アラフォー社畜のゴーレムマスター

高見 梁川

第百四十八話 決着

 互いに戦闘が避けられないことを悟ると、二人は同時に距離を取った。
 これまで待機していた数千の死霊と、八百のゴーレムが衝突する。
 まさに異形の軍勢と異形の軍勢。
 遠目に見守っていたワーゲンブルグ王国軍は、その非常識な光景に絶句し、恐怖した。
 こんなものと戦って勝てるはずがない。
 死霊はもう死んでるし、ゴーレムに至っては殺してもすぐにまた召喚されてくる。
 それでは死んだ兵士は死に損だ。
 デアフリンガー王国と戦うよりも先に、ワーゲンブルグ王国軍の士気は完全に崩壊した。
「無理だ……こうなってはもうどうにもならない……」
 二万の兵士のうち半分を犠牲にする気になれば、あるいはあの二人を討伐することも可能かもしれない。
 しかしもう兵士はプルトニーの言うことなど聞かないだろうし、そんな損害が許容できるはずもなかった。
 もう戦争そのものを諦めるよりほかに選択肢がない。
「全軍に伝達せよ。速やかに後続と合流し、この地から撤退するぞ」
「了解!」
 束の間の栄達だった。
 本国に戻ったら処分は避けられまいな、と皮肉気にプルトニーは嗤った。


 数は多くとも死霊と騎士ゴーレムでは質が違う。
 まして騎士ゴーレムは松田の分身であり、ひとつひとつが自らの意志を持ったかのように動かすことができる。
 たちまち死霊の軍勢はその数を減らしていった。
「なるほど、集団戦ではそちらに分がある、か」
 憮然としてシェリーは呟く。
「お父様、根こそぎ吹き飛ばしましょう!」
 ディアナの禁呪をもってすれば、死霊ごとシェリーを焼き払うことが可能だ。
 シェリーのような剣士タイプは攻撃のスキルは豊富でも、防御スキルには乏しい。
 攻撃こそは最大の防御であるとディアナは思う。
「だめです。わふ」
「どうして?」
「それじゃシェリーを殺してしまうです。わふ」
「あれはお父様の敵なのよ?」
 シェリーがかつて仲間であったことなど、敵対した者に容赦する理由にはならない。
 まして松田を殺す可能性のある敵など、微塵の容赦もなく殺すべきだ。
「――――ステラはシェリーが秘宝に操られていると思っているのだろう」
 何の原因もなくあのシェリーの狂乱ぶりはありえない。
 あの禍々しい光を放つ剣が、シェリーを変えた原因である可能性は高かった。
「違いますよ?」
「うん?」
 違ったのか。ステラにしては珍しい洞察力だと思ったのだが。
「今のご主人様はシェリーさんを殺してしまったらつらいと思ったです。わふ」
「そうかな?」
 シェリーに関しては、彼女の自業自得だと思う気持ちがないではない。
 しかしフェイドルの迷宮では命を救われたし、リアゴッドとの対決でも多少は助けてもらった。
 それでも自分が殺されそうなのに手加減をするほどの義理はあるだろうか?
「いや――そういうことか」
 今の松田はどういうわけかもう一度人を信じたいと思ってしまっている。
 シェリーはマクンバでは裏切られたが、血のにじむような努力をして一度は松田を助けるために危険を犯してくれた。
 おそらくは秘宝に洗脳されているであろうシェリーをここで殺してしまえば、松田の心は再び閉ざされるかもしれない。
 近しい人間が死ぬということは、存外精神的なダメージを受けるものだ。
 ステラが言っているのはそういうことなのだろう。
 松田自身も気づいていないようなことを、本能だけで察するとは子供というのは恐ろしい。
「それじゃあ、我がままに捕まえるとしようか」
「はいです! わふ」
 ステラが弾丸のように飛び出していく。
 一方、ディアナはショックが収まらなかった。
 秘宝には主人を守るという基本的なプログラムがある。
 だから敵であるシェリーを殺し松田を守ることは当然の結論だった。
 それが松田を傷つけるなど想像もしなかった。
 秘宝である自分と、人であるステラの差を見せつけられたような気がした。
 今でもシェリーは許すべきでないという確信はある。
 つい先日まで、そうした秘宝としての自分に誇りを抱いたはずだった。
 それなのになぜこんな敗北感のような苦い感情を味わわなければならないのか。
(いけない……今は戦うことに集中しなくては)
 小さな頭を揺らして、ディアナは詠唱を開始した。
「なんだこれは?」
 シェリーは思い通りにならない戦況に戸惑いを隠せずにいる。
 松田相手ならばともかく、先ほどからステラに攻撃が全く通じないのだ。
 あたると思った攻撃は当たらず、当たらないと思ったステラの攻撃は当たる。
 松田が絶妙なところで時間を操作しているためだった。
 ステラの目標が独占モノポリーにあるのが明確なため、すんでのところで回避しているが、このままでは捕まるのも時間の問題だろう。
「生贄どもよ。生あるものを奪いつくす盾となれ!」
 やむを得ず軍勢としての死霊を解除し、生気を奪うための結界を張る。
 接近戦を挑むステラにとっては、いるだけで消耗させられる厄介なものだ。
「わふぅ」
 脱力感を覚えて肩を落とすステラに、ディアナは後ろから叱咤した。 
「ステラ! お父様を危険にさらした責任くらいとりなさい! 生命賦活ライフエナジー!」
 奪われた生気を戻して、ステラはすぐまたもとのように元気になった。
「ありがとうです! ディアナ! わふ」
「貴女のためじゃなく、お父様のためですからっ!」
 ステラに気を取られていると、クスコが突撃してくる。
 なんとか松田を攻撃しようとするのだが、強固な土壁とフォウの盾に阻まれて手も足もでない。
「こんなはずは…………」
 自分は強くなったはずだ。
 人として大切にしていたものを投げ捨ててまで強くなったのに、松田には歯が立たない。
 これが生まれ持った格差なのか?
 やはり才ある者にはどんな努力をしても敵わないのか?
「そんなのは理不尽だ! 私は、私は――絶対に認めない!」
 もう後先のことなどどうでもいい。
 残った魔力をマーテルの生贄から全て引き出し、それを独占モノポリーに回す。
 理不尽を打ち破るにはより強い理不尽な力しかない。
 そうシェリーは信じた。
暴食紅炎グラトニープロミネンス!」
 あのマリアナの国宝すら破壊したシェリー最大の魔法。
 その最大出力を一気に解き放つ。
「――――悪いが距離がありすぎる」
 威力はすごいが、自動追尾式でもないかぎり今の松田には通じない。
 時間を操作して暴食紅炎の軸線から松田は一瞬にして逃れ、攻撃に意識を集中していたシェリーの手元をステラが襲った。
「いい加減目を覚ますです! わふ」


