アラフォー社畜のゴーレムマスター

高見 梁川

第百六十二話 明かされる過去

 必ずしも歓迎されているわけではないことが、里に住む人狼たちの視線からひしひしと感じられた。
 松田のような余所者を里へ招き入れることは、彼らにとっても初めての経験なのである。
 本当に里を隠す手段を余所者に知られてしまってよいのか、という激論が何度も繰り返されていた。
 彼らにとっては生存リスクに関わる問題なのだから当然であろう。
 それでもなお松田たちを招き入れたのは、それだけリアゴッドの登場が彼らにとって喫緊の問題であるからに他ならない。
 厳重な何重もの封印を施したこのカゲツ支族の里ですら、リアゴッドならば突破してくるのではないか。
 そう彼らが危惧していることの表れであった。
「……気分良くないです。わふ」
 奇異の視線……なかには明らかに敵意を向けた視線が突き刺さり、ステラは居心地悪そうに身じろぎする。
 こういう針の筵に慣れていないお子様では仕方があるまい。
 それにどうやらいくつかの視線はステラの素性をある程度知っていた様子だし。


「――――よく参られた」
 里の一番奥まった少しだけ小高くなった場所に、簡素な庵とでもいうべき建物がある。
 そこに一人の老婆が立っていた。
 歳はもう判断できないが、高齢で身長百三十センチほどの小柄な身体に不可思議な気配を纏っている。
 ステラを見た瞬間、その瞳がわずかに見開かれるのを松田は見逃さなかった。
「わしがこのカゲツ支族の村長、ヒミカという。お見知りおき願おう」
 ヒミカの傍に控えていた一人の巨漢がずい、と進み出た。
「俺がこの里の戦士長スクネだ」
 ふう、と太い息を吐き、スクネは松田を睨みつけた。
「正直、俺は今でもお前たちを里に入れることに関しては反対だ」
 それでも多数決で勝てなかったという悔しさを隠そうともせず、スクネは呻くように言う。
「万が一にも我が里に仇為すような真似はせぬことだ。あのライドッグですら人狼の秘儀の前には――」
「――――スクネ」
 短く呟いた村長の声に、スクネは全身から脂汗を流して平伏した。
 先ほどまであれほど威勢の良かったスクネが震えている。
 あの村長の怒りを恐れているのだ。
「余計なことを口にするでない。貴様はしばらく外で警護しておれ」
 有無を言わさぬヒミカの迫力にただただスクネは恐縮して額を地面にこすりつけるのだった。
 どうやらこの婆さん、見た目通りの人間ではないらしい。
 スクネの恐怖は本気だ。
 本気でヒミカに怒られることに対して怯えている。
 スクネほどの巨漢が肩を震わせて四つん這いになって平伏する様はある種の異常さを際立たせた。
「おっと、すまないねえ。中に入ってくれて構わないよ?」
「それではありがたく」
 何事もなかったかのように飄々とヒミカは松田たちを庵のなかに招き入れた。
 もはやそこに逆らおうとする人狼は誰一人としていなかった。


 およそ十畳間ほどのそれほど大きいとは言い難い一室に、ヒミカとサーシャ、そして松田、ノーラ、ディアナにフォウ、ステラが車座になって座ると妙な圧迫感がある。
 開放的な外での旅を続けていたせいだろうか。
「さて、何から話そうかね……」
 ヒミカは皺の奥に見える黒い瞳をしばたかせてふう、と息を吐いた。
 心なしか肩が沈んでいるように見える。
「お前さんたち、パズルの迷宮でエレノラとステラの話は聞いたんだね?」
「ああ」
「あの話にはもう少し複雑でこみ入った事情があるのさ」
 そういってヒミカはパンと両手を鳴らした。
 その音を合図にしたように、人数分の果実酒をもった従者が現われる。
「悪いが飲ませてもらうよ。歳のせいか、この手の話はひどく疲れるんでね。ああ、蒸留しているからお前さんたちも飲むときは気をつけな」
「げほっ! げほっ!」
「か、辛いです……わふ」
「言わんこっちゃない」
