アラフォー社畜のゴーレムマスター

高見 梁川

第百三十三話 攻略の始まり

 パズルの迷宮はライドッグが生きた時代よりもさらに古く、一説には大陸でもっとも古い迷宮とも言われる。
 その謎はいまだ解明されておらず、もし封印が解かれたことが知れ渡れば多くの探索者が来訪することは確実であった。
 何よりパズルには世界中どの迷宮にもない、あまりにも魅力的な研究対象がある。
 すなわち、特異な時間の流れである。
 そこには全人類の悲願といってもよい不老不死への鍵が隠されていると言っても過言ではなかった。
 もしかするとライドッグが生きていたころより遥かに昔、いまだこの世界で認知されていない文明の英知の技なのかもしれない。
「――――召喚サモン、ゴーレム」
「いつ見ても反則よね」
 単純な戦闘力以上の汎用性が、松田のゴーレムにはある。
 探索者として数多くの迷宮で、死と隣り合わせの経験をしてきたノーラにとって、それは全くの反則であった。
 ゴーレムは文句も言わず、疲労もせず、罠にかかって破壊されてもすぐに再召喚されるだけだ。
 大概の魔物など、その性能と数の暴力で鎧袖一触に滅ぼされてしまう。
 ほとんどノーラが何もせぬままにどんどん攻略が進んでいく。
 三十階層ほど降りると、そこはごつごつとした岩が転がる荒野になった。
「確かここは夜の荒野だったね」
 サーシャの言葉を思い出して、ノーラは呟いた。
 明るい月夜のようなぼんやりとした銀の輝きが、荒野に降り注いでいる。
 この階層付近は、時間の流れが早いため、体感時間では半日でも地上では一日が経過しているらしい。
 そのため低級の探索者は、このパズルで探索することを嫌がったそうだ。
 その後一定の階層ごとに、時間の流れは遅くなったり早くなったりを繰り返す。
「ま、そのかわり魔物さえ対処できればすぐに突破できるけど」
 ギャピピ!(な、なんだこいつら?)
 グルルルル!(すごい数だ!)
 ゴッホゴッホ!(いくら倒してもきりがないぞ!)
 モルスアアアアア!(もうだめだああああ!)
 それはもはや蹂躙としか表現しようがなかった。
 魔物は数がいても、集団戦を戦うことはできない。
 しかし松田は先ごろヴィッテルスバッハ公国との戦いにおいて、集団が個を凌駕するケースがあることを体験した。
 もともとゴーレムは一個一個が松田の分身であり、十分な連携が取れていたが、今はさらに状況の変化に対処するための即応予備をおいて不測の事態に備えている。
 そうすることで余裕が生まれ、下手な陽動に引っかかるリスクも少なくなっていた。
「えげつねえ……」
 盾騎士、槍騎士、弓騎士、そして空からグリフォン、と全く隙のない集団ゴーレム運用は強力な魔物ですら手も足もでない。
 どこまでも理詰めでリスクのない戦い方に、思わずノーラが相手に同情してしまうほどであった。
 ノーラやステラたちが暇を持て余しているうちに、あっさりと夜の荒野は突破された。


「お父様! 次はディアナにも戦わせてください!」
「ステラも! ステラもご主人様のお役に立ちたいです! わふ」
 あまりに圧倒的なゴーレムの前に、出番のなかったディアナとステラが不満の声をあげた。
 ある意味いつもの光景である。
「私は楽をさせてもらえるのなら、それにこしたことはないんだがね」
「ディアナお姉さま! 守りはこのフォウにお任せください!」
 深刻さを一切感じさせないやり取りに、サーシャは身震いするような恐怖を感じていた。
(何よ……これ!)
 強力な個人も集団には勝てないというのがこの世界の常識であるはずだった。
 魔力も体力も無尽蔵ではない以上、伝説級の探索者といえど一人では国を相手に戦うことはできない。
 だからこそ国家の束縛を嫌う伝説級探索者は、迷宮の主としてそこに引きこもるのである。
 迷宮は集団の戦いに向かないうえに、魔物や罠で自らを守ることができるからだ。
 しかし松田の戦いぶりは、その常識を根底から覆すものであった。
 ゴーレムの恐ろしいところは、その汎用性の高さに尽きる。
 万の軍勢を吹き飛ばす極大魔法の使い手も、その背中は無防備なものだ。
 ライドッグが国家も手出しできないアンタッチャブルとして君臨できたのは、自立して行動できる絢爛たる七つの秘宝と使い魔の存在が欠かせない。
 さらに地中から空中まで隙なくゴーレムを展開できる松田は、このまま成長すればライドッグをも凌ぐ魔法士になるだろう。
 はたしてそれがよいことなのかどうか、サーシャには判断がつかなかった。
 ――――恐ろしい。
 人柄がどれだけ誠実であっても、日ごろの行いがどれだけ優しくても、強すぎるということはそれだけで恐ろしいものだ。
 サーシャ自身もまた、優秀な戦士であるために同年代の友人からは浮いた立場であった。
 それを恨んだことはないが、理不尽だと思う自分もいた。その考えが吹き飛ぶような感覚である。
 かろうじてサーシャは松田に対する恐怖や、将来の危険に対する想像を抑え込んだ。
 これ以上考えると、今のうちに松田を殺しておいたほうがよい、などと考えてしまいそうだった。
 かつてライドッグも経験した強者ゆえの畏れ。
 松田の力も、いつの間にかその足元程度には達していたようである。
(いけない。彼はステラちゃんの大事な人なのに…………)
 もしかすると松田たちは再封印の前に本当にこのパズルを攻略してしまうかもしれない。
 はたしてそれがよいことなのか、サーシャには判断することができなかった。


