り下ろすや、黒い何かが天空から一直線に落下してきた。
 どんどん大きくなっていくそれに、ラザール一世は悲鳴をあげた。
 なんの変哲もない真っ黒い真球だが、大きさだけが常軌を逸していた。
 その大きさは二百メートルを超えるだろう。
 魔物のなかでも巨大な竜ですら三十メートルを超えることは珍しい。
 その巨体が自由落下してくる速度と圧力は尋常なものではなかった。
 自分の眼が信じられずに、ラザールは言葉にならない言葉を何か口から吐き出そうとした。
 だがそれよりも早く、天空から飛来したそれが、城門に直撃した。
 ドン、と低い地鳴りのような音が響き、ラザール一世の立つ床がぐらぐらと揺れた。
 少し遅れて、石や木材が割れ弾ける音が響き渡る。
 同時に熱と粉塵を伴った衝撃波がラザール一世を襲った。
 もう立っていることもできず、腰が抜けたようにラザール一世は座り込む。
「この王都を灰にするのが戯言でないことがわかったか?」
 こくこく、と壊れた人形のようにラザール一世は頷いた。頷くしかなかった。
「ならば急げ。次はこんな温い脅しではなく、もっと強力な魔法を使うぞ?」
 そういってリアゴッドは姿を消した。
 これが騎士団長が言っていた転移というものか。
 なるほどこれではあらゆる防御施設がなんの意味もなくなる。
 ふらふらと立ち上がったラザール一世は、バルコニーの手すりまで身を乗り出した。
「はは……ははは……」
 白銀に輝いていた巨大な城門は無惨に破壊されていた。
 というより大きな半円を描いたクレーターがあるだけで、影も形もなくなっていた。
 城門の左右もおよそ百メートルにわたって破壊され、なんらかの被害を受けている。
 もっとも強固な城壁を失い、王都の防御力は半減したといってよい。
 だがそんなことは気にもならなかった。
 ラザール一世の脳裏を占めていたのは、あと一週間以内にいかにしてタケシ・マツダなる男をリアゴッドに差し出すかということであった。
「国中に触れを出せ! いや、各国の大使にも応援を求めるのだ! 一刻も早くタケシ・マツダを探せ!」

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