 果実水のつもりで一気に酒を口に入れたディアナとステラは高アルコール特有の辛さにむせった。
 ウイスキーに慣れている松田は特にむせることもなく、すい、と喉に流しこんだ。
 リンゴの蒸留酒であるカルヴァドスに似た風味がした。
「あんたはいける口だね?」
「まあ、お酒は好きですよ」
 かつてはストレス解消のために酒が離せなかったというのは内緒だ。
「一人の天才に双子の人狼が惚れた――――すべてはそこから始まったのさ」
 個人の力と寿命に限界を感じたライドッグは不老不死を求めた。
 それは歴史書にも記される通りである。
 そしてエレノラは時間制御によって不老不死を実現しようとして失敗した。
 もう一人の双子、ステラは記憶を保ったまま転生することで結果的に不死を達成しようとした。
 そこにはいつごろ生まれ変わるか、ということを指定することも含まれる。
 こちらはまだ完全ではないながら、既に一定の成功を収めていた。
 本当ならば、ステラはライドッグと同じ時代に同じ場所で転生し、再会を果たすはずであった。
「見下していた妹が、愛しいライドッグと恋人として再会することなど認められなかったのであろうな。エレノラは妹ステラへと呪いを放った」
「――――妹に、ですか?」
 たしかバリストンは、ライドッグは人狼の呪いに殺されたと言っていたはずなのだが。
「そう、妹の方じゃ。妹は姉の呪いによって時間凍結を受け、二度とライドッグとめぐり合うことはできなくなるはずじゃった」
 なるほど、ステラはマリーカのように生きたまま永遠の牢獄に捕らわれるはずだったのか。
 しかし結果そうはならなかった。なぜだ?
「呪いをかけられたことに気づいた妹は半狂乱になった。同じ双子として姉の優秀さは見せつけられてきたからな。自分の技量では解呪することは叶わないと思ったのだろう」
 そこでヒミカは言葉を切った。
「人狼の呪いは特別でな。太祖狼王より月の加護を受けた唯一の種族であることが大きい」
 松田はステラがバリストンの不死の鎧を一時的に無効化させたことを思い出した。
 あのディアナの超重力魔法でも押さえつけるのが精いっぱいだった鎧を。
「戦闘力や魔法にも長けておるが、だからといって戦えば人狼を倒せる者などいくらでもいるだろう。問題なのは月という属性への対抗手段が非常に限られているということだ」
「なるほど、だからライドッグをもってしても呪いを解呪することができなかった?」
「呪いは――――代償を必要とする」
 魔法の代償は魔力である。
 だが呪いの代償は魔力ではない。そのことを松田は知っていた。
「大量の生贄という方法もある。かつては戦争犠牲者を生贄にしようとした者もいたしな。だが質という意味でもっとも大きな代償は自分自身と家族の命だ」
 禁忌とされ、今ではカゲツ支族の里でも失われようとしている法であった。
「――ゆえに、ステラは己の命と姉の命を贄として、ライドッグを呪った」
「どうして? どうして妹のほうが造物主様を呪う必要があるの?」
 我慢できずディアナが食いつくように問いかける。
 しかし松田には想像がついていた。
 対等であった人間関係が、持つものと持たざるものに分かれたとき関係が破綻するのは日本ではよくあることだ。
 おそらくステラは――――
「秘宝であるお主には理解できぬじゃろう。ステラはな。自分が死んだ後もライドッグが生き続けることに耐えられなかったのじゃ」
 優秀な魔法士の寿命は長い。
 転生の秘術が完成したとしても、死ぬまでの間に不老不死の魔法が完成してしまえば、ライドッグは妹のことなど見向きもしないかもしれない。
 いや、そんなことよりもライドッグを狙う女は星の数ほどいるのである。
 もちろんライドッグはただ美しいだけの女など塵芥同然の価値しか認めていないが、ある種の天才には一目置く傾向があった。
 もし、そんな天才の美女が現われたらどうなるのだろうか?