 一気に五十階層ほども潜ると、神殿型の階層エレベーターを覆うようにして巨大なムカデがうねうねと身体をくねらせている。
「気持ち悪いです。わふ」
「ばらばらにしても油断できないですから、跡かたなく燃やしてしまいましょう。」
「階層エレベーターまで破壊しそうだから、禁呪はなしな」
「お父様のいけず!」
「いい加減お前は火力から離れろ」
 ちゃんと他の魔法も知っているくせに、最大火力魔法をぶっ放そうとばかりするから性質が悪い。
「――簡単に言ってるけど、あれは魔法が効きにくいわよ? フィア・センチピードって毒と恐慌を付与してくるから気をつけて」
「あいにく俺のゴーレムには毒も恐慌も効かないよ」
「……それもそうね」
 人間なら致命傷になりうる状態異常系の魔法やスキルが、松田のゴーレムには全く効果がない。
 自分では戦う必要のない松田は、まさにゴーレムたちに君臨するゴーレムの王だ。
 松田の二つ名はゴーレムマスターだが、ゴーレムキングの名こそ相応しいとサーシャは思う。
「さて、召喚サモンゴーレム!」
 確かにムカデは生命力の強い魔物だが、すりつぶしてしまえば何の問題もない。
 松田は巨大なメイスを担いだサイクロプスゴーレム四体を召喚する。 
「フォウ、念のため防御を頼む」
「任せて!」
 ライドッグのような魔法士ならばいざ知らず、フィア・センチピード程度の攻撃ではフォウの盾は突破できないだろう。
 不可視の盾と、新型ゴーレム十二体の円卓騎士ナイトオブラウンズに守られた松田は、傲然とフィア・センチピードを睥睨した。
 円卓の騎士は、現在松田が運用できる騎士型で最強のモデルである。
 全長はおよそ三メートルほどで、長剣と盾を装備しているだけでなく肩部に砲撃用のランチャーを装備する。
 強度も並みの騎士ゴーレムとは一線を画し、特に転移による奇襲をしてくるであろう、リアゴッドの一撃に耐えうる魔法耐性を付与されていた。
 まずフィア・センチピードでは、損傷を負う心配はないであろう。
 あのレベルのフィア・センチピードならもちろんサーシャでも勝てる。
 だが楽に勝てるとは思わないし、油断して戦えば万が一もある相手だ。
 しかし松田が負ける姿は想像がつかなかった。
 空からグリフォンゴーレムが牽制のブレスを吐きつける。
 そしてサイクロプスゴーレム二体が、巨大な岩石を思わせるメイスを力任せに振りかぶりフィア・センチピードの頭部に叩きつけた。
 同時に残る二体のサイクロプスゴーレムはメイスを胴体へと投擲する。
 まるで隕石が落下したような轟音とともに、フィア・センチピードは頭部を撃砕され、胴体を三つに引きちぎられて戦闘力を失った。
 まだちぎれた胴体がそれぞれビクビクと痙攣して、本能的に道連れを探しているが、ゴーレム相手にはせっかくの毒も効かない。
 ほんの数分ほどで、完全にフィア・センチピードは沈黙し巨大な魔石を残して消滅した。
「さて、一旦地上に戻るか」
「はいです! わふ」
「もう少し進みたかったけど……ま、仕方ないさね」
 和気あいあいと帰還しようとする松田たちの中で、サーシャだけは素直に喜べないでいる。
 今さらながら、絶対に秘匿しなくてはならない人狼の存在――サーシャが隠れた人狼の里の戦巫女であることを知り、ステラを所有する松田の動向が問題になりつつあった。
(彼の存在は報告する必要があるわね……長老がどう判断するかわからないけど、私の手に余るのは確かだわ)






「なんじゃあこりゃあああああああ!」
「あ、一応買い取りできるんだ」
「ふん、これでもギルドの出張所ですからね。最低限の仕事はしますとも。しかしこの魔石はさすがに無理です。現金が足りません」
 地上に戻った松田たちを出迎えたクロードは、フィア・センチピードの魔石に目を白黒させた。
「もしかしてこんな魔石が簡単に出てくるのですか?」
「いや、それはマツダが規格外すぎるから参考にしないほうがいいぞ」
 ノーラはクロードの表情に、これまで見たことのない欲望の色が宿るのを見て慌てて訂正した。
 すでにクロードの年齢は六十も半ばであろう。
 このパズルに左遷されてきたことを考えても、さほどの待遇を受けてきたとは考えられない。
 では老人になれば欲は少なくなるのだろうか。
 決してそんなことはない。
 むしろ残る生が少ないからこそ、目の前の好機チャンスを逃すことに耐えられないものだ。
 残された時間が少ないということは、それだけで老人の心の余裕を奪う。
 世情、老人が簡単な投資詐欺や健康食品詐欺に騙されてしまうのはそのためだ。
 もしこのパズルの迷宮が正常に稼働すれば、その収益は莫大なものとなるだろう。
 その手柄をもってすれば、クロードにも一発逆転の機会が与えられる。
 不遇の時間が長かったからこそ、クロードの胸中に黒い灯火が灯るのはある意味当然の成り行きであった。

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