――――――パキリ


 乾いた金属音とともに、魔剣独占モノポリーはその根元からあっさりと折れた。
「あっ!」
 驚きに続いて言葉が出ない。
 独占に奪われていた理性が戻ったせいもあるが、自分の強さを保証していたものが壊れたという衝撃が、シェリーの自由を奪ったのだった。
 マーテルの生贄の魔力は底をつき、そして今、魔剣独占も失われた。
 がくりと膝をつき、シェリーは折れた独占を手に取る。
「私の負け――――か」
「どうして負けたと思いますか?」
「凡人はどれだけ努力しようと天才には敵わない。それがすべてだ」
「私が一人なら勝てたかどうかはわかりませんよ?」 
 ステラが、ディアナが、クスコが、フォウがいてくれたから安心して戦えた。
 ノーラは存在感がなかったがそれは仕方がない。今回は彼女の完全魔法無効化を利用する機会がなかった。
「本当に強い人は誰の助けも借りずなんでも一人でできてしまうのかもしれません」
 英雄は常に孤高だ。
 逆にいえば、孤高でなくては英雄ではない。
「でも私は弱いから助けを借りようと思います。そんな自分の弱さが嫌いでした。でも、弱さを捨てたらそれはもう自分じゃない。受け入れて乗り越えないと自分を偽るだけです」
「――――私はお前ほど強くはない。弱い自分を受け入れてしまったら、もう乗り越えるなんて考えられないんだ」
 だから目を逸らした。
 目を逸らしているうちは強くなれると信じられたから。
「自分を偽ったまま生きていくって、割とつらいことですよ。それで一度死んでる私が言うのだから間違いありません」
 なんのことだかシェリーにはわからなかったが、それでも松田の真摯な思いだけは伝わった。
「――――殺してはくれないのか?」
「目を逸らしたまま死にたいと言われても手伝う理由はありませんよね?」
「そうだな」
 強さを求めて全てを捨てたが、その強さは偽物だった。
 ならばせめて納得のできる死に方がしたい。
「――――ああ、今ならわかる」
 ふと気づいたようにくすり、とシェリーは笑った。
 とても無邪気な、松田も初めてみるシェリーの笑顔だった。
「諦めるというのは、自分を受け入れるということでもあるのだな」
「それがわかればシェリーさんも自分らしい人生が見つけられますよ」
 それは無理だろうな、とシェリーは思う。
 理由はどうあれ、自分はマリアナとナージャを殺してしまった。(とシェリーは思っている)
 その罪は償われるべきだ。おそらくスキャパフロー王国は自分を処刑するだろう。
 それでもいいと素直に思えるのが不思議であった。
「もう縁はないと思うから言っておくが……ノーラはやめておけ。こいつは重いぞ?」
「ふざけんな! 自分が退場するからって私まで道連れにするんじゃない! 絶対に私はマツダを諦めないからな!」
「いやいや、ノーラはお父様にふさわしくないのです」
「ご主人様はステラのです! わふ」
「あはははははは!」
「笑い事じゃないよ!」
 腹を抱えてシェリーは笑った。
 なんだ、強くなくたってこんな簡単に受け入れてもらえたんじゃないか。
 それがわかっただけでも自分の人生には価値があると思えた。






 結果的にではあるが、スキャパフロー王国に出頭したシェリーを王国が処刑することはなかった。

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