アラフォー社畜のゴーレムマスター
第百四十六話 シェリー襲来
「待て! どこへ行くつもりだ!」
デアフリンガー王国からの反撃に備えていたワーゲンブルグ王国軍の一兵士が、シェリーを発見したのは偶然だった。
たった一人でやってきた美女である。
二万の軍勢が目くじらを立てるような存在ではない。
それを見とがめてしまったのは、シェリーが武装していたこともあるが、明らかに尋常ではない強者のオーラを纏っていたからであった。
「マツダはどこにいる?」
「マツダ? 知らんな。ここは我がワーゲンブルグ王国の領地となったのだ。デアフリンガー王国の民が入ってよい土地ではないぞ!」
当面の間、両国民の自由な行き来を認めるつもりはない。
かくなるうえは戦ってこのパズルの帰属を争わなければならないのだ。
兵士はシェリーを追い返そうと槍の石突でシェリーの腹を突いた。正確には突こうとした。
「ぐはっ!」
気がついたときにはいつの間にか自分が口から内容物をまき散らして悶絶していた。
「貴様! 何をする!」
仲間の兵士が次々にシェリーへと槍を向けるが、シェリーは意にも介さず静かに問いかけた。
「もう一度聞く。マツダはどこだ?」
「もう女だとて手加減はせぬぞ!」
「知らぬならせめて邪魔をするな。死ぬぞ?」
乾坤一擲の勝負に出たワーゲンブルグ王国の軍勢である。
彼らは士気が高揚し勝利に飢えていた。
ゆえにこそ、シェリーのような女性に侮りを受けることに耐えられなかった。
「身の程を教えてやる!」
治安任務にあたっていた憲兵がわりが数人、槍をシェリーの背中に叩きつけて制圧しようとする。
問答無用で殺そうとしない程度には、まだ彼らの理性も働いていた。
だがその理性は、結果的に間違いだった。
「…………警告はしたぞ」
もはや相手をするのも面倒だとばかりに、シェリーは黙々と歩きだす。
不思議なのは、その彼女のあとを追おうとしたワーゲンブルグ王国兵士がばたばたと倒れていくことだ。
「なんだ? 何が起こっている?」
騒ぎに気づいた部隊長が、倒れた兵士を抱き起すと、彼らは一様に極限まで衰弱しきった状態であった。
こんな魔法は聞いたことがない。そもそもあの女は剣士にしか見えないではないか。
「……仲間がいるのか?」
慌てて周囲を見渡すが、当然ながらシェリー以外には誰の姿もなかった。
であるならばやはりこの現象はあの女が引き起こしているのだ。
そんな部隊長の様子も意に介さず、シェリーは怯えて震えている露店の男に話しかける。
「探索者ギルドはどこにあるか知らないか?」
「み、湖の大きな岩の洞窟がある手前にあります!」
「そう、ありがとう」
そこに松田はいるだろうか。
シェリーの頭にはもう松田に会うことしかなかった。
会ってどうするのか。
スキャパフロー王国にいたころにはそんなことも考えていたはずだったが、先日以来何も考えられなくなりつつある。
「ハリネズミにしてやる! 弓隊構え!」
シェリーが正体不明の魔法を使うのではないか、と警戒して遠巻きに弓士が進み出た。
その数およそ二百名。まともな人間なら避けることも防ぐこともできない数だ。
「死霊の呪い」
先ほどから兵士が衰弱しているのは、このマーテルの生贄のスキルである。
目に見えない死霊が、生気を根こそぎ奪う。
魔法耐性があればともかく、一般の兵士がこれを避けることはほぼ不可能だった。
弓を引くよりも早く、二百の兵士の半分以上が倒れ、慌てて引いた矢はシェリーが振り返ることすらせずに魔剣で弾き落した。
「ば、化け物か…………!」
まるで相手にされていない。
脅威と思われてもいない。
暴力装置である軍から恐怖をなくしてしまったら、もはやそれは軍隊ではなかった。
たった一人の女も止められないようでは軍の沽券にかかわる。