 傍に自分がいれば決して不安など抱かない。
 自分ほどの天才でなければライドッグの傍にいる資格はないのだと胸を張って言えるが、死んでしまえばそれも空しかった。
 私だけ――ライドッグ様の傍に相応しいのは私だけ。
 今なら――ライドッグ様が死んでも二人とも転生して再会することができるはず。
 そのためには――――
「ライドッグを呪ってしまえばよい」
 そうステラが答えを出すのにそれほどの時間はかからなかった。
 とはいえ、不幸な偶然というのは起きるものだ。
 そんな偶然を排除し目的を達成するために、妹は名無しのゼロを作り上げた。
 名無しのゼロの正体は覆面の形をした寄生型秘宝である。
 そして人狼の呪いを受け、完全に時間が停止してしまう前に死を選ぶとライドッグに告げた。
 ライドッグの恨みは全て人狼へと向かうこととなったのだ。
 いろいろと問題は残っていたが、それらを全て名無しのゼロとライドッグに押しつけて妹は新たな転生先へと向かった。
「なるほど、エレノラを殺したのはその名無しのゼロですね?」
「エレノラが使う時間魔法も完全に失うのは恐ろしかったのだろう。その人格を転写して迷宮内に保管した」
「おかげでパズルはいい迷惑だよ」
 殺すならさっさと殺して終わりにしてくれれば、マリーカやノーラが苦労することもなかっただろうに。
「――そしてステラエレノラの生命を生贄にライドッグへ呪いをかけた」
「うむ、そこでステラに最大の誤算が生じた」
 やはり人生というものは計画通りにはいかないものだ。
 人の思考には限界があり、必ず思考の見落としがあって、想像しえない偶然が発生する。
 だがステラならば予想してしかるべき誤算であるとヒミカは嗤った。
「…………ライドッグはステラの計算通りには死ななかったのだよ。さすがは伝説の魔法士というところか」
 自分の才能に自信があるからこそ、ステラはライドッグもまた必ず呪い殺せるということを疑わなかった。
 だが愛しい恋人を人狼に殺されたという激しい怒りが、ライドッグに大人しく死ぬことを許さなかった。
 精神力が肉体を凌駕することは一般人にもよくあることだ。
 まして精神力で常人を遥かに凌駕するライドッグが、激情に身をゆだねればそれ以上の効果を発揮するのは当たり前のことであった。
「名無しのゼロは困っただろうね。本体から託された脚本にはなかった展開だ。秘宝である名無しのゼロは主人であるライドッグを殺すことはできないからね。人を殺せるのは昔から人の意志だけさ」
 ライドッグは天才の名に恥じぬ力で呪いを解呪こそできなかったが、大幅にその効果を圧縮した。
 当初想定されたより半世紀近くも長生きしてしまったため、ステラの転生の時が近づいてしまったのである。
 やむなく名無しのゼロはステラが転生間近であることをライドッグに報告した。
 ステラの高度な魔法技術により、転生する時間と場所はかなり限定することができていた。
 転生の最大の弱点は生まれたばかりの無防備な時間を守る手段がない点にある。
 貧しい庶民の家に生まれれば、高確率で赤ん坊のうちに死ぬだろう。
 下手に奴隷などに生まれたら、記憶が戻る前に何をされるかわかったものではない。
 エレノラが転生を不完全で醜いとあざ笑ったのはそれが原因である。
 しかしステラは生まれる場所や血を限定することで、それに対処しようと試みていた。
 そしてステラが転生するよう魔法を施されたのが……マフヨウ支族戦士長の家系であったというわけだ。
「――――ここから先はすべてはわしの推測になる」
 そういいながらもヒミカの視線は油断なくステラの様子を窺っていた。
 ステラの反応に変わった点は見られない。
 自分と同じ名前の人のお話なんだなあ、くらいの認識でいるのはすぐにわかった。
「なんといってもマフヨウ支族は壊滅してしまって生き残りはないと言われてきたからね」
「ステラのお父さんは元気ですよ? わふ」
「ま、そのあたりもおいおい考えさせてもらうさね」
 きょとんとしたステラの表情に苦笑いをしてヒミカは話し始めた。
「おそらくステラの転生はある時点でマフヨウ支族の者にも予測されていた」
 なぜなら――――
「人狼は月の、死と再生を司る一族、種族の秘事として転生の技術を受け継いできたからだ」
