アラフォー社畜のゴーレムマスター

高見 梁川

第百四十九話 すれ違い

「マリーカ!」
 まだどこかきょとんとしたマリーカの変わらぬ幼い身体を、ノーラは力強く抱きしめる。
 姉妹の感動の再会であった。
 この時のために、ノーラは女だてらに剣を取り、生命をどぶに捨てるような戦いに身を置いてきたのである。
 柔らかいマリーカの身体を抱きしめ、その温かい体温を感じて、ノーラは自分の望みが達成された喜びに浸った。
 さすがのステラやディアナもこのときばかりは空気を読んで、二人の再会を温かく見守っている。
 松田もうれしそうに笑っていた。不幸を連鎖起爆させる社畜であったころにはありえなかった穏やかな気持ちだった。
 ――――しかし


「おばさん、誰?」


 マリーカの言葉が全てを凍らせた。
 かくかくとノーラの膝が揺れる。喜びでいっぱいだったはちきれんばかりの笑顔はひびわれた能面に変わった。
「なななな、なにを言ってるんだい? マリーカ。お姉ちゃんだよ?」
「マリーカのお姉ちゃんはもっと美人だよ! お肌も艶々で、おばさんみたいにくすんでないんだから!」
「く、くすんで……」
 誰か止めて! ノーラのHPはもうゼロよ! と言いたくなる痛恨の一言だった。
 ノーラだって頑張ったのだ! 探索者としての実力を蓄えながらも、女として魅力的でありたいと様々な美肌グッズを試してはその効果を確かめた。
 しかしそうした物の効果は、大抵は一時的なもので、加齢には根本的なところで対抗できないのだ。これが現実! 認めたくないが認めざるを得ない現実! それがスキンケアの限界!
「それにおばさん、おっぱい垂れてない? お姉ちゃんはね、大きさはともかく形だけは村一番だと評判で……」
「お願いだからもうやめてえええええ! 男は形よりも大きさが好きなの! これでも私だって頑張ったんだからああああ!」
「可哀そうすぎて草も生えねえ」
「大きさなんですか? やっぱり大きいのが正義なんですかお父様?」
「ご主人様、ステラ、もっと大きくなるですよ!」
「君たち、風評被害を広めるのはやめなさい」
 うらめしそうなディアナと、純真そのもののステラの視線から気まずそうに松田は目を逸らした。
 まあ、確かに巨大なメロンにはつい目が行ってしまう。それは男の本能であろう。
 だがそれが恋愛感情に結び付くかと言われると甚だ微妙だ。とはいえ松田も一人の成人男性として、何かとメロンが気になるお年頃ではあった。
「ふ~ん? 男って馬鹿ね! 胸なんて大きいと身体のバランス崩れるのよ? おばさんくらいの年になると張りを維持するのに一苦労なんだから!」
「マリーカ! いったいどこでそんな知識仕入れてきたの? ていうか、性格が変わりすぎてるわ!」
「や~ねおばさん、ノーラお姉ちゃんは綺麗で頭もいいけど、性格本当にきっついのよ! 猫かぶってたに決まってるじゃん!」
 さすがのノーラも心が折れたのか、がっくりと膝をついて項垂れた。
「もういい。お前はもう十分に頑張った」
「ううっ……マツダ、少しだけ貴方の胸で泣かせて」
 普段なら嫉妬のあまり鬼のような顔で二人を引き離すはずのステラとディアナも複雑な顔で見逃すほどの哀れさだった。
「や~~ねえ。いい年齢して泣き落とし? 男に甘えるのが許されるのは二十代までよ!」
「お前に情けはないのか!!」




「うそっ! うちがやけにみすぼらしく?」
 住み慣れた我が家が、いささか古ぼけて記憶と異なることにマリーカは驚きの声をあげる。
 彼女の知らぬ間に十一年もの月日が流れているのだ。当時はまだ細かった木が太い大木に変化し、まだ白い瑞々しさが目立った柱が、黒く艶が目立つようになる。
 自分の記憶との齟齬にマリーカが盛大にはてなマークを飛ばしていると――
「マリーカ? マリーカかい?」
「お母さん?」
「母さんはわかるのかよ」
 拗ねたようにノーラは唇を尖らせた。
 自分はおばさん呼びされたのに。姉はわからなくても母はわかるのか。
「どうしたのお母さん。まるで二十歳近く年を取ってしまったような顔をして!」
「私が間違ってた! 私よりひどい!」
 十年以上が経過したとはいえ二十年にはほど遠い。同じ女としてペリザードに同情せずにはいられないノーラであった。
「誰が年を食ったってんだいっ!」
「いいいい、痛い! お母さん痛い!」
 こめかみをぐりぐりと拳でえぐりこまれて、あまりの痛みにマリーカは悲鳴をあげた。
「ごめんなさい! ごめんなさい! この痛さ……また腕をあげたわね!」
「…………お前が眠ってしまって美化しすぎていたようね。そういえばそういう子だったわよ」
「ええええ? そうなのか? 母さん!」
「お前の前では猫を被ってたからねえ……まあこの子なりにお前が好きだったんだろうさ」
 扱いやすい、と密かに嘗められていたのは内緒だ。あの子なりに自慢の姉ではあったからね。
 母親や実家の変化――時間の経過を実感したマリーカは、ふと嫌な予感に身を震わせた。
「ということは……まさか、あのおばさんは……」
 この期に及んでまだおばさんなのか。
 ぎぎぎ、と歯車の錆びた人形のようにマリーカはノーラに首を向ける。
「ノーラお姉ちゃん?」
「そうよ! だからそういったじゃないの!」
「ごめんなさい! だって年下は嫌いとか言ってたのに、そこのエルフのお兄さんにデレデレだし、男なんてみんな下僕よ! ってオーラがなくなってるし!」
「なななな、なにをいってるんだいっ! 私は男に尽くす女だよ? げげ下僕だなんて考えたこともない!」
「ええ~~、だって私と学校に行くとき、自分でカバンを持ったこともないじゃない?」
「ノーラ、あんたって子は…………」
 母にまで呆れた目でみられて、ノーラは絶叫した。
「もう昔のことは忘れてよ! 私だってもう忘れてたのに!」
「やっぱりノーラは性悪なのです。わふ」
「お父様、やはり駄肉を溜めているような女は男を食い物にしか思っていません」
「やめてさしあげろ。大人には忘れたい子供のころのやらかしがひとつやふたつはあるもんなんだよ……」
 遠い目をしてははは、と松田は乾いた笑みを浮かべた。
 そういえば実家に残してきた若い日のポエムや、世界の理不尽を呪った日記帳はちゃんと焼却処分してくれただろうか。
 さらしものにしたりせずに密かに燃やしてくれたと信じます。お父様お母様。
 人には成長しないと理解できないことがあるものなのだ。

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