「魔法士隊を呼べ! 騎士団長に報告を!」
だからといって迂闊に仕掛けるわけにもいかない。
すでに無視できぬ損害を被っており、にもかかわらずシェリーは全く本気を出していないように見える。
下手に手を出して千単位で損害を出せば、今後に控えるデアフリンガー王国との戦争が危機になることは明白であった。
「手は出さなくていい! 絶対に見失うな!」
「――待っていろ、マツダ」
恐る恐る自分のあとをついてくるワーゲンブルグ王国兵士には目もくれず、シェリーは青く輝く湖畔へと足を向けるのだった。
リトルミルの懊悩している間にも、突如出現した八百ものゴーレム兵団は、戦争で緊張していたワーゲンブルグ王国軍を大いに刺激した。
「――――迷宮付近にゴーレムの軍団が出現! その数、およそ八百!」
「八百だとっ?」
遠征軍を任されたプルトニーは神を呪ったといってよい。
彼はデアフリンガー王国と決戦するためにやってきたのであって、迷宮の魔物と戦うためにやってきたのではないからだ。
そもそもそれならデアフリンガー王国が行うべきであった。
「いったいなんだ? 迷宮がまた暴走したとでもいうのか?」
「それが……どうも一人の探索者が召喚していると」
「バカも休み休み言え!」
ゴーレムの召喚は一人一体が常識だ。
八百体なら八百人の魔法士が必要になる。
通常八百人の魔法士がいれば、一万人近い軍勢がいる。
いくらなんでもそんな非常識なことが……と考えたところでプルトニーは猛烈に嫌な予感に襲われた。
「まさかヴィッテルスバッハ公国の……眉唾話じゃなかったのか?」
デアフリンガー王国とリュッツォー王国に挟まれた小国、ヴィッテルスバッハ公国が、デアフリンガー王国の属国となったのはつい先日の話であった。
その過程で公国騎士団がゴーレム軍団に壊滅させられたというのがもっぱらの噂だった。
いや、噂というよりは報告として外務省から軍部に情報はあがっていたが、誰一人まともに取り合おうとはしなかった。
もしそれが事実であったなら、小国の軍事力を軽く凌駕する存在がこのパズルにいたことになる。
「あっ…………!」
プルトニーはふと、とんでもないことに気づいてしまった。
手が震え、立ち眩みすら覚える。
片手を机の端にかけ、かろうじてプルトニーは倒れずに済んだ。
「いかん! 一刻も早くギルドに向かい、一切探索者に手を出さぬようにいえ!」
この街を占領するにあたり、略奪や暴行は禁じていたが、同時に戦略資源を提供するようにと命じてもいた。
当然それは探索者ギルドも同じで、そこに収められた素材は一時軍が徴集することになっていた。
件の探索者にも同じことを要求して怒らせるようなことがあったとすれば…………。
まずいまずいまずいまずいまずい!
下手に拘束してものを奪おうなんてことをしてたら、即座に戦闘もありうる。
そうなれば被害甚大は確実だ。
そんなことになれば今度はプルトニーの責任問題になる。
デアフリンガー王国との戦いに敗北すれば戦犯扱いだろう。
冗談ではなかった。
早く部隊に伝えなければと焦燥を募らせている間に、さらに凶報は続いた。
「大変です! デアフリンガー方面から剣士らしき女が前面の部隊を蹴散らして湖へ向かっています!」
「さっきから何を言っていやがる!」
プルトニーは本気で神に呪われるようなことでもしたのか、と怒鳴り散らしたかった。
女が一人やってきて、二万の軍勢が右往左往させられるとはどんな悪夢だ?
「正体不明の魔法を使うらしく、すでに数百名の損害が出ています! 至急魔法士部隊を送ってもらいたい、と」
「たった一人の女相手にか?」
まだデアフリンガー王国軍は姿を現す気配すらないというのに、どうしてこんな問題ばかり起こるのか。
ドゴオオオオオッ!