 どうしてステラが転生のスペシャリストになりえたのか。
 それはもともと人狼に転生のノウハウがあったからにほかならない。
「ほかならぬこのわし――――ヒミカもエレノラとステラの従妹の転生体なのだからな」
「ちょ、それは初耳よっ!」
 真っ先に慌てたのがサーシャであった。
 ファリル支族の戦巫女として、今のヒミカの発言は到底聞き逃せるものではなかった。
「各々の支族が人に発見されるのを恐れて暮らしている。そのなかで秘事を失伝した支族も数多かろう」
「かつて転生を会得した賢者がいた、とは教えられていたけれど……」
 まさか実際にこうして転生者が、しかも村長にいるとはサーシャにとっても予想外のことであった。
「こういってはなんだが人狼にとってエレノラとステラの双子は禁忌であり裏切りものだった。この二人のおかげで人狼は迫害され、狙われる羽目になったのだから」
 ライドッグとステラが不老不死を研究していた事実と、その襲撃が相まって、人狼の血に不老の効果があるという俗説が広まった。
「そのステラが転生すると知った里は揉めたであろうな。正直、このわしでも生まれる前に殺さぬとは断言できん」
 サーシャも頷く。
 人倫からはどうか、と思うが、松田もその有用性は否定できなかった。
 災厄が生まれるのがわかっているのなら、生まれる前に対処したい。
「というよりおそらく殺されたのであろう、と考えていた。ついこの間までは」
 そう、ステラという存在を知るまでは。
 ステラの転生体を生まれる前に殺し、激怒したライドッグによってマフヨウ支族の里は全滅した。
 そして生きる気力を失ったライドッグもまた、そこからまもなくついに呪いによって倒れるところとなった。
 だからライドッグの転生体が現われるのは従来から予想はされていた。
 しかし成長し、記憶を取り戻す可能性は五分五分だとみられていた。
 基本的に人狼の転生というのは、自分の子孫に乗り移る形式のものである。
 人狼でないライドッグを転生させるということについて、人狼の間でも半信半疑というところであったろう。
 逆にステラの場合はそうではない。
 むしろ自らの末裔であるマフヨウ支族に転生するというオーソドックスなものだ。
 優れた術者であれば、生まれ来る子供の魂を観測し、予測することも可能であったに違いない。
「このお嬢ちゃんが生きていることと、マフヨウ支族の全滅が千年以上前であることを繋ぎ合わせると――」
 ヒミカはそこで言葉を切った。
 その推測はヒミカにとっても気分のよいものではなく哀しく虚しいものだった。
「筋書きを考えたのは母親だと思うね。自分のお腹の子供がステラの転生体と知って必死に手立てを考えたんだろう」
 あるいは父親は母親の考えに反対したかもしれない。
 死産であったと考えれば、また愛しい妻と子供をなすことは可能であるからだ。
 ふと、ステラはヒミカの話を上の空で聞きながら、ステラに無関心だった父の姿を思い出していた。
 まるでそこにステラがいるのにいないような、無機物を見るような視線がただただ哀しかったのを覚えている。
 ――なのにどうしても母親の記憶が思い出せない。
「人狼の秘中の秘の裏技として、呪いがあることは話したね? その生贄としてもっとも有効なのが何なのかも」
「――――自分自身、あるいは……肉親」
「おそらく母親は自分自身を生贄にして生まれてくる娘に呪いをかけたんじゃあないかね」
 自らの命と引き換えに、生れてくる娘の災いを取り除こうとした。
「赤ん坊に呪いをかける意味はありますか?」
「娘の母親がステラ並みの天才であったと仮定するなら、だがね。呪いを移し替えることは可能だったかもしれない」
「移し替え?」
 ヒミカの言っている意味がわからずに松田は首を捻った。
「呪いの効果は衰弱と消耗、最終的に死に追いやることさ。さて、これを身体全体ではなく、例えば――――前世の記憶なんて指定できたらどうかね?」
「前世の記憶を失えば――転生した意味はなくなりますね」
 それは転生したステラの死を意味しただろう。
 前世の記憶がなければ、それは普通に生まれてきた子と何も変わらないからだ。
 わざわざ生まれる前に殺す意味もなくなる。
「それほどの技術を持つ天才だ。死なせるのは反対もあったろうね。海の者とも山のものともつかない赤ん坊よりよほど里にとって大事な人物だったろう」
「それでも結局、本人の意思を誰も変えることができなかったんでしょう」
 母は強しという。
 わが命に代えても赤ん坊を救うと母親が覚悟してしまえば、男にそれを阻む術はない。
「結果、お嬢ちゃんは無事この世に誕生することができたんだが、またまた誤算が生じた」
「記憶の削除が不完全だった?」
「それはわからん。ただこれに関してはステラの方も完全に誤算だったんだろうねえ。エレノラの時間停止の呪いが転生先にまで効果を及ぼしていたんだと思うよ」
 そういえば呪いというのは身体にかかるのではなく、その人間の魂そのものに作用すると聞いた。
 すると母親の命と引き換えに生まれた赤ん坊は生まれながらに時から取り残されていたのか。
 するとステラの父親が、気力を失って放置していたというのは……。
「そうこうしているうちに激怒したライドッグの襲撃があった。父親は物言わぬ、時間から切り離された娘をどこかに隠したんじゃないのかねえ?」
「そして母親の呪いによるものか、あるいはエレノラの時間停止の効力は転生先には限定的であったのか。いずれにしろおよそ千年の時を経て時間停止は解除された、と」
「…………ということだとわしは思う」
 出会ったときのステラが赤ん坊でなかったのが不審だが、もしかしたら千年の間にわずかづつ成長していた?
 それとステラの記憶を信用するならば、時間停止のなかでも意識は働いていたようだが、そのあたりも母親の呪いの効果なのだろうか?
「まあ、年寄りの推測にすぎんよ。しかしお嬢ちゃんが千年の時を経てここにいるということは、それに近い何かがあったはずじゃて」
 ここでヒミカは再び果実酒をぐい、と呷るように飲んだ。
 強い酒精が喉を通り過ぎる感覚を楽しみ、ヒミカはぷはぁ、とおやじ臭い息を吐く。
「こんなところさ。わしがどうしてお前たちを里に招いたかわかったかい?」
「いえ、わざわざリスクを犯して説明をしてくれた意味がわかりません」
「リアゴッドに呪いは効かないんだよ。ダークエルフという種族は我々人狼が月の加護を受けているように、闇の加護を受けているからね。奴の魂が転生してなお呪いを受けているはずなのに平気で生きているのはそういうことさ」
「あ――――」
 ステラが前世の呪いを引き継いだのなら、リアゴッドも引き継いでいるはずだった。
 うっかり忘れていたが、なるほどそういうことか。
「人狼としては奴を倒す唯一の手段が封じられちまった。こうなったらあんたに倒してもらうしかない」
「放っておいても私を狙ってくるでしょうからね」
 そういって松田は困ったように苦笑する。
 本当に厄介な奴に目をつけられてしまったものだ。
 だからといって松田はディアナたちを手放す気は毛頭ないが。
「それでお前はどっちを選択するんだい? お嬢ちゃんの記憶が失われているとは限らないよ? なにせこれだけ予想外のことが起こってるんだ」
 戦いの最中に前世の記憶が蘇って松田の敵に回るかもしれない、とヒミカはそういっているのである。
 極論すれば、松田にリアゴッドを倒してもらうために、不確定要素であるステラをここで切り離す、あるいは殺してしまうためにヒミカはあえて松田を呼び寄せた。
「そういうことなら私の答えは決まっています」
「ほう?」
「我がままに……嫌なことをあえてやる気はありません。たとえどんなリスクがあるとしても」
「お前がそう決めたのなら反対する気はないさ。なんとか頑張ってリアゴッドを倒しておくれ」
『タケちゃん! 私の身体!』
 イリスも空気を読むということを知らなかった。
 もしかして絢爛たる七つの秘宝はみんなKYなのだろうか?
「すいません、ゴーレム用の素体がここにあると聞いたのですが」
「ああ、それなら物置で埃をかぶってるのがあるよ。もうとっくに失われた技術で、わしらが持っていてもなんの意味もないものだからね」
『タケちゃん! ハリー! ハリー!』
「今までのシリアスを返せ!」
 いつもの賑やかな会話。いつもの空気。
 そしていつもの笑顔を見せながらも、ステラの心はどこか遠い彼方を見つめているようであった。



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