轟音が響いてプルトニーと副官は思わず身を乗り出して窓の向こうを見た。
大きな土煙と火柱が湖のほとりから空へとぐんぐん伸びていくのがわかる。
「――――遅かったか」
プルトニーは落胆し、がっくりと椅子に腰を下ろして両手で顔を覆った。
いったいどうすればこの事態を収拾できるのか、いくら考えても名案は浮かばなかった。
デアフリンガー王国からの反撃に備えていたワーゲンブルグ王国軍の一兵士が、シェリーを発見したのは偶然だった。
たった一人でやってきた美女である。
二万の軍勢が目くじらを立てるような存在ではない。
それを見とがめてしまったのは、シェリーが武装していたこともあるが、明らかに尋常ではない強者のオーラを纏っていたからであった。
「マツダはどこにいる?」
「マツダ? 知らんな。ここは我がワーゲンブルグ王国の領地となったのだ。デアフリンガー王国の民が入ってよい土地ではないぞ!」
当面の間、両国民の自由な行き来を認めるつもりはない。
かくなるうえは戦ってこのパズルの帰属を争わなければならないのだ。
兵士はシェリーを追い返そうと槍の石突でシェリーの腹を突いた。正確には突こうとした。
「ぐはっ!」
気がついたときにはいつの間にか自分が口から内容物をまき散らして悶絶していた。
「貴様! 何をする!」
仲間の兵士が次々にシェリーへと槍を向けるが、シェリーは意にも介さず静かに問いかけた。
「もう一度聞く。マツダはどこだ?」
「もう女だとて手加減はせぬぞ!」
「知らぬならせめて邪魔をするな。死ぬぞ?」
乾坤一擲の勝負に出たワーゲンブルグ王国の軍勢である。
彼らは士気が高揚し勝利に飢えていた。
ゆえにこそ、シェリーのような女性に侮りを受けることに耐えられなかった。
「身の程を教えてやる!」
治安任務にあたっていた憲兵がわりが数人、槍をシェリーの背中に叩きつけて制圧しようとする。
問答無用で殺そうとしない程度には、まだ彼らの理性も働いていた。
だがその理性は、結果的に間違いだった。
「…………警告はしたぞ」
もはや相手をするのも面倒だとばかりに、シェリーは黙々と歩きだす。
不思議なのは、その彼女のあとを追おうとしたワーゲンブルグ王国兵士がばたばたと倒れていくことだ。
「なんだ? 何が起こっている?」
騒ぎに気づいた部隊長が、倒れた兵士を抱き起すと、彼らは一様に極限まで衰弱しきった状態であった。
こんな魔法は聞いたことがない。そもそもあの女は剣士にしか見えないではないか。
「……仲間がいるのか?」
慌てて周囲を見渡すが、当然ながらシェリー以外には誰の姿もなかった。
であるならばやはりこの現象はあの女が引き起こしているのだ。
そんな部隊長の様子も意に介さず、シェリーは怯えて震えている露店の男に話しかける。
「探索者ギルドはどこにあるか知らないか?」
「み、湖の大きな岩の洞窟がある手前にあります!」
「そう、ありがとう」
そこに松田はいるだろうか。
シェリーの頭にはもう松田に会うことしかなかった。
会ってどうするのか。
スキャパフロー王国にいたころにはそんなことも考えていたはずだったが、先日以来何も考えられなくなりつつある。
「ハリネズミにしてやる! 弓隊構え!」
シェリーが正体不明の魔法を使うのではないか、と警戒して遠巻きに弓士が進み出た。
その数およそ二百名。まともな人間なら避けることも防ぐこともできない数だ。
「死霊の呪い」
先ほどから兵士が衰弱しているのは、このマーテルの生贄のスキルである。
目に見えない死霊が、生気を根こそぎ奪う。
魔法耐性があればともかく、一般の兵士がこれを避けることはほぼ不可能だった。
弓を引くよりも早く、二百の兵士の半分以上が倒れ、慌てて引いた矢はシェリーが振り返ることすらせずに魔剣で弾き落した。
「ば、化け物か…………!」
まるで相手にされていない。
脅威と思われてもいない。
暴力装置である軍から恐怖をなくしてしまったら、もはやそれは軍隊ではなかった。
たった一人の女も止められないようでは軍の沽券にかかわる。
「魔法士隊を呼べ! 騎士団長に報告を!」
だからといって迂闊に仕掛けるわけにもいかない。
すでに無視できぬ損害を被っており、にもかかわらずシェリーは全く本気を出していないように見える。
下手に手を出して千単位で損害を出せば、今後に控えるデアフリンガー王国との戦争が危機になることは明白であった。
「手は出さなくていい! 絶対に見失うな!」
「――待っていろ、マツダ」
恐る恐る自分のあとをついてくるワーゲンブルグ王国兵士には目もくれず、シェリーは青く輝く湖畔へと足を向けるのだった。
リトルミルの懊悩している間にも、突如出現した八百ものゴーレム兵団は、戦争で緊張していたワーゲンブルグ王国軍を大いに刺激した。
「――――迷宮付近にゴーレムの軍団が出現! その数、およそ八百!」
「八百だとっ?」
遠征軍を任されたプルトニーは神を呪ったといってよい。
彼はデアフリンガー王国と決戦するためにやってきたのであって、迷宮の魔物と戦うためにやってきたのではないからだ。
そもそもそれならデアフリンガー王国が行うべきであった。
「いったいなんだ? 迷宮がまた暴走したとでもいうのか?」
「それが……どうも一人の探索者が召喚していると」
「バカも休み休み言え!」
ゴーレムの召喚は一人一体が常識だ。
八百体なら八百人の魔法士が必要になる。
通常八百人の魔法士がいれば、一万人近い軍勢がいる。
いくらなんでもそんな非常識なことが……と考えたところでプルトニーは猛烈に嫌な予感に襲われた。
「まさかヴィッテルスバッハ公国の……眉唾話じゃなかったのか?」
デアフリンガー王国とリュッツォー王国に挟まれた小国、ヴィッテルスバッハ公国が、デアフリンガー王国の属国となったのはつい先日の話であった。
その過程で公国騎士団がゴーレム軍団に壊滅させられたというのがもっぱらの噂だった。
いや、噂というよりは報告として外務省から軍部に情報はあがっていたが、誰一人まともに取り合おうとはしなかった。
もしそれが事実であったなら、小国の軍事力を軽く凌駕する存在がこのパズルにいたことになる。
「あっ…………!」
プルトニーはふと、とんでもないことに気づいてしまった。
手が震え、立ち眩みすら覚える。
片手を机の端にかけ、かろうじてプルトニーは倒れずに済んだ。
「いかん! 一刻も早くギルドに向かい、一切探索者に手を出さぬようにいえ!」
この街を占領するにあたり、略奪や暴行は禁じていたが、同時に戦略資源を提供するようにと命じてもいた。
当然それは探索者ギルドも同じで、そこに収められた素材は一時軍が徴集することになっていた。
件の探索者にも同じことを要求して怒らせるようなことがあったとすれば…………。
まずいまずいまずいまずいまずい!
下手に拘束してものを奪おうなんてことをしてたら、即座に戦闘もありうる。
そうなれば被害甚大は確実だ。
そんなことになれば今度はプルトニーの責任問題になる。
デアフリンガー王国との戦いに敗北すれば戦犯扱いだろう。
冗談ではなかった。
早く部隊に伝えなければと焦燥を募らせている間に、さらに凶報は続いた。
「大変です! デアフリンガー方面から剣士らしき女が前面の部隊を蹴散らして湖へ向かっています!」
「さっきから何を言っていやがる!」
プルトニーは本気で神に呪われるようなことでもしたのか、と怒鳴り散らしたかった。
女が一人やってきて、二万の軍勢が右往左往させられるとはどんな悪夢だ?
「正体不明の魔法を使うらしく、すでに数百名の損害が出ています! 至急魔法士部隊を送ってもらいたい、と」
「たった一人の女相手にか?」
まだデアフリンガー王国軍は姿を現す気配すらないというのに、どうしてこんな問題ばかり起こるのか。
ドゴオオオオオッ!
轟音が響いてプルトニーと副官は思わず身を乗り出して窓の向こうを見た。
大きな土煙と火柱が湖のほとりから空へとぐんぐん伸びていくのがわかる。
「――――遅かったか」
プルトニーは落胆し、がっくりと椅子に腰を下ろして両手で顔を覆った。
いったいどうすればこの事態を収拾できるのか、いくら考えても名案は浮かばなかった。
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